ログアウト不可3

 しばらく土煙を上げながら森の中を進む地竜の背に揺られていると、目の前に大きな西洋風の城が見えてきた。

 白い外観に周りをいくつもの塔が立ち、それを繋ぐように石造りの外壁が城全体を覆うように囲んでいる。


 近くには大きな湖があり、いかにもファンタジー世界で出てきそうな、そんな幻想的な風貌をしていた。

 それを見つけた瞬間。星は目をキラキラ輝かせながら、その城を食い入るように見つめ。


「エミルさん。あれってお城ですよね? 行ってみましょう!」


 星は城を見て眠気も吹き飛んだのか、興奮気味にぶんぶんと腕を上下に動かしている。


 今までにないほどの嬉しそうな星の反応に、エミルも思わず笑みをこぼす。


「ふふっ。そんなに急がなくても……それに、あのお城が私の家だから、慌てなくても大丈夫よ?」

「…………」


 エミルの口から飛び出した突拍子もない言葉に、星の頭の中は一瞬真っ白になった。


 いくらゲームの世界とはいえ、城を家として持っている人間なんているはずがない。『きっとこれもエミルの冗談なのだろう……』そう思って疑わなかった星の考えは、すぐに崩壊することになる。


 星達を乗せた地竜が城の城門の前に行くと、主人の帰りを出迎える様に鉄でできた大きな門が音を立てて開く。


 その光景を見た星は呆気に取られ、まるで魂が抜かれたかのようにその場に固まって動かない。


 隣で微動だにしない星の肩を、心配したエミルが軽く揺らす。


「ちょっと、星ちゃん大丈夫?」

「――えっ? あ、はい。それで……エミルさんはお姫様なんですか?」


 星がそう尋ねるとエミルは「私がお姫様なわけないでしょ」とこらえ切れずに息を吐き出し大きな笑い声を上げた。

 そこまで笑われると思っていなかった星は、なんだか急に恥ずかしくなり。顔を真っ赤にし染めて両手で顔を隠した。


 エミルは顔を真っ赤に染めている星に向かって徐ろに口を開く。


「これはずっと前に、このゲームの大会で一位になった景品として貰ったのよ。でもねぇ……大きいだけで、特にいいことないわよ? お城って」

「は、はあ……」


 苦笑いを浮かべるエミルの顔を、星は唖然とした表情で見つめた。

 まあ、無理もない。目の前の少女がまさか城を所持していたなんて事実を知って困惑しない者などいない。


 大きく左右に開いた門を潜り、城の中に入った星は驚きのあまり声を上げる。


「うわぁ~」


 その廊下はとてつもなく長く、星の通っている学校の廊下が2つ繋がったくらいの長さがあった。


 壁際には窓がいくつもにもあり、圧迫感のない開放的な雰囲気を作り出している。

 装飾が施された壁が廊下高級そうなカーペットが敷かれ、そこを豪華なシャンデリアが廊下全体を柔らかい光りで照らしている。


 星は我慢しきれずに思わず走り出す。


「あっ! ちょっと、転んだりしたら危ないわよ?」


 エミルが心配して声を上げた直後、星は廊下に敷かれたカーペットに足を取られ、星の体が前に大きく傾く。


 数秒間、星の体が宙を舞ったかと思うと――。


「――ふにゅッ!!」


 星は顔面から勢い良く転ぶと、両手を投げ出した状態でその場に倒れ込んだままピクリとも動かない。


 それを見ていたエミルが慌てて星のところに駆け寄ると、急いで星の体を抱き起こした。


「もう。言ってるそばから……大丈夫?」

「うぅぅ……痛いです……」


 顔を上げた星は、手で鼻を抑えながら涙目になっている。


 それを見たエミルが、大きくため息を漏らし「だから言ったのに」と少し呆れたように呟く。


「――ゲームの中の体は現実の体より軽い感じで、少し勝手が違うんだから……」


 今エミルが言ったように、ゲーム内の体は現実世界よりも筋肉補正が付いている分。軽快に動けるのだが、慣れていないとその違いに星のように転んでしまうこともある。


 大広間にある階段を上がると、また長い廊下をしばらく歩き、ある扉の前でエミルの足が止まる。


「着いたわ。ここが私の部屋よ」


 エミルが扉を開けると、そこには2LDKほどの大きさの部屋に、ピンクと白を貴重とした室内になっていて、部屋のあちこちに可愛い小物が置かれている。


 そこにはキッチンやお風呂まであり、ちょっとしたマンションの一室ようになっていて、ここだけで十分に生活ができそうな造りだった。


 幻想的な城の風景とミスマッチなその空間に、星は苦笑いを浮かべつつエミルに尋ねた。


「あの、エミルさん? もしかして。この部屋しか使ってないとか……?」


 エミルは顔を真っ赤にしながら、少し恥ずかしそうに言葉を返した。


「――しょうがないでしょ。リアルじゃ、このくらいの部屋が一番居心地がいいのよ……」

「そ、そうなんですね……」


 星も相槌を打ったものの、苦笑いをしている。


 だが、やはりこれを見るとやるせない気持ちになってしまう。


(せっかく広いお城なのに。少しもったいないなぁ……)


