侍の魂2

 その光景を目の当たりにしたデイビッドは驚いて目を丸くさせている。


「お、俺のアマテラスが……」


 そんなデイビッドに向かって、女が持っていた短刀を突き出しながら告げる。


「この刀は一定期だけ出た。オノゴロ島のイザナミの剣……」

「……イザナミの剣?」

「そう。あんたを殺す刀の名さ! 行きな。イザナミ!!」


 女は天を仰ぐと、手に持っていた短刀を前に突き出す。


 彼女の足元から沸々と湧き出した水が、巨大な津波となってデイビッドに向かってくる。


 それに対抗すべくデイビッドも天に掲げるように刀を構える。


「くッ! 次こそ貫け! アマテラス!!」


 デイビッドがそう叫んで、思い切り刀を振り下ろした。

 赤黒い炎と群青の波が地面を走り。互いの攻撃がぶつかり合おうというその瞬間、女が辺りの兵士達に向かって「撃て!」と大声で叫ぶ。


 すると、その声に合わせて矢がデイビッド目掛けて一斉に飛んできた。

 再び空を覆う矢の雨に、デイビッドは驚き目を見開く。相殺された攻撃の直後、炎の盾がなくなったデイビットを矢の雨が襲う。


「――なっ、なにッ!?」


 デイビッドが再び刀を構えたが、もう一度『アマテラス』を撃つには態勢を整える時間が足りない。


(……しまった。これが本当の狙いか!? だが……)


 だが、気付いたところですでに一刻の猶予もなく、打手はない。


 デイビッドは飛んでくる矢を見据え、無我夢中で刀を振るう。直撃コースを飛んでくる8本の矢の内6本を叩き落としたものの、その中の2本が彼の左肩と右足に突き刺さる。


「――ぐッ!」


 突き刺さった矢に目を向け表情を歪ませ、すぐにデイビッドはHPを確認する。

 円状になっているHPが減少していて、更に継続して少量ではあるが、減少し続けている。


 デイビッドは直ぐ様、持っていた刀を地面に突き立て、両手で右足と左肩に刺さっている矢を引き抜く。


「うらあああああああああああッ!!」


 デイビッドは咆哮を上げながら引き抜いた矢を投げ捨てた。

 それと同時にHPの減少も止まり、デイビッドは素早く地面に突き立てた刀を引き抜き前に構え直す。


 PVP扱いの戦闘でHP管理は最も重要なことは、ベテランのプレイヤーほど知っている。


 回復アイテムを使用できない仕様はそのままに、本来は少人数でしか対戦できないシステムを改悪され複数戦闘可能になった今、デイビッドにとってこの戦闘は常に数に押される不利なものとなるのは容易に想像ができた。


 その刹那、デイビッドに敵は容赦なく矢を放つ。


 勢い良く飛んでくる矢を見据え、足に力を込めるとデイビッドは敵目掛けて走り出す。


「うおおおおおおおッ!!」


 咆哮を上げながら持っていた刀でデイビッドは、その矢をできうる限り斬り落とす。だが、数百の敵が放ち雨の様に浴びせかけられる矢を全て防げるはずもなく、撃ち落し損ねた数多くの矢がデイビッドの体を無慈悲に貫く。


 さすがに耐え兼ねた体の至る場所に矢が刺さったまま、デイビッドは思わずその場に膝を突いた。一瞬にして痛覚を麻痺させるほどの激痛が、デイビッドの全身を駆け巡る――。


 デイビッドは苦痛に表情を歪ませながら小さく呟く。


「……この数。しかもアマテラスはあの女の技で封じられ、弓による遠距離からの攻撃。数の上で戦略でも俺が圧倒的に不利…………ならば!」


 完全に不利な状況でありながらも、デイビッドのその瞳からはまだ闘志は消えていない。弓を構え弦を引き絞る敵を鋭い眼光で睨みつけ、握っていた刀の柄を更に強く握り締めている。


 その直後、女の号令で一斉に矢が放たれ、天を覆い尽くすほどの矢がデイビッドに向かってくるのが見えた。


「――俺は……侍だ! 侍は死を恐れず! 逆境こそ最大の見せ場!!」


 荒く肩で息をしてそう呟くと、敵の大群に向かって特攻を仕掛けるデイビッド。


 本来ならば無意味な行動かもしれない。だが、その無謀とも言える特攻こそ、この逆境を打開する策なのだ――。


 このまま距離を取って戦闘をしていても『アマテラス』は、女の同列系固有スキルの『イザナミ』に掻き消されてしまう。


 デイビッドは向こうの弓で攻撃を受ける一方で、確実に体力は消耗して状況は更に悪化する――ならばいっそのこと、敵の懐に飛び込んで体力とHPが尽きるまで敵を一体でも減らした方がいい。


 それはPVPでは敵の攻撃でHPが『0』にはならないというシステムを利用した決死の作戦だった。後はデイビッドの精神力が体をバラバラにしそうな、この激痛に耐えられるかどうかだけだ……。


 デイビッドは気合を込めて力の限り叫ぶと、刀を構える。


「うおおおおおおおおッ!! ここに武士の生き様を示さん!!」


 既に矢を防ぐことすらせずに、敵の大群に突貫するデイビッド。


 放たれた矢がデイビッドの体に無数に突き刺さるが、それでも止まることなく向かってくるデイビッドに敵は皆恐怖している様に見えた。     


 もはや、彼のその行動は正気の沙汰ではない。しかし、彼の瞳は決意に満ちていた。

 

(――痛みはある。が、恐怖はない……仲間の為に死ねるなら、男としてこれほどの幸せはない……俺は今日ここで死んでも本望だ!!)


