カーテンコール


 ◆


 ネイは読み終わった手紙をゆっくりと机の上に置き、眼を瞑って内容を反芻しているようだった。手紙を読んでいる時、最初の方はネイも沈んでいたのだが、霧の都に着いたというあたりからは、ネイも楽しそうに手紙を読み上げていた。


「そっか、リサ……」

「リサじゃなくって、グレースだろ?」

「あはは、そうだった。でも、うーん、アドバイスかぁ……」


 ネイは口元に人差し指を置いて、グレースに対する真剣なアドバイスを考え出しているようだった。しかし、妙案は浮かばなかったのだろう、というより、とりあえずという形で、ネイは青年の顔を覗き込んできた。


「ネッド、何か良いアドバイスはある? グラントの好きなものとかさぁ」

「アイツは精々、乗り物が好きってくらいだからな。別に食い物に好き嫌いとかも無いし……」

「いやいや、そうじゃなくって、男だったらこう言われるとキュン、と来るとかさぁ、そういうのだよ」

「あのなぁ……アイツは、マクシミリアン・ヴァン・グラントだぞ?」

「そうだなぁ……アイツは、マクシミリアン・ヴァン・グラントだもんな……」


 二人はそう言いながら、何の気なしに天上を眺めた。そう、ヴァンは絶望的に空気を読む力が無いし、人の心の機微に反応できるほどの気配りも無い。況や乙女心おや、でなのである。しかも、青年とネイだって、随分と紆余曲折合った訳で、二人は比較的早い段階から想い合っていたわけだが、それでも結局時間が掛かったのだから――。


「……三年はかかるな」

「……頑張れ、グレース」


 それだけ言った後、ネイはしばらく黙り込んでいた。きっと、手紙の中にあった一部分に、何か想うところがあったのだろう、それは青年も同じだった。

 時計の針を見ると、まだ九時半だった。それならば良い機会だ、開店前に少し今後の話をしておこうか、青年はそう思い、左側を向いた。


「ネイ、あのさ」

「ネッド、あのさ」


 偶然タイミングが合ってしまい、互いに顔を見つめあう形になった。しかし、もう二年は一緒に居るのに、意外とこういう時は気恥ずかしくなるもので、少しの間、二人とも黙ってしまった。


「え、えぇっと、ネッドから……」


 右手を差し出して譲ってくれそうになったのだが、しかしネイは途中で言葉を切って小さく頭を振った。


「うぅん、やっぱり、アタシから話していいかな?」

「あぁ、どうぞ」


 今度は青年が右手を差し出し、相手に譲ることにした。それを受けて、ネイは一旦机に視線を落とし、小さく息を吸ったり吐いたりして、最後にやや大きく息を吸い込んでから、改めて碧の瞳で見つめてきた。


「……アタシね、ネッドのこと、好きだよ」


 そう言う彼女の微笑みは、窓から差し込む光を受けて、一層輝いて見えた。自分も――そう返そうとする前に、ネイは少し悪戯っぽい微笑を浮かべながら、右手の人差し指の腹を青年の口元に優しく押し付けてきた。


「だぁめ、先に全部言わせて?」


 こういう雰囲気になると、もはや完全に彼女のペースになる。普段はどちらかというと甘えたがりなのだが、ここ一番の包容力というか、主導権を握るのは、青年よりもネイのほうが一歩も二歩も上手なのである。

 しかし、青年も別段、無理して主導権を握りたいわけでもない。唇に突然指を押し付けられて少々驚いてしまったものの、青年は笑顔に努めて、相手に続けてもらうよう、再び右手を差し出して言葉を促した。対してネイは一度頷き、そのまま頭を青年の胸に押し付けて――これがお気に入りらしい――話を続ける。


「……皆と別れてから、何回も好きって言ってるよね。でも、何回言っても想いは変わらないし……実際、最初の頃と比べると、燃えるような想いじゃなくなってるかもしれないけど、それでも、一緒に居ると、やっぱり安心できて……なんて言うかな、うん、想いが深くなってる、そんな感じがするんだ」


 ネイはそのまま、両手を青年の胸に置いて、話を続ける。


「ネッドと出会うまでは、アタシは誰とも一緒に居られないって思ってた。きっと、そのうち一人寂しく死んでいくんだろうなって、そんなふうに思ってた」


 そこで一度話を切って、ネイは青年の顔を見上げてくる。


「たまに、考えるの……丁度二年前のあの日、ネッドと出会ってなかったらって……今頃、どうしてたんだろうって。もしかすると、あの頃みたいに、人々の触れ合いを、ただ羨ましいなって、遠目に眺めてただけかもしれない。もしかすると、悔しくなって、荒れてた頃のジーンみたいに、誰かを傷つけてたかもしれない。もしかすると……一人に耐えられなくなって、もうこの世には居なかったかもしれない」


 そんな寂しいことは言わないで欲しい――勿論、たらればの話だというのは分かっている。それでも、ここに自分と彼女が居ることは嘘でないことを証明するために、青年は自身の胸にあるネイの右手を取り、正面から指を絡ませた。ネイは頬を上気させて微笑んでくれた。


