17-9


 その後も、計画は二方向、式典中と式典後、いずれでも良いように練られた。少女の狙撃の結果を受けて、それでも天候次第では難しいかも、という意見を受けての処置だったのだが――その後風の強い日、雨の日、夜と、どんな条件下でも少女は的に銃弾を当てた。それを受け、次第に式典中の暗殺の方へと、計画はシフトしていくことになった。

 狙撃の練習には、青年はなるべく率先して付き合った。少しでも少女の傍に居たいという気持ちも当然あったが、それでも当日は、自分は別の場所を受け持たなければならないので、自分の準備も必要で、毎日という訳にはいかなかった。あくまでも、少女の狙撃は、現状で自分たちが撃てる最善手と言うだけで、絶対の手段では無い。それは全員理解していたし、だからこそ一人一人が何が起こってもいいように、自分の持てる力を最大限に引き出せる持ち場と役割を考えだした。

 クーは、その後も部下を通じてヴァンとの連絡を取り合おうとしていた。しかしリサにヴァンがかなり警戒されているらしく、なかなか情報の伝達は上手くいかなかった。そういう意味では、当日の襲撃は、向こうも備えているらしい――だからこそ余計に、相手の意表を突く必要性がある。最終的には式典中の狙撃の方に意見がまとまり、それは何とかヴァンに伝えられたようだった。


 そして、式典の前夜。すでにジェームズ・ホリディのホテルに滞在して一週間が経過し、食堂の長机に一同が集まるのも、なんだか結構慣れた光景になっていた。


「さて、それでは皆様、お手元のグラスを……」


 ジェニファー・F・キングスフィールドが立ちあがり、ワイングラスに手を付けた。青年もそれに合わせて、グラスのステムを握ったのだが――ジェニーは何故だか手を離して、そのまま席に着いてしまった。


「……音頭は、私じゃなくて、もっと取るべき方がいましたね」


 ジェニーは頬笑みを浮かべたまま、眼を瞑っている。青年には、訳が分からなかったのだが――気付けば、一同の視線がこちらへ集まっていた。


「……はい?」

「だから、音頭は貴方が取るべきなんですよ、ネッド・アークライト」


 意地の悪い顔と声色を、ジェニファーは青年にぶつけてきた。


「い、いやいや。どう考えても、ジェニーが取るべきだろ? もしくは、ここのオーナーか……少なくとも、俺の出る幕じゃない」

「いいえ、この集まりは、貴方が集めたモノです。私とブッカーは、貴方の評判を聞いて、それで貴方と出会いました。そうじゃなければ、私は兄と和解できなかったかも……それに、クーと最初に出会ったのも貴方。ポワカと博士を屋敷で捕まえたのも貴方です」


 最後の所に、ポワカはバツの悪そうな表情を浮かべ、博士など頭を垂れていた。


「それに、この場にはいないグラントとの旧知でもありますし……そして何より、貴方とネイさんが出会ったことで、きっと全てが始まったんです。だから、このトンチキな集団をまとめ上げるのは、貴方であるべきなんですよ、ネッド」


 そんな風に言われても、青年は人生で一度もリーダーシップを発揮したことなどないし、上手いセリフなども思い浮かばない。しかし皆、結構真剣にこちらを見ているし、ジェニーとブッカーはニヤ付いてるのがむかっ腹に来るし――何より、やはり隣で期待の眼差しを向けてくれている少女にちょっとカッコいい所を見せたいのも確かで、ともかく断れる雰囲気でもないし、青年は咳払いを一つしながら立ちあがった。


「うぉっほん! えー……それではみなさん、えぇっと、お手元の? グラスを……」


 なんとかジェニーの真似をしてみたのだが、あまり自信も無くて声が上ずってしまった。それを見てやはり、南部女は凄く《イイ》顔をしているし――こうなればやぶれかぶれだ、変に格好つけようとするのがよくないんだ――どうせ知った仲だし、今更いい所を見せられる身の上でもないのだ。だから、等身大で行こう、青年はそう思った。


「あー。とにかくグラスを持って……まぁ、思ったことを適当に言っていくよ。変だったらせいぜい盛大に笑ってくれ」


 青年が手を方の位置で払いながらハリケーンコンビを見ると、さすがに少々申し訳なくなったのか、真面目にこちらの話を拝聴してくれるモードに切り替わった。


「えー……なんやかんや、不思議な因果の下、こうやって集まって……なんて言うかさ、大変なこともたくさんあったけど、割と楽しかったと思う」


 思い付いたことを一つ一つ、口にしていく――しかし、こう周りが静かだと、自分の声ってのはイヤに響くもので、自分はこんな変な声をしているのか、などと思ったり、どうにも慣れないことをしているせいか、いつも以上に「なんやかんや」だの「なんて言うか」だの「割と」だの、不確かな言葉を使ってしまう――しかし、もはやだれも茶化すことも無く、真剣に聞いてくれていた。ただ一人、ポワカ・ブラウンを除いて。