 そう心の中で呟くと、全身全霊を込めて刀を上段に構え『背水の陣』と叫ぶ。


「俺の固有スキルは! 対人戦にこそ力を発揮する!!」


 そう叫んだ直後、デイビッドのHP残量が『1』になり、デイビッドの体が今までにないほど赤い輝きを放つ。


 万策尽きたように無謀な特攻をしてきたデイビッドに、女は冷ややかな視線を浴びせかけ。


「……ふっ、バカな男だね……今、楽にしてあげるよ!」


 その無謀なデイビッドの姿を鼻で笑いながら、女が向かってくるデイビッドに『イザナミ』を放つ。


「俺の思いとともに……敵を蹴散らせ! アマテラス!!」  


 デイビッドは向かってくる波に向かって、上段に構えていた刀を地面に振り下ろす。

 すると、今までにないほどの赤黒い炎がまるで天を覆い尽くす勢いで放たれた。


 壁の様に迫り来る赤黒い炎に彼女が放った波が飲み込まれ、女が悲鳴にも似た声を上げる。


「なっ、なんだって!?」

 

 驚きを隠せないと言った表情を浮かべる女の元に、赤黒い炎が天を覆う巨大な津波となって襲い掛かる。

 一瞬にして敵の大群を呑み込んでいく炎を見つめ、デイビッドはただただその凄まじいほどの破壊力に驚いて呆然としていた。


 デイビッドは自分の赤く輝く体を見ながら、現状が把握できないと言った様子で首を傾げた。


「これはどういうことだ? 俺の固有スキルはHPが減少するほど攻撃力と防御力が大幅に上昇するだけのはず……」


 困惑した表情のまま、徐ろに指を動かしコマンドを開き、自分のステータスを確認した。すると、その攻撃値の表示が【∞】になっている。


 このことから推測するに、デイビッドの固有スキル『背水の陣』は、使用者のHP残量によって攻撃力、防御力ともに大幅に上げるというもの――だが、今のデイビッドのHPはシステム上の関係で『1』は必ず残る。


 それがデイビッドの攻撃により、辺りはHPが『0』にならない為に【OVERKILL】の状態となり、極限まで強化された『アマテラス』が放てたのだ。


 ふと我に返り前を向き直したデイビッドの眼前には、敵が赤黒い炎が着いたまま、地面の上をのたうち回っている姿が映っていた。しかも幸いなことに、巨大な赤黒い炎とそんな姿の仲間を見て敵はかなり混乱してくれているようだ。


 そんな中、近くにいた味方を盾にして、なんとか難を逃れた女が叫ぶ。


「このぐらいで狼狽えるな! 敵は手負いの1人。囲んで叩けば、あたし等が負ける訳ないんだよ!!」


 だが、ダメージがなかったわけではなく。彼女の着ていた黒い着物が炎で左半分が焦げ落ち、彼女の大きな胸を覆っていたサラシが姿を表していた。


 男勝りに号令をかけた彼女の声に周りの兵士達が奮起する。


「そうだ。姉御の言う通りだ!」「あんな金髪侍野郎に負けてたまるか!」「俺達は最強! 姉さんに死んでも着いていきますぜ!」


 女のその声に周辺から様々な声が上がる。一度は総崩れとなった敵の兵士達はここぞとばかりに体制を立て直すと、辺りの兵が各々手にした獲物を構えてデイビッドを取り囲む。

 鼻息荒く己の得物を構えて包囲する敵を前にデイビッドは大きく深呼吸をすると、目を見開き刀を構えた。


 デイビッドはその中で最も敵の多い場所にもう一度『アマテラス』を放つと、刀を構えて近くの敵に襲い掛かる。


「うおおおおおおッ!!」

 

 デイビッドの上段から振り下ろされた刀は敵の剣ごと砕き敵を斬り伏せる。


「ぐああああああッ!!」


 一撃で相手のHPは1だけ残してその場に倒れ、斬られた場所は血が出てない変わりに赤黒い炎が線の様に走っている。


 たった一撃で斬り倒された味方を見てどよめく敵の様子に、デイビッドは確信した様に強く拳を握り締める。


(行ける! これなら勝てる!)

