家出
次に目が覚めた時には、星はベッドの上にいた。
ぼんやりと薄暗い天井を見上げ、意識がはっきりしてくるのと同時に、男達に襲われた時の記憶も鮮明になっていく。
「そうか……私……」
城を出る前までは、必ず何らかの情報を集めてみせると息巻いていた星だったが、結果としてこのような形になってしまったことで、星の心はエミルへの後ろめたい気持ちでいっぱいだった。
(エミルさんにまた迷惑かけちゃったな……)
心の中でエミルに申し訳ないという罪悪感から、星の瞳からは涙が溢れてくる。
役に立とうとした行動が結果として裏目に出てしまったのが、星にとって相当悔しかったのだろう。
しかも、知らない男の口車に乗せられ、まんまと誘い出された自分の考えの甘さや、何もできなかった無力さが堪らなく許せなかった。
「――うっ……ひぐっ……私って、ほんとにだめだめ……」
エミルにどうしていいのか分からなず、自己嫌悪に陥っていた。
『足を引っ張るばかりの自分に嫌気が差しているのではないか?』そう考えると、ただただ自分の無力さが悔しくて涙が止まらなかった。
星は布団に顔を隠して泣いていると、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「星ちゃん。もう起きてる?」
ドア越しから聞こえるいつもと変わらない優しい声も、今の星には重く感じる。
(あ、いけない。こんなところを見られたら……また迷惑かけちゃう!)
星はそう思い。咄嗟にあふれ出す涙を袖で拭うと、あたふたと慌てて布団の中に潜り込んだ。
エミルは扉をそーっと開け、部屋の中に入ってくる。
「あら? 布団が……」
さっきまでと布団の様子が違うことに気が付いたエミルが、ゆっくりとベッドの方に歩いてくる。
(こっちにくるよ……ど、どうしよう……)
星の心臓の鼓動がドクンドクンと大きくなるに連れて、消えてなくなりたいという思いが強くなる。だが、総都合よく消えることなどできはしない。
とりあえず、瞳を閉じると狸寝入りを試みる。しかし、そんな子供の考えたその場しのぎの作戦が通じるはずもない。
エミルが布団をめくると、星は驚きビクッと少しだけ動いてしまった。
その瞬間、星が『しまった!』と思った時にはもう遅く、エミルは丸まりながらしっかりと瞳を閉じている星の顔を覗き込んで、不思議そうに首を傾げた。
「星ちゃん。起きてる?」
「…………」
星は無言のまま息を止めて、エミルが立ち去ってくれるのを祈っていた。
すると、それを見たエミルは立ち去るどころか、寝たふりをしている星の耳元でそっとささやく。
「息まで止めて寝たら死んじゃうわよ? 寝たフリするなら、ちゃんと息はしないとね……」
「――ッ!?」
慌てて息をし始める星。
すると、耳元でエミルのくすくすと笑ってい声が聞えた。
星は何故笑われているのか分からないが、とりあえずこれ以外にこの情況を切り抜ける手段が思いつかず寝たフリを続けた。
直後。首筋に細く長く冷たい何かが触れたかと思うと、円を描くように動いている。
「――ねぇ……星ちゃん。本当はもう起きてるんでしょ? 美味しいお菓子があるんだけどなぁ~。一緒に食べない?」
完全に星が起きていることに気が付いているエミルは、つんつんと星の頬を突く。
星は不快そうに眉をひそめる。
その間も星は、中々離れてくれない彼女を頭の中でどうやって遠ざけるか、出来る限り可能性を思案していた。
そこで星が取った作戦はただひとつ。それは――――何をされてもただ耐える事だけ!!
