ウォーレスト山脈2

 崖の急勾配の道を、微かな足場と岩肌を辿って進んでいく。


 螺旋状に続く道をどこまでも歩くと頂上に掛かる橋を渡る。

 橋を渡ると、今度は下に降っていく長い道の先にまた橋があり、それを登るとまた橋があるという繰り返しだ。


 剣山の様な山とそれを繋ぐ吊り橋が幾重にも重なった場所が、ここウォーレスト山脈なのだ――。


 先頭を黙々と進んでいたサラザが、突然歩みを止める。


「みんなちょっと待って~」


 そう声を張り上げたサラザが、徐に行先を指差した。

 皆サラザの指差した場所に目を凝らすと、行く手をゴツゴツとした突起のある大きな岩が塞いでいた。


 それは明らかに、何者かによって故意に置かれていたものだろう。

 何故なら、岩のその先にも道が続いているからだ。フリーダムのシステムでは、破損した建造物は自己修復機能により再生する。しかし、そのシステムも完璧ではなく破損は回復できても配置の変更には対応できない。


 即ち。この場合は、道を塞いでいる岩は岩という固有のデータであり。そのデータの移動のみで、システム上では破損したオブジェクトとはみなされないということになるのだ。まあ、それもゲーム運営が機能していれば、いずれ元の場所に戻されるが、こんな状況下ではそれは望めない。


 大人の身長を悠々と超える大岩が、小さな足場を封じていた。


「……でもこんな巨大な岩をどうやって……?」


 デイビッドは顎に手を当て、難しい顔をしている。

 それもそうだろう。いくら筋肉量もレベルによって変わるとはいえ、道を塞ぐほどの巨大な岩をこの足場の悪い中で移動させられるはずがない。


 こんな足場の悪い場所で変に力を入れれば、岩でなく足場を崩しかねない。

 言うまでもなく落ちれば、運が悪くなくても命はないこの場所で一時的な足止めの為にそんな危険な行動を取るメリットがない。


 やったのはダークブレットのメンバーの誰かであることは言うまでもないが、これほどのことができる人間が、メンバーの中にいると考えただけで鳥肌が立ってくる。


 険しい表情で考え込んでいるデイビッドを尻目に、ガーベラが岩の前に立ちはだかった。


「考えても仕方ない。要は邪魔なら砕けばいいんでしょ?」


 ガーベラは鉄製のトンファーを装備すると、少ない足場で武器を構えて大きく深呼吸をした。


 一瞬ガーベラの全身の筋肉が盛り上がったと思った瞬間。勢い良く右腕を岩目掛けて突き出す。

 

「うおらあああああああああああああああッ!!」


 ガーベラの雄叫びとともに岩が粉々に粉砕され、その破片が崖の下へと落ちていく。


 あまりの光景に、デイビッドがぽかんとしながら呟く。


「……罠とか考えないのか?」

「罠? あなたは臆病だね。罠さえも粉砕すればいいだけじゃない」


 ガーベラはトンファーを手にニヤリと得意げに笑みを浮かべて言った。


 確かに、彼等に罠なんて陳腐なものは通用しないのかも知れない……。


 デイビッドはガーベラの発言に呆れながら額に手を当て、大きくため息をつく。前を歩いていたエリエが振り向いて、デイビッドに告げる。


「罠なんて気にしてられないよデイビッド。間に合わなかったら意味が無いんだから!」

「あ、ああ。そうだな……」


 そのエリエの表情は相変わらず険しく、真剣そのものだった。


 だが、これはおかしい。本来ならばデイビッドを前に、まともなことを口にするエリエなど今まで見たことはない。


 普段なら「全く。ビビりなんだから」などと言って、間違いなく彼を罵ってくるはずなのだ。まあ、それだけ今回のことに責任を感じ。本気で取り組んでいるということなのだろうが……。


 そんなエリエに、サラザが優しい口調で言う。


「エリー焦っても空回りするだけよ~」

「サラザ……でも……」


 今にも泣き出しそうになるエリエを見て、サラザは表情を曇らせている。


 サラザにも今のエリエの落ち着かないという心境は理解しているつもりだ。だが、ここで焦ったところで敵の術中にハマるだけなのは火を見るより明らかだった。


 何の目的かは分からないにしろ、先程の道を塞いでいた岩も何らかの目的で置かれたもの。それがこちらを阻む為か、困惑させる為なのかは分からないものの、敵は確実にこちらに対してアクションを起こしてきている。 


 その時、カレンの肩に乗っていたレイニールが、イライラした様子でパタパタと翼をはためかせ、サラザ達の方へ飛んできた。


「我輩は飛ぶぞ! こんな面倒な場所で足止めされている暇はないのじゃ! 早く主を助けなければ!」

「いや、それは止めた方がいいと思うよ?」


 憤るレイニールに向かってデイビッドが告げると「どうしてじゃ!」と声を荒らげるレイニールにデイビッドが頭上を指差しながら答えた。


「それはここを飛ぶ竜達だよ。君が巨大化して竜を倒してもいい。でも、その騒ぎを聞きつけ、敵が集まって来るというのは予想できるだろ? 少数で敵の拠点を奇襲するなら、敵の懐に飛び込むまでは騒ぎを起こさない方が賢明だ」

