第23話 幼少期の終わり 中

23-1


 ◆


 イーストノース州の街、カウンティマウントに着いてからは、馬車での移動になった。馬車といっても、青年達が以前使っていた幌馬車ではなく、立派な箱型の馬車をジェームズ・ホリディが用意してくれていた。路面には数日前に降ったらしき雪が残っている。わだちを進んでいるせいか、馬車の中は普段以上にがたがたと揺れていた。


「……カウンティマウントは五大湖が一つロシワナ湖に面した街で、近くから産出される鉱山資源を使って、工業で発達した街じゃ」

「ほんほん」

「また、鉄道が発展する以前、この国の交通網といえば運河じゃった。ロシワナ湖はノガ川と、この国の首都イーストシティを繋いでおるから、かねてから交通の要所でもあったんじゃよ」

「はんはんデス」


 青年の隣に座るネイと、向かいに座るポワカとが、ブラウン博士の地理解説に熱心に頷いていた。博士の講釈が終わると、ネイが笑顔で青年の方に話しかけてくる。


「ネッド、知ってた?」

「あぁ、ダンバーに教えてもらったよ」

「あはは、アタシの『コグバーンが言ってた』みたいだな、それ」

「確かになぁ」


 青年は相槌を打ちながら、ダンバーから教わったこの州のことを思い出していた。イーストノース州は北部諸州の中でも比較的、ネイティブに対する風当たりのきつい地域であったはず――ネイティブ強制移住法により、主要な部族は生まれた土地を追われ、多くの部族は無理な移動で数を激減させたと聞いている。その証拠か、馬車の窓から外を眺めても、白人しかおらず――この州は熱心な教徒が多い地域でもあるので、仮に自分達がお尋ね者でなかったとしても、この面子では悪目立ちするというか、あまり良い目では見られなかったであろう。

 青年がそんな風に思っている傍らで、ポワカが隣に座るヴァンと同様、両腕を組みながら何やら考え込んでいた。


「うーん、カウンティマウントって、なんか結構前に聞いたことあるデスねぇ……」


 娘の疑問に、馬車の真ん中で座っている父親が頷いて応えた。


「うむ……ここは、ワシの故郷じゃ」

「あ、成る程デス! それで、聞いたことあったんデスねぇ」


 ポワカは右の拳で左の手のひらを小気味良く叩き、うんうんと頷いてから、我が父の故郷をその目に刻まんとしているのだろう、窓の外を眺め始めた。妹分と一緒に、青年の隣の少女も一緒に窓を眺め始め、しばらく馬車が走っていき、ダウンタウンを抜けて視界が開けたのと同時に、少女が何かを指差した。


「ネッド、あれって……」


 少女が指差す方を青年も眺めてみると、木製の大きな看板に「WWC、カウンティマウントに上陸中」と書かれているのが見えた。その看板の奥には、ロングコーストで見た大型のテントが、雪を重そうにかぶせていた。


