27-5
◆
ポワカ・ブラウンはブラックノア船内、デッキのモニターから、浮遊城の崖に立つ五人の姿を見ていた。立っているのはネッド、ネイ、ジェニー、グラント、リサの五人で――クーやカウルーンの拳士、その他の面々には他の仕事を任せている。そしてブラックノアは既にギャラルホルンを離れて浮上しているが、一足先に逃げているわけではなく、これにもきちんとした理由がある。
ポワカは通信機を手にとって、まだ遠くに見えるイーストシティの街明かりを見つめている五人に向かって話しかけた。
「聞こえますか?」
「あぁ、聞こえてるよ……そっちの準備は?」
「いつでもオッケーですよ!」
「よし、それじゃあ……」
ネッドが周りの面々を見渡すと、まず青年の右隣に居るジェニファーが後ろ髪をかきあげて不敵に笑った。
「これが、ワイルドバンチ最後の大舞台……派手に幕を締めましょうか」
次にジェニーの奥に居るグラントが腕を組んだまま、ガス灯の明かりを見つめながら口を開いた。
「我々が選んだ結末に、無関係な人を巻き込むわけにはいかないからな」
選手がそれぞれ宣誓しているので、次はリサの番か、ポワカがそう思いながら列の端に居るブロンドの乙女を注視すると、残念ながら何か言うわけでもなく、ただ俯いて漆黒の空を眺めていた。それを心配に思ったのか、妹の横に立つ姉が下から覗き込むように声を掛けた。
「……リサ?」
「えぇ、大丈夫よ、お姉さま……まだ、どうすればいいか分からないけれど……それでも、今は協力させて」
俯いていた顔に微笑を乗せて、リサはネイに向かって微笑んだ。
「……お姉ちゃんって呼んでくれた方が、親しみがあっていいんだけどなぁ」
「ふふっ……それじゃあ、やっぱりお姉さまって呼びますわ、お姉さま」
「あ、あのなぁ……まぁいいや、今は一緒に頑張ろう? リサ」
「えぇ」
二人微笑み合う姉妹を見つめて、長身の死んだ魚の目をした男――とはいえ、やはり瞳の奥には確かな生気が満ち溢れている――が、なんだか鼻の下を伸ばしていた。
「ほら、ネッド、『キマシタワー』みたいな顔してる暇じゃありませんよ!!」
「お、おぉ! 分かってる分かってる!」
ポワカの激に、青年は我を取り戻したように背筋をシャンとさせ、ボビンを引き抜いて、遺跡の残骸を起点にして、辺りに繊維を張り巡らせて行く。
「それじゃあ、ネイ、頼む」
「うん! 任せておいて!」
少女が右手のグローブを擦り上げ、青年の紡いだ糸に触れ、糸と糸とを繋ぎあわせる――すると、二人の糸はどんどんと巨大に膨れ上がっていき、瓦礫やちょっとした取っ掛かりを軸にして、段々とギャラルホルンの周りに、幾重もの繊維の道が掛かり始めた。
「俺が繊維を紡ぎ……」
「アタシがネッドの糸を繋ぎあわせて巨大化させる、名づけてッ!!」
「「絡み合う縦糸と横糸【クロスクロシズ】!!」」
二人は互いに背を合わせ――というより、ネッドが少し屈み、ネイが頑張って爪先立ちで、それでもネッドの方がやたらと大きいのだが、しかし二人で両手を繋いで、冷たい風の吹く夜空の下、なんとなく必殺技のように叫んで、なんとなく格好良さ気にポーズを極めていた。
「それじゃあ、私たちは、二人の紡いだ道を使って……!」
ジェニファーがスリットから拳銃を取り出し、銃床を擦りあげ――。
「縦横無尽に駆け巡り……!」
リサが左手のグローブを擦り上げ、青白いスカートに取り付けられたホルスターから銃を抜き出し――。
「此度の騒乱を収める!!」
グラントが手甲のシリンダーを起動させると、三人は一斉にネッドとネイの作った道を駆け下り始めた。
「さぁ……始めますよ」
リサが銃倉に詰められている弾頭の先端をなぞり、それをすぐさま銃に取り付け、一気に六発の弾丸を電波塔の根元部分に発射した。着弾地点はずらされており、塔を護っていた外壁、もとい土の壁が、どんどんと破壊されていく。
「まだまだ!!」
リサはすぐさま銃倉を代えて、ぶら下がっている繊維を右手に持ち、ターザンの要領で跳んだ。天から吊り下げられている糸を大事に握り、左手の銃でまだ破壊できていない土の壁を、その銃弾でどんどんと破壊していっている。
