決戦2

 作戦を頭に叩き込んでボスとの決戦に臨む。


 メンバーは自分の武器を握り締め、神妙な面持ちでボス部屋の前に立ち扉を見つめている。

 期待と不安を胸にサラザが扉に手を掛けると「開けるわよ?」と、最後の確認する様に皆の顔を見て言った。


「よし行くぞ! 鬼が出るか蛇が出るか……皆の者、心せい!!」

「よっしゃー。燃えてきた!!」


 男性陣は気合十分な様子で得物を手に答えた。


 一方女性陣はというと……。


「遂にボス戦ね……星ちゃん。怖くない?」

「はひっ! はい!! い……いえ、ちょっと怖い……です」


 星は緊張のあまり変な声を上げると、不安そうな顔でエミルの顔を見上げている。


 そこにエリエが後ろから、緊張して体が強張っている星の肩に覆いかぶさるようして抱きつく。


「――緊張してる? 大丈夫! 星の事は私がしっかり守ってあげるから。だから、エミル姉は安心して戦ってね!」

「ええ……お願いね、エリー」


 自信満々に指を当てているエリエを、なおも心配そうに2人を見つめるエミルに、ゆっくりと歩いてきてカレンが言った。


「任せて下さい! エミルさん。星ちゃんは俺が命に代えてもお守りします!」


 カレンは自信満々に胸を叩いて微笑む。


 そこにエリエが膨れっ面をして不満そうに口を挟んできた。


「昨日までの対応とは大違いね。別にあんたの力を借りなくても、私一人で十分なんだけど……?」

「ふんっ、なにも心配するな……俺が星ちゃんを守りながら、師匠達の回復もする。だからお前は、ゆっくりお菓子でも食べていればいいさ!」


 それを聞いたエリエは顔を真っ赤にして、カレンに向かって声を荒げる。


「あんたこそ、昨日の今日で良くそんな事を言えるよね。私だってお菓子食べたいわよ! でも持ってきたの全部食べちゃったんだから仕方ないでしょ……それに、今は糖分が足りないからイライラしてるの! 今度ふざけたこと言ったら許さないわよ!!」

「なら尚の事。のんびりしてもらいたいものだな。怒りで正しい判断ができない人間に、俺も辺りをうろちょろされると迷惑だ!」

「なっ、なんですってぇ~!?」

「……なんだよ?」


 いがみ合う2人の間には、激しい火花が散っている。


 星は素早く一触即発の彼女達の側から離れると、エミルの影に隠れる。


「はぁ~。このメンバーって、いまいちまとまりに欠けるわよねぇ……」


 そんな2人の姿を見たエミルは呆れ果てた様子で頭を押さえながら、大きなため息をついた。だがそれは、星も同じのようで……。


(……大丈夫なのかなぁ~)


 星は心配しながらも、ボス部屋の扉をじっと見つめる。


 その目線の先では、サラザが扉に両手を掛け踏ん張っている。


「うおらあああああああああああああああッ!!」


 サラザの雄叫びとともに、巨大な鉄製の扉が音を立てて徐々に開く。


 それには今までいがみ合っていたエリエとカレンも、神妙な面持ちで身構えていた。


「行くぞ!! ……な、なに!?」


 そこにマスターが勢い良く飛び込んでいくと、同時に彼の動きが止まった。

 それもそのはずだ。何故なら扉の先はもぬけの殻で、辺りを見渡してもボスどころかモンスターの姿すらなかったのだ。


 壁に付いた松明の照らす部屋の中は薄暗く、もしかしたら透明な敵なのではないかと、ボス部屋の中を注意深く見渡すが、やはりどこにもモンスターの影はない。


「――どうなっておるのだこれは……」


 マスターはゆっくりと部屋の中央部分へと歩みを進めると、他のメンバーもその後に続いた。


 一行は全く何も起こる気配のないこの状況に、ただただ困惑していた。


「なにこれ、なにも居ないじゃん。バグ……?」

「いいえ。まだバグと決め付けるのは早いわ。気を付けてね。エリー」

「ふむ。だが、ここまで来ても何も出ないという事は――エリエの言うと通り。単なるバグなのかもしれんぞ?」


 半信半疑のまま、一行は警戒しながらもゆっくりと歩みを進めるが、結局部屋の一番奥までたどり着いてしまう。


 だが、これは明らかにありえない現象だ。ボス部屋にはボスと、ボスを守るようにいる取り巻きのモンスターがいるはず。しかし、見渡す限り部屋の松明の光りがぼんやりと見えるだけだ。


 何が起こっているのか分からず、皆頻りに首を傾げている。


「ふぅ~。何も出なかったですね」


 星はほっとしたように息を吐くと、隣に居たエミルに微笑む。


 エミルは「そ、そうね……」と歯切れが悪く言うと、ぎこちない笑みを浮かべている。


(本当に、これで終わりなの? 何か大事なことを見落としているような……)


 顎の下に手を当て考えながら、もう一度辺りに目を凝らすエミル。


 暗い部屋の中は天井まで結構な高さがあり、奥行きも十分にある。と言って、別段変わった様子は見受けられない。まあ、普通のボス部屋に比べて縦の奥行きが大きいことくらいだろう……。


