19-5


 ポピ族の越冬地には二日で、それでも予定より早く着いた。本来は着くころにはすでに夜になっていると思われていたのだが、なんとか日の沈まぬうちに見つけることが出来た。これは非常な幸いで――大体の位置は、かつて青年が救われたことがあったので予測は出来ていたが、何せポピ族は小さな部族なので、拠点を見つけるのも苦労することが見込まれていた。逆に、先住民に対する迫害が横行しているこの大陸内で、ポピ族が比較的自由に動き回れている理由もそれであり、少人数故に人目に付きにくいから、そして移動回数が多いため、虐げる者の手から逃れて生活できているのである。


 ともかく、ネッド、ジェニー、ブラウン博士は、酋長ワナギスカのテントへと招かれていた。人形と機械仕掛けの狼と女、なんとも珍妙な組み合わせなのだが、酋長は再開した半年前と、変わっている様子もなく、皺くちゃの顔は石の様に動かず、ただパイプからの煙を吸い込んでいた。そろそろ日が暮れる、寒くないように、テントの中央では火が焚かれていた。もっとも、今の青年の魂には、それを感じる器官も無いのだが。


「……やはり、運命さだめは覆らんかったか」


 酋長は眼を瞑りながら、長柄のパイプから煙を吸い込み、そして吐き出した。


「お前は会うたびに、より過酷な状況の下にあるな……なぁ、ネッド・アークライト」

「まぁね……それは否定しないよ、トッツァン。でも、もうこれ以上悪くなりようもないさ。それなら、後は上がっていくだけだろう?」


 人形の言葉、とは言っても現在、声は人形自身が抱いている拡声器から出ているのだが、ともかく人形の考えうる粋な台詞にワナギスカは応えてくれなかった。代わりに、眉をやや吊り上げて――だが、凄味のある表情で続ける。


「……許されざる者、その力を求めてきたのだろう?」

「アンタ、本当は知ってたんだな」


 以前会った時は、確かワナギスカは青年の運命を「分からない」と言っていた。しかし、今の言葉で確信した――本当は、こうなることを、彼は理解していたに違いない。


「……アレは、忌まわしき力……そう、私は聞いている」


 煙を一吸いし、ゆっくりと吐き出し――僅かに浮いた表情で、酋長は人形を見つめてきた。


「ネッド、悪いことは言わない。今ならまだ、魂の循環に戻れるかもしれん。この大陸が白人の物になる、それは避けられない運命だった。この先に起こることも、成るようにしかならない……全ては定め、それに逆らおうなどと……」


 ワナギスカの言葉は、ジェニファーが遮った。


「……今が行おうとしていることは、この大陸だけの話だけではありません。大いなる意思の力を、我がものにしようとしているのですよ?」


 ネイティブの信仰を考えれば、それは受け入れがたい話なはず――しかし、酋長はただ首を横に振るだけだった。


「グレートスピリットは、ただ我らの傍にあり、受け入れてくれる存在だ。それを人の身でどうこう出来る訳がない……いいや、もし出来るというのだとしても、それもグレートスピリットの意思なのだろう」


 酋長は立ち上がり、テントの入り口の布を持ちあげた。外には、茜色の染まる世界が広がっていた。


「この大地の先に、お前ら白人が築いた街がある。それはどんどん広がっていき……きっと、十年後、二十年後には、お前らが乗ってきた鉄の箱がそこら中を走り回るようになるだろう。人の進化は早い。もしかすると、人には神をも超越しようとしているのやもしれん……ある意味、子が父を越えていくことは普通なことだ。私達ポピ族は、もちろん神と大地と共に生きることを願うが、他の者達が大いなる意思をも取り込もうというのであるならば、それも仕方のないこと」


 そこまで言って、ワナギスカは再び定位置に戻り、煙を吸い込んだ。


「……だから、私はお前らに協力する気は無い。元々お前を助けたのだってな、ネッド、それは我々の近くで、ちょうど傷ついて倒れていたからだ。ただ、それだけのことに過ぎない」

