決戦11

「どういう事? エミル姉。何か分かったの?」


 そんなエミルの表情を見てエリエが尋ねる。


 エミルはエリエに手招きすると、不思議そうな顔で近くに来たエリエに耳打ちした。しかし、エリエはそれを聞いても分からないようで、何やら難しい顔をして首を傾げている。


「もう。最初にあの男がモニターで言ってたでしょ? 覚えてないの?」

「だってさ。その時、私お菓子作ってたもん。覚えてるも何も聞いてもいないよ~」

 

 エリエはそういうと頬を膨らませている。星はそんな2人の話を聞いて、あの日のことを思い出した。


 確かあの覆面の男は、あの日モニターの中でこう言っていた。


『一方的にゲーム内に閉じ込めるだけで脱出する手がないというのも不公平だろう。それは私の美学にも反している……なので君達にチャンスをあげよう。このゲームのフィールドのどこかに隠しダンジョン【現世界元の洞窟】がある。そこの【現世の扉】を潜れば現実世界へと戻れる。しかし、参加パーティーのメンバーのみだ。せいぜい足掻いて見せてくれたまえ……それでは健闘を祈る。ゲーマーの諸君……』


 そう。あの時、覆面の男はこう言っていたのだ。


 そしてエミルの言っているのは【現世の扉】を潜って現実世界へと戻れるのは参加パーティーのメンバーのみというところだろう。『参加パーティーのみ』ということは、参加していない人間はどうなるのか?というところに疑問が残る。

 ゲーム内に閉じ込めた人間が外に出るということは、内部の情報を外部の人間が知ってしまうということだ――。


 これほどの事件を起こした組織だ。事を起こす前に、相当周到な準備を重ねていたに違いない。

 監禁事件などでも内部の人間が外に情報を持ち出したことで、犯人グループを逮捕できた――なんていうのは良くある話だ。


 それは内部の情報を知ることで、救出作戦を立てやすくなる。このフリーダムで起きている事件も、見方を変えれば大規模な監禁事件なのだ。

 この手の犯罪は情報を制した者が勝つ――だが、この手の犯罪集団がそんな簡単なことを知らないはずはない。

 

『もしここで私達が帰ったと同時に、この世界が崩壊するとしたら……』


 そんなことを思いながら星は不安そうにエミルの顔を見上げると、次に彼女が何を言うのかを見守っている。


 エミルは訝しげな顔で彼に問い掛けた。


「その扉に何か仕掛けがあるんじゃないの?」

「随分と疑り深い人ですね。いいでしょう」


 覆面の男は、扉の前まで歩いていった。


 扉の前で歩みを止めた男は星達の方を振り返り「どうですか? 仕掛けなんてないでしょう?」と人を見下したように言った。


 その言い方に少しイラッとしたのか、エミルは不機嫌そうに眉をひそめる。だが、何の仕掛けもなかったのは事実。覆面の男の言う通り仕掛けがあれば、彼が先に引っかかっているはずだ。


「――なら私達がログアウトした後。残った者はどうなるの?」

「……その質問には、お答えできませんね」


 覆面の男はそれだけ告げると、エミルから顔を逸らす。


 押し切れると感じたのか、マスターはその隙に付け込むように声を上げる。


「どうした? この質問に答えてもらわねば、おぬしの言っていることも怪しいものだな」

「いいでしょう……そんなに知りたいなら教えて差し上げますよ」


 彼の挑発に乗った覆面の男は、両手を広げると話を続けた。


「この世界がどうなるのか……それは簡単です。あなた達はゲームをクリアした事になり。それと同時に現実世界との入り口の全てが閉ざされ、この世界は現実から完全に切り離された独自の世界になる。つまり――残った者達は永遠にゲームの世界から抜け出す事はできません。ただ一人。私を除いてですが……」


 その言葉を聞いて皆愕然とし、その場に凍りついた。

 それもそうだろう。突然自分達が助かるか、他人を見捨てるかという究極の選択を迫られたのだ――これで動揺しない者などいるはずがない。


 エミルは覆面の男を、目を細めながらじっと見つめている。  


『この男……思っていたよりも危険かもしれないわね。おそらく、扉を通れば本当に現実世界に戻れる。でも、それはさっき男の言った情報が外部に漏れなければの話。おそらく、この男は私達が帰還後その情報をメディアで大々的に流すつもりだ……そんな事になったら、唯一の生還者と同時に他の者を見殺しにしたと世間からの非難が集中する。それで起きた混乱に乗じて、彼等はもっと恐ろしい事を考えているに違いない。』


