エピローグ
◆
ある日の明け方、小さな村の小高い丘の上にある屋敷を、数十人の小汚い男達が取り囲んでいた。村人の目撃情報によると、ここに怪しい男女数名が、一週間ほど前から立てこもっているという噂を聞きつけ、集まってきたのだった。
男たちの中でも一際背の高い、二メートルをゆうに越す巨漢の男が、一枚の羊皮紙を忌々しげに眺めている。
「……長かったなぁ、カルロス。ここまで来るのによぉ」
自分達の大将、ジーン・マクダウェルが行方不明になってから半年以上が経過していた。大男のの目標は、以前のような集団を作ること――いわゆる真っ当な道から外れてしまった者達の吹き溜まりを形成すること。とくに南の貧しい祖国から、一攫千金を求めてきたどうしようもないロクデナシたちと、一緒に馬鹿をやって生きていくこと。それだけの頭数が、ようやっと揃ったのである。
男が羊皮紙から手から離すと、風に吹かれて羊皮紙が舞っていった。そしてその紙を、無精髭のこれまた小汚い男が掠め取った。
「……コイツ、あの連中とグルだったんだなぁ? 道理で、突っかかってくるわけだぜ……」
「アントニオ、テメェ、そいつが本当に極悪人だと思うか?」
巨漢が尋ねると、アントニオと呼ばれた男は汚い歯を見せながらにやりと笑った。
「いいや! コイツは、せいぜい狡い小悪党ってのが十分さ……ちょうど、オレたちみてぇにな」
なぁ、ペデロ、そう言いながら、アントニオは散弾銃のグリップをスライドさせた。
「あぁ、オレもそう思うぜ……だから、確かめなきゃならねぇ」
巨漢の男も得物を構え、屋敷に向かって銃口を向けた。
「あ、アニキィ、ホントにやるんですかい?」
「あたぼーよ!! 賞金総額三百万ボルだぜ!? そんだけありゃあこの国ともオサラバして、
半分は本気、残り半分は、無理と分かっているのだが、どうしても確かめたいことがある。そのために、男は機関銃に取り付けられたエーテルシリンダーを起動させ――今更ながらに自分の能力は自己再生を早めることなのだが、多分誰も気にしていないし、身体能力向上のために輝石を使っているだけなので、誰も知らなくても良いのだが――銃口を屋敷に向けた。
「……くらいな、荒野の無頼漢【ワイルドバンチ】どもッ!!」
自分達の方が、よほど荒野の無頼漢なのだが――ともかく、ペデロが持ち前の機関銃を回し始めると、周りの連中もこぞって撃ち始めた。何せ、賞金を受け取る条件が変わった。奴らに限り、死体でも満額出ることになっているらしい、もちろん、学のないペデロは数字しか読めないので、相棒のカルロスから聞いた話ではあるのだが。
ひとしきり撃ち終わると、屋敷が穴だらけになり、辺りに薬莢が散乱した。
「……見て来いカルロス」
「絶対いやでがんす!!」
お前が言っても大丈夫、そんな気がする――そう言い返そうとした瞬間に、屋敷の割れた窓から、何かが煙を立ててこちらへ飛んで来た。地面に着弾すると同時に爆発が起こり、自分の同郷たちが三名ほど元気に吹き飛ばされた。
「ホセ、ダリオ、エンリケェエエ!?」
「……なんだ、同業か?」
声のした方を見ると、褐色肌の男が、何やら鉄製の棺をぶん回して、さらに二人の仲間をぶっ飛ばしていた。
「いや、元か……うん?」
巨大な得物を脇に立て、男は上から降ってきた紙を取り、紙面を見てニヤついた笑みを浮かべた。
「墓場への案内人【プリペア・ア・コフィン】のブッカー・フリーマン、二十万ボル……悪くねぇな」
笑っている男の後ろから、今度は別の何者かが猛スピードで駆け抜けてきた。金髪の男の接近に際し、部下達は必死に銃で応戦するのだが、男の持つ左腕の――右腕も機械仕掛けに覆われているが、左腕は本物の機械らしい――盾に無残にはじかれて終わった。
「……はぁ!!」
無駄に凛々しい掛け声とともに、なぜか男は盾を投げてきた。しかし何やら凄まじくコントロールがいいらしい、投げた盾は当たっても勢いも衰えず、綺麗にそのまま六人の部下が吹き飛ばされた。そして、先ほど同様、部下達が持っていた紙が一枚、宙で待って、端正な顔立ちの男の上へと落ちてきた。
「……銀腕大尉【キャプテン・シルバラード】のマクシミリアン・ヴァン・グラント、四十万ボル……果たして、どちらの腕のことか」