「少し待って欲しい」


 割って入ったのは、ブラウン博士だった。


「まず本来、ワシはお主とまともに話し合う資格など無いのじゃろうな……サカヴィアのことを、そして彼女の願いも、どうすることも出来ずに逃げ出したのじゃから」


 サカヴィア、という名に、酋長の肩が揺れた。


「……そうか。あの子は、逝ったか」

「うむ。しかし、まだ終わっていない。ネッド・アークライトは、大いなる意思の麓で、彼女と会ってきたのじゃからな」


 ワナギスカは、珍しく驚いた様子で、人形に声をかけてくる。


「お前、サカヴィアに会ったのか?」

「あぁ、会ったぜ……それだけじゃない、サカヴィアは娘の事を頼むって。つまり、アンタの孫……俺も、その子を助けたいんだ」

「……まさか、半年前も」

「あぁ……その子を、ネイを助けるために、俺はこのテントから飛び出て行った」

「そうか……お前は……ネッド、一つ聞きたい。私の孫は……サカヴィアの子は、どんな子だ?」

「少なくとも、俺があの世から戻ってきてでも助けたいくらいには、いい子だよ」


 父親はトンデモない奴だけどな、それは言わずに飲み込んでおいた。なにもそんなことまで言って、変に心配をかけさせるわけにもいくまい――ともかく、人形の言葉に、老人は小さく笑った。


「……その昔、この大陸にも一人の男が居た」

「……トッツァン」

「いいから聞け……その男は、現世の欲から逃れることが出来なかった。グレートスピリットの加護を拒み、死してなお現世に舞い戻った魂……強大な力を振るい、多くの魂をくらい、そして王となった。その支配は一年で、大陸全土にまで及んだ。しかし、支配は長く続かず、王は消滅した。魂を維持出来なくなってな。その後、この大地では王制は廃された。そもそも、遥かの昔、この大陸では、今の白人に匹敵するほどの文明社会があったのだが……王の暴走により、西部の多くは荒野と化した。だから、人々は定住することを止めたのだ。発展すると、人は多くを奪うようになるからな……王の側近は南の大陸に渡り、山岳地帯で新たな帝国を築いたというが、確かなことは私にも分からない。ともかく、お前が得ようとしている力はそれだ、分かるか、ネッド」


 老人はそこで一息つき、そして確かな眼光で、人形を静かに射抜いてくる。


「……二つ、約束をしてほしい。一つは、その力に呑まれること無く、正しきことに使うと」

「まぁ、女の子一人を救うのにとんでもない力を使うのが、世間的に見て正しいことかどうか、俺にも分からないけどな」


 少なくとも、自分は正しいと思っている。人形は素直な気持ちを吐露しただけだったのだが、ワナギスカはまた小さく笑った。


「ふっ……いや、お前を見ていれば、そう大きなことに使うとも思えぬな」

「え、なに、俺ってそんなに小物っぽいかな?」


 人形と老人のやりとりに、ジェニファーが噴き出していた。


「ま、まぁ……ある意味では大物だと思いますけど」

「褒めてるんだよな、それ。ありがたく受け取っておくぜ」

「えぇ。貴方が馬鹿で、本当に良かったと思います」


 爽やかな笑顔で皮肉を言う女をとりあえず無視して、人形は話を続けることにした。


「それで、トッツァン、もう一つは?」

「あぁ……そのネイという少女を救えたら……落ち着いてからで構わん。会わせてくれんか?」


 そういう老人の顔は、どことなく寂しそうで、暖かかった。人形が知る限りでは、ワナギスカに血を分けた家族はいない。つまり、少女が最後の肉親になるのだから――。


「……私も、お前の事は笑えんな、ネッド。身内に会いたい一心で、禁忌に触れようというのだから」

「いいや……笑わないさ。それに、約束するよ。絶対にネイとアンタを引き合わせてみせる……必ずだ」


 普段は、あまり必ずとか絶対とか言わないことにしているのだが、今回ばかりは、文字通りに命に代えても成功させなければならない。自分を激励する意味でも、人形は強い言葉を使ってみた。その覚悟が伝わったのか、老人はまた笑った。


「あぁ、頼むぞネッド・アークライト。それでは一度、お前の仲間をここに集めてくれぬか?」

「構わないけど、別に俺たち三人が話を聞いておけば……」

「いや、お前を復活させるのには、他の者達の協力も不可欠だろう。そう言う意味で、みな知っておく必要があるし……私には戦う力は無いが、間接的に協力することはできる」

「そっか……それなら、ジェニー」

「なんだか貴方に顎で使われるのも癪ですけど、このメンツじゃ仕方ありませんね。待っててください」


 女の言葉は辛辣だったが、態度は柔らかだった。

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