2人で外出3

 その時、星はふと何者かの気配を感じて辺りに気を配る。

 繁華街に出て来た時に道の両端にある建物の屋根から、何者かの視線を感じた。


(……なに? 誰かに見られている気がする……)


 不安そうにきょろきょろと辺りを見渡していると、星のその様子を不思議に思ったエリエが話し掛けてきた。


「星どうしたの? 何かあった?」

「えっ? いえ、なんでもないです」

(……気のせいだよね)


 星はそう心の中で自分に言い聞かせると、エリエに向かって笑みを浮かべた。


 っと次の瞬間。エリエは星の手を引くと、いきなり走り出した。

 驚いたように目を丸くさせた星が、エリエに向かって叫ぶ。


「ど、どうしたんですか!?」

「ああ、急に甘い物が食べたくなってさ!」

「……ああ、なるほどー」


 突然走り出すエリエの行動に、もしかしたら彼女も自分と同じ様に何かを感じたのかと期待したのだが、ただの星はちょっと残念そうな顔をしていた。


 その後、2人は近くの甘味処にの前にきた。

 気がつくと空高く飛んでいったはずのレイニールも、ちょこんと星の頭の上に乗っている。しかし、未だに不機嫌なのは変わらないようで、そっぽを向いたままなのだが……。


 星達は街の表通りに面した場所にある茶色い瓦屋根のお店の前にいた。

 そこに掲げられている古そうな木の看板には『甘味処 白タマ庵』と筆で書かれている。


 星がその看板を見上げていると、エリエがのれんの掛かった引き戸を開いて店内に入っていった。それに気付いた星も、慌てて彼女のその後を追いかける。


 店内には向い合って座る横に広いソファーの様な座椅子の背もたれ部分で、各座席を区切られており。木材独特のおうとつを活かした古そうな木のテーブルの頭上には、和紙で作られたランプが柔らかい光を放っていた。


 また店内のあちこちには観葉植物が置かれている。その落ち着いた大人の雰囲気の中で、店の中央に置かれた巨大な2体の招き猫のぬいぐるみがとてもミスマッチだ。


 そのぬいぐるみを見て、エリエがぬいぐるみを抱いていた姿を思い出し、思わず星がくすっと笑みを浮かべる。


 そんな星に、エリエが満面の笑みで話し掛けてきた。


「ここはね。宇治抹茶金時あんみつが絶品なんだよ~」

「……エリエさんは本当にお菓子を食べるのが好きなんですね」

「うん! まあ、リアルじゃなかなか食べれないしね。今日は私のおごりだから遠慮しないでいいよ~」


 そう呟くと、エリエは手を上げて店主を呼んだ。


 フリーダムの中ではサラザのように、プレイヤーが自ら店舗を経営していることも少なくない。

 それは一定のレベルを超えると、プレイヤーは装備アイテムなどの収集以外はやることがなくなる為だ。


 ゲームをプレイしていて、最も大変なのはキャラクターのレベル上げだろう。これはレベル制MMORPGをプレイした者なら誰しもが経験していることだ――。


 武器の入手は資金でプレイヤーが店売りしている物を購入すればいいが、レベルに必要な経験値だけはそうはいかない。

 毎日レベルに似合った経験値のいい狩場に缶詰になってレベルを上げるなんていうのは廃人と呼ばれるトッププレイヤーならば、日常的に行っている行為だろう。


 レベルアップに必要な膨大な経験値を入手するには、これまた膨大な時間モンスターを狩り続けるしかない。

 正直。選り好みさえしなければ、その中で得た資金で必要な装備はあらかた揃えることができる。


 しかし、日々モンスターを狩り続けるという苦行も、無事にレベルをカンストしてしまえば、今度は日々やることがなくなったという喪失感と退屈という苦行に変わる。この苦行の時期が、一番ゲームを止めてしまうプレイヤーが続出する時期と言ってもいい。


 それを避ける為に、プレイヤーはそれぞれにダンジョン攻略に資金を調達しながら、運営がイベントを開催するの待つのだ。

 効率は悪いが狩りとは違い、待ってるだけで資金を調達できる分、このような暇つぶしを兼ねた資金調達をしている者も少なくないのだ。


 まあ、結局はこっちの副業の方が忙しく。本命だったはずのダンジョン攻略が疎かになるケースが多い。

 凄いプレイヤーはゲーム内はNPCの従業員に殆どの業務を任せて、自分はリアルで実際にゲーム内でオープンしていたショップを経営する者までいるくらいだ――。


「それじゃー。いつものを3つで!」

「はい。かしこまりました!」


 店主の少女は大きな猫のプリントが入ったエプロンを身に着け笑顔で返事をすると、店の奥へと消えていった。


 結局、星がメニューを見て決める暇もなくエリエが注文を終えてしまった。だが、そんなことよりも、エリエが店主に「いつもの」と言っただけで店主が理解するあたり。彼女はどれだけ、この店に通い詰めているのかの方が星は興味がある。


