マスターの目的4

 紅蓮の部屋の丸テーブルを囲んだ3人は、テーブルに置いたカップを前にして、今後の予定を話し合う。


「マスター。千代を発つのは分かりましたけど、次に行くあてはあるのですか?」

「うむ。次は名御屋に行こうと考えておる。それよりも。同伴する2人はここに呼ばなくても良いのか?」


 不思議そうにそう尋ねるマスターに、メルディウスが呆れ顔で言い放つ。


「くだらねぇーことを気にすんじゃねぇーよ。あいつらは俺達が行くと言えば、何の疑問も持たずに付いてくる――そういう奴等だ!」


 メルディウスは何故か自慢気に胸を張っている。

 まあ、それが信頼からくるものか『どうせ何を言っても無駄だろう』という諦めからくるものかは、当の本人達にしか分からないことだ。


 横目でちらりとメルディウスを見て、紅蓮がため息をつく。

 おそらく。紅蓮も呼んだ方がいいと言ったのだろう。だが、メルディウスがこの調子で「その必要はねぇー」と一蹴したことが、マスターには容易に想像できる。


 紅蓮がため息交じりに言った。


「はぁ~、大丈夫ですよ。マスター。後で私の方から、2人には伝えておきますから」

「そうか、ならば問題なかろう」

「はい。なのでマスターは何も心配しないでください」


 その紅蓮の言葉を聞いたマスターは、安堵したような表情で「そうか」と小さく呟くと話を続けた。


「儂の仕入れた情報によると、どうやら名御屋にバロンがいるというのだ」

「ちょっと待てじじい! あいつは最後にしないとまずいだろ! 話だけ聞いて『はい。分かりました』て済む野郎じゃないんだぞ!?」


 それを聞いたメルディウスは血相を変えて叫んだ。

 横の紅蓮も不安そうな表情で、マスターの顔を見つめている。


 その2人の様子を見ていれば、バロンと言う人物がどのような人間かは、おおよそ察しがつく。一筋縄ではいかないと言うよりも、できれば関わりたくない人物なのは間違いないだろう。


 メルディウスは更に声を荒らげながら言葉を続けた。


「いいか? 知ってると思うがな。今、俺は死ねねぇーんだぞ? ビッグバンが使えねぇー俺は、羽をもがれた鳥だ! 普段ならバロンなんざ敵でもないが、固有スキルを封じられてる俺が行ったら、喜んであの野郎は固有スキルを使うぞ!?」

「だろうな……だから交渉には、紅蓮に行ってもらいたいと考えている。頼めるか? 紅蓮」

「……はい。マスターが言うのなら喜んで」


 紅蓮は一瞬表情を強張らせたが、すぐに決意に満ちた表情で強く頷く。


 それを聞いていたメルディウスが、烈火の如く怒り出す。


「ふざけんなよじじい! 紅蓮にそんなあぶねぇー事させられるかよ!」


 その言葉を聞いて、マスターが「ふふっ」と口元に不敵な笑みを浮かべ、メルディウスの顔をまじまじと見つめると。


「――ならば、お前がバロンとの交渉に行ってくれるな? メルディウス」

「な、なに!? どうして俺が……」


 唐突にそう言われ、メルディウスは面食らったようだ。まるで鳩が豆鉄砲を食った様に、目を見開きぽかんと口を開けているメルディウス。


 そんな彼の様子を気にすることなく、マスターはゆっくりとした口調で告げた。


「お前が適役なのだ。何故なら、前にもバロンが暴走した時。お前が奴を止めただろう?」

「だから、たった今、それができないと言ったばかりだろうが!」


 怒るメルディウスに、マスターが突如として「はっはっはっ」と大声で笑い声を上げ、すぐに言葉を続けた。


「――それは違うな。お前はできないのではない。しないのだろう?」

「……しないのもできないのと同じだろうが、固有スキルが発動できないんだからよ。それの何が違うって言うんだよじじい。気でも狂ったのか?」


 眉をひそめ、メルディウスは不信感いっぱいの眼差しをマスターに向けた。

 すると、さっきまで豪快に笑っていたマスターの表情が、急に神妙な面持ちに変わる。


 彼の真っ直ぐな黒い瞳がメルディウスを捉え、その眼差しを向けられているメルディウスは怪訝な顔をしながら次の言葉を待っていた。


 そして、マスターがこの作戦の趣旨を説明し始める。


「今回はバロンを説得する事が目的だ。その為、奴に尋常ではない敵意を向けられているお前が適役なのだ。もし儂や紅蓮が行けば、話ができるどころか拒絶され、最悪は戦闘になるだろう。そうなれば、儂らは奴に確実に負ける」