「わ、わ、アレが噂のワイルド・ウェスト・サーカスデスか!?」


 喜色のこもった声にあわせて、ポワカが窓に張り付いた。緑の目に優しいボリュームのある後ろ髪のせいで、青年からは窓の外がまったく見えなくなってしまった。


「アレが、伝説の、奇天烈天蓋摩訶不思議野郎共による、饗宴のサーカス……見てみたいデスぅ……」

「……お前のその形容の方が、よっぽど奇天烈だがな」


 珍しく、ヴァンからポワカにツッコミが入った。しかしポワカの方は耳に入っていないのか、過ぎ去っていくサーカスを名残惜しそうに見つめていた。


「うぅー……ちょっとくらい、寄っていかないデスか?」


 目元をうるうるさせながら――露骨な演技ではあるのだが、見たいのは本心なのだろう――振り向き、ポワカが大人たちに懇願してきた。


「うーん、まぁ、アタシたちもちゃんと挨拶をしないで別れちゃったしなぁ……」


 妹分に甘いネイの一言に、ポワカの顔がぱ、と明るくなった。しかし、それをヴァンが首を振って静止した。


「何を言っているんだ、遊びに来たわけではないんだぞ? それに、我々の首には高額の賞金がかけられているのだから……」

「とは言っても、フレディのオッサンなら、アタシ達が賞金首でも、あんまり気にしないでくれると思うんだけどなぁ」


 確かにネイの言う通りで、座長のフレディなら、青年達に高額の賞金が懸けられていても、憲兵に突き出すどころか「箔がついたな、NNコンビ!」くらいに笑って済ませそうではある。青年もそうは思ったのだが、如何せんフレディやWWCの面々が自分達を迎え入れてくれたところで、問題はその他大勢の観客にある。実際、ハーフとネイティブの二人の少女は白人の中では目立ってしまうし、無駄に高身長な自分とヴァンも悪目立ちする。如何に手配書の似顔絵が似ていなくとも――それでも捕まえる気があるのだろう、以前よりは実物に近いものになっている――自分達が一同していたら、すぐさま聴衆に正体がばれてしまうに違いなかった。


「まぁ、ここばっかりはヴァンの言う通りさ。二人だって、本当は分かってるだろ?」


 そう、ネイもポワカも馬鹿ではない。WWCを見たいというポワカの気持ちは本心だし、見せてやりたいという少女の気持ちも本物なのだろうが、それでも今がそのときでないことくらいは弁えているはずだ。その証に、まず少女の方がため息一つ、苦笑いを浮かべて口を開いた。


「……だってさ、ポワカ。まぁ、落ち着いたら一緒に見に行こう?」

「うぅ、仕方ねーデスね……こうなったら、とっととアイツらをけちょんけちょんにぶちのめして、ブワーって遊ぶデスよ!!」


 ブワーっとボリュームのある緑髪が両腕を振り上げながら振り返った。ヴァンはその拳を寸前で見切って、腕を組んだまま上半身を捻って器用にかわしていた。


「……ところで、これはどこへ向かってるんデス?」

「あぁ、それは……」


 ヴァンはポワカの疑問に答える前に、窓の外を見た。ちょうど、繁華街を抜けた先で、比較的上品な建物が立ち並ぶ区画に到着していた。


「……もうじき着く。見たほうが早いだろう」

「いや、言うのは一瞬だと思うんデスけど?」


 ポワカの正論に言い返す言葉も無かったのだろうか、ヴァンはただ表情をピクリとも変えず、腕を組んだまま鎮座するのみだった。

 だが、ちょうどその時、馬車が一つの建物の前で止まった。それは都市らしい立派な石造りで、青年もはじめて見るような、荘厳な教会だった。


「……ここが目的地だ」


 ヴァンは扉を開けて、一人馬車から石畳に降り立ち、教会の方へと歩いていってしまう。


「えぇっと……ボク達はどうするデスか?」

「ま、アイツ一人でも問題ないと思うんだが……」


 仮に罠だとして、襲われたところでヴァンは遅れを取らないだろうし、相手の用件を聞くにも色々と知識もあるのだから、二重の意味で――しかし、何があるとも分からないし、ここのところずっと車の中で寝ていただけなので、せめて万が一にでも備えて行動しないと、本物のヒモ男になってしまう、そう思い、青年も馬車から降りることにした。


「え、え、ボクはどうすればいいですー!?」

「せっかくだし、一緒に行こうか……教会なんて、久しぶりだしな」

「うむ、そうじゃのう、ワシらも行くか」


 青年の背後から、二人と一匹分の足音が、残雪を踏んでついてくる。青年が扉を開け、残りのメンバーを先に教会に招き入れてから、青年も中に入った。

 教会の中は、外の質実さに違わぬ落ち着いた造りになっていた。中央に絨毯が走り、そのサイドには木製の長椅子が並べられている。奥には説教台があり、その上には荘厳なステンドグラスから光が差している。先に入ったヴァンが、ちょうど教会の中央で辺りを見回している。しかし、待ち人がまだいないことを察すると、横の長椅子に腰掛けた。