「ふふ、ありがと……うん、これは夢じゃない。ネッドが傍に居てくれるのが、本当だから……」


 ネイは右手を強く握って、微笑を浮かべたまま続ける。


「ねぇ、ネッド、アタシね、改めてネッドに伝えたいことがあるんだ……あの日、アタシと出会ってくれてありがとう」


 それは、こちらの台詞でもある――ネイが先ほど、自分と出会ってなかったら生きていなかったかもしれないと言ったのは、丸々青年にも当てはまる。あの日、列車で見飽きた荒野を見続けて居た時、自分の心は半ば生きていなかったのだから、こちらこそ出会ってくれてありがとう、青年は心の中でそう言い返した。


「不器用で、素直になれなかったアタシの隣に居てくれてありがとう」


 そう言うネイは、少し恥ずかしそうにはにかんでいた。確かに、今は結構素直になって、それはそれで魅力的だ。以前のいけずな感じも青年は嫌いではなかったし、何より態度には良く出ていたので、見ていて楽しかったのも事実である。だから、楽しませてくれてありがとう、青年は心の中でそう言い返した。


「痛い思い、辛い思いをしても、アタシを護ってくれてありがとう」


 今度は、どことなく切なそうに瞳を揺らしていた。しかし、どんな苦境があったとしても、体が勝手に動いていたのだから仕方が無い。そもそも、ネイがそれだけ、自分を一生懸命にさせてくれる存在だったから、青年自身も頑張ってくれたのだから――だから、やはり、こちらこそありがとう、青年は心の中でそう言い返した。


「アタシの我がままに付き合ってくれて……こうやって一緒に、お店を開いてくれありがとう」


 そこでネイは再び顔を上げ、優しい笑顔で青年を見つめてきた。一緒にお店を開くのは、ややもすれば出会った当初からの夢だったのかもしれない。今にして思えば、青年が布製品の販売を始めたところがきっかけだったのもあるし、もしセントフランの劇の一件の後に定住していたら、きっと同じように店を開くことを考えていただろう。そもそも、ずっと風来坊としてやってきた青年は、どこか一箇所に落ち着く場所を、帰れる場所を探していたのかもしれない。それは、彼女も一緒だったのかもしれない。


 そして、ネイは手を離し、空いた手を青年の背中に回して、強く抱きついてきた。


「そして……アタシを好きになってくれて、本当にありがとう……うん、こんなにたくさん、ありがとうって思えるって素敵なことだと思う」


 青年も空いた手で、再びネイの髪を撫でた。そしてやっぱり飽きもしないで、ネイは嬉しそうにはにかんで見せてくれた。少しの間じゃれあってから、ネイは話を続ける。


「これからもずっと、アナタと一緒に居たい……でも、それはアナタに依存するっていう訳じゃなくって、アタシはアタシで、自分をしっかり持って、それでお互いに支えあえたらって、そう思ってるんだ」

「……うん、君は本当に強くなったよ」


 青年は頭を撫でながら、ここで初めて相手の言葉に返答した。ネイは、本当に強くなった。始めてあった時、大路の真ん中で消えそうだった儚いネイとは違う。ロングコーストでマリアが死んだ時、雨の中で迷子になっていた弱いネイとは違う。フィフサイドに捕らえられ、静かに消えようとしていたネイとは違う。今の彼女はしっかりとした芯の強さを持って、自分の意志で立ち、それでいて青年と居ることを選んでくれたのだ。だから、今のネイは本当の意味で頼りがいもあるし、青年自身も一緒に居て心強く、また安心も出来る、そんな女性に成長していた。


「えへへ……でも、それはアタシを支えてくれた、みんなのおかげだよ」

「あぁ、そうだな」


 そこまで話すと、ネイは少し躊躇いがちに視線を落とした。この先を言おうか言わまいか、悩んでいるのだろう――だが決心したらしく、再び青年の顔を覗き込んできた。


「……それでね? 多分、ネッドはこう考えてる。お店が落ち着いたらって……アタシもそう思うし、それ自体には反対もしないよ。でも……アタシ、来月で二十歳になるんだ。ネッドと始めて会った時の、ネッドと同じ年齢だよ」


 ネイの誕生月は、四月だったらしい。つまり、ネイと始めてあった翌月には、ネイは十八になっていた訳で、去年一年で十九歳になり――そして、来月にはネイの言うとおり、自分が彼女と出会ったときと、同じ年齢になるわけで――だから、青年はネイのことを、もう少女とは思っていなかった。


「ねぇ、ネッド……アタシ、もう子供じゃないよ? だから、その、結婚だってできるんだから……」


 やはり、先ほどの手紙で、そういうことを考えていたらしい。いや、もしかすると、もっと前から考えていたのかも――なぜなら、自分だって、同じようなことは考えていたのだから。


「あぁ、そうだな……」


 青年はとりあえず相槌を打ち、どうしたものかと少し考えた。一応、自分の中の計画としては、まだ時期尚早なのである。しかし、彼女の気持ちも分かるので、青年は自分の心の内も話す覚悟を決めた。


「君の意見は分かった。それじゃあ、今度は俺の話を聞いてくれるかい?」

「うん……聞かせて?」

「結婚は、俺も考えてたよ」

「ほ、ホント!?」


 嬉しそうに跳ね上がるネイを見て、青年はなんだか胸が温かくなったが、せっかくなので意趣返し、今度は青年が右手の人差し指を、優しく彼女の柔らかい唇にそっと押しつけた。ネイは驚いた表情を見せ、しかしすぐに悪戯っぽい笑みを浮かべて口を閉じた。


