理想と現実4

 カレンはその言葉を聞いて我に返ると、不思議そうな顔で星を見た。


 星には何故かこの戦いをやり遂げれば、カレンと分かり合うことができるという確信にも似た何かを感じ取っていた。だからこそ、この戦いを途中で止めるわけにはいかない。


「何故だ? もう勝負はついているし。それにもう……俺はお前とはもう戦いたくない。お前の勝ちでいい……」

「ダメです! まだ2人の悪口を言った事を謝ってもらってません!」

「どうしてそこまで他人の為に頑張る。お前をそこまで突き動かしているものは、一体何なんだよ……」


 カレンは足元がおぼつかない星を見て尋ねる。


 星は真面目な顔のまま、その質問に答えるように話し始めた。


「カレンさんは私の大切な人達の悪口を言いました。私はそれを絶対に許せないんです!」

「それじゃ答えになってない。だから、それはどうしてだと聞いたんだ!」


 カレンはその答えが不満だったのか、声を荒げて星を睨んだ。


 その声を聞いて、星はカレンを睨み返しゆっくりと口を開く。


「――たとえどんな事があっても……人の悪口は言っちゃダメなんです! それが本人に聞かれてなくても。自分がやられて嫌な事を人にしたら絶対にいけないんです!!」

「……ッ!?」


 その言葉を聞いてカレンははっとして星の顔を見つめた。


 カレンにとって、それは衝撃だったのだろう……何故なら、その時、カレンは愛と初めて話をした時のことを思い出していた。


                 

             * * *



 それはカレンが孤児院に来て間もない時のことだった。その頃のカレンは親に捨てられ、心が荒んでいた。そのこともあって、なかなか他の子供達と仲良くなれずにいた。

 そんなある日。施設の庭を歩いていたカレンの足元に、近くで遊んでいた子供のボールが転がってきた。


 カレンはそのボールをじーっと見つめていると、男の子が慌てて駆け寄ってきた。


「あ、ごめん。ボール取ってもらえる?」

「…………」


 それを聞いて、カレンはボールを拾い上げると、躊躇せずに遠くに蹴飛ばした。

 その後、カレンは男の子を睨むように鋭い視線を浴びせる。


 男の子はそのボールの行方を目で追うと、カレンの顔を見て唖然としている。

 そしてカレンが一言。


「……ふん。ばかみたい」


 カレンはそう言い残し、再び歩き出した。


 そのやり取りの一部始終を見ていた愛はそのボールを追いかけて拾い上げると、カレンの前に歩いてきた。


「なによ? 何か文句でもあるの?」


 カレンは無言のまま立っている愛に、そう言って睨みを利かせる。


 愛は無言のまま、ボールをカレンの足元に落とすと、口を開いた。


「……拾って……」

「なんで私がそんな事を……」

「いいから拾って!」


 その彼女のなんとも言えない威圧感に押されたカレンは、愛の言う通りボールを拾った。

 すると、愛はそのボールをしっかりと掴むと「ありがとう」とお礼を言って微笑んだ。


 カレンはその行動の意味が理解できず、きょとんとしながら彼女の顔を見つめていると、愛は言葉を続けた。


「ほら、お礼を言われた方が気持ちがいいでしょ? 自分がやられて嫌な事を人にしたらダメだよ? これからは皆仲良く。ね?」

「う、うん。分かった……」

「なら、あっちで一緒に遊ぼ!」


 この出来事から愛とカレンの心の距離は、急速に近付いていったのだった。



               * * *



 そして今、目の前にいる星も今は亡き親友と同じ目をしている。


(そうか、こいつは……似てるんだ。愛に……だから俺は……)


 カレンが星を見ていて気分が悪かったのは、星に幼い頃の親友の面影を見ていたからだった。無理して明るく振舞っていた彼女の最後の時の姿に――。


 人が嫌がることをしない――それは人として当然かもしれない。だが、その時に自分の感情をコントロールできるできないかはその人次第だろう。


「――フン……俺もまだまだだな。こんな子供に――居なくなった親友に教えられるとは……」

「……親友?」


 ぼそっと呟いたカレンの言葉を聞いて、星は不思議そうに首を傾げた。  


 カレンは一瞬だけ天を仰ぎ、再び星の方に目を向けると拳を構え直す。


「俺が今ここで手を抜いてお前に謝ったとして、それでは納得しないだろう? これから全力で戦って、お前が俺に一撃でも与えられれば俺は全力であの2人に詫びを入れる。それで良いか?」


 カレンは剣を持ち身構えている星に向かってそう叫ぶと、星はゆっくりこくんと頷いて見せた。再び2人の間に緊張が走る――。


(良く分からないけど、これで私がカレンさんに一度でも攻撃を当てられれば、2人に全力で謝るって約束してくれた。絶対に負けない……ううん、負けられない! 私はエリエさんとエミルさんが嫌な思いをするのは、絶対に嫌だから……絶対に勝たなきゃいけないんだ!)