「ほぇー……なんだかオゴソかデス……」


 普段、歳の割りに結構難しい言葉を使っているポワカが、あまり言い馴染みの無いせいなのだろう、絶妙なイントネーションで何やら呟きながら、辺りを見回している。


「……教会って言うと、なんだか出会った時の事を思い出すな」


 ふと、青年の隣に並んでいる少女の方から、小さく声があがった。青年が何のことか思い返していると、成る程、ストーンルックでジーンに囚われた少女を助けに行ったことを思い出した。


「うん、君は本当によく誰かに捕まってるよねぇ」

「むっ…………いや、まぁそれは否定はしないけど……」


 青年としては軽いジョークのつもりだったのだが、少女の方は結構ショックだったらしく、唇を尖らせたまま黙ってしまった。


「いや、ごめんごめん……でもまぁ、あの時は俺も必死だったし、あんまり良く覚えてないって言うかさ」

「まぁ、そうだよね。アタシも、実際良く覚えてないや。でも……嬉しかったのは覚えてる」


 青年の方を見るわけでなく、少女は辺りを見回して、近くに博士達がいないことを確認してから、こちらを見上げてきた。


「……今にして思えば、あの頃からネッドのこと、好きだったんだと思うよ」

「……そっか」


 少女は恥ずかしそうに笑い、段々耐えられなくなったのか、青年の方を見上げるのをやめ、照れ隠しのように祭壇の方へ向き直った。


「さぁって、折角だしお祈りして行こうかな……とは言っても、この教会が信じている神様はいないんだっけ?」

「どうだろうな……でも、祈りって、神様のためにするもんじゃないんじゃないかな」


 青年は、またしてもあまり深く考えずに返答していた。自身はある意味、神を見てきたわけなのだが、それでも聖典の神とやらを信奉すること事態、別に間違えでもないような気がしたのだ。

 最初は、青年の言葉の意味が分からなかったのだろう、しかしすぐに自分なりの答えを見つけたのか、少女は納得した顔になりうなずいた。


「そーかも。祈りは、きっと、自分のためにあるわけだから……あんま気にしないでもいいのかな」


 その言葉に、青年はかつて引き金を引くとき、いつも祈っていた少女の姿を思い出した。


「そうそう、折角だから、さっきからウロウロしてるポワカも誘ってやってくれ」

「ん、そーする……おーいポワカ、アタシと一緒に自分のためにお祈りをしよう!」

「え!? ネーチャン、新興宗教の手先かなんかだったデスか!?」


 ネイの言い回しはなんだか怪しさ満点だったので、ポワカの突っ込みの的確さに、青年も少し笑ってしまった。ともかく、二人の少女が祭壇の方へ向かっていくのを横目で見ながら、青年はヴァンが腰掛けている長椅子とは反対側にある椅子に腰掛けた。


「……お祈りって、どうやればいいんデス?」

「形式なんか気にしなくっても良いんだよ、ポワカ」

「うーん、でもなんか、粗相をして笑われたくねーデス」

「大丈夫、神様は笑わないよ」

「そうじゃなくって、ネッドに笑われたら癪なんデス」

「あはは、そっか……まぁ、アタシだって別に、きちんとしたやり方を教えてもらったわけじゃないけど、それならアタシの真似をすればいいんじゃないかな」


 少女はそう言うと、帽子を外して横の長いすに置き、膝を絨毯について頭を垂れ、祈り始めた。それを少し見てから、緑髪の女の子も横に並び、同じ姿勢で祈り始めた。

 ステンドグラスから僅かに差し込む陽光が、二人の少女の頭上を照らしている。その光景はどこか神秘的で、あちらの世界を見てきた青年ですら、なんとなく、やはり聖典の神がいるような、そんな風に感じられた。

 だが、青年は気を抜いていないし、ヴァンの方も音を殺して入ってきた侵入者の方に、すぐに反応して振り向いていた。


「……あの子達に史上最高の賞金が懸かっているなど、この光景を見たら信じられんな」


 静かに語る、フロックコートを着た感じの良い紳士が、帽子を外して胸の下に押さえながら言った。その気配にポワカが気づき、振り向いてきたが――青年が手で静止した。ネイの方がわざわざ振り向いてこないのは、相手に殺気が無いことに気づいているからだし、難しい話はこちらに任せればいいという判断なのだろう、静かに祈り続けていた。

