19-6


 テントの中に、ジェームズを除く全員、人形を含めて七人が勢ぞろいした。ポワカが「ちょっと狭いデス……」などと言いながら縮こまっているが、それは全員の話でそれ以上に大柄のブッカーの方が小さくなっているので、なんだかそちらのほうが面白かった。しかしこう見ると、現在自分の小ささがすごく役に立っている、人形はそう思った。


「こう、場所を取らないのは、エコでいいだろ?」

「そんじゃ、復活しないでいいアルか?」

「いえ、復活したいです」

「そんなら、くだらないことは言わないでおくヨロシ」


 珍しくクーに爽やかに突っ込まれたが、なるほど、どうやら人形の扱いが分かって来てしまったようだった。


「ともかく全員揃えたぜ、トッツァン」

「うむ。大したことではないが、私の本質は見抜くこと……お主らの本質を、それぞれ伝えておこうと思う。自らの本質を理解するという事は、自分の能力を最大限に発揮することに他ならない。爆発的な強化に繋がる訳ではないが、知ると知らぬとでは大違いなはずだ」

「……復活のために、荒っぽいことが必要になるってことか?」

「私は、父からその話を受け継いだだけに過ぎぬ。父は私の祖父から……それが何代も何代も続いてきただけ、確証は無い。だが、その通りであるというのならば、お前の疑問に対する答えは『イエス』だ」


 酋長は一旦パイプを置いて、一度全員を見回した。


「では、先にそちらを話しておくとするか。ポピ族の一人が許されざる者となった際には、暴走体と同様にしばらく暴れ回ったと聞く。一族の有力な戦士たちがなんとか押さえつけ、暴走が弱まった所で、男は理性を取り戻したと……そういった伝承だ」


 つまり、自分が暴走していたのをもう一度行えという事か。それを聞いて、みな一様に重い表情をした。人形自体はうっすらとしか覚えていないのだが、自分はソリッドボックスでかなり凄まじい力で暴れ回ったはずだ。それと対峙することを考えて、どうしようか悩んでしまったのだろう。

 しかし、思い返せばつじつまが合う部分もある。五年前にスコットビルが大怪我を負った原因は、そこにあったのだろう。恐らくだが、ダンバーの暴走をスコットビルが止め、そして師匠は蘇ったのではないか。

 だが、それでも、スコットビルをしてギリギリだったような相手を、確かに皆に任せるのは心苦しいのも確かだった。


「……なぁ、トッツァン。俺一人で制御は出来ないのかな?」

「それは分からんよ……何度も言うが、私が知っているのは伝聞だけだ。それも、古臭く、風化したおとぎ話……信じるも信じないもお前ら次第としか言いようがない」


 しばらく、みんな黙っていた。


「……私は、やるで」


 沈黙を裂いたのは、女の南部訛りだった。


「一度は、ネイさんのことを見限って、海を渡って逃げようとした身だけれど……そう、私は常に胸を張っていたいから。自分の夢に、お前は浅はかな奴だと、見限られないように……」


 そこで切って、ジェニファーは人形の方を見てきた。そこには、いつもの不敵な笑顔があった。


「それに、きっとパイク・ダンバーの暴走を止めたのはスコットビルやろ? それならばこそ、私もお前に負ける訳にはいかんわ」


 つまりは、単純なライバル意識。スコットビルに勝とうというのならば、最低限は同じ道は超えなければならない。それがジェニファー・F・キングスフィールドの哲学か。人形はそういうの、嫌いではなかった。


「……お前は負けず嫌いだね、ほんと。でも、ありがたいんだけど、俺も流石に皆を危険に晒す様な真似は……」

「あら、もう勝った気でいるアルか? それだったら、調子こき過ぎネ。どんなに凄くても、大本がヒモヤローなんだから、どーせ大したことないアル」


 こちらが気を使ったのを、更に気を使い直されてしまったらしい、クーからフォローが入った。


「お前……いいのか? ヴァンの所に、行かなきゃいけないんだろ?」

「うーん……それじゃ、ワタシからもお願い……グラント様の目を覚まさせてあげてほしい。今のあの人は、迷って、どうすればいいか、分からなくなってるから」


 先ほども思ったように、自分のやることだって客観的に見たらどうか、という所はあるのだが――それも分かって協力してくれるというのだ、そもそも人形の身では、甘えることしかできない。


