21-8


 しばらくの間、二人は草原に吹くの夜風に揺られながら、ただ互いの体を抱きしめ合っていた。


 どれほど抱き合っていただろうか、二人は屋敷には戻らず、場所を少し移して、見晴らしの良いちょっとした丘の上へ移動していた。寒くないよう、青年はシリンダーの方の輝石を使い、二人で包まれる繊維を紡ぎ、それに頭だけ出して包まりながら、二人で手を繋いで身を寄せ合い、しばらく無言で星空を眺めていた。


「……なんだか、これが自然な感じがするね」


 ふと、少女がそうもらした。いくつもの夜を、二人で夜空を見上げながら過ごしてきた――だから、これが自然体だと、言葉にせずとも、二人とも分かっていたに違いない。


「でも、今は……これが違うだろ?」


 青年が少女の右手を繋いだままあげると、布の一部分が盛り上がった。対して、少女ははにかむような柔らかい笑顔を向けて、青年の左手を握り返してくれた。


「うん……こんな風に、誰かと手を繋ぐのが、ずっと夢だったから……その相手が、あなたで良かった」


 青年が頷き返すと、少女も頷き返してくれた。

 そしてまたしばらく、二人で夜の星を眺めていると、星明りに視線を注いだまま、少女がもらすようにつぶやいた。

 

「……多分、ソリッドボックスで手を繋いだから……ネッドの魂も、アタシと繋がってるんだと思う……」

「あぁ、それはなんとなく、俺もそう感じてる」

「だから、間接的にだけど、ネッドはまだ、完全に大いなる意志と繋がりを絶たれた訳じゃないから……そこに、何か解決の糸口があるかもって、お母さんが言ってた」

「そっか……うん、確かにな」


 まだ希望はあるかもしれない。また少し、青年は心が軽くなったのだが、一方で少女の表情が少し曇ってしまった。


「……具体的に、どうすればいいかまでは、分からないんだけど……」

「いいや、大丈夫だよ。どうにかなるかもしれない可能性が少しでもあるなら……俺も、諦めないよ」


 確かな本心はしっかり伝わったのか、少女は笑顔で頷いてくれた。


「やることは、まだまだ山済みだな……俺がどう生き残るかだろ? それに、奴らのことも片付けないといけないし……」


 そこで言葉を一旦切ると、碧の瞳が青年を見つめてきた。


「……やっぱり、ダンバーのことが気になる?」

「あぁ、なんで師匠が奴らに加担しているのか……どんな気持ちで、あの荒野を抜けてきたのか。それを知りたい」

「そうだよね……うん、任せてネッド」

「うん? 任せろって、何をだい?」

「アタシが絶対、ネッドとダンバーをもう一度引き合わせてみせる……それまでネッドの魂は、アタシが護るから」


 芯のある笑顔で、少女が励ましてきてくれた。確かに、二重の意味で――ネイといると、やはり安心できるし、精神的にもかなり楽になっている。それに、リサとの戦闘で見せたあの力――さすがにアンフォーギブンの戦闘力には及ばないものの、黙示録の祈士の一角、以前は歯も立たなかった相手を圧倒したのだ、生半可な相手が来たところで、安心して任せられる力を少女は身に着けている。もちろん、優しいこの子をあまり無理に戦わせるのは好ましくないのだが、それでも――自分を見つけた少女は、自分の意志で戦うことを選べる。だからもう、任せても安心だろう。


「あぁ、頼むよ、ネイ。君に任せられたら、安心だ」

「うん……それにさ、アタシだけじゃない、ジェニー達もいるし、さっきグラントとともすれ違って、なんか頑張る的なことも言ってたし……ともかくネッドは、独りじゃないんだから」

「……あぁ、そうだな」


 そう、この子が独りではない以上に、自分だって独りでないのだ。そう言えば、自分の本質故に、人が集まってくるとか、ワナギスカ酋長に言われたっけ――そこで、やっと青年は重大なことを少女に伝えていなかったことに気づいた。


「そうだ、ネイ。実は君のおじいさんと、俺は知り合いなんだ」

「……え? どういうこと?」

「実は、五年前や、フランク・ダゲットに狙撃されたときに落ちた時、俺を助けてくれたネイティブの酋長がさ、君のお母さんの父親なんだ」

「ほ、ほんと!?」


 少女の眼には、驚き半分、喜び半分の色がこもっていた。いくら母の声が聞こえるようになったといっても、サカヴィアはすでにこの世の人ではない。そう考えれば、身内が現世に居るという事実は、少女にとっても喜ばしいことだったのだろう。