「ただ、事情を話すとだな……やっぱりもう少し待って欲しいっていうのが正直な意見だ」

「……理由、話してもらえる?」

「そうだなぁ……本当は色々こっそり進めて、ビックリさせたかったんだが……」


 青年は空いている左手で頭を掻いた。しかし、良い機会かもしれない――そう、ネイは頼りがいのあるパートナーなのだから、一人でこっそり算段を進めるよりも、一緒に頑張った方が、返ってお互いのためかもしれない、そう思い、青年は話すことにした。


「まず、結婚指輪の問題」

「ゆ、指輪……」

「そう、指輪。そりゃ、式を挙げるのにも指輪を買うにしても、俺たちは自分に掛けられてたの賞金を使えば問題ないけどさ。それでも、折角の結婚指輪なら、ちゃんと稼いだお金で買いたいと思ってね」

「そ、それは、確かに……」


 本当は婚約指輪の資金も青年は考えていたのだが、そっちは黙っておいた方が良いだろう、一つぐらいサプライズは残しておきたい。ともかく、ネイは青年の胸の辺りで、真剣にこくこくと頷いていた。その所作が一生懸命で、主人の言うことを頑張って聞いている子犬のようで、なんだか可愛らしかった。


「次に……これこそ、黙ってビックリさせたかったんだけど……君のドレスを、頑張って自分の手で仕立てたいと思ってね」

「ど、ドレス!?」


 そこでネイは、一層碧の瞳を輝かせた。


「あぁ、ウェディングドレスをさ、せっかくこういう仕事に就いたんだ、俺の手で作りたくってさ」


 幸いなことに、青年の能力を使えば、デザインさえ出来てしまえば、作るのは一瞬である。店が軌道に乗って隙間時間が出来たら、こっそり考えようと思っていたのだった。


「な、なるほど……そっか、指輪に、ドレスかぁ……うん、それは、すぐに準備できないもんね」


 青年の言葉に、ネイは真剣な表情で、しかし頬を上気させながら、一生懸命ぶつぶつ言っていた。そこに邪魔するようで悪いような気もしたのだが、青年は構わず話を続ける。


「……でも、こういうのは、多分余裕がある時にやろうって思うと、ダラダラと引き延ばしちまうからさ。期限を決めてやるのはいいのかもしれない。だから、店を軌道に乗せて、指輪の資金を貯めるのとデザインを考えるので……一年後には、式をあげようか」

「一年かぁ……長いかな? 短いかな?」

「一生懸命やってれば、きっとあっという間さ。でも、店を軌道に乗せるのは、君にも頑張ってもらわないといけないからな……これからも、二人で頑張ろう」


 二人で頑張る、我ながら良い事を言った気がする――ネイはどう思っているのか、青年が改めて下を見ると、想いは伝わってくれていたらしい、顔一杯に喜びを浮かべて頷いてくれた。


「うん! アタシ、頑張るね!!」


 青年は、彼女の「頑張る」が好きだった。一生懸命で、甲斐甲斐しくて――つまり、かわいいのである。かわいいので、やはり髪を撫でると、やはり飽きもせずに、ネイは青年の手に甘えてくれた。


「まぁ、それに、せっかく式をあげるんだったら、皆にも来て欲しいだろ? それこそ、明日結婚します、つったって、誰も来れないんだしさ」

「確かに……一年後にはリ……グレースも来れるだろうし、ネッドもグラントに来て欲しいよね?」

「いや、別にアイツはどうでもいいかな」

「ふふ、そう言うところは素直じゃないんだから。でもでも、ネッドが結婚するってなったら、さしものマクシミリアン・ヴァン・グラントも、ちょっとはグレースを意識するんじゃないかな?」

「はは、そうかもな」


 二人で笑い合って少しした後、ネイの方がまた、青年の胸の辺りでもぞもぞと動き、何故だか若干恥ずかしそうにしながら、ちらちらと青年の顔を覗いていた。


「……あのね、ネッド」

「なんだい?」

「結婚、結婚したらさ」

「うん」

「こ、子供も、欲しいよね?」


 仕事の前に、彼女はとんでもない剛速球を、青年の心臓にぶち込んできた。ここまでですら少々艶っぽい話で、気分が割りと盛り上がってきてしまっていたのに――ただ、子供をこさえる、大佐から言われていたことでもあるし、きっと彼女の中にずっとあった想いにも違いない。しかし、時計に眼を移すと、時間は九時三十五分、ここはクールダウンしなければならない。だが、彼女の気持ちも否定したくもないし――仕方無しに、青年は生返事を反すことにした。


「あぁ、そうだな……」

「む、煮え切らない感じ……」

「いや、そう言うわけじゃなくってだな……」

「むー」


 青年の返答は、やはり彼女のお気に召さなかったらしい、というか、君も結構ギリギリを攻めるのが好きだな――なんだかもう、青年は色々とどうでも良くなってきて、不満気に尖らしている彼女の唇に狙いを定めた。