「それじゃ、頼むよクー・リン。お前のアチョーな拳法、頼りにしてるぜ」

「お任せあれ!」


 クーは立ち上がり、堂の入ったアチョーなポーズを取ってくれた。青年も少々心得があるが、それでも長年培ってきたクーの物には及ばないし、何より狭いながらに上手にバランスを取って、周りの邪魔になっていないのだから素晴らしかった。


「ワシらも、微力ながらに協力するぞい」

「ぞいぞいデスデス!」


 博士の後に、ポワカが元気に続いた。しかし、きっとあの日のことを思い出したのだろう、すぐに不安そうな表情になってしまう。


「……怖いなら、無理しないで良いぞ。俺も、ポワカに手はあげたくないからな」

「そうデスね。ボクの可愛い顔に傷を付けたら、ゆるさねーデスよ?」

「いや、だから……」


 先住民の少女は、自らの不安を振り出してしまうように頭を振って、そして人形を見つめてきた。


「……ボクは、皆が大好きデス。一人じゃ怖くても、皆が居るなら……それに、ボクもねーちゃんを救いだしたいデスから」


 その黒い瞳は、確かな決意に満ち溢れていた。


「……あぁ、一緒に頑張ろう、ポワカ。それで……」

「お嬢がやるなら、オレもやるさ」


 ブッカー・フリーマンの意思は、聞くまでもなかった。


「だが、勘違いするなよ? オレ個人だって、お前さんとネイのお嬢ちゃんは気に入ってるんだ……協力するのは、そもそものオレの意思さ」

「かぁー! 男からそういうの言われても、気色わりぃだけだっての!」

「そうか?」

「そうだよ!」


 相変わらず、男はにやけていた。自分も今の体じゃなければにやけているだろう、人形はそう思った。

 ふと、満場一致の空気に、タバコの香りが混ざった。


「それでは、始めようか……お前らの魂の本質、私が言葉にしよう」


 言いながら、まず酋長はジェニファーの方を向いた。


「お前さんの本質は、開拓だな」

「えぇ、予想通りでしたわ」


 ジェニファーの強さは、自分を知っていることにもある。だが、ワナギスカは頭をふった。


「きっと、お前さんは勘違いをしている。別に、土地を切り拓き、畑を作ることだけが開拓では無い。この意味、分かるか?」


 テントの中に、酋長の吐く煙が漂っている――その煙の向こうで、老人の目が、静かに女を見つめていた。


「……えぇ、なんとなく、ですけれど」

「そうか。それでは次だな」


 次は、ブッカー・フリーマンの方を向いた。やはり男はニヤ付いていた。


「別に、言わずとも分かるぜ」


 というか、むしろ人形にも、言わずとも分かっていた。本人がよく口にしているアレだろう。


「うむ……お前さんは、自分をよく理解しているようだな……だが、あまり意固地になるのもいかんぞ」


 酋長の言葉に、サングラスの男の口元が引き締まった。予想外の答えだったのだろう、続く言葉に注意を払っているようだ。


「……自らの本質を理解すること、それ自体は大切なことだ。しかし、人は歳を取るにしたがって、自らを勝手に枠にはめてしまうものだ。お前さんのいう自由と言うのが真の自由なのか、今一度考えてみるが良い。さて……」


 そして酋長はは、ブラウン博士の方を向いた。


「どうだね、トーマス・ブラウン。お前さんは、自分が見えているか?」

「……分からぬから、逃げ惑い、無駄に長く生きながらえているのかもしれぬな」

「そうだ。お前さんは自分が見えていない。しかし、それはお前の本質故だ」


 酋長は、博士の悩みを無慈悲に、真正面から肯定した。


「……ワシの、本質とは?」

「停滞だ。今の幸せにすがりつく。ある種、進化と逆方向の力だ」


 機械の首をうなだれる博士に対して、老人は話を続ける。


「勘違いしてはいけない。そもそも、我らネイティブも、悠久の停滞を選んだのだからな。定住し、耕作すれば文明が生まれる。文化は発展を生み、人は争うようになる……魂に貴賎は無い。その本質も、上も下も無いのだ。平和な時をそのままにする、それのどこが賤しくあろうか?」