 注文したのを確認しして、レイニールが星の頭の上から翼をはためかせ、ちょこんとテーブルの上に降りた。


「ほう。我輩はこういう場所は初めてだが、意外といいものじゃなっ!」


 ウキウキした様に弾ませた声を聞くと、もうさっきのことを怒ってはいないらしい。


 注意深く辺りを観察するレイニールに、エリエが含み笑いを浮かべ。


「ふふ~ん。レイニール、驚くのはまだ早いよ。宇治抹茶金時あんみつスペシャルを見たらもっと驚くよ~」

「なに!? スペシャルじゃと!?」


 オウム返しの様に言って驚くレイニールに、エリエは得意げな笑みを浮かべている。


 そのやり取りを見ていた星は思った。


(レイったら……エリエさんに呼び捨てにされるのあんなに嫌がってたのに、もういいのかな?)


 さっきまではエリエに自分の名前を呼ばれる度に不快感を露わにしていたのだが、今は自然と会話をしていた。


 星がそんなことを考えていると、店主の声が耳に飛び込んできた。


「お待たせしました~。宇治抹茶金時あんみつスペシャルです~」


 テーブルに置かれた大きな器に入った、溢れんばかりの山盛りの宇治抹茶金時あんみつスペシャルを見て、星とレイニールは驚いている。


 大きな果物を乗せるガラスの器にモナカやチョコレート、だんごなどが乗ったたっぷりの抹茶のソフトクリームにアイスクリームの上に生クリームが盛られ、下の層にあんみつが入っていた。


 それとは対照的に、エリエは胸の前で手を合わせて歓喜の声を上げた。


「おっ! 来た~!!」


 スプーンを手に、今にもその巨大なあんみつを食べようとしているエリエに、星は言い難そうに尋ねた。


「あの……その……これ食べるんですか?」

「あっ、あははっ。そうだよね……全員の分が来てから食べるのが普通だよね!」

「い、いえ。そうじゃなくて――」


 星がそう口にしようとした直後。一度は厨房に戻った店主が持ってきたもう2つ巨大な宇治抹茶金時あんみつスペシャルが目の前に置かれたことにより、星の言い出すタイミングが完全になくなってしまった。


 宇治抹茶金時あんみつスペシャルは器だけでも、星の顔より大きく、レイニールが余裕でお風呂代わりに浸かれるほどの大きさのものだ。まあ、実際にお茶碗などをお風呂代わりに使うのは、目玉の妖怪くらいなものだが……。


 流されるままに星はスプーンを手に取ったが、その大きさゆえ一体どこに刺せばいいのか分からないほどの宇治抹茶金時あんみつスペシャルを見つめていた。


 その横でレイニールは躊躇なくスプーンを突き刺し、パクパクと食べ進めている。だが、星はもう一つ。宇治抹茶金時あんみつスペシャルを食べるのに問題を抱えていた。


 順調に食べ進めるレイニールを横目に、星は深いため息を漏らす。


(……レイはなんでも食べれていいなぁ~。私、抹茶って苦くて苦手……)


 星が浮かない顔をしながら、目の前のてんこ盛りになっている宇治抹茶金時あんみつスペシャルを見下ろしていと、エリエが心配そうに尋ねてくる。


「どうしたの? さっきから一口も食べてないじゃない。もしかして――虫歯になるのか心配? 大丈夫だよ。ここではそういう心配はいらないから!」 


 そういうとエリエは再び、宇治抹茶金時あんみつスペシャルをスプーンいっぱいに掬い上げ、口の中へと頬張った。


 それを見て、星は言い難そうに口を開いた。


「あの……実は私。抹茶って苦くて……苦手なので……」

「な~んだ。そんな事? ここのは甘く作られてるから大丈夫! それでもダメなら……すみませ~ん!」 


 何を思ったのかエリエは手を上げて叫ぶと、突然店主を呼び寄せた。


 すると、他のお客さんの接客をしていた店主が慌てて駆けてきて。


「どうしましたか? 追加のオーダーですか?」


 エプロン姿の店主がおぼんを胸に押し当て小首を傾げている。


「いえ、実はこの子が抹茶。苦手みたいで……」

「ああ、かしこまりました。少し待っててくださいね~」

「あっ、別にそこまで――」


 エリエがそう告げると、星の声も聞かずに店主は急いで奥へと駆けていった。その直後、きな粉と黒蜜を持って店主が戻ってくる。


 店主は持って来た物を星の目の前に置くと、にっこりと微笑んで話し掛けてきた。


「お嬢さんごめんなさいね。もう少し甘くできれば良かったんだけど、これで我慢してね?」

「あっ、はい。ありがとうございます」


 星はぺこりと頭を下げると、きな粉と黒蜜を宇治抹茶金時あんみつスペシャルにたっぷりかけた。その後、それをスプーンで掬うと、意を決して口に含んだ。


 数秒後、星が目を見開く。


「――あっ、おいしいかも……」

 

