17-8
青年と少女が視察に行ったその日の番、すぐさま作戦会議が始まった。場所は、昨晩の食堂で、食事を摂った後、そのまま長い机に色々と資料を並べ、まずクーが話しだした。
「まず、昨日のアンチェインドに関する資料をもらってきたヨ」
クーは何枚かの紙の束を、青年に渡してくれた。
「……魂の無い改造人間?」
資料には、そう書かれていた。というより、何やら青年の知らない専門用語が多すぎて、概要を読み上げる事くらいしかできなかった、という方が正しかった。
「うーん、なんでも、エーテルライトで動く、とかなんとか……でも、魂が抜けてるって言う通り、なんだか無感情で不気味な連中ヨ」
クーの方も良く分かっていないのだろう、青年も資料を適任者、つまりブラウン博士に回すと、すぐに読み込み、解説を始めてくれる。
「……うむ。この構想自体は、ワシが組織に所属している時からあった。単純に言ってしまえば、制御できるオーバーロード……成功していたのじゃな」
成程、マリアが作ろうとしていたのはそれか――いや、何か違う気がする。彼女が作ろうとしていたのは、理性のある暴走体だ。魂の抜けた存在とは、大分異なるはずだ。
青年がそんな風に思案している横で、資料を前足で綺麗にずらして読みこんだ博士が、話を続けた。
「輝石の助力で動く改造人間、力は暴走体に及ばぬ物の、強化された筋組織と、凄まじい再生能力を持つ……まぁ、こんなところか」
「……なんだそれ、凄く厄介そうだが……」
「うむ、じゃが、弱点もある。魂が抜けた肉の器、主人の言う事に忠実な僕の様じゃが、自ら理性を持たぬから、急な対応は出来んと……他にも、活動期間は人間の一生に比べると遥かに短い。せいぜい三年、長くて五年かそこら、といったところのようじゃ」
もっとも、この資料が正しければの話だが、博士はそう言葉を締めくくって終わった。
「……それで? ソイツを倒すためには、具体的にはどうすればいいんだ?」
「うむ。再生能力を上回る速度で破壊する……もちろん個体差はあるじゃろうが、書かれているスペックを見る限りでは、対処は不可能では無かろう」
言う事を聞く代わりに、能力は暴走体には及ばないらしい。確かにあの時――ダンバーが追い詰められた時は、自分やヴァンを護りながら故、後れを取っていた部分もある。もしかすれば、単純に戦ったら、あの時ダンバーは勝っていたかもしれない。
だが、そいつらが何体も来たら、それはそれで厄介なことには変わりない。しかも、凄まじい再生能力があるとするなら、単純に足止めされるだけでも厄介だ。
こちらが資料の内容を呑みこんだと判断したのだろう、クーが咳払いを一つして、机の上に両の掌を置き、皆の視線を集めた。
「ともかく、アイツらの情報はこんなところよ……それで、次は式典の段取りネ。まず、大統領の挨拶、その後に例の要人が出てくると、そんな流れヨ」
言葉の末尾で、クーが机の上の紙を軽くたたいた。話し終えたと同時に、まずすぐさまジェニファーが手を上げた。
「考えたのですが、少なくとも当日はその要人とやらは近くに来ているんですよね? そも、わざわざステージ上で暗殺せずともいいんじゃないでしょうか」
「建設的な意見、ドーモよジェニー。でも、それはそれなりに欠点もある……まず式典の前は、そいつがどこに居るか分からない。とは言っても、警護が目立つでしょうから、探し当てることは不可能じゃないアル。でも二点目、リサと並んでアンチェインドがガードに入るはず。不穏な動きを向こうが察せば、こちらが発見する前に逃げられる。見つけられたとしても、防衛に徹せられた場合、とり逃がしてしまうアル」
そこでクーは一旦言葉を切り、普段の胡散臭い調子を改め、真面目な調子になって続ける。
「こんなチャンスは、もう二度と無いかもしれない。黙示録の祈士の前身、ビッグスリーの博士ですら顔を見たことが無いような相手よ。ここで失敗すれば最悪の場合、二度と人前に出てこなくなるでしょう……そうなれば、もう彼らの動きを止めることが不可能になる」
言っていることは納得なのだが、如何せん問題があったのも確かで、それを報告しなければならない。
「ちょっといいかい。さっき、現場を見てきたんだが……」
「あぁ、デートの話アルね?」
クーの茶化す様な言葉に、青年の隣に座る少女が思いっきり吹きだしていた。
「まぁ、確かにデートだったかもしれないが……」
「おま!? そこは否定しろよ!?」
そして青年の言葉に、少女の全力のツッコミが飛んできた。どうにも、二人きりだと良い雰囲気になりやすいのだが、人前ではついついボケが優先してしまう。だが、ここからは真面目な話だ。青年が努めて真面目な顔を作ると、クーの方も空気を呼んだらしい、真剣な面持ちになる。