自嘲気味に笑う男の後ろから、更にまた何者かが飛び出してきた。中空から「アチョォ!!」という甲高い掛け声を出しながら、とび蹴りをかまし、まず一人を蹴り飛ばしたあと、更にそのまま両の手のひらを地面につけ、股を広げて両足を回すと、固そうな具足に三人の部下達が吹き飛ばされた。
その後、女はすぐに立ち、金髪の男に対して敬礼を取る。
「グラント様、お体は良いようで」
対して、男も同様に敬礼を返した。
「あぁ、しかし今更敬語も様付けもいらんぞ、クー。何せ私も、いまや一介のならず者の一員なのだからな」
「分かったアルよ、グラント様」
女は満面の笑みを浮かべる東洋人に対し、金髪の美男子は困ったような真顔――なかなか器用な表情だ――を浮かべている。女の方は口笛を一つ吹き、礼を解いた手で、宙から舞ってきた紙を受け取った。
「東方遊戯【ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ジ・イースト】のクー・リン……なかなかオシャレアルネ」
そう言って女が笑った直後、次の異変は下から来た。何やら地鳴りがしているかと思えば、段々と地面が揺れ始め――草原を割って、巨大な人型の鉄の塊が、拳を上げて姿を現した。後方で控えていた部下の十人が巨人の拳に轢かれ、青い空に吸い込まれていった。
ゴーレムの腹部が開き、中から緑の癖毛の女の子と、機械の体をした狼とが姿を現した。
「ゴリアテ三式、完全以上復活、なのデスッ!!」
「ジェネレーター、稼働率120%……確かに、完全以上じゃわい」
拳を突き出すように吼えるネイティブの上に、やはり天から紙が舞い落りてきて、機械仕掛けの狼の口が、その紙をキャッチした。
「蒸気舞踏【ダンス・ウィズ・ヴェイパーウルフ】のブラウン親子、なかなかかっちょいーじゃねーデスか!」
「うぅむ、ワシとポワカで三十ずつ、あわせて六十万ボルか……まさか、ワシにまで賞金がかかるとはの」
ゴーレムに完全に気を取られていると、今度は屋敷の方から銃声が聞こえた。直後、残っている五人の部下の銃が真っ二つに割れた。
「ふん……突然二つ名なんて付けて、どういう風の吹き回しですかね」
屋敷の扉の前に優雅に立つ長身の女は、銃口から噴出す煙をふ、と吹いてかき消した。その所作を見て、得物を割られた部下達は、草原の向こうへと駆け出していってしまった。
「おそらく、スコットビルの仕業だろう」
先ほどの金髪の男が、長身の女の方へ、二枚の紙を投げた。女は訝しげな表情を浮かべながらそれを見て、少ししてから皮肉気に笑った。
「暴風華族【カム・ウィズ・ザ・ウィンド】のジェニファー・F・キングスフィールド、四十万ボルに、暗黒街の顔役【ゴッド・ファーザー】、ジェームズ・ホリディ、お兄様にさらに二十万、ね……なるほど、宿敵を飾って盛り上げる、あの男は好きそうやわ」
女は自分の似顔絵が書かれている羊皮紙を空に向かって放り投げ、弾倉に残っている最後の一発で、自分の首に懸けられた賞金を真っ二つにし、兄の人相書きを撃つのは憚られたのか、そのまま風に流した。
「ところで、ぺ、ぺ……ペ・ナントカさんは、何の御用でこんな辺境まで来られたのですか?」
意地の悪い笑顔を浮かべながら、女は後ろ髪をかき上げた。
「お、オレは!! ヒモ野郎に……!」
「……だぁぁぁあああありゃぁぁああああ!!」
元気な掛け声と共に、背の高い女の後ろの扉が蹴りあけられ、そのままポンチョ姿の
「あ、あに……!?」
「あああああああああああ!!」
相棒の不安げな声は、少女の掛け声と飛び蹴りとでかき消されてしまい、ついで小柄なカルロスの体が少女の蹴りで吹き飛ばされ、後ろにある木の幹に激突し、持っていた羊皮紙が風に流され、少女の右手へと渡った。
「奇蹟の輝き【スノードロップ】、ネイ・S・コグバーン、五十万ボル……だってさ」
少女が振り向いた先、開け放たれた扉の向こうに、ダスターコートの男が立っている――何度か対峙したことはあったはずだが、どこか別人のようで――恐らく、ただでさえ死んだ魚のような目をしていたのに、今は余計に生気を感じないせいだろう。男は少女に対して軽く手を振ってから、改めて巨漢の男の方へと向き直った。
「……俺をお探し?」
「そ、そうだ!! テメェとの決着を付けに……がぁっ!?」
