未知なる力の解放3

 それから数時間が経過し、太陽が真上に到達した頃。


 精も根も尽き果てて疲れきった表情で、マスターとカレンが部屋に戻ってくる。

 少し遅れるようにしてメルディウスと小虎。そしてエミルが街で見た全身に黒い鎧を身にまとった青年とその後ろから少女が入って来た。


 エミルはリビングに招き入れると、彼等の労をねぎらう為、お茶とお菓子を振る舞う。まあ、それをせっせと作っているのはエリエなのだが……。


 テーブルに置かれた緑茶とカステラを前にして、マスターはそれに手を付けることもなく、何か考え事をしているのか静かに腕を組んだまま瞼を閉じている。


 師匠が手を付けないのに自分が食べるわけにはいかないと、マスターの姿を見守っているカレンもお茶だけに口を付けて目の前に置かれたカステラにはいっさい手を付けようとしない。


 だが、時折生唾を呑み込んでいるところを見ると、カレンとしては食べたいという食欲を理性で我慢しているのだろう。無理もない。事件発生からずっと動きっぱなしで、空腹のゲージは相当減っているはずだ。

 

 それとは対称的に、メルディウスは欲望のままにカステラをバクバクと食べ進め。


「おう! これは美味いぞ! シェフを呼べ!」

「……ちょ、止めてよ。人の家だよ兄貴」


 大声でそう叫ぶ横で、小虎が恥ずかしそうにしている。

 まあ、これが名を轟かせている大規模なギルドのギルドマスターだとは、言われても誰も信じてはくれないだろう。更にその隣の黒い鎧を着た男性と身軽な革鎧の少女はというと……。


「なにこれ! お店で売ってるのより美味しい! ほら、美味しいよお兄ちゃん!」


 少女の方がカステラをフォークで刺し、兄と呼ぶ黒い鎧を着た男の顔に近付けた。


 しかし、男の方はそれを口にするどころか、腕組みしたままそっぽを向いた。


「ふんっ! こんな得体も知れない奴等の作った物など食えるか! 俺様を誰だと思ってやがるんだ! テスターだぞ! テ・ス・タァ! 日本には4人しかいない存在の俺様が庶民の口にする物など食えるかよ!」

「もう。お兄ちゃん! またそんな事言って……ダメでしょ? 失礼だよ!」


 偉ぶる兄を妹がたしなめている。


 エミルはそれを見て、この兄妹はこの関係が最も自然体なのだろうっと悟った。


 エミルにも妹がいたが、こんな微笑ましいと思える喧嘩をしていた記憶は全くなく、言い合いと言えるようないざこざもなかった。それが彼女には、喧嘩する2人が少し羨ましく映っていたのかもしれない。


 何気なく少女にエミルが話し掛ける。


「あの、貴女方もマスターの仲間の方ですか?」

「えっ? あ、はい! でも、私じゃなくてお兄ちゃんが。ですけど……」


 予想通りというか、予想以上に気さくに言葉を返してくれた彼女に、緊張が取れたエミルがスッと自分の手を差し出した。


 少女は一瞬きょとんとした表情をしたものの、慌ててその手を掴む。


「私はエミル。よろしくね!」


 にっこりと笑うと、少し表情が硬かった彼女も笑顔を見せ。

 