 そう考えながら、エミルはちらっと星の顔を見た。

 彼女にとって最も気掛かりなのは、この中で最も最年少の星だ。子供同士のコミュニティーは大人のそれとは比べ物にならないくらい狭い。


 強いて挙げるならば、学校――やっていれば塾や習い事くらいのもだ。お金を自由に使えない子供には、自らの力でコミュニティーを広げることができない。


 もしも、現実世界に戻って周囲から責められれば、星は間違いなく耐えられないだろう。


(エミルさんが難しい顔してこっちを見てる……私。何か悪い事したかな……)


 星は色々思い出しながら、険しい表情をしたエミルの顔を見て思わず顔を背けた。


 その時、覆面の男は星の方を見ると、突然話し掛けてきた。


「ああ、君があの方の娘さんか……なるほどねぇー。その顔付きといい存在感といい。他者とは明らかに違いますね……」

「えっ? お母さんを知っているんですか!?」


 星は驚いたように聞き返す。


 覆面の男は一呼吸置いて、再び言葉を続ける。


「――いや、君のお母さんは知らない。私が知ってるのは君の父親の方だよ。世界最高の脳科学者。大空 融の娘。夜空 星ちゃん」


 今日始めて話した相手に自分の名前を言い当てられ、しかもそれが生まれる前に亡くなった父親の知人だったことに星は驚きを隠せない。


「ど、どうして私の名前を……」

「それは当然知っているよ。なんせ私は君のお父さんと同じ目的の為に、行動しているのだからね」

「……えっ?」


 覆面の言い放ったその言葉を聞いて、星の頭の中が真っ白になった。

 死んだはずの父親と同じ目的ということは生きていれば、父親もこの事件を起こしていたことになる。


 だが、自分の父親がそんな悪いことをするはずがない。いや、そう信じたかった……。


「……そ、そんなはずない! 私のお父さんは、あなたとは違う!!」


 自分に言い聞かせるように、星が大声で叫んだ。

 星にはその覆面の男の言うことを信じることは絶対にできなかった。彼女にとって、死んだ父親は優しくて頼もしい理想の父親像を当てていたからだ。


 星は父親がいなかった為、運動会などの父兄が参加する行事には先生が代役として入っていた為、他の同級生の父親を見て自分の父親のことを想像することが楽しかった。


 もちろん。それが原因で言われることもあったが、そんなことが気にならないくらいに思い焦がれていた。

 星の中での理想の父親は、いつでも母親や星に優しくにこにこと笑って優しい声で話し掛けてくれる。そんな男性だった――。


 だがその理想図を、目の前にいる覆面を被った怪しげな男が揺るがそうとしているのだ。そんなことを絶対に許せるはずがない……。


 星は瞳に涙を浮かべながら、男を鋭く睨みつけた。

 すると、男は不機嫌そうな声で「なるほど、分かりました」と言うと、腕を大きく上げてパチンッ!と指を鳴らした。


 それと同時に、地面が大きく揺れ出す。


「……きゃッ!」

「大丈夫かい? 星ちゃん。この覆面野郎! いったい何をした!」


 星がその揺れに耐えられずにバランスを崩す。デイビッドがそれを受け止めると、覆面の男に声を荒らげて叫んだ。


 覆面の男は「はっはっはっ」と大きく笑いながら上空に飛び上がった。


「私は待たせるのは好きでも待っているの嫌いでね――それでは諸君。じっくりと考えて決めてくれ。もっとも、もう直ここは崩れるがね……」


 そう言い残し、覆面の男は姿を消した。

 天井から破片が地面に散乱し。大きく左右に揺れ動く部屋の中で、メンバー達は決断を急がれていた。


「どうするの!? このままデビッド先輩と心中なんて、私は嫌だよ!!」

「ちょっと、エリー落ち着いて! 大丈夫。私も一緒だから!!」


 エリエとサラザはがっしりと、その場で抱き合っている。


 こんな状況になっていてもデイビッドに悪態つくエリエを軽く見て流すと、星は不安そうにエミルの顔を見つめた。だが、エミルも決めかねているようで、困惑した表情でマスターに視線を向ける。


「……マスター。どうしましょう」

「うむ。どうするも何もここは街に戻る以外の選択肢はないだろう! 行くぞ!!」

「――ッ!? は、はい!!」


 マスターはカレンを抱えたまま迷うことなく、ボス部屋にクリアー後現れる街へ戻るワープゾーンへと飛び込んでいった。


 エミルも少し戸惑いながらも、マスターの後に続く。


「全く仕方ないな……行くよ。星ちゃん!」

「……え? えぇぇッ!?」


 デイビッドは星を軽々と抱え込むと、エミル達の後を追った。


「エリー皆行っちゃったわよ~」

「ちょ! サラザ。私を置いてかないでよ~!!」


 その直後、エリエとサラザもその後を慌てて追いかけるようにしてワープゾーンの中に入っていった。

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