23-2


 ◆


 ネッドが去ると、街への攻撃は完全に止んだ。しかし、警戒を怠るわけにはいかない、何より友に言いつけられた約束がある。マクシミリアン・ヴァン・グラントは、警戒を怠らず、ケガ人の手当てをしているネイ・S・コグバーンが狙撃されないよう、盾を持ち出し、しゃがみこむ少女の後ろに立った。


「……や、やめろ、触るんじゃない……!」


 ケガ人を介抱しようと言うのに、当のケガ人の方がネイの治療を拒んでいるようだった。それに見かねたのか、フレディという男が激昂して、倒れている中年の男性に向かって叫びだした。


「おい、テメェ! こっちはテメエらを助けてやろうっつってんだぞ!?」

「ね、ネイティブの娘なんぞに……!」


 どうやら、この男は賞金首に介抱されるのが嫌なのではなく、ネイティブに――とはいえ、少女は混血だが――嫌らしかった。土地柄なのだろう、古い工業地帯のカウンティマウントは、褐色肌よりもネイティブを嫌う傾向がある。しかし、そんなことは緊急事態には気にするべきでないし、自分を助けてくれようとしている少女に対して言うべきでもないし、だからこそだろう、フレディは余計に怒って、少女の肩を掴んだ。


「おい、ネイ、こう言ってるんだ、放って置けば……」

「別に、アタシには味方が居るから、何言われたってへーきだよ。でも……」


 あっけらかんとした声で、少女は男の腹部に手を翳した。流れていた血が収まり、男の顔色も徐々に良くなっていっている。


「ここでアタシがどうにかしなかったら、出血でこいつは死んじゃうかもしれない。それだけだ」


 そう言う少女の横顔は、真剣で強いものだった。自らが拒絶されるショックよりも、救えたかもしれない命が消えるのが嫌だったのだろうし、ネッドとの約束もあるから――成る程、初めて出会った時よりも、この娘も大分成長したということか、ともかく手当てが済み、ネイは顔に微笑を浮かべ、自らを無下に扱った男の目を真っ直ぐに見ていた。


「これ以上関わりたくないって言うなら、無理しないで、物陰にでも隠れてな。それで、静かになったら、ちゃんと医者のところにいけばいい。最低限の応急手当はしたから、後は自分で行けるだろ?」


 少女に窘められるように言われ、男はバツが悪そうに体を起こし、おぼつかない足取りで、近くの路地裏に入って行った。他のけが人たちもマリアの力で回復させ、すでに意識を取り戻したコーウェンはポワカの肩を借り、小さな子供はフレディが抱きかかえた。


「……さ、これで全員、手当ては済んだ。フレディ、連れて行ってくれ」

「あぁ、了解、と言いたいところなのだが……」


 騒ぎを鎮圧するために、保安官か、はたまた軍隊か、ややもすれば賞金稼ぎか、最悪の場合はその全てか、大路の向こうから押し寄せてきていた。


「……ここは、私が足止めしよう」

「あぁ、任せたぞグラントとやら。サーカスには裏口がある。そっちから入ってきてくれ」


 フレディの声を背中に受け、グラントは銃を構えて走ってくる男達の方へと駆け出した。


 ◆


「……来るか、ネッド・アークライト」


 鷹の目をした男は、側頭部から右目にかけてに着いている機械仕掛けのモノクルの中に、こちらに接近してきている黒い影を捉えた。そしてゆっくりと撃鉄を起こし、引き金を引く。一発目は、黒い影の背後の雪を削り取って終わった。


「ふふ……これは、戦争だ」


 もう一度撃つ前に、男はモノクルの横の装置で視界を調整する――ヤツに当てるのでは、広域を見えるようにしていてはダメだ――モノクルの視界が狭くなり、異形と化したネッド・アークライトをすれすれ捉えられる倍率にし、もう一度撃鉄を起こし、引き金を引いた。今度は相手の肩を掠めて終わった。


「そう、これはお前と私の、小さな小さな戦争だよ」


 これ以上高倍率にすると、相手を見失いかねないが、偏差射撃で簡単に当てられる相手でもない――男は躊躇いも無く機械を操作し、黒い異形の姿形が分かるくらいの倍率にし、ハンマーを起こし、引き金を引いた。しかし、今度はかすりもしないで、銃弾が空を切っていった。