喋っている途中で、後頭部に固いものがぶつかってきて――恐らく、ネイ・S・コグバーンの銃剣の腹で殴られたのだろう――巨漢は前のめりに倒れてしまった。
倒れた先に、先ほどアントニオが投げ捨てた羊皮紙が落ちており、男が倒れた衝撃で、紙が舞い上がり、ダスターコートの男が、その紙を受け取った。
「不屈【トゥルー・グリット】のネッド・アークライト、賞金五十万ボル……不死身よりは、禍々しくなくていいかもな」
言いながら青年は口元に微かに笑みを浮かべ、何か思いついたのか、紙を持ちながら混血の少女に対して手を振った。
「二人合わせて賞金額百万ボル、百万ボルのアンチキショウ【ミリオンボラーベイビーズ】、なんてのはどうだろう?」
「いや、ボラーの辺りが壮絶にダサいだろうよ……」
呆れたような少女の顔に、青年は死んだ魚の目のままガッツポーズをとっていた。
「お、おい、ヒモ野郎! てめぇ、オレと勝負しやがれ!!」
「イヤだよ……何せ、俺はヒモ野郎だからな。働かないことに定評があるんだ」
言いながら自嘲気味な笑顔を浮かべ、ネッド・アークライトは大男の横を過ぎていく。ダスターコートの背中に、マクシミリアン・ヴァン・グラントが声をかけた。
「おい、ネッド、こいつらは放っておいても大丈夫なのか?」
「あぁ、大丈夫……荒野を生きる無頼漢どもの、生命力を甘く見ちゃあいけないぜ、ヴァン」
「……私が言いたいのは、捕らえずとも良いのか、ということなのだが……」
「馬鹿言っちゃいけねぇや。俺らのほうがよっぽど危険人物なんだ。関わらないのが、お互いのためだろうよ」
「ふっ……それもそうだな」
二人の長身の青年に、他の者達も続いていく。
「ねぇねぇ、車に乗るのはダメデス?」
「……いや、なんかここは、歩いて去っていかなきゃ格好がつかないだろ?」
「はぁ……変なところでこだわりがあるんですね、貴方は」
このままでは、奴らが去っていってしまう。別に、ペデロは勝つつもりでここに来たわけではないのだ――もちろん、勝てるなら勝てるでも良かったのだが――ただ男は、自分と因縁のある相手にまつわる噂の真相が知りたくて、ここまで来たのである。
「ま、待ちやがれ! いや、一つだけ教えてくれ……お前は、お前らは、本当にソリッドボックスを襲撃した……大統領を暗殺した、大悪党なのかよ!?」
巨漢の言葉に、ダスターコートが止まった。
「……お前、どう思う?」
「お、オレには信じられねぇ……てめぇらは正義漢でもねぇが、悪党でもねぇ……」
そう、現に自分の部下達は、一人も殺されずに制圧された。これだけ実力差があれば、一人残らず皆殺しにすることだって可能だったはずなのだ。
「て、てめぇらに敵わねぇのは分かってた! それでも、オレは納得が……!」
「……だったらさ」
そこで一端きり、ネッド・アークライトは不敵な笑みを浮かべながら振り返ってきた。
「見てねぇんだから、俺が何て言ったって仕方無いだろ? それだったら……てめぇの信じたい物を信じなよ、ペデロ」
そしてすぐに前を向き、ポケットに手を突っ込みながら、男は再度歩き出してしまった。
「……ついでに、一つ伝言」
その声は、上から聞こえてきた。仰ぎ見ると、ネイ・S・コグバーンが、草原に吹く風に帽子を抑えながら、暖かい笑みを浮かべてこちらを見ている。
「あんまいつまでも、馬鹿で無茶なことばっかやってんじゃないって……お前の昔の親分が言ってるぞ、ペデロ」
少女の背後に一瞬だけ、棚引く銀髪が見えた気がした。
「じ、ジーンの姉御……」
「……じゃ、これ以上追ってくるんじゃないぞ? 次来たら、もう徹底的にぶっ飛ばすかんな!」
ネイ・S・コグバーンは快活な笑みを浮かべて、以前より少し緩めた三つ編みを振りながら、ネッド・アークライトの横まで懸けて行き――少女の右腕の赤い布と、男の袖とが触れ合っていた。
奴らにやられた部下達も意識を取り戻し、呻きながらも立ち上がり始めている。しかしもはや抵抗する気力も、追いかける気力もわかず――巨漢のペデロは、ただ去っていく連中の背中を見守ることしか出来なかった。
その後の一ヶ月間、賞金総額三百万ボルの犯罪集団ワイルドバンチは、未だ一人も捕まっていない。
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