「なぜだ? お前もビッグバンを使えるはずだ。それなら、多種多様な技を持ってるじじいの方が適役じゃねぇーのか?」


 メルディウスはそう言って、訝しげに首を傾げている。


 だが、彼の疑問は最もだ。本来なら固有スキルの豊富さを取っても話術を取っても、メルディウスよりマスターの方が適役なのは間違いないだろう。


 それにも関わらず、メルディウスが適役だと言う彼の言葉の意味が分からない。


 興味津々な様子でマスターのことを真っ直ぐな瞳で見つめている彼にマスターが答えた。


「いや、儂はビッグバンを覚えてはおるが、それをバロンのやつは知らん。もし儂が奴にビッグバンを使えると言っても、一応警戒はするだろうがそれだけだ。不確定な事を信用はしないだろう。可能性の域を出ないハッタリだとな……」

「なるほどな、それで俺って訳か……なら、どうして紅蓮はだめなんだ?」

「……私も気になります」


 紅蓮はそう言ってテーブルに手をつき、身を乗り出して尋ねた。メルディウスがダメでどうして自分にはできないのか、彼女も同じ四天王と呼ばれる人間として気になっているのだろう。


 マスターはそんな紅蓮から目を逸し、淡々と話し始める。


「いや、それはメルディウスを本気にさせる為の嘘だよ」

「なっ!」


 メルディウスは不機嫌そうに眉をひそめる。


 横ではマスターの発言を聞いて、紅蓮はメルディウスを少し馬鹿にしたような笑みを浮かべている。まあ、紅蓮がメルディウスのことを軽んじた態度を取っているのはいつものことなのだが……。


「だが、例え紅蓮が行っても説得は不可能だろう。紅蓮の『イモータル』不死の能力は素晴らしいが……死なないと言うだけの話にすぎん。それに、説得に来たという事は、バロンからすれば殺意を向けられていないという事にもなる。なんせ攻撃能力はメルディウスや儂より遥かに低い紅蓮だからな。更に付け加えると、紅蓮の性格をバロンもよく知っておる。そうとなれば、拒むのは簡単。紅蓮が諦めると言うまで攻撃すればいいだけの――」

「――そんな! 私はどんな脅しにも屈しません!」


 そのマスターの話が終わるのを待たずに、口を開いた紅蓮が珍しく声を荒げる。

 拳を握り締めたまま、明らかに表情を強張らせる紅蓮。


 そんな彼女に、メルディウスが徐ろに口を開く。


「――紅蓮。じじいの言いたいのはお前が屈しなくても、お前を人質にして俺達に諦めるように言われるかもしれないということだ……そうだろう? じじい」

「……うむ。その通りだ」

 

 メルディウスの珍しく核心を突く発言に、マスターは驚きの表情を見せたが、しばらくして彼のその言葉に深く頷いた。


 それを見て紅蓮は無言のまま、少し不機嫌そうに下を向く。

 悔しそうに唇を噛む彼女の表情から、マスターに自分を的確に分析されていることと、自分の戦闘力を信じてくれていないことが分かって悔しいという思いが伝わってくる。


 マスターもそれに気付いていながらも、あえて触れない。


「メルディウス。だからこそ今回の作戦にはお前が適任なのだ。バロンもお前が行けば、最初は攻撃を仕掛けてきても。そこまで追い込もうとはせん。何故なら、お前を追い込みすぎればお前がビッグバンで自ら自爆しかねんからな。奴からすれば、いつ爆発するかわからぬ爆弾を近くに置いているようなものだ。交渉に応じるほかあるまい」

