お風呂3

 話をしている2人に、エミルが話し掛けた。


「星ちゃん。お取り込み中悪いんだけど、その子は誰?」


 エミルがそう言いながら、幼女化したレイニールを不思議そうな顔で見つめている。


 そんな彼女にレイニールが気付いたのか、自慢げに胸を張った。


「なんだ? 我輩の体に興味があるのか? まあ、我輩はドラゴンの中でも特別な星龍だからな。無理もなかろう! ほら、遠慮せずにもっと近くで見るがいいぞ?」


 レイニールは突然エミルの胸元に顔を埋めると、激しく左右に動かしている。


 エミルは見知らぬ金髪ツインテールの子が自分の胸に飛び込んできたことで、かなり動揺してるのだろう。動揺しながらも、何とか引き離そうと身を捩る。


「ちょ、ちょっと! この子いきなり……な、なにするの!?」

「ふふ~ん。おぬしもどんどん我輩の体に触って良いのだぞ? 我輩もその胸に興味があったのじゃ、思った通り柔らかくてすべすべなのじゃ~」


 レイニールは顔だけではなく、大胆にも今度はエミルの胸を両手で鷲掴みにすると、手の平で隅々まで撫で回す。


「あっ……ちょっと、そこはだめ! 止めなさい。いや……くすぐったい」

「良いではないか~。良いではないか~♪」


 徐々に過激になっていくレイニールの手の動きにエミルが嫌がっていると、にっこりと微笑んだイシェルがレイニールの方へ向かってゆっくりと歩いき始める。


 脱衣所の中で騒いでいるレイニールの前まで行くと、イシェルは拳を高らかに振り上げ。


「ふふふっ……あまりおいたが過ぎる子にはおしおきやよ?」


 イシェルはエミルの胸をもみはじめたレイニールにそう呟き、にっこりと微笑みを浮かべると、そのまま上に掲げていた拳をレイニールの頭に叩き込んだ。


「教育的指導や~!」

「――あうッ!!」


 イシェルのげんこつをまともに受けたレイニールは、そのまま地面に転げ落ちた。


 彼女のげんこつを受けて脱衣所の床に倒れたレイニールは、うつ伏せで倒れたまま倒れている。


「――レイ!?」


 星は突然のことに驚いて声を上げた。


 地面に倒れ込んだまま、頭に痛々しく晴れ上がったたんこぶを作ったレイニールは微動だにしない。


「ほな、エミル。うちらは先に行こか~」

「えっ? でも……」

「ええから、ええから」


 イシェルは戸惑っているエミルの手を引いて、先に浴室に向かって歩いていってしまう。


 星はその突然の出来事に、慌ててレイニールの元へと駆け寄っていく。


「ふ……ふぎゅ~」

「レイ! 大丈夫!? しっかりして!!」 

  

 倒れていたレイニールの体は激しく光を放ち、元の小さいドラゴンの姿に戻ってしまった。


 星がぬいぐるみの様な小さな体を抱き上げると、レイニールは気を失っているのかぐったりしている。


「なんだ? 星ちゃん。その竜は……」


 カレンはそう尋ねると、星の膝の上に乗っているレイニールを覗き込んだ。


 そういえば、彼女はがしゃどくろとの戦闘後。ずっと気を失っていたからレイニールのことを知るはずがない。


「あ、カレンさん。この子はですね――」


 星はカレンの方に目を向けたその時、星の目はカレンの胸元にぶら下がっている2つの膨らみに釘付けになった。


 カレンのそれは意外と大きく、服を着ている時とは比べ物にならないほど大きい。

 それもそのはずだ。彼女は普段胸にさらしを巻いているので、胸の大きさは半分以下にまで押し潰されているのだ。


 もちろん。変な意味ではなく、純粋に自分にないその2つの大きな膨らみが羨ましかっただけだった。だが、残念なことにその大きさはエミル、イシェルに続いて3番目と言ったところだろうか――。


「おっきい……」


 カレンはそう呟いている星の目線の先にある自分の胸に目を落とすと、その様子から全てを理解したのか笑みを浮かべた。


 自分の胸を両脇から手で押し上げると、瞳を輝かせている星の方へと向ける。


「星ちゃんもそのうち俺くらいになるさ。でも、大きければ大きいで不便な事も多いから、あいつくらいが丁度いいよ」


 カレンはそう言ってエリエの方にチラッと目をやると、ニヤリと勝ち誇った様な笑みを浮かべた。


 エリエはその言葉が聞こえていたのか、不機嫌そうにカレンのことを物凄い形相で睨み付けている。

 そんなエリエを無視して、カレンが星の姿を見ると首を傾げた。


「そんな事より。星ちゃんは早く服を脱がないのかい? お姉さん方は先に行ったみたいだけど……」

「……えっと、その……私は皆さんが入った後で……」


 急に俯き加減になり小さな声でそう呟いた星に、カレンが再び不思議そうな顔をして首を傾げた。


「どうしてだい? 俺達と一緒は嫌か? それとも恥ずかしいのかな?」

「そ、それは……」


 優しい口調で星の顔を覗き込んでいるカレンに星は思わず口を閉ざした。

 星が皆とお風呂に入ることに抵抗があるのには理由があった。


 それは去年。星がまだ3年生だった時のことだった――。


 2泊3日の夏の林間学校での事だった。昼間に山登りをしたこともあり、汗をたくさん掻いていた星が、皆と一緒に大浴場に向かおうとした時のことだ。


 タオルと着替えを手にした星の横を通った生徒達から「あの子と同じお湯に入りたくない」「星が入るとお風呂のお湯が汚れる」など小声で、しかし星の耳に聞こえるようにささやく声が聞こえてきた。