しばらくの間。耳に息を吹きかけたり、脇に指を滑り込ませてくすぐってみたりとあらゆる方法で寝ている星にちょっかいを出していたが、必死に堪えるのみでそれ以外の反応を示さない星に痺れを切らし「それじゃ、起きたくなったらリビングに来てね」と言い残し部屋を出ていった。
星はほっと胸を撫で下ろし息を吐く。
「はぁ~。なんとかやり過ごした……」
正直、脇をくすぐられた時は星ももうダメだと感じたのだが、意外と我慢強い自分に感謝しつつ星は徐ろに起き上がると、ぼーっと天井を見上げた。
それからどのくらい経っただろう――。
ただぼーっとしながら、今後のことを考えていた。今の星にはこのまま迷惑を掛けるのを分かっていてエミルの城に留まることに、若干の躊躇があった。
星は何かを決心した様に力強く頷くと、コマンドを開きエミルから貰った竜王の剣をベッドの上に置き、コマンドのメッセージの項目を出したところで突然、星の指が止まった。
星はふと今朝の出来事を思い出した。
メッセージでメモを残すと、即座に相手にそのメッセージが通知されてしまう。
星は今朝エミルがメモを残したのと同じように、手紙を残すのが最善の手段だと即座に判断し実行に移す。
「……できた」
星は書いた手紙を竜王の剣に貼り付けると、寝室にある小窓から外の様子を窺う。すると、部屋に設けられた小窓から少し離れた場所に小さな塔が見えた。
しかも、その小窓から頭を出して外を覗くと城の外壁を伝っていけば大人では無理だが、子供の星ならばギリギリ渡れそうだ。
星は少し高い位置にある小窓にジャンプして指を掛けると、器用に鍵を開けて外へと抜け出した
普段の自分なら落ちてしまいそうなものだが、システムの筋力補正が上手く効いているのだろう。
星は外壁の窪みに足をかけると、慎重に進んで塔を目指す。身軽で高い所が得意な星にとってこの程度のことはどうということもない。
現実世界では急な強風に見舞われることもあるだろうが、この世界ではそのような心配もどうやらいらないようで、時折頬を撫でるようなそよ風が吹く程度で体を揺らすほどではない。
そして何より、現実世界よりも体が圧倒的に軽い。それは筋肉量が数値で決まっているからに他ならない。数値はステータス内に表示されていて、男女共に変化はない。
つまり、現実世界では筋肉量に大きな差がある男性も女性もこの世界では同等の力があり、それは子供であっても変わらないのである。
筋力の最大数値はレベルによって上がる。
レベル的にプレイヤーの中ではそれほど大きくない筋肉量の数値だが、それでも子供の星にとっては通常の4倍以上のパワーが出ているのだ。
星は何事もなく無事塔に辿り着くと、そこから城の入り口に向かって走り出した。
それから長い道のりを経て、星はやっとの思いで街に辿り着く。
乱れた息を整え改めて辺りを見たが、やはり街は人通りは少なく殺伐としている。
とりあえず。街に居るとエミルに見つかる危険性があるので、星は考えた末にフィールドに出るという決断を下した。
何より、今日襲われた街に長居したくないという思いが強かったのもあるだろう……。
フィールドに出ると、そこにはすでに数多くのプレイヤーが狩りをしていた。
「皆頑張ってるんだな~。私も頑張らなくちゃ!」
星はこの世界で生きようと頑張っている人達を見て、自分に気合を入れると他のプレイヤーの邪魔にならない様に端っこの方へと移動した。
このゲームを初めて最初にエミルと狩りをした場所とは別の場所だったが、出現するモンスターのレベルは同じで、以前の場所にはラットがいたが、この場所にはラビットがいるらしい。
その大きさは『ラビット』うさぎと呼ぶには少し無理がある大きさだ。ラット同様、イノシシくらいの大きさはある。
まあ、モンスターの頭上にレベルと名前が表示されているから、十中八九そうなのだが――。
とりあえず、エミルからもらった武器は返してしまったので、アイテムの中にある初期装備のショートソードを装備し、意気揚々とLv1のラビットを狩りにいった。
ゆっくりとショートソードを握り締め、目標に近付いて行く。
――キィ~!
直後。甲高い鳴き声を上げた1匹のラビットが星の接近に気付いて戦闘体制に入る。
星は慌てて手に持ったショートソードを構えた。
エミルと戦闘の練習をしたとはいえ、エミルのように敵は加減してくれない。
(大丈夫。エミルさんに教えてもらったようにやれば、必ずできる!)
星は恐怖に折れそうになる心をもう一度奮い立たせ、敵を睨んだ。
っと、ラビットがピョンピョンと飛びながら星に一直線に向かってくる。
見た目は大きくなっただけのウサギといった感じなのだが、その外見に似合わず意外と動きが素早い。
「えっと……スイフト!」
星が叫ぶと、一瞬体が青く光りさっきより体が軽くなった。まるで、水中の中にいる時の様だ――。
基本スキルのスイフト、タフネスは慣れてくれば、頭でイメージするだけでできるようになる。
だが、戦闘素人の星にはまだそれは難しい。今は音声認識機能で発動させるしかない。
(体が凄く軽い……うん。これならいけるかも!)
星は剣を握る手に力を込めると、ラビットに斬り掛かった。
「はああああああッ!」
向かって来る敵に星は渾身の力で思い切り剣を振り抜いた。
攻撃はラビットの体を掠めただけで、ラビットのHPは左程減少していない。
星は勢いだけで飛び掛かったため、僅かにずれたのだ。
だが、一度出来たことは自信が付いて何度でも出来るようになる。星はさっきの一撃に確かな手応えを感じたのか、そこから畳み掛けるように攻撃を繰り返した。
そこからは攻撃が面白いように当たる。
おそらく、エミルとの練習を体が覚えているのだろう。
間髪入れずに打ち出される度重なる星の剣撃に、殆ど応戦できずラビットのHPバーが残りわずかとなった。
星が『勝てる!』と確信したその時。星の戦っていたら、どこからともなく飛んできた矢が交戦していたラビットの脇腹に刺さった。
――キィィィ~!!