「そして、貴様がこちらに向かってきている時点で、すでに勝利者は確定している」


 男は、今度は視界を広域に戻し、一度見失った繊維の化け物を再び視界に収めた。そして今度は相手の走路を予測し――直情的な男だ、しかしだからこそ気に食わない――もう一度引き金を引いた。今度は、黒い影が一瞬よろめいたのが見えた。しかし、すぐさまこちらに向かって駆け出していた。


「あははぁ……いいぞ、楽しいぞ、ネッド・アークライト!」


 男は銃のソリッドフレームの弾倉から、時間をかけてゆっくりと、一発一発排莢した。


「そう、戦うことの楽しさ、欺くことの楽しさ、裏切ることの楽しさ……あの頃を思い出す」


 そして今度は一発一発、かみ締めるように再装填をした。


「さぁ、はじめよう。くだらない、どうしようもない、男二人の戦争を!」


 叫ぶの同時に、フランク・ダゲットは自分の顔が猛烈ににやけているのを感じていた。


 ◆


 山の斜面に入ると、狙撃の手はぴたりと止んだ。辺り一面の針葉樹が遮蔽物になり、向こうもこちらを見失っているのだろう。青年は一旦変身を解き、一本の太い幹の後ろで一息をついた。


(……ダゲットは、どこにいる……?)


 青年が木を壁に奥を覗き見ようと身を少し乗り出す。だが、青年の読みは外れており――向こうはすでにこちらを補足済みだったらしい、すぐさま肩を銃弾で抉られてしまった。弾丸が体を突き抜ける衝撃に、青年はよろめき膝を着いたが、痛覚はあまりない――むしろ、傷を縫合する意味合いで、青年は再び魂を燃やした。そして、跳躍する。青年が膝を着いていた残雪に、すぐさま新たな弾痕が出来ていた。


(……居所を知らせるとは!)


 今の一撃は、青年にとって致命傷にならなかったが、同時に浅はかな一撃だった。以前出来なかったような長距離狙撃をしてきているのだから、恐らくフランク・ダゲットも以前のままではないのだろう。だが、こちらは化け物、向こうは人の身――接近戦に持ち込めば、すぐさま勝負は決まる。

 青年は自分の肩を抉った弾丸の射線を辿り、斜面を駆け上っていく。追撃の手は無く――恐らく、移動しているのだろう、それもそのはず、白兵戦になったら勝てないのは、向こうも百も承知なのだろうから。しかし、この雪中の中では逃げることもままならない。青年は雪に刻まれたブーツの跡を見つけた。後はそれを追うだけで、勝負は決する――まだまだ、ヴァンと戦ったときほど、魂は燃やしていない。このまま終われば、そう消耗無く少女達と合流できるはずだ、青年はそう思っていた。


 しかし、予想はまたしても裏切られた。足跡が途中で、忽然と消えていたのである。


「どういうことだ……?」


 そう、別段特別なことではなかったはずだ。周りに木々がこんなにあるのだから、どこか適当なところで木に登り、足跡を消して移動すれば良いだけ――だが、青年が思考する、その一瞬を、相手は読んでいたのだろう、音より早い銃弾が青年の近くの雪に刺さり、その場で爆発が起こり、音が後から聞こえてきた。


 発破の炎に体を焼かれるが、それは今の青年にとっては大したダメージではない。ただ、問題はその後だった。晴れていく煙の向こう側、爆発の衝撃によって雪崩が起き、雪が土石流のごとく山の斜面を下ってくる。青年の体は、自然の力の前になす術もなく、ただすさまじい質量の雪の塊に、青年の体は埋もれてしまった。


 ◆


 近くで起こった雪崩を木の上で眺めて口元を緩ませながら、男は再び弾丸の排莢をしていた。


「……まだ終わりではないだろう?」


 男は機械仕掛けの右腕で一発一発弾倉に実包を込めて、全てをなぎ倒していった白銀の大地を見守った。少しすると雪の一部分が噴出し、黒い化け物が飛び出てきた。


「そうだ、それでいい。この戦争は、長引けば長引くほど楽しくなる……さぁ、鬼ごっこの再開だ」


 男は化け物の着地点に照準を合わせ、ロングバレルの引き金に指をかけた。

 