 それを聞いた星は、なにも言わずに部屋へと戻ってしまったのだ。まあ、同級生にそう言われてはさすがに帰るしかないというのが正直なところだろう。


 体は皆が居ない間にタオルを水で濡らして拭いた。それ以外にも色々なことがあり、星にとっては林間学校の思い出の殆どが辛いものでしかないかった。


 そのこともあってか、星は自宅のお風呂以外でゆっくりとお湯に浸かることができなくなった。だが、そのことをカレンに言えるわけもなく――。


「まあ、恥ずかしくてもすぐに慣れる! ほら、脱いで脱いで」

「あっ! カレンさん。待って、待って下さい!!」


 突然服を脱がしに掛かったカレンに星も抵抗する。

 しかし、星の力でカレンに抗えるわけもなく、必死の抵抗虚しく星は裸にされてしまう。


 地面に座り込み、俯きながら瞳には涙を浮かべている星。


「――うぅ……ひ、ひどい……」


 カレンはそんな星をお姫様抱っこして持ち上げると、そのまま浴室の中へと連れていった。


 浴室の中は浴槽の隣が全面ガラス張りになっており、そこから森が見える。また、天井にも丸く大きなガラスが張っていて空に輝く月と星々を眺めることができたりと、とても開放的な造りになっていた。


 浴槽からは泡がブクブクと立ち昇っていて、ジャクジーのおかげで疲労回復効果と負傷の回復速度が増し。また、浴槽内でまじまじと裸を見られる心配もない。


 そして星も、人生初めてのジャグジーに胸を高鳴らせていた。


「うわ~。こんなの初めて……」

「どうだ? 恥ずかしいのなんて、どこかに飛んでいっただろう?」

「いえ、飛んでいったかどうかは分かりませんけど……でもすごいです!」


 瞳をキラキラと輝かせながら、オレンジ色の柔らかい光りに照らし出されている浴室内を見渡していると、横から星を呼ぶエミルの声が聞こえてきた。 


「星ちゃん。こっちにいらっしゃ~い。体と髪を洗ってあげるから」

「おっ! エミルさんが呼んでる。さて行こうか!」

「……えっ?」


 星を抱きかかえたままのカレンがエミルの近く星を下ろすと、自分は真っ先に浴槽に向かって走っていった。


 確かマスターの話によると、このゲームがデスゲームへと変わったあの日から、マスターとカレンはダンジョンの攻略に出突っ張りだったらしい。

 ならば、穴蔵にずっと篭っているようなもの。もちろん、お風呂などに入れはしなかっただろうし、水浴びですら数日に一度くらいの割合だっただろう。


 外傷があれば近くの街の宿に行くこともできただろうが、プレイヤーの中でも最も強いと言われているマスターとその弟子であるカレンが、そうそう怪我など負うわけがなく。彼女もお風呂に入るのが相当久しぶりなのだろう。まるで小学生の男子の様に輝いた瞳で湯船を見据え、そして……。


「ひゃっほ~い!」


 カレンは奇声を上げたかと思うと、浴槽の中へと勢い良く飛び込んだ。

 その直後、浴槽からは盛大に水柱が上がり。辺りに盛大に水しぶきが舞い上がった。近くに彼か居れば、間違いなく盛大にお湯をかぶって激昂していたことだろう……。


 星とエミルはその光景を見て、驚いたように目を丸くさせる。そしてその直後、エミルは星に目線を移すと真剣な表情で言い聞かせるように告げた。


「いーい? 星ちゃん。カレンさんの真似は『絶対に!』しちゃダメよ? 浴槽に入る前には、必ず体を洗うのがマナーになってるの。あと、タオルはお風呂のお湯の中に絶対に入れちゃダメ。分かった?」

「……は、はい」 

(はぁ……いいな~、カレンさん。私もあれやりたかったなぁ~)