「今更なんだが、一つ伝え忘れてたことがあるんだよ、ネイ」

「……なぁに?」

「俺、ダンバーにこんな約束をしたんだ。ダンバーのことを、子供に、孫に、ずっと語り継いでいくってさ」

「え、えと、それは……んん……」


 有無を言わさず顔を引き寄せ、青年は彼女の唇に自身の唇を重ね――始めのうちこそ控えめだったが、徐々に青年の動きに合わせて、彼女のほうも熱心に舌を絡ませてきた。

 しばらくの間、互いに想いのままに唇を奪い合い、そして離れると、ネイは顔を真っ赤にして、口元を右手で押さえていた。彼女は意外と助平だったのだが、行為自体はいつまでも恥ずかしいらしく、それがまた可愛らしかった。


「……本気さは、良く伝わってきたよ」

「そいつは良かった。まぁ、ダンバーとの約束で無しにしてもさ……俺も欲しいよ、君との子供」


 青年の言葉に、ネイは頬を赤く染めたまま、今度は嬉しそうにはにかんだ。


「えへへ……うん、子供が出来たらさ、一杯可愛がってあげたいね。抱きしめて、手を引いて、見守って……たくさん愛情を注いであげたい。アタシは、もちろんお母さんに、コグバーンに、ジーンに、マリアに、良くして貰ったけど……それ以上に、たくさん良くしてあげたいって思う」

「はは、君は猫可愛がりしそうだからな……俺は厳しく接することにするよ」

「あはは、そんなこと言っても、どうせ目に入れても痛くないってなるよ、ネッドは」

「そうかなぁ?」

「そうだよ……でも、結婚までは我慢。子供も欲しいけど、その……ドレス、綺麗に着たいし」


 ぶつぶつ言いながら、彼女はなんだか所在無げにチラチラと青年の方を見ていた。相手も昂ぶっていて、しかし理性という名の防波堤によって、一歩踏みとどまっている、そんな雰囲気を出していた。

 人間、一旦こうなってしまっては駄目だろう、そして、こういう時は、自分が悪い奴になればいい。


「……まぁ、何にしても、予行演習は必要じゃないかな?」


 青年はそう言いながら、再び彼女の顎を優しく掴み、自分の方へとそ、と引き寄せた。


「だ、駄目だよ、ネッド」

「どうして?」

「その……あんまりキスしてると、その……その気になっちゃうから……」

「俺はもうその気なんだけど」

「うっ……でも、お店……」

「準備に手間取ったことにすればいいさ」

「そ、そっか……うん、そーかも……」


 ネイの方も、なんだかもはやよく分かっていないのだろう、青年の術中に嵌り――いや、むしろ自分が彼女の術中に嵌ったのだろうか、しかしまぁ、そんなものはどちらでも良かった。


「……昨日もしたのに」

「昨日までは愛を確かめ合ってただけさ。今日からは違う」

「ふふ……愛を深めるため?」

「そうそう、その通り……」


 青年はネイの体を今一度抱き寄せ、ブラウスのボタンに手をつけながら、今一度口付けを――しようとした瞬間、外から銃声が響き渡った。そして哀しいかな、長年賞金稼ぎとしてやってきた二人は、肉欲の本能よりも、防衛本能と闘争本能が勝り、一気に体を離し、青年は得物を取るべくカウンターの奥に飛び、少女は目の前の机を蹴り倒し、即席のバリケードを作っていた。恐らく、この変わり身の速さは、素人から見たらギャグみたいな動きだったに違いない。

 ともかく、青年はまず、ネイのコグバーン・スペシャルとエーテルシリンダーの付いているグローブをカウンターの後ろから取り出し、ソファーの方に向かって投げた。ネイはそれをバリケードの後ろで受け取り、グローブを嵌めながら口を開いた。


「……なんだと思う?」

「そうだなぁ、まさか、噂を聞きつけて、腕試しに来たアホか……うん?」


 青年は身を屈めながらカウンターの後ろに掛けてあったダスターコートとガンベルト、もといボビンベルトを手に取り、ついでにガラス窓から外の様子を窺った。すると、そこには、二メートルを越える巨漢の持つ機関銃が、青空に向かって煙を吐いているのが視えた。


「そこの店の中に居る凄腕のガンマンとやら!! オレと勝負しやがれ!!」


 バリケードの後ろに居るネイは、その声を聞いて、露骨に嫌そうな顔をした。


「……今の声、アタシは聞き覚えがあるんだが?」

「哀しいなぁ、俺は聞き覚えどころか、見覚えもあるんだよね」


 青年がなんだか懐かしい気持ちで窓を眺めていると、外から小柄の男と巨漢との会話が、僅かに開け放たれた窓から聞こえてくる。


「あ、アニキィ……そいつ、どんな奴なんですかぁ?」

「へへ、なんでも二メートル近い長身で、テンガロンハットを被り、ダスターコートを着た、超早撃ちのガンスリンガーらしいぜ!!」


 その言葉を聴いて、二人は顔を見合わせた。まず、ネイの方が腹に一物ありそうな爽やかな笑顔で、手のひらをすい、とドアの方へと移動させた。


「二メートル近い長身に、ダスターコート、ネッドの客だろ? もてなしてあげなよ」

「いやいや、テンガロンハットに早撃ち、君の客だろう、ネイ」 


 言い合いながら、二人は少しの間黙って、何故こんなことになったのかを考え出した。青年が原因を思いついた瞬間、ネイのほうも合点がいった様で、二人は改めて顔を見合わせた。