 視線を入ってきた紳士に戻すと、右の手のひらを青年の方へ向けて、微笑を浮かべていた。


「……君が、ネッド・アークライト、それに、こちらの機械仕掛けが……」

「こんな体で失礼するよ、えぇっと……」

「コーウェンです」


 名乗った男は帽子を被り、青年の隣に腰掛けた。


「コーウェン殿は、組織の中でも穏健派に属していたお方だ。それだけでなく、亡き父もお世話になっていた」

「やめてくれ、マックス……私は大したことはしていなかったし……まぁ、だからこそ今日まで生き残ってきたということなのだろうがね」


 コーウェンは自嘲気味に笑った後は口を閉じ、しばらく祭壇の前で祈る二人の少女を見つめていた。


「……私達が目指した先は、きっとあすこだったはずなのだ。皆が神を信仰し、ただ静かに祈りをあげる……人の身で約束の丘を作ろうなどと、過ぎたる傲慢だったのかもしれないな」


 コーウェンはそこで一旦話を切って、静かに首を振り、再び青年の方を見据えながら続ける。


「黙示録の祈士も、何故だかみなヘブンズステアに従っている。スコットビルがお目付け役立ったはずなのだが……いや、何を言っても仕方あるまいな。ともかく、ヘブンズステアの暴走を止められるのは、もはや君達しかおるまい」


 男はステッキの柄を両手で抑えながら、教会の吹き抜けに向かって大きく息を吐いた。


「終末の鐘の音を知らせるギャラルホルンは、ロシワナ湖の下で造られている」


 そこでコーウェンはコートの内側から紙の束を青年に渡してきた。渡された紙に目を通してみると、規模はメートル換算で十キロメートル四方、高さは四百メートル、かなり大掛かりな建造物であることが見て取れた。


「……コイツは、簡単には破壊できないな」

「だが、扱う人間が居なければ無いに等しい。ギャラルホルンへの入り口は、街の北西を更に十キロメートル程行った先にある」


 男は帽子に手を当てながら立ち上がり、再度祈りを続けている少女達の方を見つめた。


「……アークライト君、君は神を信じるかね?」

「信じるも何も、俺はこの目で見てきましたからね」

「死後の世界は、どうだったかね?」

「……貴方のような、敬虔な信徒が信じるようなものは何もありませんでした。ただ……神の御許にすべてが許されるという一点を除いてはね」


 青年の言葉に、神経質そうだった顔がやっと少し穏やかになり、コーウェンは小さく笑った。


「それを聞いて安心したよ……我々、予定説を信じている者でも、いや、信じているからこそ……悔い改め、良き行いをしてきたつもりであるし、またこれからもしていかなくてはならない。しかし、地獄の業火がないということを知れただけでも、僥倖というものだ」


 そして、コーウェンは赤い絨毯をなぞって、扉の外へ出て行った。青年はギャラルホルンをどう攻略するか、博士やヴァンと相談しようと思った矢先――開け放たれたままの扉の向こうで、コーウェンが雪の上に倒れるのが見えた。

 祈りをあげていた少女が立ち上がり、必死の形相で教会の外へと出て行った。


「……ポワカと博士を頼む!」


 青年はなるべく声を張り上げヴァンにそういい残し、少女の後を追った。扉の外には、脇腹を押さえて倒れる男の体と、近くにしゃがみこむ少女と、相変わらずの雪の白と、血の赤だった。


「しっかりしろ! アタシが治してみせるから!」


 少女は叫ぶと、シリンダーを起動させ、右手をコーウェンの腹部にかざした。男の腹部から流血が収まり、段々と顔色も良くなっていく――だが、まだまだ安心できない。狙撃手がどこに隠れているとも分からないのだ。むしろ、自分達は炙り出されたといってもいいのかもしれない、優秀な狙撃手は、仲間を引きずり出すために、敢えて最初の得物は仕留めないと聞いたことがある――その証拠か、恐らく大佐が未来を視たのだろう、必死の形相で青年の方に振り返ってきた。