「はいはいはい! そう言えばネッド、一座の名前、考えてくれたデスか?」

「あ、あのなぁ……人の話が終わってから横やりは入れろよ」

「途中だから横やりって言うんデスよ? それで、考えてくれたデス?」


 実際、ポワカとの約束を一時忘れていたのが申し訳なかったので、隙間を縫って考えていたのだ。だから、名前は既に考えてあった。ただし、ちょっと気取っていて言いにくいので、突っ込まれなければ言う気もなかったのだが。


「……あぁ。考えてるよ」

「おぉ!? ホントデス!? ぶっちゃけ、忘れてると思ってたデスよ」

「あ、あのなぁ……あんまり言う気も無かったんだけどな……ともかく、ちゃんと言うから、座っててくれ」

「ハーイ!」


 ポワカが笑顔で席に着いたのを見て、青年は咳払いを一つ、話を続けることにする。


「……人を殺そうってのに乾杯するのも、変な感じだと思うよ。折角知り合って、一緒に色々と乗り越えてきた連中の行く末が、人殺しって言うのも、なんだかなってのは、正直な意見だ」


 青年の言葉に、一同は表情を暗くしてしまった。しかしどうにも、ここのところ机の上で考えてばかりで、みんな自分がやろうとしていることの重さを忘れてしまっているようでもあった。もし、全てが終わった後に――人一人殺しておいて、いや、最悪もっと殺めることになるかもしれない――ともかく、碌でもないことをした後に、それでも国を救った気になって手放しで喜ぶというのも、青年は違うと思ったのだ。

 青年は一旦言葉を切り、隣の少女を見つめた。この子は、ずっとそのことを考えていたはずで――そういう少女と一緒に居たから、自分も常に命の重さについては考えさせられた。


「……だけど、ここに俺達が集まったのは、きっと俺達が弱かったからだ。経済の、社会の、思想の、宗教の……戦争の被害者が、自分の身を護るために集まった結果であるとも思うんだ」


 この言葉には、ブッカー、ポワカ、クーが頷いた。三人は、社会が作った被害者だ。褐色奴隷は南部の、先住民は西部の、東洋人は全土の軋轢で、迫害されてきた。


「俺達が倒すべき相手は、そういう国を作ってきた奴だ。そして、これからもっと酷いことをしようとしている……それに対して、自分たちの様な被害者を作っちゃいけないだなんて、俺は正義漢ぶるつもりは無い。どんなに立派な大義を掲げても、人殺しは人殺しだ」


 この言葉には、ジェニファーが頷いていた――本来は物理的な力でなく、乱暴な力でなく、もっと他の道を切り開きたいと思っている彼女には、同意できる所があったのだろう。


「だから、皆もそれは分かっていて欲しい。本当は人を殺して、笑っていちゃいけないはずなんだ。俺たちは、自分たちのために、利己的な理由のために、悪い奴を殺す。ただ、それだけだ……でも、俺達が明日を生きるには、それしか道が無いんだ。だから、やるしかない」


 そう、さもなければ俺たちに明日は無い。そういった想いを込めて――。


「……俺たちは、荒れ果てた荒野で出会った。だから、俺たちは荒野の無法者【ワイルドバンチ】だ」


 一座の名前を言いながら、青年はグラスを掲げた。


「うーん、もうちょっと可愛い感じの名前が良かったデスけど……ま、及第点上げるデスよ」


 一番最初に反応したのはやはりポワカで、言葉とは裏腹に、満面の笑みを浮かべてグラスを持った。


「ワシは、こんななりじゃからの……座ったままで失礼するよ」


 とはいえ、精一杯の厚意のつもりなのだろう、機械の前足を机の上に並べて、ブラウン博士は背筋を伸ばした。


「ワタシは、グラント様の部下だから、ちょっと違うような気もするけど……」


 しかし、ここに来るまで苦楽を共に旅してきた愛着もあるのだろう、満更でも無さそうな顔で、クーもグラスを持って立ち上がった。


「いや、なかなかいいセンスだぜ坊主」

「そうでしょうか? 粗暴な感じが、私のイメージにそぐわない気がしますけど……」


 何を言いやがるのか、この中でも一頭乱暴なヤツの癖に――もちろん、本人だってそれは分かっているから、皮肉こそ言っても、反対はせずに、ジェニファー、ブッカーの両名もグラスを持ってくれた。

 ネイは、何も言わずにグラスを持って立ち上がった。しかし、期待に添えることが出来たのだろう、青年の方へ笑顔を向けてくれていた。


「ともかく……なんだか変に、俺たちゃ死ぬ時も一緒だぜ、だとか、そういうことを言う気は無い。何の因果かこうやって集まって、ただ乱暴なことをしようって、そんな連中なんだからな。だけど、今日だけは、そして明日だけは……心を一つにして、大仕事をこなしてやろう……ワイルドバンチに!」

「乾杯!!」


 全員の声が重なり、一気にグラスの中の物を飲み干すと、あとは適当な晩餐会になるだけだった。このメンバーで、一ヶ月間同じ釜の飯を食ってきたので、すでにもう、珍しくもなんともないのだが――それでも、明日全員が生きて帰れるかもわからない、もっと言えば、成功するかも分からないのだから――話すことの内容は代わり映えしなくても、みな一様に、なんだか別れを惜しんでいるような、そんな調子であった。

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