 星は心の中で決意を新たに集中していた。しかし、PVPのシステム上。何度倒れてもHPは全快するが肉体への疲労は蓄積していく。


 二度も倒れた星の足は震え、体の至る所にズキズキとした鈍い痛みも残っている。その時、星はこれがVRMMOというゲームの弊害なのだと、自らの体をもって感じ取っていた。


 だが、その痛みのおかげか、星の頭はしっかりしている。そして眼前に悠々と拳を構えて立つ、目付きも雰囲気も変わったカレンを見て星は思った。

 おそらく。カレンは、今まで以上に攻撃の制度を上げてくる。そうなったら、もう星が彼女に攻撃を当てられる方法は、防御を捨てた超近接戦闘でのワンチャンしかないと……。

 

 だが、それはあまりに危険な方法だ。女同士でも年齢差もある。

 ただでさえ、同級生の間でも身長の低い星に対して、カレンは160cm後半はある。これは男性の身長と同じくらいだ。それに加えて、彼女の回避率と攻撃速度は自分より遥かに高い。


 それが『一撃を当てたら……』っという勝負のルールにも繋がっているのだろう。


 星はふとさっきの攻撃の痛みを思い出し、そっと左手で腹部をさすった。その瞬間、無意識に額から汗が吹き出し体が震え出した。


 実際に痛みを伴うのだ、星のこの反応も無理もない。


(――ううん。大丈夫……痛くない。友達が居ないあの胸の痛みに比べれば! エミルさんと離れる時の――あの苦しみに比べれば。こんなの全然辛くない!!)


 星は迷いを振り払うように首を振ると、鞘を被った剣先をカレンに向けた。


「はああああああああああッ!!」


 覚悟を決めた星が叫び声を上げながら、カレンに向かって走り出した。


 星はカレンの目の前で剣を大きく振り上げると、そのまま力一杯振り下ろした。しかし、その渾身の一打がカレンに届く前に、カレンの拳が星の体に突き刺さる。


「……かはっ!」


 星はあまりの痛みに意識が飛びそうになるのを堪え、咄嗟にカレンの腹部目掛けて剣を持った腕を伸ばした。


「……はあっ!」

「――なに!? ……だが、甘い!!」


 カレンはその剣を体を回転させていとも容易くかわすと、今度は彼女の長い足が星の脇腹を捉えた。

 星の体は勢い良く飛ばされ、20m以上も先の壁に体を強く叩きつけられてそのまま力無く地面に倒れ込んだ。


 ぴくりとも動かない星を見て、カレンは思わず『しまった!』と心の中で叫んだ。


 星は咄嗟に自分のHPの残量を確認する。HPバーはレッドゾーンに入っているものの、少しだけHPが残っていて、中央部分に表示されたその数値は130となっている。


「はぁ……はぁ……はぁ……まだ、ちょっと……ある……」


 星は残った力を振り絞って何とか立ち上がった。


 息をするだけで苦しい。しかも体に力を入れようとする度に、尋常じゃない痛みに顔が歪み瞳からは涙が流れ意識は遠のく。


「はぁ……はぁ……ま……け……ない!」


 そう声にならない声を出して剣を構える。


 今の星を衝き動かしているのは、ただただ絶対に謝らせてみせるという信念だけだった。


「……ッ!? あの攻撃を受けても、まだ――」


 そんな様子の星を見てカレンは瞳に涙を浮かべ、思わず唇を噛んで自分の軽率な行動を後悔していた。まさか、ここまで星が立ち向かってくるとは考えていなかったのだ――。


(……本当は、もう今すぐにでも謝ってしまいたい。でも、おそらくそれをやってもあの子は絶対許してはくれないだろう。もうあの子の気が済むまで相手をするしかない……)


 歯痒い思いを隠し切れない様子のカレン。


 そんな彼女の思いを知る由もなく、星は剣を構えカレンにもう一度向かって突撃してくる。

 

 カレンは向かってくる星を見て再び拳を構える。しかし、内心はどうすれば星を止められるかを考えていた。


 それもそのはずだ。星は何度も転びそうになりながらも向かってくる。


(何を考えているんだ。正面から俺に突っ込んでくるとは……だが、どうする……? どうすればあいつを諦めさせる事ができる!?)


 カレンが考えを巡らせてる間にも、星との距離が徐々に詰まってくる。


 その時、痛む体に鞭打ち懸命に走る星は何の考えなく、ただがむしゃらに向かっていくだけだった。


(もう。体が言う事を聞いてくれない……大丈夫。勝つまでやれば負ける事ないもん!)


 星はそう自分に言い聞かせる。すると、不思議と勇気が湧いてくる気がした。徐々にカレンに近付くにつれて、今まで力が入らなかった体に力が戻ってくるのを感じた。


 勝利への突破口を見つけた星は『よし。これなら行ける!』と剣を振り上げ、カレンに飛び掛かかろうと足に力を入れた瞬間――星の足から急に力が抜け、前屈みにバランスを崩した。


「あっ……」


 まだ自分の剣の間合いにカレンは入っていない。転びそうになった星の頭の中が一瞬で真っ白になった。     

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