「あっ、はい! 私はフィリスです。お兄ちゃんはバロンです。よろしくお願いします!」

「おい! どうして俺様の紹介をしてるんだ妹よ!」


 彼は自己紹介などする気がなかったのだろう。突如自分の紹介もされたことにうろたえている。


 そんな兄に向かって、フィリスが強めの口調で言った。


「だってお兄ちゃんはこうでもないと、誰とも仲良くなれないでしょ!」

「だから、俺様は誰とも――」


 そう口を開こうとしたバロンを放置して、フィリスはエミルににっこりと微笑み掛け。


「あんな事言ってますが、兄とも仲良くして下さいね!」


 っと、エミルの手を両手で包み込むようにしてぎゅっと力を込めて握り返した。


 熱い視線を向ける彼女に、エミルも軽く微笑み返す。

 すると、エミルの視界に、突如として何者からのメッセージが表示された。


 それは他の皆も同じなようで、その場に居た全員が一斉に指を動かしている。

 エミルも視界に映し出されたメッセージを指で押すと、目の前に大きくウィンドウが開く。


【今晩8時、各街の広場のモニターにて重大発表がございます。どなたも、この放送をお聴き逃しのないようお願いします。】


 表示を見たエミルは、その不可解な文章に首を傾げていた。

 それもそのはずだ。このメッセージを送ってきたのはVRMMORPG【FREEDOM】の運営ではない。


 運営ならば、まずは今回のログアウトできなくなった事件に対してのお詫びの文面が添えられていなければおかしい。

 しかし、この文面にはそのような内容のことは、一文字たりとも書かれていない。また、このタイミングで運営を装ってこのメッセージがくるというのは不自然だ。


 そうなると、今回の村正事件を起こしたのは彼ではないのか?っという疑問が生まれる……いや、まだ彼と断定するのも早急過ぎるだろう。

 それはこの規模の事件を起こせるシルバーウルフは、彼1人と断定するのは難しいからだ――何故なら、彼はいつでも覆面を被っている為、その素顔は誰も見ていない。


 そうなると、覆面だけ使い回して他の人物と入れ替わっているという可能性もある。

 モニター越しに映る彼は痩せ型ではあるが、一般的にどこにでも居そうな体型をしていたし、音声もこのデータの世界ではいくらでも改変できる。


 っとなれば、狼の覆面を使い回せば背格好の似た者なら誰でも彼に成り済ませるということでもあるのだ。

 いや、そうでなくてもデータとして表示するだけならば、わざわざ人が変わらなくても架空の人物をでっち上げることなど造作もないだろう。


 そう考えると、今までの問題の規模と迅速な対応をふまえて、彼は単独犯ではなく複数犯の可能性の方が高いと言ってもいい。

 そうなると『今回の事件は彼ではない他の者の偽装工作なのか?』エミルがそんなことを考えていると、横に居たイシェルが不思議そうな顔でエミルを覗き込んできた。


「どないしたん? 上の空で」

「えっ? ああ、ちょっと考え事をね……それより、何か大事な話をしていた?」


 何やら会話をしているマスターとメルディウスの姿が目に入り、エミルがイシェルに尋ねる。


 すると、イシェルはにこっと微笑み返してその言葉に答えた。


「大丈夫やよ。ただ、重大発表の前にしっかり準備を整えておこうって話をしてただけやよ」

「なるほど……そうね。昨晩は突然だったから何もできなかったものね。やっぱり備品を少し多めに持っていかないと、私達の回復分だけじゃ不十分だものね」

「そうなん? 言うてくれれば持って行ったんやけど……」


 不満そうな表情をしているイシェル。


 城で皆の帰りを待っていた彼女にとって、さっきの言葉は頼りにされていないと感じたのかもしれない。


 すぐにそれを察したエミルが笑みを浮かべ。


「相当な混戦状態だったのよ。あの状況じゃ空でも飛べないと来れないわ。合流するなんてもっと無理よ。それにいくらイシェでも、スキルが使えなきゃ戦えないでしょ?」

「……そないなこと……」


 掻き消えそうなほど小さな声で、悔しそうに呟くイシェルの頭をエミルが優しく撫でると、まるで気持ち良さそうに甘える猫の様に、イシェルは目を細めた。


 その時、エミルの耳にメルディウスとマスターの会話が聞こえてきた。


「そうだメルディウスよ。千代の紅蓮達は大事ないか? こっちがこの有様だ、向こうも相当だろう」


 それを聞いたメルディウスは高笑いをしながら、マスターに向かって言葉を返す。


「はっはっはっ! 大丈夫だぜ。今朝紅蓮の奴から連絡があって、ピンピンしながら『こっちのことよりも、貴方はマスターに失礼な態度を取ってないでしょうね?』と憎まれ口を叩くくらいだ――それにだジジイ。俺達は仮にも千代の頭を張っているギルドだぜ? メンバー全員、狩りで鍛えられた凄腕揃いの強者達だ、そんなのに、にわかのLv100の底辺プレイヤーが束になっても勝てるわけないだろう」


 自信満々にほくそ笑んで言ったメルディウスのセリフには不思議な説得力があった。


 確かに今回の事件で使われた『村正』は、手にしたプレイヤーがどんなに低レベルでもMAXに引き上げる効果を持っていた。

 しかし、それは理性を持たない戦闘兵器へと変貌させてのもので、言わば人の姿をした人形モンスターと何ら変わらない。しかもそれだけではなく、武器破壊により容易にその状態を解除できるという分、手練のベテランプレイヤー達からしてみればたいした相手ではなかっただろう。


 ギルドマスターが桁外れの強さを持つ彼であるわけだから、そこに属するプレイヤーが弱い訳はない。まあ、彼から滲み出る強者にしかないオーラが、彼の発する言葉にまで現れているのだろう。


 マスターは口元に笑みを浮かべ「そうだな」と小さく呟くと、エミル達の方へと振り向く。


 ゆっくりを歩みを進めながら声を大にして叫ぶ。


「これから儂と街に物資の補給に行く者達を決める。皆、集まってくれ!」


 その声に、キッチンに居たエリエや、リビングのソファーに寝転んでいたミレイニがテーブルに着く。


 全員が居るのを確認して、ごそごそと何かを取り出すと徐に握り拳を突き出す。その拳の中には、先の出た複数の紐が握られていた。

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