 そう心の中で呟くと、星は窓の方へと向かった。


 しかし、部屋の窓から見える景色を見て星は思わず声を上げる。


「うわぁ~」


 その窓からは、さっきまでいたテレポートできる祭壇から、遠くの山々まで全てが一望できた。

 更に夜空には星々がキラキラと輝きそれが地上の風景と相まって、まるでファンタジー世界の幻想的な雰囲気を醸し出している。


 少し興奮気味に窓の外を眺めていた星の頬に、突如として温かい何かが触れた。


「――ひゃっい! なっ、なんですかっ!?」


 星が驚いて変な声を上げ振り返ると、そこには両手にカップを持ったエミルが、笑みを浮かべながら立っていた。


「ほら。さっきまで外にいたから、体冷えてるでしょ? ホットミルク飲む?」

「……あっ、いただきます」


 星は両手でエミルの持ってきたカップを受け取ると、息を吹きかけてゆっくりと口に運んだ。


 そのコップの中の白い液体はしっかりとミルクの味がする。だが、湯気がもくもくと上がっている割にはそれほど熱くはない。


 そこでふと、ある疑問が彼女の頭の中に浮かんだ――。


「あの、エミルさん。これってゲームですよね?」

「うん。そうよ」

「料理って作れるんですか?」


 不思議そうに首を傾げながら、自分の手の中にあるカップを見つめている。すると、エミルは得意げに人差し指を立てて言葉を続けた。


「もちろん! 道具と具材があれば、何でも作れるわよ? 見ててね」


 自信満々に言い放ったエミルがキッチンへと向う。


 星はキッチンでガチャガチャと音を立て、忙しなく動いているエミルの姿を興味深く見守っていた。

 準備を終えたのか、キッチンに立つエミルがオーブンの前でコマンドを操作し始めた。


(エミルさんは料理が得意なんだろうなぁ~)


 そう思いながら、再びコップに口を付けてホットミルクを飲み始めようとしたその時……。


――ドッカーン!!


 突如としてエミルが使っていたオーブンが大爆発し、部屋の中が黒い煙に包まれた。


 星がモクモクと黒い煙を上げているキッチンの方を見つめ、不安そうな表情をしていると、薄れる煙の中に人影が……。


「ゴホッゴホッ……」

「もう、どうしてクッキー焼こうとして爆発するのよ! きっとこのオーブンが悪いのね!」


 煙の中からエミルが激昂しながら姿を表す。しかし、彼女の体には火傷の痕もなく、被害は服が少し焦げているくらいだった。


 エミルのレベルはこの世界の上限の100。それが爆発でも無傷という驚異的な形で現れているのだろう。


「…………」


 椅子に座っていた星は目の前に真っ黒く焦げたクッキーを置かれ、星はそれを見つめ、どうしたらいいのか分からずに眉をひそめてエミルの顔を見上げた。


 困った様子で自分を見上げている星に、エミルは苦笑いしながら頭を掻いて誤魔化す。


「……さすがにこれは食べれないわよね」

「――えっ? あ、そうですね……」


 星はそう言って苦笑いしてると、急に眠気が襲ってきて無意識に大きなあくびが出た。


 大きく開けた口を両手で覆うと、少し恥ずかしそうに「すみません」と小声で星が謝る。

 そんな星にエミルは微笑みを浮かべ、首を横に振る。そして、思い出した様に言った。


「そういえば、星ちゃん。もう眠いんでしょ? 早く寝た方がいいわね」 


 エミルはそう言って指で窓を差した。


 星が眠そうに擦った目を窓に向けると、もう遠くの方から朝日が差し始めている。


 だが、見ただけで星は一向に席を立とうとしない。

 見兼ねたエミルがそんな星の体を軽々と持ち上げると、エミルは隣の部屋のベッドに向かって歩き出した。


「ちょ、ちょっと。エミルさん!?」


 星はその突然の行動に驚き、下ろして欲しいと言わんばかりに身をよじっている。


 エミルは落ちそうになる星の体を抱え直すと。


「ん? だって、もう自分の足でベッドまでいくの大変でしょ?」


 自分の腕の中でもがいている星に視線を落としたエミルが、首を傾げながら尋ねた。


 星は少し口を尖らせながら反論する。


「そ、そんなことないですけど……」


 だが、正直。もう椅子の上で夢の中に落ちそうだったので、内心は少しほっとしている自分もいた。 


 エミルに抱えられた星は、隣の部屋のベッドの上に腰を下ろした。


「ふかふかだぁ……」


 星はうつ伏せになり小さな声で呟くと、思わず布団に顔を埋める。


 すると、急に安堵感からか星の瞼は重くなりそのまま意識を失ってしまった。

 そんな星を見てエミルが「ふふっ」と笑みを溢す。


「もう、結構前から限界だったくせに……無理しちゃって……おやすみなさい」


 エミルはそう耳元でささやくと、星の黒くて長い髪を撫でながら優しく微笑んだ。 

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