決戦8

 考えた末に、エミルは一つの確証に行き着く。


 一向に減らなかったHPが若干だが減少した要因――マスターの使用したあの黒い拳の能力である闇属性のダメージボーナス――もし。エミルの考えが正しければ、マスターが戦闘できない以上、この場でがしゃどくろを倒せる人物はただ一人だけ……。


(私のこの考えがもし当たっているなら、あいつを倒せるのは私しかいない! でも、この状況じゃ……)


 エミルは神妙な面持ちで手綱を握り締めながら、攻撃のチャンスを待った。


 がしゃどくろの巨大な手から逃れるライトアーマードラゴンには、まだまだ余裕がある。そんな時、地上からエリエの怒鳴り声が聞こえてきた。


「――ちょっと、あんた何考えてるのよ!!」


 エリエは顔を真っ赤にさせながら睨みつけている。


 その視線の先には刀を握ったまま、立ち尽くしているデイビッドの姿があった。


「いくらHPを回復したって言っても、あんたの体にはダメージが残ってるのよ? 今まで長い間やってて、そんな事も分からないの!?」


 刀を杖代わりにふらつく体でゆっくりと立ち上がるデイビッドの視線は、がしゃどくろに向いていた。


「――うるさい! 味方がやられているのに黙って見ていろって言うのか!!」

「バカ! デビッドが攻撃しても、HP減るわけないでしょ!? 今までエミル姉とサラザが戦っているの見てないの!? あんたが行ってもどうしようもないでしょこのバカ!!」

「バカとはなんだ! バカとはお前はいつでも……」


 視線をエリエに向け。いつもの様にエリエを注意しようとしたデイビッドは、彼女の顔を見て何も言えなくなってしまう。

 何故なら、そこには瞳に涙を溜めたままデイビッドを睨んでいるエリエの姿があったからに他ならない。


 涙を溜めてエリエの潤んだ青い瞳から視線を逸らしたが、デイビッドは彼女の前に行くと真っ直ぐにその瞳を見つめる。


「エリエ。マスターがやられたんだ――このままじゃ全滅だ。俺も戦わないといけない……分かるだろ?」


 デイビッドはそんなエリエの肩に手を置いて、優しい口調で諭すように言った。


 だが、エリエは首を左右に振ってそれを拒んだ。


「……そんなの分かんない。マスターが勝てないのに、バカでドジなデビッドが敵うわけないじゃん!」

「……バカでもドジでも――やるしかないんだよ! そうじゃないと皆殺られる!」


 そう告げるデイビッドの炎で焼かれボロボロになった体を見て、エリエは激しく頭を振る。

 

「だめ……死んじゃうよ! ダメだってデビッド!!」


 エリエの止める声も聞かずに、徐に立ち上がったデイビッドは敵に向かって突撃していく。


 上空でがしゃどくろの攻撃を巧みにかわしている最中、エミルは的に向かって動き出すデイビッドを見つける。しかし、その足取りは明らかに定まっていない。横から押されればすぐに倒れてしまいそうなほどふらついていた。


(――まさかあの体で!? ……デイビッド、あなた。いったいなにを考えているの……?)


 無謀とも言えるデイビッドの行動に、エミルも驚きを隠せない。だが、エミルの頭の中にはもう一つの考えが浮かんでいた。


 自分の考えを実行するには少しだけでも、停止する時間が必要だ。


(これはチャンスだわ。サラザさんも何度も攻撃しているのにいまだにダメージを与えられずにいる。ヘイトがたまらないし、私からターゲットも切り替わらない……ここはデイビッドに掛けるしかない)


 エミルは止めどなく襲う攻撃をかわすライトアーマードラゴンの背に揺られながら、がしゃどくろに向かって行くデイビッドを見つめている。


 デイビッドは歯を食いしばりながら走りギリギリまで接近すると、がしゃどくろの足首に刀を振り抜く。


 だが、やはりデイビッドの攻撃を受けてもがしゃどくろのHPの減少は見られない。しかし、その攻撃の結果。エミルは自分の考えに確信を得た。


(やはりそうね……間違いない!)

「サラザさん! デイビッドと協力して少しでいいので私に時間を下さい!!」


 エミルがライトアーマードラゴンの背から叫ぶと、サラザは大きく頷きデイビッドの隣に付いた。


 互いに顔を見遣って、すぐにがしゃどくろへと視線を移す。


「エミルに考えがあるみたいね。行くわよ~。デイビッドちゃん!」

「おう! ってか、ちゃんはやめろって言っただろッ!!」


 デイビッドは刀を構え、我先にとしゃどくろに斬り掛かっていった。


「――もう。照れ屋なんだからぁ~」


 サラザもそう呟くとデイビッドに続く。

 エミルを乗せたライトアーマードラゴンが更にがしゃどくろから離れ、地上の2人が執拗に攻撃を繰り返していると、がしゃどくろの攻撃がエミルから2人に集中し始めた。


 それと同時にエミルは少しでも、がしゃどくろから一気に距離を取る。すると、少しだがエミルへの攻撃が完全に止んだ。


(思った通り攻撃がおさまった……よし。これならいける!)