 星がそう呟くと、それを聞いていたエリエが微笑みまたパクパクと物凄い勢いで食べ始める。


 何度も見てきたが、彼女のお菓子を食べる時のスピードには度肝を抜かされる。

 可愛い顔をして少しずつ長めのスプーンで次から次へとパクパクと口の中に運んでいく姿は、まるでフードファイター顔負けである。


 3人は宇治抹茶金時あんみつスペシャルを食べ終え店を出た。


 だが、食べ終えたと言っても、結局最後までたべきったのはレイニールとエリエの2人だけで、星は結局食べきれずに2人に食べてもらったのだが……。


「でもやっぱりここの宇治抹茶金時あんみつスペシャルは最高ね。食べ飽きるって事がないし」

「うむ。お前は好きになれんが……その意見には同感なのじゃ!」


 2人はそう頷くと、満足そうに微笑んでいる。


 それとは対照的に星は顔を青ざめさせ、大きなため息をついて呟く。


「……はぁ~。もう当分は甘い物は良いいかな~」

 

 星はこれで何度同じことを呟いたのかと考えて、再び大きくため息をついた。


「さて、そろそろ城に戻ろっか! さすがにエミル姉に怒られると思うし……」

「……は、はい」


 今まで綺麗さっぱり忘れていた事実をエリエの口から聞いて、急に現実に引き戻された気がしていた。


 それもそうだろう。結果的にエリエに流されたとは言っても、勝手に外出したことを怒られ、ふてくされていたところから城を抜け出した――これはまさに、エリエを巻き込んでのれっきとした家出なのだ……。


(はぁ……私。何してるんだろう……)


 心の中で呟き、浮かない顔をしていた星にエリエが優しく言った。


「だ、大丈夫! もしエミル姉に何か言われても私が星を守ってあげるから!」

「……エリエさん」

「うん。だから、安心して――――んッ!?」


 そう口にしようとした直後。エリエの表情が険しいものへと変わる。


 急に怖い顔をした彼女の様子に、星もなんとも言えない緊張感を肌で感じていた。

 それもそのはずだ。夜の暗闇に乗じて、微かに動く人影が数人、屋根の上から星とエリエを狙って弓を構えている。


 その時に甘味処に入る前に感じていた視線の正体を、星は今更ながら理解した。


 エリエは咄嗟に星を自分の背中へ隠すと、小さな声で指示を出す。


「――星。よく聞いて……店舗の中に戻ったらダメ。戻ったら奴等もその後に押し込んできて一網打尽にされる。戦闘不可でも小競り合い程度の戦闘は許可されてるし、向こうは見たところエルフだから狭い店内じゃ、スピードで有利な奴らからは逃げきれない」

「なら、どうしたら……」


 星が不安そうな声を上げると、エリエは余裕の表情でくすっと微笑んだ。


「大丈夫。サラザのお店に戻れば、スピードでは勝てなくてもサラザ達のパワーで圧倒出来るから!」

「「なるほどー」」

 

 星とレイニールは声を揃えて相槌を打つ。


 だが、この甘味処は表通りにあり。サラザの店はそれから奥まった裏通りにある。

 一時的とはいえ、人目につかない場所に行くのはリスクが大きいことを、星もすぐに気が付いた。しかし、それはエリエも分かっているはず……。


 そのリスクを犯してでも、今は身の安全を確保することを最優先にしているのだろう。


 星は不安そうなエリエの背中を見つめた。

 そして次の瞬間。エリエの口から出たその言葉に、星の考えが的中していたと理解することになる。


 後ろに隠した星に向かってエリエがささやく。


「――星。合図したら、私の背中におぶさって……私の固有スキルを使って全速力でサラザの店に戻るから、振り落とされないようにしっかり掴まるんだよ?」

「――はい!」


 星はエリエの言葉に返事をして、彼女の合図を固唾を呑んで待った。

 そして張り詰めた空気の中、月が雲に隠れる寸前に「いま!」と言うエリエの声が響くと、素早くしゃがみ込んだエリエの背中に星がしっかりとしがみつく。


 次の瞬間。ヒューンッという矢の風切音が数回星の耳に飛び込んできたかと思うと、物凄い勢いで星の体は前に引っ張られた。

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