第43話 戦いが始まる

 校庭は賑やかだったが、校舎内は人気が無く静かだった。

 外の喧騒を遠くに聞きながら、銀河は翼達を更衣室へと案内してきた。 


「ここが更衣室だ」

「ありがとう、銀河」


 翼は笑顔でお礼を言う。

 銀河は不審な者でも見るようにそんなお行儀の良いお嬢様を見つめた。

 翼も相手のその視線に気づいたようだ。不思議そうに訊ねる。


「どうかしましたか?」

「前から思ってたんだけどさ。あんた、本当に翼姉ちゃんなのか?」

「どうしたんですか、いきなり」


 翼は無礼な相手に文句を言おうと飛び出そうとする苺を手で抑えて訊ねる。


「だって、俺の知ってる翼姉ちゃんはこんなお上品なお嬢様……じゃ?」


 言いかける銀河の動きが固まる。

 翼はいきなり両腕を上げた。そして、銀河の実によく見覚えのある懐かしい笑みを浮かべた。

 銀河は思わず顔を引きつらせて後ずさった。


「つ、翼姉ちゃん?」


 翼の手がチョキを作り、それを銀河の顔に近づけながら、迫っていく。


「ほーら、銀河~。くわがたをこんなにたくさん捕まえましたわよ~。ほーら、くわがた~」

「うぎゃー! やっぱり翼姉ちゃんだー!」


 それは銀河の何らかのトラウマを刺激したようだった。彼は思わず叫んでいた。

 銀河が納得したので、翼は両手を引いて、元の落ち着いた立ち姿に戻った。


「こほん、後輩達にらしくないところを見せてしまいましたわね」

「いえ、わたし達は何も見ていませんから。ねえ、姫ちゃん」

「は……はい」

「翼様は何をしてらしても翼様です」


 二人の後輩と叶恵の返事を聞き、翼は銀河に向かって話した。


「銀河、今のわたくしには立場があるのです。みんなの上に立ち、引っ張る者としての立場です。いつまでも無邪気に遊んでいた子供のままではいられないのですわ」

「でも、翼姉ちゃん……さっき、校庭でめっちゃびびってたよね」


 翼は切れた。両手を振り上げて怒った。


「それは忘れなさーーーい!!」

「はは、翼姉ちゃんは変わらないよ。じゃあ、俺、翼姉ちゃんのこと応援してるから」


 案内役を果たした銀河は廊下を走って去っていく。翼は遠い眼差しでそれを見送った。


「まったく、困った弟ですわね。では、準備をしましょうか」


 翼は仲間達に声を掛け、部屋へと入っていった。



 結菜達は渚に言われた通り、教室で着替えることになった。

 外は人々の声で賑わっているものの、休日である今日は校舎の中は人気がなく静かだ。

 着替え始めようとして美久は気になることを言うことにした。


「そう言えば、西島さんはどこに行ったんでしょう?」

「自分の教室でしょ。さっき別れたじゃない」

「それは分かってるんですけど」


 麻希の言った通り、確かに西島とは廊下の途中で別れていた。

 ただ現実感が無かっただけなのだ。

 あの少女? が同じ屋根の下にいるという事実が。

 誰かにそうだと言ってもらわないと認識出来ない自分がいた。


「強いんでしょうか、西島さん」

「あの生徒会長の推薦よ。かなりのやり手でしょうね。それよりも自分の勝負に集中しなさい。あなたの相手はあの叶恵なのよ」

「そうでした。頑張ります。結菜様も頑張りましょう!」

「え? 何?」


 結菜はもう体操服に着替えていた。

 勝負のことと着替えることに意識が行っていて二人の話をちっとも聞いていなかった。


「さすが結菜様! お早い!」

「いや、それほどでも」

「あなたも早く着替えなさい。ここでノロマだと思われるのは得策ではないわ」

「そうですね! 急ぎましょう!」


 麻希と美久も着替え、三人は教室を出ていった。



 戦いの時は来た。

 体操服に着替えた結菜達と翼達はそれぞれのチームに別れて整列する。

 大会の運営管理を統括する渚が開会の挨拶をし、翼が選手代表としての宣誓を行って戦いが始まった。

 実況席にはそれぞれの学校から一名の生徒が付いた。

 お嬢様学校からは元気さと行動力が溢れている明るく煌めくような少女、結菜達の学校からは眼鏡を掛けた秀才タイプの落ち着いた少年が付いていた。


「さあ、いよいよ始まりました、二校対抗自転車レース! 実況はこのわたし、純星のスター候補生、東条萌香(とうじょう もえか)と」

「普通高一の秀才にして生徒会の会計を務めておりますこの僕、眼鏡掛太郎(めがね かけたろう)がお送りします」

「また実況席には特別顧問として本大会の総責任者を務めております、白鶴渚さんに来ていただいております」

「分からないことがあったら何でも聞いてね。わたしがルールブックだから」

「「「おおーーーーー」」」


 会場は盛り上がっている。萌香は真面目な堅物のように座っている掛太郎に訊いた。


「さて、いよいよ始まるわけですが、掛太郎さんはぶっちゃけどちらが勝つと思いますか?」

「それは何とも言えませんね。僕としてはやはり自分の学校に頑張って欲しいところですが」

「わたしは翼様を応援しています。では、ここで改めてルールの確認をしておきましょうか、渚さん」

「ええ、コースはかつて勇者が走ったと言われている道バニシングウェイよ」

「おお、バニシングウェイ。どういった意味なんでしょうか」


 萌香が感嘆して渚に訊ねる。


「普通に考えたら消えた道ね。歴史に隠された道らしいんだけど、翼は今回の事でこの道をアピールしたいらしいわ。勇者の走った道としてね」

「伝説の勇者ですか。最近よく聞く言葉ですが、本当に実在するのでしょうか」


 掛太郎が改めて基本的なことを訊ねる。渚は答える。


「実在するそうよ。これはずっと前に翼に聞いた話なんだけど、その昔この星では、神話戦争と精霊戦争と呼ばれる二つの大きな戦いがあって、勇者の伝説はそこから始まったそうよ」

「へえ、何だかスケールの大きい話ですね」

「この話は翼の方がずっと詳しいから、興味があるなら後で翼に訊いてちょうだい。コースの説明を続けるわ」

「分かりました」

「スタートはこの学校の校庭。まずはここからバニシングウェイの南部を目指します。道に乗ったらそこから時計回りに走っていき、西北東のそれぞれの位置でバトンを繋いでいって、最後にここへ戻ってきてゴールとなります。それぞれの走者には出番が来るまで何をやってもらっても構いませんが、前の走者が到着するまでにはスタート位置についておくことをお勧めしておきます」

「説明ありがとうございました、渚さん」

「さあ、いよいよレースが始まりますよ」


 スタートが近づいたとあって冷静な掛太郎も少し興奮していた。

 出場する選手達がそれぞれの自転車を手に取った。

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