「……ネッド!!」


 青年は、すでに狙撃を警戒していた。だから少女が名前を呼ぶのと同時に胸を親指で擦り上げ――すぐに、右側頭部から激しい衝撃が走った。青年の頭に直撃した弾丸は、本来ならば頭蓋骨を粉砕して脳を破壊する威力があったのだろうが、青年は許されざる者の力を使い、自らの頭部を高速で再編成し――結果、弾丸は左に抜けていった。


「ネッド、大丈夫!?」


 蒸気の向こう側で、少女が呼びかけてくる声が聞こえる。


「あぁ、問題ない……右から左に受け流しておいた」


 青年はすぐさま変身を解き、頭を手で抑えながら答えた。しかし、頭を撃ち抜かれて平然としているのだから、我ながらなかなか化け物じみているな、青年は再生したばかりの脳みそでそう思った。


「ともかく、ここにいたらイイ的になっちまう……コーウェンを連れて、どこか安全な場所に避難しないとだな」

「うん、それじゃあ馬車に…………ダメだ、みんな教会から離れてッ!!」


 少女が叫ぶのと同時に、青年は少女を庇うために走り、御者は馬を連れて馬車を離れ、教会内に居たヴァンが右腕から蒸気を発してポワカと博士を抱えて飛び出した。直後、恐らく教会の壁に爆薬でも仕込まれていたのだろう、石造りの教会が大爆発を起こし、辺りに硝子や石片が飛び交った。


「おい、みんな無事か!?」


 青年が張った繊維の結界が解けると同時に、少女が辺りを見回しながら叫んだ。ヴァンの腕に抱えられたままポワカが唖然とした表情のまま頷き、御者も道の向こうで親指を立てていた。教会内に誰も居なかったとするならば、人的な被害は無かったことになる。少女はほっと胸を撫で下ろしているようだった。

 だが、ほっとしたのも束の間、辺りから少しずつ、騒ぎのために野次馬が集まってくる。しかし、これはマズイ、それも二通りの意味で。一つは、自分達が爆発テロの犯人だと勘違いされてしまうことである。おあつらえ向きに、自分達は大陸屈指の賞金首、犯人でないなんて弁明したところで、誰も信じてはくれないだろう。青年の案の定、ひそひそと、自分達の風貌から例の賞金首たちでは、という話題が聞こえ始めた。けれども、もう一つのマズイ理由の方が重大で――未来を読む大佐の協力を得て、少女は包みからライフルを取り出し、すぐに巨剣へと変形させた。


「ジーン!!」


 叫ぶのと同時に、少女の太刀が空を凪いだ。直後、金属のぶつかり合う音が辺りに響き渡り、道の上に真っ二つにされた鉛弾が転がった。今は少女の機転で切り抜けられたが、もう一つのマズイ理由がこれだ。関係の無い人たちが、この鉄火場に巻き込まれてしまったことが最大の問題だった。


「ちっ……腕が痺れる……ネッド、この狙撃は……」

「あぁ、間違いない、アイツ、だろうな」


 ジーン・マクダウェルの助力を持ってすれば、ネイにとって弾丸を切り落とすことくらいわけない筈である。しかし、どうやらギリギリだったらしい、それほどの威力を持つ弾丸を打ち出せる男は、あの鷹の目の狙撃手に違いない。

 しかし、どうしたものだろうか――狙撃音すら聞こえない距離からの狙撃となると、相当遠くから狙撃されているらしい、相手の居場所も分からないし、すぐにダゲットを倒すことも出来ないこの状況をどう打破したものか――。


「……ともかく、どうにかして、周りの人たちだけでも逃がさないとな」

「うん……でも、どうやって?」


 少女の疑問、それが最大の問題だった。以前ジェニーがやったように、何か大音を立てて辺りの人を驚かせ、逃げさせるか――しかし、今の青年は声を張り上げることも出来ないし、ヴァンは演技が苦手そうだし、ポワカがやっても緊張感のかけらも無い。そうなると、ネイに任せるか、自分が変身してパフォーマンスをするか――青年が悩んでいるうちに、近くで銃声が鳴り響いた。どうやら野次馬のど真ん中で、誰かが空に向けて一発撃ったらしかった。