 エミルがいくら考えても、この状況でボスが出現しないのはバグ以外には考えられなかった。


「あらあら、取り越し苦労ってやつね~。緊張して損しちゃったわ~」


 サラザはがっかりした様子で肩の力を抜くと、バーベルを地面に突き立てた。


 デイビッドも握っていた刀を鞘に収めて腕を組むと、サラザの言葉に頷く。


「全くだ。俺の刀の腕を見せるまでもなかったって事だな! 本当に残念だ……」

「へぇ~。デビッド先輩の刀って飾りじゃなかったっけ~?」

「なっ……エリエ! お前は目上の人間に対する口の聞き方がだな――」


 ひょっこりと顔を出したエリエが悪戯な笑みを浮かべてそう告げると、デイビッドがそんなエリエに説教を始めた。


 エリエは手で耳を塞ぐと「あーあー」と聞こえないように、大きな声を出している。


(あの扉……なんだか……)


 部屋の出口にある巨大な骸骨の頭部が大きく口を開けている様な造りの扉。しかも、その巨大な骸骨の口の中に鉄製の重厚感のある扉が収まっている。


 その扉を見つめていた星の体が、恐怖からか無意識のうちに小刻みに震え出す。


 それは危険を察知してなのか骸骨が怖いからかなのかは分からないが、ボス部屋に入る前から星は骸骨を見る度に嫌な胸騒ぎが止まらない。


 不安そうな表情で辺りを見渡している星の耳に、サラザの声が入ってきた。


「敵も出ないし、とっととクリアーしちゃいましょうよ~。私、早く帰ってお風呂に入りたいし~」


 サラザは出口に向かって歩き出した。

 そして、出口の骸骨の口を潜ろうとした瞬間。出口にバリアのようなものが張ってあって行く手を阻む。


 まるでパントマイムの様に、何もない場所を手で叩きながらサラザが困惑したように告げる。


「――なによこれ!? どうして入れないのよ~」

「サラザ。何遊んでるのよ?」


 エリエは何もないところを必死に叩いて、叫び声を上げているサラザの横を歩いて通ろうとした直後にゴンッ!という凄い音を出し「ひゃっ!」と悲鳴を上げると、顔を押さえてその場にしゃがみ込んだまま、言葉にならない声を上げている。


「あら、エリー。あなたチャレンジャーねぇ~」

「あうぅぅ……チャレンジする前に止めてよ。もぉ~」


 瞳に涙を溜めてエリエは、冷やかす様に言ったサラザの顔を見上げて言った。


 サラザはくすっと笑みを浮かべながら、そんなエリエの顔を見つめている。

 その時、ドンッ!と大きな音を立てて突然、入り口の扉が勝手に閉まり部屋の壁一面に掛かっていた松明の赤から青い炎へと変わると、薄暗かった空間を更に不気味に照らし始める。


 星は咄嗟にエミルの側に駆け寄ると、無意識に彼女の手を掴んだ。


「大丈夫。こんなの珍しい事じゃないから、安心して?」

「……は、はい」


 不安そうな瞳を向ける星に、エミルは自分の思考が読まれない様にする為に微笑んだ。

 しかし、星にはそう言ったものの、内心ではこの様な事態に陥るのは稀だ。ここまでイレギュラーな事態に、さすがのエミルも動揺を隠し切れない。


(どういう事? ここまで来てこの演出……それに、今までに一度だって入り口の扉が閉まった事なんて無かったはず。それがどうして……)


 エミルは怯えている星に悟られない様に振る舞いながらも、頭をフルに回させてなんとか状況の分析に努めていた。


「――やっとボスのお出ましか!」


 デイビッドはにやりと不敵な笑みを浮かべ、一度しまった武器を抜くと体の前に構えた。


 この不測の事態に、その場の緊張感が一気に高まる。


(うぅ……やっぱり、戦うんだ……)


 星は震える手で剣の柄に手を掛けると、勢い良く剣を引き抜き構える。


「皆。何が起こるか分からん。気を抜くでないぞ!!」


 そのマスターの声が星の耳に入ってくると、緊張から星は生唾を呑み込んだ。

 すると、唐突に青い炎が部屋のそこかしらで上がり、無数の不気味な青い光を放つスケルトンが現れた。


 スケルトンはオーラの様に立ち上がる青い炎に包まれ、発光しながらカタカタと不気味に体を左右に揺らしている。その姿は、まるでホラー映画のワンシーンの様だ――。


「なになに? また骸骨と戦うの……?」


 エリエは不安そうな声に言うと、サラザに体を寄せている。

 しかし、スケルトン達は一向に襲ってくる気配はなく、ただこちらを恨めしそうに見ているだけだった……。


 出現して襲って来ないという不可解な動きに、皆が困惑していると。


「……マスター。この状況……どう見ますか?」


 普段は慎重なエミルが額に汗を滲ませ、マスターの耳元で尋ねる。

 

「そうだな。あやつら出てきたはいいが、襲ってくる気配がまるでない。だが、こちらが攻撃しても体力を無駄に使うだけ……ここは向こうの出方を見るのが賢明だろうな。なんと言ってもここは……ボス部屋だからな」

「そうですね……私も同じ考えです。星ちゃん。私の後ろに……」

「は、はい!」


 エミルは星に自分の後ろに隠れるように言うと、敵の行動に目を凝らす。


 星もエミルの背に身を隠しながらも、時折カタッと動くスケルトン達を見つめていた。

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