 ◆


埋もれた雪の中から脱出するのは、アンフォーギブンの力を使えば難しいことではなかった。しかし、無駄に派手に脱出したせいか、着地点を狙撃されてしまった。


「ぬぐっ……!?」


 変身していると痛覚があるため、青年は少し呻いてしまった。もちろんすぐさま再生は出来るのだが、痛いものは痛い――だが、問題は痛みではなく、ほぼ常時力を解放していなければ、すぐに即死してしまう恐れがあることだった。

 実際、込み入った場所での戦闘は――現在、青年が居る場所は雪崩のせいで拓けてしまっているが――青年も得意とする場所なはずであった。しかし、相手はそれ以上で、地形を使い、距離を離し、じわり、じわりとこちらを削ってきている。今の狙撃だって、相手は自分の位置を知らせているようなもので、しかし先ほどの雪崩のように、策も無く突貫したら今度こそ何をされるか分からない。


(……そうだな、俺も少し調子に乗っていたよ)


 そう、相手は暴走体でも黙示録の祈士でもなければ、アンチェインドでもアンフォーギブンでもない。ただの術者、だからこそ侮っていた部分はあったし、自分が化け物だと自覚しているからこそ、彼我の差で押し切れると思い込んでしまっていた部分があった。だが、ここはフランク・ダゲットのフィールドだ。戦う上で、わざわざ自分が不利な勝負をする必要など無い。むしろ、相手はこちらとの数字的な戦力差を知っているからこそ、慎重に、時に大胆に、こちらを手のひらの上で躍らせているのだ。


 ともかく、一度体制を立て直さなければならない。無論、こちらは相手の狙撃並の遠距離など青年にはできないし、結局接近することでしか相手を倒す手段は無い。しかし、直情的に行ったところで、また罠に嵌められて返り討ちにあい、魂を削られるのは目に見えている。青年は一足で森林の方、ダゲットが狙撃をしてきた方角へ跳んだ。そしてすぐさま木陰に隠れ、少し一息をつこうとした瞬間、深山に銃声が響き渡った。

 確かに向こうからしたら、こちらが跳んだのは見えたのだから、どの木の陰に隠れたのかは分かったのかもしれない。それが故、貫通力を持つ弾丸だからこそ、フランク・ダゲットの一撃は辺りの木々を丸まる貫通し、青年の胸を貫いた。


「ぬ……ぐぅ……!?」


 実際、今の一撃は危なかったかもしれない。いくら今の青年に、魂が尽きるまでほぼ無限の再生能力があると言えども、その再生を司っている心臓を貫かれてはひとたまりも無かったはずだ。ダゲットの弾丸は胸の中央を抜けて行ったおかげで、なんとか体制を持ち直し、辺りに繊維の結界を張った。相手の弾丸の鋭さを考えれば、こちらの結界も貫かれてしまうかもしれないが――別段、これは防御のために張ったのではなく、目くらましのために張ったのである。


 ◆


 木々の向こうが繊維で覆われ、ダゲットはネッド・アークライトを見失ってしまった。


「小ざかしい真似を……だが、楽しくなってきた」


 男は、自らの頬の肉が釣りあがるのを感じた。ネッド・アークライトはこちらのことを舐めてかかっていたに違いない。アンフォーギブンとやらの力は、ダゲットも半信半疑だったが、成る程、今のヤツの動きを見れば、スコットビルの言うとおり、ヤツは化け物と化している。しかし、それは同時に、普通の人間に対する過小評価にも繋がっていただろう――無論、今の自分が普通の人間などと、口が裂けても言えないのだが――だが、やっと真の意味で、ネッド・アークライトに火がついた。それを感じた。今までのヤツは、さかしく策を使うタイプだった。そして、これからのヤツは化け物の力の上、こちらの動きを読み、欺き――持てる力の全てで以って戦ってくれることだろう。


「……これからが本番だな」


 報告が確かなら、ネッドの現状の戦闘力はシーザー・スコットビルに並ぶ恐れがある。色々と体を弄ったとしても、流石に正面から渡り合える相手でないことは、フランク・ダゲットも自覚していた。相手もこちらの大体の位置を把握しているはずで、この場で手をこまねいて待っていれば、すぐさまやられてしまうだろう。男は機械の腕からワイヤーを噴出し、自分の居る木の枝よりも上、斜面を更に上って言った先にある別の木の枝にくくりつけ、相手との距離を取った。

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