「……ジェニファー!!」
別の繊維の道に降り立った瞬間、リサは振り向きながら、女性にしては長身のガンスリンガーに向かって叫んだ。
「貴女に名前を呼ばれるの、なんだか変な感じしますけど……ともかく、私は一発で極めるッ!!」
ジェニーはハンドキャノンの激鉄を左手で起こし、銃を肩の高さで合わせ、しっかりと狙いをつけ――恐らく普段使いの銃では、風に負けるという判断なのだろう、しかし自分の発明を最後に使ってくれるのが嬉しくもあり――女は一息してから、その引き金を引いた。
銃口から舞う煙が、上空の風にかき消されるのと同時に、女の放った弾丸が、確かにリサの銃弾が顕にしたギャラルホルンの鉄の外壁にぶち当たり――弾丸の刺さった電波塔の根元に綺麗な線が走った。
「……グラント!!」
ジェニファーが叫ぶよりも早く、マクシミリアン・ヴァン・グラントは、ネッドとネイの紡いだ道から飛び立っていた。
「おぉおおおおおおおおおッ!!」
雄雄しい咆哮と友に、グラントは右手と左手を組み合い、エネルギーを溜め込み、ひしゃげて落ち始めている電波塔の中心部分に向かっていく。
「……これで、終わりだ!!」
両の拳を塔のど真ん中に当て、グラントはすぐに足から斥力を使い、一気に離脱する。その直後、男の練り上げたエネルギーが爆発を起こし、塔の中央部分から三分の一ほどが、爆発に巻き込まれて消滅した。グラントは両手を交差させ、爆風に体を焼かれぬよう身を護り、吹き飛んできた瓦礫を足場にして、今度は上へと跳んだ。だが、如何せん身を護ることに手一杯だったのだろう、行く先はネッドの紡いだ道の無い場所で――。
「……私の手を取りなさい!!」
そう叫んだのは他でもない、リサ・K・ヘブンズステアだった。振り子の原理でグラントの方へと飛び、金髪の乙女はその左手を伸ばし、なんとか宙で男の手を取ることに成功していた。
「はぁ……はぁ……貴方、結構無茶苦茶ね」
「はは、黙示録が祈士、その頂の蒼に褒めていただけたら、光栄だ」
「や、やめてよ……貴方、意外と意地が悪かったのね」
恐らく、以前フィフサイドで極めた台詞をぶり返されて恥ずかしかったのだろう、普段は白いリサの頬が、今は少しだけ赤くなっていた。
「……それじゃあ、後はボク達の出番です!! ジェームズのニーチャン!!」
ポワカが艦首席を立ち手を振りかざすと、ジェームズ・ホリディは機材のボタンに親指を乗せたまま振り返った。
「適当に撃てばいいのだな!?」
「適当に撃っても当たるんですッ!! ともかく、大きい瓦礫を少しでも減らすのが役目です!! ホーミングミサイル!!」
「分かった!! ミサイル発射!!」
ジェームズの親指が押されると、ブラックノアの砲台から無数の弾頭が、冬の夜空に幾重にも線を描き出し――一つが大きめの瓦礫に着弾するのと同時に、他のミサイルも一気に誘爆し、星空に巨大な花火が撃ちあがった。
「たーまやー!!」
「た、たま……?」
ポワカの適当に出た鳴き声に、ジェームズ・ホリディは困ったような顔で反応していた。しかし、まだ幾分か巨大なパーツが残っている。ここの下は郊外なので、瓦礫くらいは落ちてもそこまでの被害は無いはずだが、それでも下に民家があるとも限らないし、被害はなるべく少なく済ませたほうが良い、ということで――。
「残りは任せます!!」
「あぁ、任せてくれポワカ」
ポワカが上を見ると、デッキのガラスの上で、長弓を下に携えたオリクトと、横に腕の潰れたヒマラーが座っていた。
「ヒマラー、狙いは任せた」
「アァ!!」
相棒の返事を聞くと、ヒマラーが持っている矢筒から、オリクトは一本の矢を取り出してつがえ――その先端には、着弾と同時に爆発する爆弾が仕込まれている――それをまず一本発射した。だが、それだけでは留まらず、矢筒からどんどんと矢が減っていく――単純に、ポワカの目に見えないスピードで、オリクトは矢を連発しているのだった。
「……ヌン!!」