「じゃが、今はそう言う時ではない」

「そう思うなら、止まった時を進めようとするのも、また大切かもしれんな。グレートスピリットは、そう言っておられる」

「それは……」


 そこで、二人の老人はしばらく黙りこんでしまった。博士は博士なりに思う所があったのだろうが――しかし、酋長はそこで切り上げ、今度はポワカの方に向き直った。


「……お前さんはどうだ?」

「え、えっとぉ……」


 全然分かりません、という顔をした後、今度は困ったような表情で、人形の方を向いてきた。


「アーパーとかじゃないのか?」

「むっきー! ヒモヤロー、ちょっとは口を慎みやがれデス!」


 人形の方に思いっきり唾を飛ばしながら抗議してくる女の子に、きたねぇ、とつっこむ気だったのだが、本人が真剣に悩み始めてしまったので、人形は黙っておくことにした。


「……か、可愛い、とか?」


 酋長はくすり、ともしないで、ただ煙をポワカの顔面に吐きかけた。きっと何かの匂いでもしみついていたのだろう、ポワカは盛大にむせてしまった。


「けほっ!? な、なにしやがるデスか、このジジイは!?」

「うむ、馬鹿なことを言うから、少し気付けにと思ってな」


 なかなか辛辣なジョークだった。これがネイティブジョークか、人形はそう思った。

 ワナギスカは今度は小さく笑った。態度の急変に、ポワカも呆気に取られているようだった。


「……口は悪いが、心の奥底には他者を労わる気持ちを持っておる。お前さんの本質、それは共感だ」

「共感……それが、ボクの魂の形……」


 成程、機械とも友達になれる、何より先住民の危機に真っ先に立ったコイツにぴったりではないか――緑の髪の少女は、自らの胸に手を当てて、今の言葉を刻みこんでいるようだった。


「さて、残るは一人だが……お前さんも、言わずとも大丈夫そうだな」

「ま、読んで字の如くというか、そんな感じだからネぇ」

「……だが、気は何も他人にばかり使うのが能では無いぞ? 自分のために使う事も大切だ。グレートスピリットは、そう言っておられる」


 言われて、クーは戸惑いの表情を浮かべた。だが、すぐに胸に落ちたのだろう、納得したように頷いた。


「成程ネ……どうやら神様は、結構いい奴みたいアル」

「そうだ。グレートスピリットは、本来全てを許し、認めてくれる存在だ。その加護から……ネッド、お前がやろうとしていることは、その加護をかなぐり捨てるのと同義だ。一応、もう一度だけ効くぞ? それでも……」


 そう、ネイティブにとって、いや、グレートスピリットとの感応が可能なこの老人にとっては、これから自身がやろうとしていることは、殊更に異様な行為なのだ。


「……それでも、俺はやるよ」

「そうか……ならば、何も言うまい」


 ワナギスカはそこでパイプの火種を落とし、大いなる意思との交信を終わらせた。


「その力を求むるならば、大量の輝石が必要だ。目星はあるか?」


 この前のソルダーボックスの輝石は、自身が燃焼させ、ネイが送り届けてしまった。そうなると、人形の知る限りでは、そんな都合のよい場所もないのアジトにならばたくさんあるかもしれないが、現状で喧嘩をふっかけに行くのは危険すぎる。


「……この地よりもう少し西の荒野に、かの王の都だった遺跡がある。この大陸に残る遺跡の多くは、遥か昔、まだ先住民が定住をしていた時代の物……その中でも王の都は、多くの命が散った場所でもある。長い時をかけて熟成され、今では輝石の海となっているだろう」

「成程ね。流石トッツァン、アフターフォローまでバッチリだ」


 人形の言葉に、老人は口元の皺を釣り上げた。

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