「……噂が混じったのかな?」

「多分、そう言うことだろうなぁ……」


 ここを安住の地に選んだ際の最後の理由、多分それが問題だったのだろう――青年とネイがここを訪れたとき、ここは悪い地上げ屋に搾取されていた。しかもその地上げ屋、ならず者どもを傭兵に雇っていたので、街の人々も反抗できなかったのである。あんまり他人事に首を突っ込むのもどうかと青年は思ったのだが、ネイの優しさが大爆発した結果、仕方無しに青年も協力することになり、悪漢どもを追い払った経緯があったのだった。ちなみにその地上げ屋も、法に抵触するようなことをしていたのがバレて、今は三駅先の大きな街の刑務所に収容されている。

 悪漢から街を救ったということで、青年とネイは街の人々に受け入れられていた。本当なら格好良く去ろうとも思っていたのだが、しかし二人は住む場所を探していたのであるし、やはり右手の包帯が無くなり、女らしくなったのも良かったのだろう、ネイも周りの人々とここなら上手くやれるようだしということで、ここを安住の地に定めたのであった。

 しかし去ろうか最後まで悩んだ理由がこれだ。西部の愛すべき馬鹿共、もとい無頼漢共は、自分の力を誇示するのに、強い相手を倒して自分の名前を売る悪癖がある。総勢三十はいた悪漢どもをコテンパンにしてしまったのだから、青年とネイは名前を出さずとも、なにやら凄腕がここに居るのは知られていてもおかしくなかった。


「……何にしても、相手はしないと駄目だろうな」

「そうだね……折角作ったお店、壊されちゃったら困るし」


 そう言うネイのほうに、青年は長干し竿も投げた。ネイはそれを受け取って袋からボルトアクションのライフルを取り出し、机の縁に銃身を置いた。対して青年は立ち上がり、踵を擦ってドアの方へと歩き出した。


「……おい、凄腕さんよ! オレぁ百烈機関銃【ガトリングコンバット】のペデロ!! 泣く子も黙る、十万ボルの賞金首だぜ!!」


 青年とネイに掛けられていた賞金の十分の一で粋がっているのが、青年にとってはなんだか面白くて、つい小さく噴出してしまった。もちろん、あの百万ボルは、特例中の特例として掛けられたもので、もはやあの賞金額を越える懸賞金は、永久に掛けられることはないだろう。


「アイツ、懸賞金掛けられて嬉しいのかな?」

「まぁ、世の中、色々な趣味嗜好のやつがいるからさ。それは否定してやらないでおいてあげようぜ」


 青年とネイが二人で話し合っていると、外から下品な感じの男の大声が、店内まで響いてくる。


「はぁ! びびってんのか!? 出てこねぇなら……」

「あー焦んなって!! 今行くよ!!」


 青年も相手に倣って大きな声を返すと、ドアの向こうで粋がっていた大男が、息を飲む気配がした。


「……アニキ、今の声……」

「あ、あぁ、ま、まさかな……」


 青年がドアを開けると同時に、後ろから一発銃声が聞こえた。すぐにボルトを引いて薬莢が落ちる音が聞こえ、もう一発――ネイが撃った弾丸は、僅かなガラス窓の隙間から飛び出し、正面の建物の上に構えていた二人の男の武器を弾き飛ばしていた。

 外に出ると、店は総勢五十人ほどの無頼漢に取り囲まれていた。さ、と周りを見ると、ストーンリバーの住人が遠巻きや建物の窓から、不安げにこちらを見ているのが分かった。それなら、今後ともここでやっていくには、出来る限り穏便に、そして血を流さず、どことなく馬鹿馬鹿しい感じで、初めての来客をあしらわなければならない、青年がそう思うのと同時に、ネイも扉から外に出て、青年の横に並んだ。


 そして視線を野郎共に戻すと、店の正面で、大柄のペデロと小柄のカルロスが、なにやらこちらを指差しながら「ね、ね、ね」とかいう謎の呪文を唱えていた。


「ネッド・アークライトに!?」

「ネイ・S・コグバーン!?」


 ちなみに、青年の名を呼んだのはペデロで、ネイの名を読んだのがカルロスである。ちなみに、青年とネイの顔を見るなり、アントニオ並びに以前顔を合わせたことのある他数名は、その場で一目散に逃げ出していた。青年はそれを見て笑ってしまい、次いで小さく右手を上げて「よっ、ペの字」と挨拶をした。だが、隣から感じる威圧感に、青年はすぐに手を引っ込めた。


「なぁ、ペの字、言ったよな? 次追っかけてきたら、もう酷いからなって……」


 そう言うネイの目は、前髪に隠れて青年からは見えなかったが、その声の調子から、凄く怒っていらっしゃることはよく分かった。変に横槍入れないでおこう、怖いし、青年はそう思った。


「それにも増して、今のアタシはすごぶる機嫌が悪い……でも逃げるなら、後ろからは撃たないぞ?」

「い、いやいやいや、お前等だって、しらなかっ……」


 慌てて首を振るペデロは、そこで一旦話を切った。恐らく、部下達の冷たい目線に気づいたのだろう――ここまで息巻いてきたのに、尻尾を巻いて逃げるだなんて情けない、そういう心が働いたのか、口元を引きつらせながらドデカイ機関銃の銃口をこちらへと向けてきた。