ヒマラーが筒の無くなった筒を投げ捨て、人差し指を立てた拳を下ろすと、恐らく三十本は飛ばしたであろう矢が気流に乗り、瓦礫に向かって飛来していった。先ほどの爆発が大輪の花なら、今度のは夜空に広がる花畑のような爆発だった。これで、落下して危険な瓦礫はほとんど撃ち落したはず、ポワカは別のモニターに目を移した。
「さて、残るは、先端部分ですが……」
そう、落下した先端部分がまだ残っている。しかしそれは、先に小型機で下へ降りた面々が対応することになっている。モニターを見ると、間に合わせで繋げたパイプを咥えたロマンスグレーの紳士が、マッチを右手で擦っていた。
「さて、それでは僭越ながら、私も一つかませてもらおうか」
火種を付け、間に合わせで直したパイプの文様が赤く光り、スコットビルは煙を口から吐き出し、周りを見渡した。
「私が中央で受け止める。使えない左手の分は……」
「ワタシたちの出番アルね!!」
元気の良い返事は、クー・リンのものだった。ワタシたち、というからには他の拳士も集まっており、スコットビルを重心にして、クー、モビー、トンの三人が、それぞれが三角形を描くように配置されていた。
そして、自由落下で殺人的な加速のついた電波塔の先端が、四人の立つ場所へと急接近している。
「……ふん!」
スコットビルが右の手のひらを上に掲げ、パイプから一気に煙が出た瞬間、急降下してきたラッパの先端部分が、丁度地表に落下してきた。だが、スコットビルが見事に右手で受け止めたのだろう、地表にぶつかることは無く――。
「「「ハッ!!」」」
続いて、三人の拳士たちの掛け声も聞こえてきた。
「みな、無事かね?」
スコットビルは涼しそうな顔で、電波塔の下方三分の一を受け止め、周りの拳士たちの状況を聞いていた。クーは足を震わせながら、紳士に向かって応えた。
「よ、余裕アル……そ、それで、これ、どうするアルか……?」
「それは……こうするのだよッ!!」
スコットビルは少し膝を曲げ、バネを使って身を伸ばすと、超巨大な角笛の先端が、数メートル上に押しあがった。
「……リン君、そこは危ない。早く退きたまえ」
「う、うへぇえええ!?」
必死の形相でクーは前に走り、スコットビルの横をすり抜けて行った。その直後、ギャラルホルンの先端が、イーストシティの郊外の空き地にぶつかり、地鳴りと巨大な土煙を巻き起こした。
「げほっ、ごほっ……モビー、トン、生きてるアルか!?」
「あ、あぁ……」
「なんとかなぁ……」
クーと二人の若い拳士は、晴れていく土煙の中で膝をつき、必死な様子だった。一方、スコットビルは汗の一滴も垂らさず、パイプを右手に持って一服していた。
「……右の拳さえ残っていれば、粉砕することも容易だったのではないかな?」
端で弟子達を見守っていたフェイ老子が顎鬚を触りながら尋ねると、スコットビルは目を瞑り、微笑みながら応えた。
「何、ちょっとした、センチメンタリズムさ……魂は大いなる意志に還っても、我が良き友、ブッカー・フリーマンをきちんと弔ってやりたい……と言ったら、笑うかね?」
「いいや、笑わんよ……それこそ共感だ、スコットビル。貴殿の感傷は、人種の垣根を越えて、理解できるものなのだから」
「あぁ、そうだな……」
ロマンスグレーの紳士はパイプを口から離し、周囲の東洋人に向かって笑いかけた。
「これから諸君等が、良き隣人となってくれるよう、協力しよう」
「……えぇ、ワタシ達もまた、アナタ達の良き隣人となれるよう、努力していくわ」
クーは右の拳を左の手の平に打ちつけ頭を下げ、だがそれは違うと思ったのか、すぐにスコットビルの方へと歩みだし、右手を差し出した。するとすぐに、スコットビルは女の手を取り、二人は固い握手を交わした。
さて、これで後は計算通りにいけば、ギャラルホルンは遠い洋上にゆっくりと沈むはず――。
「お、おいポワカ、なんか落ちるスピードが上がってきてる感じがするんだが?」
通信機の方からネッドの声が聞こえ、ポワカはすぐに落下予測値点を指し示しているモニターに目を移した。見ると、最初の計算とはずれて、せっかく質量を落としたというのに、確かに落下速度が速まっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます