血路を開け!3

 エリエの前を塞いだ星に、感情的になったエリエが尋ねる。


「なにか言われたんでしょ? 隠す必要なんてないんだから!」

「……えっ? わ、私。何も言われてませんよ?」


 一瞬遅れて星が言葉を返す。


 だが、疑うようにエリエが目を細めると。


「嘘をついても分かるんだよ? 今、あいつは絶対何か言ってたんでしょ? なんて言われたの!?」

「そ、それは……」


 星は少し強い口調でエリエに質問され思わず口をつぐんだ。

 それもそのはずだ。あの時、カレンは去り際に星の耳元で『お前みたいに遊びできてる奴がいると、場の雰囲気が乱れて迷惑なんだよ』と言われた。


 しかし、これをエリエに話したら、彼女はかんかんになってカレンを追いかけていくかもしれない――そう考えた星は「カレンさんは、ゆっくり休めって言われたんですよ」と咄嗟に嘘をつき、エリエににこっと微笑んで見せた。


 そんな星の様子を見て、エリエは直ぐに嘘だと気付いたが、本人が違うと言っている以上は確かめるすべはない。


 エリエはテントを出すと、星の肩にそっと手を置きその中へと導いた。

 テントの中に入ると、エリエはじっと星の顔を見つめている。


 星は不安げにエリエに尋ねた。


「……あの。どうかしましたか?」

「星。またなにか嫌なことがあったら、すぐ私に言いなよ? 我慢してても状況は良くならないんだからね!」

「えっ? いえ……別に我慢なんてしてません……」


 まるでエリエに自分の心の中を見透かされているような感じがして、星が思わず目を逸らしてしまう。


「あっ、私はもう休みますね……おやすみなさい」


 っと言うと、星は慌てて布団の中に入った。


 エリエはそんな星の様子を少し心配そうに見ながらテントの中を出る。


 すると、外ではエミルとマスターが焚き火の前に隣り合って座って、お互いに難しい顔をしていた。

 それをデイビッドやサラザも神妙な面持ちで見守っている。


「皆。どうしたの? そんな真面目な顔して……」


 そう言ってエリエが話し掛けると、エミルがエリエに向かって手招きをするのが見えた。


 エリエは首を傾げながらも、エミルの隣に腰を下ろし彼女の顔を見上げる。


「エリー。星ちゃんは?」

「えっ? 星なら、もう寝るって布団に入ったけど……もしかして、さっきのこと?」

「ええ、カレンさんの事をマスターに聞いてね。エリー、実は……」

「いや、それは儂の口から直接話そう」


 話をしようとしたエミルの話の間にマスターが口を挟んだ。


 マスターは心を落ちつかせるように瞳を閉じると、重い口を開き徐ろに話し始める。


「――儂とカレンが出会ったのは今から5年前の事だ…………儂は知り合いの男にボランティアで、演武を見せて欲しいと言われ、ある街の孤児院に行ったのだ――そこの孤児院に居たのが、カレンだった。そしてそのカレンを儂が養子として引き取ることにしたのだ」


 感慨にふけりながら噛み締めるように、ゆっくりと話をする彼にエリエが首を傾げる。


「どうして、あいつを養子にしたの? 他にも子供はたくさん居たんでしょ? 性格のいい子が……」


 納得いかないと言った表情でマスターに聞く。


 マスターは小さく頷くと「どうしてだと思う?」と逆に質問で返した。

 その言葉に、彼女は少し不機嫌そうに「分からないから聞いたんだけど……」と言って眉をしかめる。


「あははは、そうだったな。それはカレンがあの孤児院で誰とも関係を持ちたがらなかったからなのだ……おそらく。その孤児院にくるまでに、壮絶な人生を歩んでいたのだろうな。そこで儂に見せたカレンの目が今も忘れられないのだ」

「……目?」

「ああ、あの時のカレンの目に、儂は魅入られてしまった。その時、直感的に『磨けば光る。何か……』それをカレンが持っていると感じたのだ」

「磨けば光る何かって?」


 エリエがそう聞き返すとマスターは「今はまだ分からん」と呆気無く返され「なに、それ……」と呆れ顔で呟いた。


 そんなエリエをよそに、マスターは話を続ける。


「そして、あの娘もまたカレンと同じものを感じるのだ……」


 そう言って、ちらっと星の寝ているテントの方を見た。


 エリエは憤りを抑えられず、その場に立ち上がり声を荒げた。


「あいつと星のどこが似てるっていうの!? 星はあいつと違って人の悪口なんて言わない。今回のダンジョン攻略も、あの子は本当は乗り気じゃなかったのを私が無理やり連れてきたようなものなの! それなのに、あいつは星が寄生してるって言い掛かりをつけてきて……冗談じゃないわ!!」


 だが、マスターはそれに動じることなく話し続ける。


「――別に性格が似ているというわけではない。あの娘もカレンと同じ心に何か闇を……いや、人には見せない何かを抱えている――そう思っただけの事……もちろん、エリエ。お前にも見せていない何かをあの娘も隠しているということだ……」

「……マスター。それは星が私達に嘘をついているって……そう言ってるの?」


 エリエは俯き、怒りで声を震わせて小さく呟く。


 どうしてそこまでエリエが怒っているかと言うと、彼女にとってこの数日間。星と一緒に過ごして、星がまるで自分の妹の様に感じていたからに他ならない。

 しかし、マスターの言葉はそれがエリエの思い込みだと言わんばかりに聞こえたからだ。


 エリエは数秒間のマスターとの睨み合いの末、フッと息を吹き出し「くだらない」と吐き捨てると、星の眠っているテントへと歩いていった。


 憤りながら歩いていくエリエの背中をエミルは心配そうな面持ちで見送り、マスターに声を掛ける。


「マスター。エリーは何か勘違いをしたんじゃないかしら」

「いや。あやつにもそのうち分かるだろう。人は皆、自分を着飾っているものだ……」

「確かに、星ちゃんはあの年齢にしては物分かりが良すぎるし。多分、現実世界の方では、相当辛い思いをしてたんだと思う。だから、こっちに居る時くらいは思いっきり甘えてくれればいいのだけどなかなかねぇ……」


 エミルは少し残念そうに俯き加減に言った。


 だが、話に混ざれずそれをただ見ていただけの2人が……。


「……ねえ。私達完全に蚊帳の外って感じだと思わない?」

「ああ。まあ、俺が口を挟むとエリエとは余計に話がこじれるからな。それに、これはあいつらの問題だ。俺がとやかく言う方が野暮だろ?」

「まあ、かっこいいわ~。私を抱いて~♪」


 サラザは両手を大きく広げると隣にいたデイビッドを抱き――締め上げると、デイビッドは苦しそうにうめき声を上げ、しばらくしてガクッと気を失った。


 テントの中に戻ってきたエリエは、パジャマに着替え星の隣の布団に横たわる。


「……星は本当は私をどう思ってるの?」


 エリエは小さな声でそう呟くと、すやすやと寝入っている星の長い髪を掻き分けた。


 しばらく、さっきのマスターの言葉の意味を考えていたエリエだったが、気持ち良さそうな星の寝顔を見つめていると、なんだか考えているのが馬鹿馬鹿しくなってきた。


(もう、どうでもいいや。この子が何を考えていても、重要なのは今をどう楽しくするかだもんね! そうでしょ? 星……)


 エリエはそう心の中で呟くと、微笑みを浮かべながら寝ている星の頭を撫でた。

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