 エミルは心の中でそう呟くとライトアーマードラゴンに地上に降りるように命令し、即座にコマンド画面のアイテム欄からドラゴン召喚用の巻物を取り出した。


 そして、それを地面に大きく広げ、巻物を止めていた紐の先に付いている笛を吹く。


「――来い! リントヴルム!!」


 巨大な白いドラゴンが煙とともに姿を表し、がしゃどくろに向かって咆哮を上げる。


 エミルはリトンヴルムを召喚すると、直ぐ様エリエの隣に付いた。そしてがしゃどくろの足元で戦っている2人に向かって叫ぶ。


「デイビッド、サラザさん避けて下さい!」

「おう!」

「了解~」


 エミルの声を聞いた2人は咄嗟に、がしゃどくろから距離を取る。


 すると、リントヴルムが地響きを鳴らし、その巨大な足で前に踏み出しがしゃどくろと向かい合う。


 周りが離れたのを確認したエミルが大きく腕を天に大きく振り上げる。 


 リントヴルムはその仕草を見るや口を大きく開け、がしゃどくろに狙いを定めている。


「リントいくわよー! ノヴァフレア!!」


 エミルがそう叫び手を前に大きく振り下ろした。

 その合図でリントヴルムの口から白い炎が噴射され、その膨大な炎がしゃどくろを覆い隠した。


 リントヴルムの炎ががしゃどくろを覆う赤黒い炎を吹き飛ばし、今までマスターの攻撃以外では1ミリたりとも動かなかったHPが、少しずつだが減少を始めた。


「やっぱり……」

「……ん? どうしたの? エミル姉」


 その言葉を聞いたエリエが不思議そうな顔でエミルに尋ねた。


 炎の中で暴れ回るがしゃどくろから目を逸らすことなく、エリエに説明を始める。


「どうして今まで攻撃が通らなかったのか疑問に思っていたの。でも、これではっきりしたわ……」

「……どういう事?」

「今までダメージを与えられなかった理由は、それが全て物理による攻撃だったからよ!」

「……ッ!?」


 その言葉にエリエは驚きを隠せない様子で、鋭い目つきで敵を見つめているエミルの顔を見上げた。

 エリエが驚くのも無理はない。フリーダムというゲームには元々魔法の様な攻撃手段はなく、殆どは物理的な攻撃しか存在していないのだ。


 マスターの使っている『ダークネス』に関しても、攻撃に闇属性の効果を与えるという珍しい固有スキルだったので収集したのだろう。しかし、エミルの言う様にがしゃどくろに魔法などの属性攻撃以外通用しないとなれば、それは決してこのダンジョンをクリアされないようにという悪意以外のなにものでもないのだ。


「――物理攻撃が効かないって……それじゃ、どうしようもないじゃない!」


 エリエは憤りを隠せないのか、強く拳を握り締めながら俯き加減で叫んだ。


(PVPなら戦闘終了後即座にノヴァフレアが撃てる。でも、戦闘では5分のインターバルが必要……なら!)

「リントヴルムの必殺技は再使用まで5分必要なの。デイビッドとサラザさんはなんとか時間を稼いで!」


 エミルはそういうと、自分はライトアーマードラゴンをしまって、リントヴルムの背中へと飛び乗った。


 サラザとデイビッドは頷くと、再び敵に飛び掛かっていく。


「時間を稼ぐまでもない。敵のHPは後半分だ――俺がこの刀で決めてやる!」


 デイビッドは勢い良く跳び上がると、骨を足場に上に登っていき敵の顔の前で刀を構える。


「うおおおおおおおおッ!!」


 デイビッドは素早く刀を、がしゃどくろの顔目掛けて突き立てた。


 しかし、その攻撃は全く効いていないのか、がしゃどくろはカタカタと嘲笑うように顎を動かしている。


「――くっそー。バカにしやがって!!」


 デイビッドは突きの速度を上げる。


 ――バキンッ!!