「チキショウ! 部下の手前、格好悪いところ見せられるかよッ!!」

「あーそーかい、それじゃ……!!」


 ペデロが機銃を構えるのと同時に、銃声が往来に響き渡った。青年も結構長く修羅場をくぐってきたので、ようやっとだが、ただ今鳴った轟音六発の音を聞き取っていた。


「な、何しやがった!?」


 ペデロが引き金を引いても、機銃からは何も発射されなかった。恐らく、少女の繋ぐ能力で、機関銃の銃口に弾丸を入れて、内部から接合し、銃を発射できなくしたのだろう、でもあんな小さな穴に弾丸入れるとか怖い、青年はそう思った。

 ともかく、これで店をガトリングでボロボロにされる心配は無くなった。そうなれば、次は青年の出番である。折角朝、気を練ったのだから、それをぶつける相手が出てきて、何なら丁度良かったのかもしれない。青年はボビンをベルトから引き抜きながら木の板から飛び降り、大地を踏むと同時に本気を出し、一気に巨漢の懐に潜り込んだ。


「そういや、最後に会った時には、俺はお前の相手をしてやらなかったからな……」


 思えば、コイツとやり合った日に、全てが始まったのだから――ある意味奇妙な友情すら感じるので、ある意味感謝の気持ちを込めて、青年はある意味最大のライバルを小突き飛ばすことにした。


「今日は思いっきり遊んでやるぜッ!!」


 青年はそう叫びながら、右の手のひらをボビンごと巨体の腹に打ち付けた。朝の一番絞りをその身に受けて、巨漢のペデロは呻き声をあげながら、大路の向こう、広場にある巨木の方へとぶっ飛んでいく。


「こいつぁオマケだ!!」


 青年はペデロの服と、ボビンの紐とを紡ぎ合わせていた。都合、飛ぶ巨体の後を紐が追いかけ、巨木にその体がぶつかる前に青年が手を捻りると、繊維が太い枝とペデロの図体とに巻きつけられ、そのまま男の体が木からぶら下がる形になった。


「ぐぇっ!? ……お、お前ら、何してやがる!! 撃て、撃てぇッ!!」


 ボスの命令に、呆気にとられていた部下達が、一斉に青年とネイに銃口を向けてきた。ネイも既に木の板から下りており、二十名を越える無頼漢共に囲まれている。


「おい、お前らやめときな。ノーコンなんだから、お友達に弾を当てることになるぞ?」


 ネイは呆れた顔で、銃身を頭の横に並べていた。


「う、うるせぇ!! このメスガキが!!」

「ガキだとぉ? アタシはなぁ……!!」


 ガキの部分が彼女の怒りに触れたらしい、ネイはすぐに銃を腰の位置に落とし、左手を撃鉄に添えながら、まずは口から怒声を放つ。


「こう見えても、来月で二十歳になるんだッ!!」


 多分それ、そいつらにはメチャクチャどうでもいい情報だよ、青年が冷静に心の中で突っ込むのと同時に、男達の持つ銃が六挺、青い空を背景に吹き飛ばされていた。武器を跳ばされた六人のオッサン達は、丁度青年達の新居の対面に居る。つまり、徹底的にお店を護ろうという彼女の気概が見て取れた。

 そしてすぐに、残った連中の銃が掃射される。もちろん、すでにネイには未来が見えるわけでないから、横からの射撃は銃口を見ていないと危険なはずである。しかし、スカートと三つ編みを翻し、六発の薬莢を排出しながら、ネイは華麗に踊って見せ――弾丸は一発も掠めることも無く、誰もネイの舞を止めることは出来なかった。そして大佐の銃から薬莢が地面に落ちるのと同時に、すぐさま別の六挺の銃が弾き飛ばされた。


「おい! お前、余所見とは余裕だなぁ!?」


 今の声は、青年に対して投げかけられた言葉のようだった。青年はそちらを見ることもせず、ただネイの戦いっぷりを眺めていた。


「むさいオッサンの顔を見ているよりも、可憐に踊る花を見ている方が建設的だからね……で、あだ、あだだだだ!?」


 青年の体中に、突き刺さるような痛みが走る。能力で外套を強化しているといっても、衝撃そのものを無くせる訳ではないので、銃で撃たれれば痛い、当たり前のことだった。


「なんだ!? こいつ、かてぇぞ!?」

「お前等容赦ないな!? 俺じゃなかったら死んでるぞ!?」


 青年は叫びながら、自分の近くに居る汚い髭面のほうへ向かって一足で跳んだ。そしてそのまま相手の衣服に手のひらを当てる――すぐさま男の纏っている衣服が再構成され、渋いフォーマル姿に変わった。


「な、何しやがる!?」

「プレゼントだよ、似合ってるぜ」


 本当は全然似合ってないのだが、何も相手を悲しませることもない、青年は相手を指差しながら笑顔でおべっかを並べてみせた。相手も満更ではないのか、親指と人差し指の間で顎を挟み、なんだか薔薇でも咥えそうな勢いで格好つけていた。


「ま、マジか……?」

「マジマジ、ついでに寝てろ!!」


 青年は汚い髭面に垂直にチョップを落とした。男は「ポゲっ」とか変な呻き声を上げながら、その場に倒れた。そして、改めて周りを見渡すと、無頼漢どもが若干引きながら、銃に弾を再装填していた。