 

 四方を敵に囲まれ、体には無数の矢が突き刺さったこの絶望的な状況に、一筋の光りが見えた気がした。


 その時、デイビッドに向かってリーダー格の女が襲い掛かって来る。


「はあああああッ!!」

「くッ!」


 デイビッドは振り下ろされた短刀を素早く刀で防ぐ。その直後、女の体が青く輝き、一瞬で目の前から姿を消した。


 っと次の瞬間、再び背後から襲い掛かる。


 デイビッドは素早く振り返ると、刀で女を吹き飛ばす。


 地面を転がっていた女は素早く体制を整えると、すぐに目の前から姿を消した。

 いや、消したというよりも高速で青い光りが移動しているところを見ると、素早く走ってこの場を離脱したのだろう。


(あの動き……あの動きには見覚えがある……)


 そんなことを考えていると、ふと脳裏に戦っているエリエの姿が浮かんできた。


「そうか! あの動き、あのスキルは!!」


 そう。デイビッドが感じた通り、それは紛れもなくエリエと同じ固有スキル『神速』の輝き――。


 元々左程珍しい部類の固有スキルではないものの、その効果は絶大――固有スキルの中で肉体強化系のスキルは外れではなく。戦闘に置いての駆け引きの中では、間違いなく当たりと言っていいだろう。


 一旦デイビッドから距離を取った女は、戦意を喪失しかけている辺りの味方に檄を飛ばす。

 

「なに怖気づいてんだい! PVPでHPが1より少なくならないのは常識だろ? 今、目の前の奴を倒すか、後で烈也に殺されるか、お前達はどっちを選ぶんだよ!?」


 その言葉を聞いて、周りの者達の目付きが変わる。


 数の上ではまだ彼等に利がある。しかも、誰かは分からないものの『烈也』の名前を出された直後、それまでの恐怖していた兵達から漂う恐れが消え、凄まじい殺気に変わっていた。彼女の出した人物はそれほどまでに強い影響力があるということなのだろうか。


 一瞬にして辺りに立ち込めるピリピリとした緊張感に、デイビッドは険しい表情で刀を構え直す。


 先程までは、まるでお通夜の様に静まり返っていた敵が、女の一声で息を吹き返した。その直後、敵が一斉にデイビッドに向かって襲い掛かる。


 すでに向かってくる敵に迷いは一切感じられない。だが、それはデイビッドも同じこと……。


 デイビッドは咆哮を上げながら、向かってくる敵を次々と斬り伏せていく。

 その都度、斬り伏せられた敵は叫び声を上げ、その場に倒れる。


 敵はデイビッドを取り囲む様に展開する。辺りには槍、斧、剣と様々な武器を手にした者達が鋭い闘志を含んだ瞳をデイビッドに向けていた。


 デイビッドは敵の澄み切った鋭い眼光を受け、鬼の様に睨みを利かせながら叫ぶ。


「なにを……なにをこの悪党共が!!」 


 デイビッドは激昂しながら周囲の敵に吠える。


 目の前の斧を持った敵を斬り倒し、更に言葉を続けた。


「お前達はまだ幼い子を誘拐して、それでどうしてそんな顔ができる! 悪事を働いているという自覚はないのかッ!!」

「うるせえええええええええッ!!」

「――今は俺が話してるんだ。黙れ!!」


 叫んで向かって来る大剣を手にした男を、その大きな刃ごと真っ二つに叩き斬ると、辺りに向かって声を張り上げた。


「俺は、数という力に物を言わせて人を陥れる輩が大嫌いだ! お前達のその非道な行いの影で、泣く者がいることを考えたことはあるのか!!」


 そう叫んだ時のデイビッドの脳裏には、自分のせいで星を失ったと嘆いていた落ち込んだエリエの姿がはっきりと浮かんでいた。


 彼女は目の前で星を誘拐され、手も足も出なかった自分に酷く嫌悪感を抱いていたのだ。星を救出に出る前も、ベッドに座り込んで落ち込んだ様子のエリエに、デイビッドは掛けてやる言葉が見つからないでいた。


 そんな中、短刀を持った女がそれを馬鹿にしたように鼻で笑う。


「……ふん。泣く者がいる事を……?」


 刀を握り立ち尽くすデイビッドに向かい女が告げる。


「そんなのあたし等の知ったことじゃないよ。そいつらは弱いから泣くことになる……そんなの。数を集められない弱い者が悪いのさ! 偽善者ぶって声高らかに言うような大層なことじゃないね!!」

「……そうか、獣に言葉が通じるわけはない……か、ならその身に刻んでやる……」


 憤りを抑えるつつ、強く刀の柄を握り締めてぼそっと呟くと刀を振った。


 その刀身から出た赤黒い炎が、女のすぐ横にいた兵士を呑み込む。直後に辺りに悲鳴と呻き声が響き渡る。しかし、それでもまだ数多くの敵が残っている。


 デイビッドは怒りから歯を噛み締めると、殺意を剥き出しにして前方の敵の中へと飛び込んでいった。

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