「……むぅ~」


 不服そうなレイニールは膨れっ面をしながらも、仕方なくカレンの肩に戻った。


 カレンはそんなレイニールの心境を察しているのか、余計なことは口にせずに「おかえり」とだけ優しく声を掛けた。


 デイビッドは難しい顔をして、呟くように自分の考えを口にする。


「ここは安全だ。できれば、ここで少し体力を回復しておきたいな。今まで休みなく来ているし……このまま進んでも、戦闘になれば間違いなくこちらが不利になる」

「そうですね。俺もそう思います」


 それを聞いて、後ろに居たカレンが話し掛けてきた。


 突然肩を叩かれ、デイビッドが驚いた顔をしていると、それに構うことなくカレンが言葉を続ける。


「でも今のままじゃ無理です。だから俺は、この山脈地帯を抜けたらそこで休息を取ることを勧めますね。この中間で休息を取れば、敵に陸に渡る橋を抑えられる危険がある。そしたらエミルさん達と合流してもどうしようもなくなります」

「……確かに、自動修復システムが働き橋の破壊ができない以上は敵襲を受けた場合、敵は橋に戦力を集中する可能性が高い」


 そのカレンの意見に、顎に手を当てながら頷くデイビッド。


 だが、カレンの言うことは最もだ。全てが一本道のこの場所は敵に先回りされて抑えられたら、その場で歩みを止めるしかなくなる。空からいきたくても、多くの飛竜が飛び交う空を無事に突破できる保証もない。


 まずは地に足をつける場所に移動してから、休息を取る方が今の状況下では正しい判断だろう。


「そうです。別々に陽動を掛けるならこっちが囮になって、最悪はこの地帯に撤退すれば、後から来たエミルさん達と敵を各個撃破できます。撤退時はレイニールちゃんにお願いすれば、空から無事に帰還できるはずです。この場所を拠点に活動しているということは、ここに生息している飛竜をも防衛に利用しているでしょう。飛竜は周囲に入ってきた者を無差別に攻撃します。俺が敵ならみすみす殺られるような真似はしないはず。となると、飛竜に感知されない様に敵に飛行タイプ系の固有スキルを使用する者はいないと、俺は思っています……」


 その的確なカレンの意見に、デイビッドは素直に感心する。

 マスターと度をしていたからだろうか、カレンの意見はまるでマスターがそこに居るかの様だ――。


 じっと見つめているデイビッドにカレンが恥ずかしそうに顔を逸らすと、デイビッドも慌てて顔を背けた。

 足早に先を進みウォーレスト山脈の中央付近に差し掛かったその時、突如として空を飛んでいた飛竜達が襲い掛かってきた。


 その突然の飛竜の行動に、皆驚きの表情を隠しきれず目を丸くさせている。


 デイビッドは素早く鞘から刀を抜くと叫んだ。


「どうして、こちらから仕掛けないのに。飛竜が襲い掛かってくるんだ!」


 しかし、デイビッドが動揺するのも当然なのだ――ゲーム内のモンスターはAIでコントロールされている。

 そして、本来ならば、ここの飛竜達は飛行型のプレイヤーか遠距離から攻撃を加えた者を襲うよう設定されているのだ。


 だが、飛竜が自発的に地上に居るプレイヤーを襲うということはあり得ないと言っていい。ということは、何者かがゲーム内のモンスターデータのプログラムを改ざんしたことを意味していた。

 本来の仕様とは明らかに異なる飛竜の動きに、その場にいた者達も動揺を隠しきれない様子だった。


 しかし、そんなことができるのは、プログラミングに精通している人間しかいない。

 問題はそれが運営サイドか、外部の凄腕ハッカーか、あるいはこの事件を起こした首謀者か……このどれかである。


 もしも運営サイドが意図的に行っている改ざんであれば、この事件の発生からすでに運営が関わっていることになり、ここに居る全プレイヤーの生命が脅かされことになる。


 また、それが第三者であるハッカーの仕業であれば、その人物の介入がどこまでできるかで、今このゲームに閉じ込められている人間達の生命に関わる大問題なのだが、今まで外部からの接触が全くないこの状況でそれは極めて考え難い――っとなれば、犯人はほぼ確定している。 


 しかし、今は目の前から襲ってくる大きなドラゴンをなんとかするのが先決だ――。


「まともな足場でも厳しいのに今のこの状況では!!」


 デイビッドは剣を握り締めながら、口を大きく開けながら向かってくる飛竜を見据えていた。

 その直後、デイビッドの目の前を複数の銀色に輝く何かが高速で通り過ぎ、向かってくる飛竜を斬り裂く。

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