「あぁ、ホントにホントさ……世間ってのは狭いって言うか、もちろんワナギスカのトッツァンも、まさか間接的に孫娘を助けることになるとは思いもしていなかったみたいだけど……ともかく、そう遠くないところに居るし、今度会いに行こう」

「う、うん……でも、アタシ、何を話せばいいのかな?」

「大丈夫、偏屈な爺さんだが、俺を助けてくれたんだ、悪い人じゃないし……別に、変に飾らなくたっていいんだ。思ったことを口にして、今まであったことを話して、それでお互いに理解できればいいんだから……それに、俺も一緒に行くからさ」


 青年の言葉に、少女は繋ぐ手に少し力を入れて、頬を赤くして青年の方を見つめてきた。


「うん……ネッドが居れば、安心だね」


 そしてまた、しばらく無言が続いた。しかし話したいことを思い出したのだろう、再び少女の方から声があがった。


「……ちょっと話を戻すけどさ、アタシの方はネッドをダンバーに会わせるのにプラスして……」

「リサ、か」

「うん……さっきも言ったけど、アタシはあの子を救いたいから」


 そこで少女は目を瞑り、恐らく左腕を、自身の胸に当てたのだろう、布の端が僅かに動いた。


「マリアも、賛成してくれてる……あの子を許せるわけじゃないけど、あのまま終わるのは違うって。きちんと、償いをさせて欲しいって……」

「そっか……うん、任せてくれ、ネイ」

「……あの子とアタシを、引き合わせてくれるって?」


 というより、ブランフォード・S・ヘブンズステアを倒すのは、やはりこの子に任せるべきではないと、青年は思っていた。いくら相手が傍若無人の奇人で、娘の命をなんとも思っていないような畜生でも、少女に手をかけて欲しくなかった。

 そう思えば、成る程、やはりまだまだ消えるわけにはいかない。ダンバーとまみえ、ヘブンズステアまで倒さなければならないのだから。


「あぁ、俺もリサには随分と振り回されたが、それでもあの子が居たから色々と気づけた部分もあるしな……それに、ヴァンの奴が、あの子にお熱だったみたいだ」

「げっ……それ、本当?」


 なかなか真に迫った「げっ」に、青年は流石に友を憐れに感じた。


「いや、げっ、って……それ、ちょっとヴァンが可哀想だぞ?」

「うーん、姉として、アレはちょっと無いんじゃないかと言うか……だって、ずっと上半身裸だったぞ?」


 秋空の下、半裸でリサに踏まれていたこと構図を思い出すと、確かにちょっと危ない感じで、実の姉としては心配になるのも頷けた。しかし、その責任の大半は青年にあったので、青年は友のフォローをしてあげることにした。


「すまん、アレは俺の蹴りのせいだ」

「そ、そうなのか……それなら、仕方ない……のかな?」

「そうそう。それに、アイツは馬鹿だが、真っ直ぐで、熱くて、根はいいヤツなんだよ」

「なるほど……類は友を呼ぶってやつだな。コグバーンが言ってた」


 少女の十八番が飛び出して、青年は少し噴出してしまった。しかし、改めて思い返すと、コグバーンが言ってたという台詞に、青年は別の不安を覚えた。


「……そう言えば、その、今この場って、あの世の連中に見られてないのか?」


 フィフサイド砦の様子から、ネイと繋がっている四人の魂は、こちらの状況が分かっているようだった。恐らく、少女が心を開いたことで、確認できるようになったのだろうが――先ほどから恥ずかしい場面がずっと続いているのだ、現在進行形で監視されていたらたまったものじゃない。


「ふふっ……気になる?」


 少女が浮かべた意地の悪い笑顔に、青年はほっと胸をなでおろした。


「恥ずかしがり屋の君がそんな余裕をかましてるってことは、大丈夫だな」

「むぅ……もうちょっと別の言い方をすれば面白かったかな?」


 少女が唇を尖らせるのと同時に、少し強い風が吹いた。青年は寒さをほとんど感じなかったのだが、少女の方は身震いしたのが分かった。それもそうか、恐らく湯浴みのあとにろくすっぽ拭かずに走ってきたのだ、このままだと風邪をひかせてしまうかもしれない。


