第5章 昼ドラバレンタイン

第30話 できねえよ!

 年が明けてからというもの、俺は多忙だった。

 美咲さんから頼まれたモデルの仕事が本格的に始まったからだ。


 美咲さんが新しく立ち上げる『メルティードール』は、十代、二十代の若い女の子をターゲットに、服や小物を販売するアパレルブランドだ。


 メルティードールの服や小物は、アクセントにフリルやリボンをあしらったカジュアルだが可愛らしいデザインの物が多かった。

 価格やデザインを見るに、若い女の子が気軽に楽しむおしゃれ着みたいな印象を受けた。


 店舗は渋谷に本店を一つだけ出して、メインはネット販売にし、全国へ大々的に広告やCMを打って売り出す予定らしい。


 メルティードールのイメージモデルの仕事をするに当たって、今どの事務所にも所属していないのなら、美咲さんの個人事務所所属という方が色々と便利だから、と美咲さんに力説され、あれよあれよと言う間に俺は美咲さんの個人事務所「beLベル risoリーソ」に所属するモデルという事になってしまった。


 どんどん囲い込まれて逃げ場が無くなっている感がしないでもないが、美咲さんの隣に一宮雨莉がいる以上、俺に拒否権などあるはずもない。


 一月の頭はほとんどが仕事の説明や、打ち合わせという名の女子会で終わったが、一月の終わりからは講義の合間をぬって、連日広告やテレビCMの撮影に追われた。

 ネットショップ用の写真撮影もあり、日に何度着替えて撮影を繰り返したかわからない。


 しかし仕事自体は中々に楽しかった。

 元々女装コスプレにはまるだけあって、可愛い格好をして写真を撮られるのが好きだったというのもあるし、チラッと見せてもらった撮影された写真には普段の俺とは全く別の、朝倉すばるという女の子がそこに存在していた。


 もはや俺の中で朝倉すばるは俺とは切り離された別のキャラクターのように思えた。

 だからなのか、もっと良い物に仕上げようと、難しいポーズやより綺麗に商品を魅せる方法も教えてもらいつつ、俺はモデルとして今自分にできる全てを出し切って撮影に臨んだ。


 そんな慌しい日々がしばらく続いて落ち着いた頃、稲葉からとある依頼を受けた。

 金は出すので、来る二月十四日のバレンタインにいかにも本命っぽいチョコを用意して欲しい。という事だった。


 もうそんな季節か、とは思いつつ、美咲さん達には表向き付き合っている事にしている手前、何も無しでは通らないのだろう。


 材料費も出ると言う事なら、前々から少し気になっていたトリュフやフォンダンショコラ、チョコレートブラウニー等の手作りチョコを作るのも悪くないかもしれない。


 俺の一人暮らししている家には中古の電子レンジ位しかないが、すばるの家なら、オーブンやスチーム機能の付いた最新式の電子レンジがあるので、その気になればお菓子でもパンでも焼ける。


 最近はモデルの仕事にかかりきりだったので、久しぶりにこういう手作りスイーツ作りというのも楽しそうだ。

 早速俺はネットでレシピを探し始めた。


 まずはフォンダンショコラを作ってみよう。

 一見さっくりしたチョコレート生地のケーキだが、中にはトロトロのチョコレートが入っている。

 紙のカップで作れば、プレゼントにも良さそうだ。


 作るレシピを決めると、鉄は熱いうちに打てとばかりに夜中の十時過ぎに夜間も開いている近所のスーパーに材料を買いに走り、買い物から戻ると早速菓子作りに取り掛かった。


 材料を順番に念入りに混ぜて、紙のカップに注ぎ、板チョコを四欠片程、中に沈めてオーブンで焼く。

 オーブンで焼いている間は暇なので、作ってる途中に撮っていた写真をツイッターに投稿して、バレンタインに向けてフォンダンショコラを作ってみる、みたいな感じでつぶやいてみる。


 すると夜中の一時過ぎだがすぐに反応があって、普段はこの時間俺は寝てるのだが結構皆起きているもんだなと思った。

 ちなみにすぐに反応してきた中に優司と優奈がいて、今日は水曜日で今日も明日も平日なのに何時まで起きてるんだこいつら。と思ってしまった。


 その後、出来上がったフォンダンショコラを早速食べてみれば、想像以上に熱くて舌を火傷してしまったが、程よく冷まして食べてみれば中々に美味しかった。

 しかし完全に冷めると中のチョコレートが固まってしまうので、食べる前には電子レンジで少し温めた方が良さそうだ。


 それからすっかりお菓子作りにはまってしまった俺は、毎日のように様々な手作りのチョコレート菓子の写真を投稿した。

 バレンタインの予行演習というよりは、完全に趣味だった。


 ここまでくると、稲葉だけでなく、美咲さん達普段お世話になっている人にも配りたくなってくる。

 単純にバレンタインは口実で、ただお菓子を作って配りたいだけだった。


 せっかくなので優司や優奈にも配りたい所だが、わざわざそのためだけに呼び出すのも悪いし、他に特に用事がある訳でもないしなと思っていると、俺のスマホにメールが届いた。


 メールは優奈からの物だった。

 曰く、俺の一人暮らししているアパートで、バレンタインパーティーを行いたいらしい。

 メンバーは、優奈、俺、俺の恋人、すばるの四人でやりたいと言ってきた。


 俺とすばるは同一人物なうえに実際には恋人なんていないので土台無理な話だ。

 どう断ろうと思っていると、今度は優司から俺のスマホに電話がかかってきた。

 電話の内容は、予想通り俺とその恋人、優司、すばるでバレンタインパーティーをできないだろうか、というものだった。


 できねえよ! と心の中で叫びつつ、とりあえず相手に確認を取らないとなんともいえないという事で、優司にも優奈にもとりあえず保留という形にしてもらった。


 相変わらず変なところで息がピッタリな双子である。

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