「なるほどな。俺が行くことで、バロンのやつもそう簡単に手を出せないって事だな!」

「ああ、あやつは人一倍プライドが高いからな。爆発に巻き込まれて心中なんてごめんだろう。その作戦でおそらく上手くいくはずだ」


 マスターとメルディウスは、互いの顔を見合ってにやりと不敵な笑みを浮かべている。


 紅蓮は少し不貞腐れながら、そんな2人を横目で見た。

 話を終えると、マスター達は一通り消耗品のアイテムやら食料やらを買い込んで、街の入口に集まった。


「マスター。もう買い忘れた物はありませんか?」

「うーむ。とりあえずは当面はこれで大丈夫だろう」


 マスターは後ろに山積みにされた荷物に目をやった。

 どうすればこれ程の量を買い込めるのかと呆れるくらいの量の荷物が、文字通り山の様に積まれている状況だ――。


 その時、街の方から白雪と小虎の2人が、手を振りながら向かってきた。


 小虎は見慣れた鎧姿だが、白雪は忍者の様な格好ではなく藍色の着物を着ている。まあ、あまり目立たない格好の方がいいという判断からなのだろう。


「おーい! 姉さん、兄貴ー!」

「遅れてすみません、紅蓮様」


 2人は息を切らせて走ってくると、マスター達の後ろの荷物を見て驚いたように目を丸くしている。


「「……この荷物の量はなんですか?」」


 2人は声を揃えて荷物を指差した。

 山積みにされ荷物はた彼等と身長と同じくらいの量だ。その物凄い量を見れば、驚くのも無理はない。


 紅蓮がそんな2人の質問に答えるように口を開く。


「今回は陸路を行くので……ですが、これでも足りないと思うので、途中狩りをして食料を調達して行きます。あなた方もそのつもりでいて下さい」


 淡々と話す紅蓮に2人は、「なるほど」とぽかんとしながら呟いた。

 おそらく。心の中では『これでも足りないのか』という思いでいっぱいだったことだろう……。


 そんな2人の肩に手を置き、今度はマスターが言った。


「いや、すまんな。実は少し前から各地にあるテレポートが不安定になっているらしく。どこに行くか分からんのだ。それ故、今回は馬を使い移動する」


 フリーダムでは乗馬などのスキルは生活スキルに属していて、対象の近くにいけば勝手に発動してくれる。


 その為、プレイヤーのレベルに関係なく。皆、同等に馬を乗りこなすことができるのだ――。


「……それでこれほどの大荷物になったというわけですね。納得です」

「へぇー。なんか大冒険の予感! 僕、わくわくしてきたよ!」


 マスターの話を聞いて白雪は頷き、小虎は興奮した様子でピョンピョンと飛び跳ねている。 


「お前なぁ~。遊びじゃないんだぞ? 小虎」

  

 はしゃいでいる小虎の様子に、腰に手を当て少し呆れ顔でメルディウスがたしなめる。


 小虎は満面の笑みで「分かってるぜ!」と言うと親指を立てた。


 それを見てメルディウスはため息を漏らして「大丈夫かよ」と呟き不安そうに眉をひそめる。その時、膨大な荷物を紅蓮と自分のアイテム内に入れ終わったマスターの声が辺りに響く。


「そろそろ出発するぞ! 長い旅になる。急いでも最短で5日は掛かる。馬は連続で3時間しか乗れんからな、1頭ダメになればもう1頭出して対応する。ロケットの要領で、できるだけ距離を稼ぐからそのつもりでおれよ! それでは行くぞ!!」

『了解!』


 マスターのその声に応えるように全員が力強く頷き、召喚用の笛を吹いて馬を出すと、召喚された馬に皆それぞれに跨った。


 手に持った笛を吹き白馬を呼び出して、マスターは手慣れた様子でその背に飛び乗る。

 手綱を握り締めたマスターがパシンッと手綱を鳴らし走り出すと、それに続くようにして3人も手綱をしならせ馬を走らせた。

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