折の中の少女
石造りの壁に囲まれた部屋の中、小さな斬り通しの窓から差し込む僅かな月明かりだけが、その部屋を照らしていた。
鉄格子の中に、みすぼらしい格好の少女が一人、膝を抱えて座っている。それを数分眺めていた金髪の乙女が、まず呆れたように声をあげた。
「……お姉さま、いい加減少しは食べてください。もう、一週間何も食べていないのですから……さもないと、死んでしまいますよ?」
リサがそう諭すように問いかけても、ネイは黙っているままだった。もしや、既に死んでいるのではないか――だが、月明かりに目を凝らして見ると、一応肩が少し動いている、呼吸しているようで――逆を言えば、生きている証明はそれしかなかった。
「はぁ……もう、いいです。貴女は、厄病神ですから……死ぬなら死ぬで、私の気持ちも晴れるというモノだわ」
そう言い残して、リサは鉄の扉を押して出て行った。残ったのは、ただ息をするだけの少女一人。呼吸はしている、体は生きている、だが心は死んでしまっているような、そんな状況だった。
少女は、長い間思考を停止していた。半分は、自己防衛のためだったのかもしれない――考えれば、自分を責める呪詛しか出てこないのだから。
リサが出て行って、どれ程の時間が流れただろうか。一瞬、少女は何か暖かい物を感じた。その間隔は、知っているような――少女にとって、一番大切な物が、すぐそばにある様な感覚。
「……ネッド!?」
しかし、その感覚はすぐに消えてしまった。だが、何故だろうか、少し生きる気力が沸いて来て――その瞬間、少女はやっと自らの空腹に気がついた。一週間いたというのに、碌に見ていなかった室内を、やっと見回し――自分を捕えている鉄格子の内側に、硬そうなパンが一斤、皿の上に置かれているのが見えた。
少女は、それに手を伸ばし、しかし一度手をひっこめた。果たして、先ほど感じた物は、自分の寂しさや罪悪感が見せた幻影だったのではないか。もしパンに手を出せば、この一週間望み続けた願いが遠のいてしまう。
それでも、少女はもう一度手を伸ばし、パンを一かじりした。見た目通り固く、よく咀嚼し、その横にあった水で流し込んだ。一口食べただけで、内臓が久々に活動したせいだろう、一瞬戻しそうになるのを必死に耐え――なんとかもう一口、しかしそれ以上は食べられそうにないので、固いパンを皿の上に戻した。
そして、少し考えてみることにした。ネッドは死んだ。自分が殺した――だから、戻ってくる訳が無いのだ。自分が触れた生き物が戻ってきたことなど、一度もないのだから。
そう思い直し、もう枯れたと思っていた涙が、再び少女の目から溢れ出てきた。
「……でも、会いたい……会いたいよ……」
誰が聞いているわけでもない、しかし少女はそれを言わずにはいられなかった。
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