 その攻撃の最中、部屋の中に金属の折れる乾いた音が響く……。


 それと同時に、デイビッドの顔の横を刀の刃先が回転しながら後方に飛んでいくのが見えた。


「……おい。冗談だろ……?」


 デイビッドの額から冷や汗が吹き出し、その汗が頬を伝う――。


 その時、突如としてがしゃどくろの口が大きく開き赤く光った。


「おいおい。まさかこの状態でもあれを撃てるのかよッ!?」


 デイビッドが身構えた直後。横から物凄い衝撃を受け、彼の体はそのまま突き飛ばされた。その直後、赤黒い炎がデイビッドがいた場所を飲み込んだ。


 後数秒遅かったら、デイビッドは間違いなく黒焦げにされていたところだった。


「痛った~。危なかったぜ……」


 地面に強く体を打ち付けたデイビッドがそう言って横を見ると、エリエが苦痛に顔を歪め、その場に足を押さえて倒れ込んでいた。


「エリエ!? どうしてお前がここに!?」

「うぅ……あぁ……あ、んたが……バカだからに……決まってるでしょ……」


 エリエはいつもの様に憎まれ口を叩いてはいるものの。額から尋常じゃない汗を流し、その表情からは余裕を全く感じられない。

 両手で足を押さえ苦痛に歪むその顔が、普段の美少女と言われる彼女からはとても想像できないほどに変わってとても痛々しく感じられた。


 デイビッドは直ぐ様ヒールストーンを手に、エリエに声を掛ける。


「どこかやられたのか? 見せてみろ!」

「……だ、だい……じょうぶよ……このくらい……アイテムには……かぎりが、あるんだから……それはあんたが……」

「いいから見せろ!!」


 彼女の言葉を遮って叫ぶと、必死に足首を手で覆い隠しているエリエの手を避けて、デイビッドは自分の目を疑った。


 それもそのはずだ。彼女の足は赤黒く変色していて、とてもエリエの言ったように大丈夫そうには見えない。

 現実世界なら、切断する以外にはないと言われるくらいのものだった……おそらく。その痛みも、デイビッドの想像を絶するものだろう。


 デイビッドは一先ずエリエを背負うと、この戦場で最も安全なストーンドラゴンの影の気を失っている星の隣に寝かせ、ヒールストーンとリカバリーストーンを使った。しかし、HPは回復したものの、炎を受け赤黒く変色した足は治らない。


 普段ならどんな状態異常でも回復できるリカバリーストーンが効かないことに、彼は不思議そうに首を傾げた。


(どういう事だ……これは異常状態ではないって事か? なら、いったいなんなんだこれは……)


 考え込んでいるデイビッドの横で、気を失っていた星が目を覚ます。


「――うぅ……戦いは……?」


 頭を押さえながら星が横に顔を向けると、苦しそうに肩で息をしているエリエの姿が目に飛び込んできた。


「エリエさん!? いったい何が……」


 まだ意識の混濁があるのか、星は状況が全く飲み込めずに慌てて辺りを見渡す。


 そこには壁際で倒れているカレンを抱きながら戦いを見守るマスターの姿。

 赤黒い炎のようなオーラを纏ったがしゃどくろの姿。

 それと懸命に戦っているサラザの姿。

 大きな白いドラゴンの背に乗りながら険しい表情を浮かべているエミルの姿。

 そして、横で苦痛に顔を歪ませているエリエとその隣に俯いているデイビッドの姿があった。


「こ……これはいったい……」


 星はその光景を見て愕然とした。


 あれほど手練れ揃いのPTメンバー達が、がしゃどくろの前ではまるで手も足も出ない。

 がしゃどくろのHP残量を考慮しても、初期の半数以上が戦闘不能という現実の中で勝算は全くと言っていいほどないことが、混乱する星の頭でもすぐに理解できた。


 その時、星の頭の中には自分が気を失う前の光景が蘇ってくる。自分が剣をがしゃどくろの胸の炎に突き刺し、その大きな手が自分を襲った光景が――。


(そうか……あの時、剣を刺したから……こんな事に……私の……私のせいだ……)


 星は徐ろに立ち上がると、のろのろと飛ばされ地面に突き刺さっていた自分の剣の方へと歩いていった。


「……星ちゃん?」

「…………」


 その後ろ姿を見てデイビッドが声を掛けたが、しかし、歩いている星からの返答はない。


 だが、デイビッドはその先にある地面に刺さったままになっている剣を見て、星の行動の意味を悟ったのか顔が青ざめる。


「君は何をしようとしているんだ!? いいからこっちに戻って来なさい!」

「…………」

「聞こえているんだろ! 戻って来るんだ!!」


 無言のまま歩みを止める様子のない星に、デイビッドがなおも強い口調で言った。

 しかし、星はその声を無視して剣の柄を握ると地面から引き抜き、デイビッドの方を振り向いてにっこりと微笑んだ。


 デイビッドは星が何を言ってるのか分からず。ただただ言葉を失ったまま、彼女の方を見つめている。


「……全部私のせいなので、なんとかしてきます。デイビッドさんは休んでて下さい……」


 握った剣の先を天に掲げて胸の前に突き出した星は、無意識に頭の中に浮かび上がってきた言葉を力一杯に叫んだ。


「――ソードマスター!!」


 その言葉に反応したように、星の体を中心に周りが金色の光りに包まれた。  

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