「……オレたちゃ泣く子も黙る賞金首、ワイルドバンチ!! 雑魚にゃあ興味がねぇ!! 命が惜しけりゃ黙って失せなッ!!」


 男の良く通る声と銃声とに、人々は蜘蛛の子散らすように逃げ出し始めた。しかし、どこかで聞いたことがある声だ、そう思って居ると、人々が居なくなった後、大路に男が一人、顎の髭に指を当てながら不敵な笑みを浮かべていた。


「よう、NNコンビ。随分と有名になったみてぇじゃねぇか」

「……フレディ、久々だな」

「皆まで言わなくてもいい。さっき、ネイが弾丸ぶった切ったので、お前らがなんだかわけ分からん連中に狙われているのは分かった……そもそも、お前らみたいなお人よしが、わりぃことをしたなんてのも信じてなかったが、今ので確信に変わったぜ。以前、劇を手伝ってもらった礼を返す時だ。何か手伝えることはあるか?」

「いや、でも……」


 青年の言葉を、フレディはすぐさま首を振って止めた。


「デモもクソもねぇよ。そもそも、WWCの中には、オレも含めて元賞金首の奴だって居るし、ネイティブだって、褐色肌だって、東洋人だっている。いろーんな奴の吹き溜まりが、WWCなのさ。だから、今更お前さんたちを受け入れたところでなんだってんだ、むしろ大陸最強の賞金首を招き入れたとなりゃあ、箔がつくってもんよ! ガーッハッハッハッハ……」


 男の笑いが消えたのは、背後で再び爆発が起こったからである。再度の狙撃で、他の場所に設置されていた爆薬が爆発したのだろう。


「クソ、こんなところに居たら悠長に話もしてらんねぇ! ともかく、逃げるならサーカスで匿ってやるから!」

「あぁ、それなら、怪我人の連れてサーカスに避難してくれ。医者に見せるより、ネイに任せたほうが、確実で早いから」


 そう言いながら、青年は少女の頭の上に優しく左手を乗せた。


「ネッド、まさかお前……」

「アイツの相手は、俺がしなけりゃならない。超遠距離の狙撃だって、俺ならすぐに距離を詰められるし、弾に当たったってすぐに再生できる」

「で、でも……!」

「君は、君に出来ることをやらなきゃならない……ケガ人を助けられるのは君だけだ」


 青年が指差す方に、先ほどフレディの後ろで起こった爆発で倒れた人たち居る。少女はそれを見て、一度頭を垂れ、そして今度は強い目で青年に向き直った。


「……無茶はしないで、絶対にアタシのところに帰ってくるって、約束して」

「あぁ、任せておけ。君のところに行くところに関しては、右に出るものは居ないと自負してるんでね」


 青年がそう言うと、少女は強い顔になり、頷いてくれた。それに安心し、青年は残りの面子に指示を出すことにした。


「ポワカは、立てない人に肩を貸してやってくれ。ヴァンはしんがり、ネイとポワカを護ってやってくれ」

「わ、分かったデス!」

「承知した!」


 二人が頷くのを見て、青年は踵を返して皆から離れ、大路の真ん中に立った。そもそも、アイツの狙いは自分だ――根拠は無いが、確信はあった。


「……さぁ、決着を付けようぜ、フランク・ダゲット」


 青年は再び胸を指で押し、擦りあげるのと同時に、再び脳天に激しい衝撃が走った。


「甘いんだよッ!!」


 相手の狙撃のタイミングは、完全に読んでいた。許されざる者の力を使い、体を再編成し、青年は脳を復元した。


「迂闊なヤツッ!!」


 そして、今の一撃で、相手の居る方角は完全に掴んだ。青年は狙撃手のいる方向、雪の降り積もる郊外の山の方へと駆け出した。距離にして、恐らく五キロメートル以上ある――かつて少女は、一キロ先に当てるのも困難だといっていた。それが、なぜこれほどの長距離射撃で正確に当てられるのか謎だが――ともかく、今の自分なら、すぐさま詰められる距離だ。青年は、この旅が始まって以来の宿敵との因縁を清算すべく、雪山へと疾駆した。

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