「ふはは!! お前等全員、着せ替え人形にしてやる!!」

「う、うわぁああ! アイツやべぇぞ!?」

「いで、いでででででで!?」


 再び一斉に引き金が引かれ、青年の体に無数の銃弾が突き刺さる。それでも、繊維で覆われていない顔面を腕でガードしながら、青年は前に歩み出た。


「ネッド!!」


 ネイの声が聞こえるのと同時に、正面の男達の得物が弾き飛ばされた。すでに向こうはケリが付いているらしい、砂と汗で汚れた男達が、ネイの周りで沈んでいるのが見えた。


「よっしゃ、大盤振る舞いだ!!」


 得物を失い棒立ちしている男達の横を青年が一気にすり抜けると、男達の衣服が一気に再構築され、ある者は春先に丁度良い長袖姿に、ある者はカジュアルな夏服に、ある者はフリルの付いた女物の姿になった。皆一様に、何故だかその衣服に合ったポージングを取ってくれ、なんでお前等そんなにノリがいいんだよ、でもそういうの嫌いじゃないぜ、青年はそう思った。


「お、おいネッド、変なことは止めろよ!?」


 青年の馬鹿な行動に、ネイの方からツッコミが入った。戦闘モードなので、割と乱暴な言葉遣いに戻っているのがなんだかおかしくって――青年は少し笑って、新しい世界の扉を開けているハゲ頭を指差しながら答えた。


「いやぁ、こいつらも満更でも無さそうだし、いいんじゃないかな? それに、折角こんなまたぞろ揃ってきてくれたんだ、宣伝に使おうかと思ってね」

「はぁ、成程……まぁ、単にぶっ飛ばすよりは、楽しそうでいいかな?」


 ネイも青年の意図を察してくれたらしく、リロードの終わったリボルバーをクルリ、と回し、銃身を顔の横に並べて笑った。青年もそれに、指を鳴らすことで応えた。


「そうそう、そんな感じさ。そんじゃまぁ……!!」

「適当に遊んであげますか!!」


 二人が残っている無頼漢どもの方に向き直ると、男たちは慌てながら銃口をこちらに向けてきた。だが、それも一瞬、すぐにネイの弾丸に得物を撃たれ、そしてすぐに青年が踏み込み、相手はどんどんと着せ替え人形にさせられていった。


 春先の大路の下、五十人にも及ぶ無頼漢たちの襲撃は、一切の赤を見ることなく、元百万ボルの賞金首によって鎮圧され――数分後には、ならず者どもは地に倒れるか。青年が作った宣伝用のディスプレイになるかのどちらかだった。

 そして青年は、改めて辺りの様子を窺った。見れば、広場の方の人々も、窓からこちらを窺っている人たちも、すでに危機が去ったことを理解しており、それよりも事の面白さを見るために、こちらを注視していた。それを確認し、青年は仰々しく両腕を広げて、大きく息を吸い込み、観客達に向かって大声を張り上げた。


「さぁさぁ、お集まりの皆々様!! 本日は私達のお店の開店記念に、このように愛すべき馬鹿共が駆けつけてくれました!」


 青年の言葉に続いて、ネイが一歩前に出て、スカートを翻しながら、その場でくるり、と可愛らしく一回転見せる。


「アタシ達のお店では、日用雑貨はもちろん、このように素敵なお洋服もご用意しています! まぁ、モデルはちょっと、アレですが……」


 最後は、ネイは周りを見渡して、微妙な表情になっていた。一方、微妙なモデルといわれた愛すべき無頼漢たちは、各々ポーズをキめて見せていた。


「ここに並ぶモデルは、あくまでも一例! 当店では、お客様に合わせた服のオーダーメイドも受け付けております!! 我々のお店は……」


 そこで青年が振り向くと、ネイは両手の指で一とゼロとを作って見せた。広場の時計は九時五十分、つまり予定通り、熱の覚めやらぬうちに開店しようという考えなのだろう。青年は頷き、改めて周囲に聞こえるように、大きく声を張り上げた。


「我々のお店、MBBは、本日十時に開店します!」

「皆様、是非お立ち寄りください!」


 ちなみにMBBは、ミリオンボラーベイビーの頭文字から取った商号である。以前、ボラーの辺りが壮絶にダサいと言っていたネイも今は笑顔で、看板娘らしく振舞っていた。二人による華々しくも馬鹿馬鹿しい宣伝が終わると、遠めに見ていた人々から歓声が上がり、建物の窓が開け放たれ、上からも喝采が上がった。


「……さて、これで宣伝もバッチリだな」

「うん、クーのお店に負けないように、頑張らないとね!」


 青年とネイは一仕事終え、しかしこれからすぐに忙しくなる予感に胸を弾ませながら、開店のために屋内に戻ろうとした――瞬間、そこらでモデルになっていたオッサンの一人が、慌てて二人に声を掛けてきた。


「お、おい、オレたちゃぁ、どうすればいいんだ?」

「おう、お疲れさん! もう帰っていいから!!」


 青年は右手に握っていた糸を引っ張ると、着せ替え人形と化していた男達の衣服が下着を残して一気に破れた。


「ひ、ひえぇえええ!!」

「いやぁぁぁああん!!」


 春麗らかな街の道を、男達は小汚い背中を青年達に見せ付けながら、一斉に走り出した。素っ頓狂な叫び声に目を覚ましたのか、ネイに倒されていた連中も起き上がり、その後を追っており、最後に残ったペデロが、枝の下でぶらぶらしながら、一生懸命自己主張していた。