「そろそろ、中に戻るかい?」

「んー……そーだなぁ……」


 少女の方から手が離され、しかし体の方を密着させ、青年の肩に頭を預けてきた。


「……もうちょっと、こーしてたい」

「あぁ、そうだな……」


 別にどこでだって、この子と居られれば、自分は満足するだろう。しかし、今日という日の夜は、今日しか存在しないから、まだ寝るにも惜しい――青年は空いた左腕で少女の肩を抱いて引き寄せた。


「えへへ……うん、あったかい」

「……あぁ、そうだな」


 ついでに、少女の頭を撫でてみる――外の空気で乾いたらしい、少女の黒い髪を優しく撫でると、少女はもっと撫でて欲しいのか、青年の胸の辺りに頭を押し付けてきた。


「髪、縛ってないのも、大人っぽくていいと思うよ」

「ほんと? それじゃ、イメージチェンジしようかな?」

「うーん……でも、君の三つ編み姿も好きなんだよなぁ」


 犬の尻尾みたいなので、少女の長い三つ編みはこっそり青年のお気に入りだった。対して少女は、頬を膨らませて上目使いで青年の顔を覗き込んでいた。


「もう、どっちがいいの?」

「どっちもいいんだ」

「そういうの、一番困る」

「そう言われても、俺も困る」


 男と言うものは、優柔不断というか、あっちもこっちもつまみたい、そういう生き物なのである。その辺を、少女には理解して欲しかった。

 しかし一方で、青年のからかうような対応に、少女は本気で悩み始めてしまったようだった。


「むー……まぁ、動き回るのには縛ってる方が動きやすいし、当面は今までのままにしておこうかな」

「あぁ、それでいいんじゃないかな」

「うん。それで、いつかは……うぅん、なんでもない」


 少女が飲み込んだ言葉の先は、青年はなんとなく分かっていた。しかし、それはきっと、今言ってもお互いに哀しくなるだけだから――青年はただ、少女の頭を引き続き撫で続けることで、少女の気遣いに答えた。


「……誰かと触れ合うって、幸せなことなんだね」


 少女の呟くような一言に、青年は心が満たされ――そう、大切な人が傍にいることは、こんなにも満たされるものなのか――その幸せをかみ締めながら、青年は少女を抱き寄せ、頭を撫で続けた。


 また、どれほどそうしていただろうか、ふと少女のくしゃみに、青年は先ほどよりもさらに気温が下がっている事実を知った。


「今度こそ戻らないと、風邪をひいちまうな」

「う、うん……もうちょっとこうしてたいけど……」


 しかし、このままだと本当に少女に風邪を引かせてしまう。何か、納得させる案はないか――ちょうど、青年は自分にとっても益のあるらしい情報を思い出した。


「……ダンバーに言われたよ。なるべく、寝ておいたほうが良いって」

「そっか……うん、多分、嘘じゃないっぽいな」


 冷静に考えれば、今は師匠とは敵同士なので、こちらに不利益なことをうそぶいた可能性もあるのだが――しかし少女の言うように、なぜだかダンバーは嘘を言っていない、そんな確信があった。恐らく、それはあの男が、常に自分の先を行っているからだろう。


「……それじゃ、今日はもう寝る?」

「あぁ……えぇっと……」


 屋敷に戻るのは確実として、実は眠るとなると少し悩ましいのも事実だった。眠ると孤独の闇に落ちていくような感覚があり、青年自身はできればまだまだ起きていたいのだが、ダンバーの言うことを信じるのならば、あまり無理に稼動していない方が良さそうのも確かだった。


 青年は少し悩んで、しかし安心して眠るための解決策を思いついた。


「……ネイ、頼みがあるんだ」

「なに?」

「えぇっと……」


 青年が言いあぐねていると、こちらの意図を察してくれたのか、少女の方から右手を青年の腰へ回し、引き寄せてくれた。


「ネッドが寝ている間、目が覚めるまで……傍にいていいかな?」

「……すごいな、エスパーか?」

「アタシが、そうしたかったってだけだよ」

「そっか……でも、頼むよ」


 この子がずっと傍にいてくれるなら、きっと安心して眠ることができる。目覚めた時にこの子が隣に居てくれれば、孤独に脅えずに済む、そういう確信があった。


「……それじゃ、そろそろ戻ろっか?」

「あぁ、そうするか……」


 青年が二人を包んでいた布をボビンへと戻すと、すぐに少女が青年の左手を握ってくれた。


「今度は、アタシがネッドの手を引く番」


 少女の言葉に青年は笑顔を返し、二人は屋敷へと戻っていった。

 

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