 小さなプラスチック製の椅子に腰掛けながら湯船の方を見つめていた星は、内心ではなにも考えずに湯船に飛び込むことのできたカレンのことを少し羨ましく思っていた。


 その時、星の背中にぬるっとした何かが触れ、星は「ひゃっ!」と驚いて悲鳴を上げる。


「あ、ごめんね。びっくりした?」

「はい、ちょっとだけ……」


 星は後ろで小首を傾げているエミルの顔を見て告げる。


「あ、あの……エミルさん。さっきシャワーを浴びたので、体を洗わなくても大丈夫ですよ?」


 エミルは少し考える仕草を見せた後、にこっと微笑んだ。


「そうね――でも、2回洗えばもっと綺麗になるんじゃないかしら?」

「んんっ……あっ……洗った。ちゃんと洗いましたから!」


 エミルは手にボディーソープを泡立てると、それをべったりと星の背中に塗り付け体を洗い始める。

 普通はタオルなど専用の道具を使うのだが、エミルはそのどちらでもなく大胆にも、素手で体を洗い始めたことに星は驚きを隠せない。


 星が家にいる時は、タオルにボディーソープを付けて洗っていた。そうしないと、背中に手が届かない為、それ以外の手段は考えられなかった。

 にもかかわらず。エミルはなんの躊躇もなく、ボディーソープを体に塗りたくったのだから無理もないだろう。

 

 細くて長い指にボディーソープが絡み付き、星の肌を滑らかに通過する。


「あはっ、あははっ! エミルさん。タオルとかで……」


 星はくすぐったくて仕方がないのか、そう必死に訴えるとエミルの手が止まった。


 呼吸を整えて、ほっと一息ついた星の耳元でエミルのがささやく。


「……タオルは肌へのダメージが大きいから素手で洗うのが一番なの」


 すると、言葉を続けるように、再び耳元でエミルが言葉を続ける。 


「それに星ちゃん……ちゃんと体を洗わないとね。色々な場所からきのこが生えてくるのよ?」


 星はそれを聞いてビクッと体を震わせると、怯えたような瞳でエミルに聞き返す。


「……きのこ……ですか?」

「ええ、そうよ。そして大きくなったきのこに――」


 そこまで口にしたエミルは口を閉ざすと、星の顔を覗き込み耳元で「その後どうなったか知りたい?」とにっこりと笑む。


 星はガクガクと体を震わせながら瞳に涙を浮かべ、無言のまま首を左右に激しく振った。


「なら、きのこが生えてこないようにしっかり洗わないとねぇ~」

「……はい。分かりました」


 その話を聞いた星は観念したのか急に大人しくなった。


 エミルは上機嫌でそんな星の体を手で隅々まで洗っていく。


 星はその間全身からくるくすぐったさに必死で耐えていた。すると、今まで無言で体を洗っていたエミルが徐に口を開く。


「――でも、星ちゃんは肌すべすべよね~。私は乾燥肌だから羨ましいわ~」

「そんなの……ゲームで関係あるんですか?」


 星のその疑問は最もだ、この世界はリアルには作られていても所詮はゲームの中。体を構築しているのはプログラムであり忠実に再現するのにも限度がある。


 あまり個々のポリゴンを作り込み過ぎると、ゲーム自体が重くなってしまい処理速度を落とす。だが、エミルの次の言葉は意外なものだった。


「ゲームなんだけど、そういう細かいところもリアルに忠実に再現されてるのが、フリーダムがここまでヒットした理由なのよ。売り出した時のキャッチコピーは『現実よりも現実らしく……』仮想現実だけどアバターは性別、声質、容姿全てが現実のまま。移動してきたみたいなの。だから星ちゃんのこの肌のすべすべ感も現実とおんなじってわけ」

「そんな……は、はずかしいです……」


 お腹の辺りに手を回して撫でる様に動かしているエミルに、星は頬を赤く染めて身をよじる。

 しばらくじゃれ合っていた2人だったが、最後にシャワーで体に付いた泡を洗い流し、やっと体を洗い終わると星はほっと息を吐いた。


(やっと終わった……)


 そう思った星が浴槽へと歩き出そうとしたその時、手を掴まれ後ろから声が聞こえた。


「――ちょっと待った! まだ髪を洗ってないでしょ?」


 すると、星はエミルから目を逸らしてそう小声で呟く。


「えっ? いえ、髪は別に洗わなくても……私の髪長いから洗うの面倒ですし……それに、これゲームの中ですし……」

「ゲームだからって肉体があるんだから汚れる所は汚れるのよ。ほら文句言わないで座る!」


 あからさまに視線を逸らして言い訳を続けている星を、エミルは両肩を掴んで強引に椅子に座らせた。


 誰が聞いても『ただ髪を洗いたくない』としか取られなかっただろう。まあ、実際にそれ以外の理由などなかったが。


「あっ! 待って、待ってください! 私、水が苦手なので洗ってもいいから優しくしてください!」


 その必死の訴えに、エミルは「なるほどねー」と納得したように頷いた。


 星はその言葉の意味が分からず、不思議そうな顔で振り返るとエミルに尋ねた。


「なるほどって、なにがなるほどなんですか?」

「――あれ? 気付いてないの? シャワーの音を聞いただけで星ちゃんビクッて体を震わせてるのよ?」


 それを聞いて星は顔を真っ赤に染めると、恥ずかしくなり肩をすぼめて小さくなった。


 エミルはシャワーを手に持ち、星の髪の毛の先から徐々に濡らしていく。


 星は水が肌に触れる度に体を小刻みに震わせながら、しっかりと目を瞑っている。

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