「お、おいヒモ野郎! ひでぇことしやがる!! くそ、降ろしやがれ!!」

「いやぁ、喧嘩吹っかけてきたのはお前だからな? まぁ、そろそろ……」


 青年が振り返ると、ネイは頷きながら店の壁に立てかけていたライフルを取り、しゃがみこんで狙いをつけ、左目を閉じながら引き金を引いた。ペデロは絶叫しながら下に落下し、しかし頑丈にもすぐに起き上がり、跪いたまま、しばらくこちらを眺めていた。


「……お前ら、まさか、前も……」


 皆まで言うな、さっさと行け、そういう思いを込めて、青年はし、し、と右手を払って見せた。本当は、賞金首を意図的に逃がすのはマッチポンプを疑われるの可能性があるためマズイのだが――今回は賞金を受け取っていないのでグレーゾーン、その上、今は近くに保安官なども居ないし上、この街でなら住民達も、青年達に不利になるような供述はしないから助けたのだ、さっさと去って欲しいというのが本音だった。ペデロの方も察したのか立ち上がり、それ以降は何も言わず、カルロスの引いてきた馬に跨って、部下たちの逃げていった方へと消えていった。


「これで懲り……る奴らじゃないよなぁ」


 ネイが窓にライフルを投げ込んで、去っていくペデロを見ながら呟いた。


「はは、確かに……でもまぁ、もうこれで、少なくとも俺達の所には来ない……うん?」


 そこまで言いかけて青年が言葉を止めたのは、逃げ出した連中が一気にこちらへ戻ってきたからである。まさか、この一瞬で仕返しに来たのか――いや、違う――見れば、奥から別の連中が、無頼漢達を追いかけているようだった。ならず者どもを追い回している連中はピシ、とした制服に身を包んでおり、軍人ではないものの特別な訓練を受けた者達であるのは見て取れてた。


「成程、警察か……」


 まだ組織されたばかりの警察相手なら、ならず者どものほうが実力は上なのだろうが、青年達とドンパチやった際に連中は武器を失ってしまっているので、逃げおおせるしかないのだろう、まず半裸のオッサン達が青年たちの横を抜けて行き、その後汚い外套を着た連中が去っていき、最後に馬に乗ったペデロとカルロスがこちらへ向かってきた。


「……あばよ、ヒモ野郎!」


 青年たちの横を通り過ぎるとき、大柄の男と小柄の男は、確かに笑ってこちらを見ていた。そしてすぐさま、警察たちも青年達の横を過ぎ去っていき――後に残ったのは、連中が巻き上げた土煙と静寂、そして去っていった連中に小さく手を振る彼女だけだった。


「……なんだか、寂しくなっちゃったね」


 そう言いながら、ネイは振っていた手を下ろし、大路の向こうを見つめていた。


「そうだなぁ……時代は、変わっていくんだな」


 これから警察機構が充実していけば、犯罪者には生きにくい世の中になる。そうなれば賞金首が減って、賞金稼ぎ達も、徐々に歴史の表舞台から消え去っていくだろう。国民戦争が残した傷跡は、青年達のあずかり知らぬところで、いつの間にか国の自浄作用によって癒えていく。そう考えると、国や社会というものは生き物のような物なのかも知れない。

 何にしても、二人が幼い頃から生き抜いてきた、そして二人の父親達が築き上げてきた一つの時代が、今まさしく終わろうとしていた。


 しかし、青年も彼女も幼くないが、老いてもいない。まだ若い二人は、これから始まっていく新しい時代に合わせて生き方を変えていくことは出来るし、また自分達も、いつかの日に自分達の手を取ってくれた人たちのように、誰かに何かを残せるようになればいい。


「……ともかく、準備をしなきゃな。そろそろ戻るか」

「うん、そうだね」


 そう、今日はこれから忙しくなる。今まで二人の生業はドンパチやってお金を稼ぐことだった。しかしこれからは、誰かのために糸を紡いでいくのが、二人の仕事になるのだから。

 

 店の中に戻った瞬間、唐突にネイが慌てふためきだした。


「あ、あわわ! 大切な手紙が!!」


 成程、先ほど無意識にバリケードにしてしまったせいで、机の上に置いていた手紙が、床に散乱してしまったらしい、ネイはすぐさま手紙のところに駆けて行き、しゃがみこんで便箋と封筒を拾った。


「あれ、これ……あっ!!」


 手紙をソファーの上に移してから、ネイは顔をまた一層と輝かせ、一枚の厚紙を青年の方へと持ってきた。青年はそれを受け取って見ると、そこには二行に分けらた文章が刻まれていた。


『遅くなってごめんなさい。ボクからの贈り物、デス! 夏に会った時には、わたしの成長にビックリすると良いですよ!!』


 そして裏返すと、そこには何とか笑おうと不恰好に顔を強張らせているネッド・アークライトを中心に、かつて大陸を騒がせた総額三百万ボルの賞金首達が、モノクロのポートレートの中で、窓から差し込む春の日差しを受けて輝いていた。




「ねぇ、ネッド」

「なんだい?」

「色々、あったよね」

「あぁ、そうだな」

「うん……でも、アタシ、今……幸せだよ」

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クロス×クロシズ ~ヒモの賞金稼ぎと包帯少女~ 五島七夫 @5oz7

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