ラビットが耳に響くほどの甲高い断末魔の叫びを上げ、きらきらと光りの粒子になって消えていく。
「な、なに!?」
星が驚いて矢の飛んできた方を見ると、鎧を身にまとったエルフの男が立っていた。
それを見て『きっと近くに居たから誤って矢が当たったんだろう……』とそう思った星はその場を離れ、別の場所でまたラビットと戦闘を始める。
先程の戦いでコツを掴んだのか、今度はラビットのHPを早く削れた。そして、最後の一撃を打ち込もうと地面を蹴ったその時。再び矢が飛んできて、交戦していた目の前の敵に的確に直撃した。
「うぅぅ……また……」
弓の飛んできた方向を向くと、やはり先程と同じ男が弓を構えた状態で立っていた。
少し不服だったが、ぐっと堪えた星は再び獲物を探し始める。
だが、それから2回戦いその両方の【Finish】が鎧を着た男に取られ、さすがに頭にきた星が抗議する。
「どうして私の狙ってるのを攻撃するんですか!? 他にもたくさんいるじゃないですか!!」
すると、男の口から飛び出したのは星が求めていたものとは程遠いものだった。
男は悪びれる様子もなく、小馬鹿にしたようなしゃべり方で言った。
「おいおい。言い掛かりはやめろよ。なら、このフィールドにいるモンスター全てに、お前の名前でも書いてあるって言うのか?」
「そ、それは……」
男にそう言われ、星は思わず口をつぐんだ。
その男の言葉は理不尽極まりないものだが、ゲームを運営している場所に報告しようにも、内部の機関は使えず、ログアウトできなければ通報するという手段は取れない。
仕方なく狩りを諦め、星はぼとぼと狩場を後にするしかなかった。
ログアウトができなくなって2日。レベルの低い狩場はどこもこんな状態だ――。
だが、それも無理はないだろう。HPバーが『0』になれば現実世界での死に繋がると噂が流れ、プレイヤーの殆どがそれを事実と考えていたのだから仕方がない。
だが、ここまで治安の悪化が進んでいるのは、外部との交信が途絶えたのが最も大きい要因と言えるだろう。
本来ならルールというものの中、管理された自由の範囲内で楽しむのが当然なのだが、ルールも法もなくなれば、人は自由という名目で自分の思い通りに動物的な欲求を満たす為に動くということなのだろう。
フリーダムの中ではある程度のお金があれば、当面は安全な街の中で生活はできる。
街には宿屋もあるし、食べ物専門の屋台も数多くある。また、ゲーム初心者でもマイハウスがあるのだから元より家には困らない。
後は、食料を買うだけのお金があれば生活することができる。あくまで『この世界で生活することだけ』だが……。
しかし、マイハウスではHPと疲労は回復できるが傷が癒せないのが欠点だ――宿屋に泊まれば、負傷した傷やHPも回復できる。狩りをするなら、お金を払ってでも宿屋に泊まるのが『リスク回避』という点では正しい選択と言えるだろう。
負傷があっても日常生活には支障はない。少し体に傷ができる程度だし、それが歴戦の勇者の様でかっこいいとまで思える。
だが、負傷した状態だと受けた戦闘ダメージが大きくなってしまうのだ――ゲームの状態ならまだしも。今の現状では、とてもリスクの大きい行為なのである。
星は近くに立っていた木にも凭れ掛かるように座ると、コマンドで所持金を確認する。
「はぁ~」
所持金を確認した星は大きなため息をついた。
それもそのはずだ。星の現在の所持金は『0』だ。ゲーム開始時には500ユールのお金が財布に入っていたのだが、今朝エミルに貰ったお金と一緒になって城を出てくる時にその全て置いてきてしまっていた。
戦闘をしたせいか所持金を見て落胆したせいか、星のお腹が『ぐぅぅぅ~』と音を立てて鳴った。
星が空を見ると、さっきまで天高く昇っていたはずの太陽も、すでに沈みかけてきている。
考えてみれば、この世界に着てまだトーストとホットミルクしか口にしていない。
「お腹すいたなぁ……」
星はぼそっと呟くと、暗い表情のまま膝を抱えた。今更ながらに、自分の無力さを痛感する。
普段なら冷蔵庫に母親の作ってくれた料理が入っていて、それを温めれば良かった。だが、ここではモンスターを倒し少量のお金を稼ぐか、食材を採集するかしか食料を手に入れる方法はない。
そう。自立しなければ、この世界では生きていけない。例えそれが子供であっても初心者で基礎能力が同じであれば、それは大人のプレイヤーとなんら変わらない存在なのだ。
加えてこの情況下では、手を差し伸べてくれるのは物好きか、利用しようとしてくる者しかいない。
プレイした時点で何が起きても自己責任、それが子供であっても例外ではない。基礎能力が一緒で境遇が同じなら人は皆、保身的な意見を持っている者ばかりだ――昼間にあった男達の様に星に利用価値かあれが近付いてくることもあるが、彼等の狙っていた『竜王の剣』はすでにエミルに返している。
なら、残るのは足手まといにしかならない初心者プレイヤーというレッテルしか残っていない。
しかもそれが子供なら、なおさら受け入れられ難いだろう……。
だが、幸い空腹時も限度を超えても、パラメーター低下と視野がぼやけるなどの症状が現れるだけでHP減少が起こるわけではない。
現に今の星にも、若干視界にもやかかったようになっていた。
しばらく途方に暮れていた星だったが「よし」と何か決心したかのように立ち上がり、近くの森に入っていった。
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