18-7


 ◆


 体に刺すような痛みが走る。少女の体の周りに幾重もの稲妻が走り、それが痛みの原因か――だが、確かに痛みも体を苛む一因なのだが、それより問題は内側からの苦痛だった。今までに味わったことのない痛苦で、例えるのも難しいのだが、敢えて言うのなら心臓が破裂してしまいそうな、脳の血管が破れてしまうような、そんな苦痛。魂に負荷がかけられている――そう、恐らく実態は、少女の魂が暴走し、壊れてしまいそうになっている。だから、苦しい――。

 だんだんと少女は気が遠くなってきた。だが、ここで意識を失えば、次に目を覚ますことは無い、それも分かっていた。


(……アタシが消えても、神様が降りてきて……世界が、平和になるんだったら……それもいいのかな……)


 しかし、それもなんだか酷い間違いのような気もした。自分が消え去る恐怖もあったのだが、それよりもむしろ――自分は今まで一人ぼっちだった。それでも、彼と出会って、仲間が増えて――。

 もし彼と出会う前にこの状況に陥っていたら、自分の犠牲も認められたかもしれない。


(……神様に頼らないと、人間って分かり合えないのかな……?)


 そうかもしれない。でも、そうじゃないと信じたい――薄れ行く意識の中で、少女はせめて、自分の一番大切な人を見ようと、なんとか顔を上げた。


(……アタシのせいで、たくさん苦しい想いをさせて、ごめんなさ……)


 少女の思考はそこで止まった。まだ意識が途切れたわけではない。驚いて、思考の糸が途切れただけで――いや、むしろ彼の性格を考えれば、これは当たり前だったのかもしれない。


「ネッド、貴様!?」


 反応したのはパイク・ダンバーであった。ネッド・アークライトは、その横をすり抜けた。

 もう、本当だったら動けないはずなのに――多分、衣服の繊維を利用して、自らを操り人形の要領で無理やり動かしているのだ。


「邪魔をするなら、容赦はしないわ!」


 そうは言うが、きっと邪魔して欲しかったのだろう、嬉しそうな表情で、リサ・K・ヘブンズステアが青年の前に立ちはだかる。


(やめて……駄目……!)


 少女がどんなに祈っても、二人は止まらない――いや、それにしてもネッドの方に躊躇が無さ過ぎる。アレでは、まるで――。


「……!? いかん、リサ、やめろ!!」


 ブランフォードが叫んだ時には、もう遅かった。青年の体が、リサの左腕によって薙がれ――だが、ネッド・アークライトは笑っていた。


 黄昏色の夜に鮮血が舞う。それでも彼の足は止まらなかった。こちらへ、向かってくる――自分を助けるために。

 しかし、それでも致命傷だったのだろう、腹部が半分以上抉られているのだ――青年の体は一度壇上へと沈んだ。だが、変化はすぐに起きた。辺りの輝石が、一斉に輝き始め――青年の口から、この世の物とは思えない様な、凄まじい咆哮が飛びだした。

 そこから、少女の苦痛は和らぎ始めた。周りの輝石を、自分以上の速度で消費するものが現れたおかげで――こちらの負荷は軽減され、それと同時に光景が不安定になり、荒野と交じり合いそうになっていた世界が、徐々に元の草原へと戻っていく。


「と、止めろ! ヤツに、輝石を消費させてはならん!」


 立ちあがろうとする青年に対し、ブランフォードが命令を下した。すぐさま動いたのは、やはりリサだった。


「……お前が、化け物になった所で!」


 今度は、リサの左腕が青年の心臓を貫いた。乙女は残忍な笑顔を浮かべ――しかし、それは段々と驚愕へと変わっていった。そう、これ程の輝石の力をのだ。如何に妹の能力が強力と言えども、その破壊の力より、彼の再生能力の方が、単純に上回っているのだろう――体から鼈甲色の水晶が噴き出し、ネッド・アークライトはリサを思いっきり殴り飛ばした。


 ◆


 思惑通りになったのだ、リサの横をすりぬけ、青年はなんとか笑ってみせた。不思議と、体の痛みは無かった。しかし、それは激痛を脳が遮断していたためであって――そして、すぐに異変は来た。燃えるように熱い――体の中に埋め込まれている輝石と周りの輝石が共鳴し、青年の体の中に一気にしてきた。


『イタイ、クルシイ、イヤダ、シニタクナイ――!』

(ウルサイな……)


 頭の中だか体の中だか、怨嗟の音が全身を駆け巡る。きっと、これはこの場で死んだ魂の嘆き。もっと生きたかったという生への渇望。それが幾十、幾百、幾千と、青年の魂を塗りつぶそうとしてくる――こんなもの、耐えられるはずも無い。

 呪詛の大合唱は、次第に言葉ではなく、ただのノイズへと変貌した。いやむしろ、青年の魂は言葉とすら認識できなくなっているだけなのかもしれない。


(……あぁ、くソ……ウルセェ……)


 打楽器のようにガンガン鳴り響く音、外に出てくれればいいのに、全然外に出てくれない。音はただ、ただ一直線に、暴力的に、青年の魂を侵食してくる。熱かったり寒かったり、痛かったり柔らかかったり、感覚が鈍くなっているか鋭くなっているのか、すでに辛いのかも分からない――ただ、一つだけ、ただ一つだけはっきりとしていることは、自分が自分でなくなってしまうという恐怖だった。


(イヤダ……イヤダ……)


 もはや意識は朦朧としている。いや、朦朧としていると判断しているのは自分なのか、他人なのか――体の内部から響く音のほかに、外でも大きな音がし始める、たぶん、自分が恐怖と苦痛のあまりに、それを少しでも、軽くしようとして、叫んで、紛らわせてる、声。

 視界の先は真っ暗闇。そうだ、今は夜だった――いや、ステージは明るかったのではないか? 何も無い、いや、何かある――ウルサイ、音がうるさい、音と、金色の髪、そう、こいつは敵で――そうだ、何個もは無理だ――多分、師匠がしてくれるから――ただ一つだ、そう、俺は、あの子を――。


 思考が一つだけになった瞬間、五月蠅い音が聞こえなくなった。


 その代わりに、ただ――いつかの日に聞いた鐘の音だけが、再び青年の魂に鳴り響いていた。



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