「実際、狙撃するのもかなり難しそうだ……今から説明する」
青年は身を乗り出し、机に広がっている資料の一つ、会場付近の地図を指さしながら、見てきた状況を説明した。狙撃に関しては、青年が聞いた話を、少女がまた皆に説明していた。大勢の前で話すのは緊張するのか、丘の上で聞いた時よりも話し方が若干堅かったのが、青年としてはなんだか面白かった。
ともかく、少女が話し終わったのを見計らい、青年が最後の締めにかかった。
「……この場合、式典中に狙撃するのと、式典前に探し出して襲撃をかける、果たしてどっちが成功率が高いと思う?」
そう言うと、皆黙り込んでしまった。もちろん、果たしてどちらがいいのか、皆真剣に考えてくれているのだろうが――ジェニー辺りは、また青年の過保護が始まった、とか考えていそうな、そんな顔をしていた。
「……一応、断っておくか。俺はネイにやらせるのは、やっぱり納得いかないよ……それでも、本人が覚悟を決めてるから、今回ばっかりはそれを尊重する。だから、俺やネイに気を使わないで、単純に皆の意見を聞きたいだけだ」
再び、一同考え込み始め――沈黙を破ったのは、ブッカー・フリーマンだった。
「ちょい的外れな意見かもしれねぇが、式典前、式典中の二元論じゃなくってだな、式典直後を狙うってのはどうだい?」
「成程……それは確かに、式典前に襲撃するよりは良さそうだ。どこに居るかっていう問題は、解決してるわけだからな……しかも、観衆を巻き込む危険性も低い」
青年がブッカーの意見に納得していると、今度はクーが横から割り込んでくる。
「確かに、その通りアル。でも、演説中に狙うって言うのは、周りの護衛が距離を取っている時だから……一応、狙撃の成功率を上げられるなら、そっちの方が確実だと思うアル」
クーの言葉に、今度はポワカが控えめに手を上げた。さすがに、いつもの抜けた調子全開でいける空気じゃないことは悟っているのか、珍しく硬い調子だ。
「ボクの考えでは、成功率を上げるのは不可能じゃないデス。丁度、そういう武器も考えていまして……今ネーチャンが持っているヤツじゃなくって、新しいライフルを用意します。重くて長くて、持ち運びは不便なヤツになっちゃうでしょうけど、有効射程は飛躍的に上がるはずです」
その意見に、今度はジェニーが手を上げた。
「でも、まったく新しい銃じゃ、多少は練習の期間も必要になりますよね? どれくらいで作れますか?」
「いやぁ、すぐに出来るんじゃないですかね……設計図は、明日中にでも完成させます。後は……」
ポワカは、本日の会議に参加しているジェームズの方を見た。
「……成程。私が生成してしまえば速いな」
「デス! ですから、練習する期間は作れるはずデスよ!」
最後は、いつものアホ可愛い調子になっていた。
とにかく、これで成功率は少々上げられそうだ。青年としては少女にやって欲しくは無いのだが、現実的な案が出たのだ、それを否定することもない。もちろん、作ってみて、練習してみて、それで駄目だった時の事も考えなければ――そんなことを思いながら、青年はジェニーの方に向かった。
「それなら、その銃での成功率を調べてみてから、式典中か、式典後か決めようか?」
「まぁ、そうですね……しかし、計画は色々と練っておくにこしたことはありません。何せ、大陸全土の、下手すれば世界の命運がかかっている以上に、明日の我が身がかかってるんですから……絶対に、成功させないと」
ジェニーの言う通りだった。幾重にも策は張り巡らせておくことに越したことは無いだろう。
「……しかし、あんまり机の上でアレもこれも考えてると、いざって時に身動きが取れなくなるかもしれないからな」
「それは、勿論その通りです。ですが、ポワカが狙撃銃を完成させるまで、何もしないというのも時間がもったいないのも確かって言いたいんですよ」
「そうだな、その通りだ……それじゃ、狙撃をする場合と、式典後を狙う場合、とりあえず両方の場合を考えて、各々の役割を決めるか」
「えぇ、そうしましょう」
その後、ポワカと博士は先に抜けて武器の開発に戻り、他の者達は夜が更けるまで会議を進めた。みな、真剣なのだが、それでも実際に現場を見ないと分からないこともある――その日は結局、大雑把な方向性を定めるのと、青年の少女以外の者達も、現場を視察することでもう少し具体的な案を考えよう、ということで終わった。
次の日、ジェームズ・ホリディの車に連れられて、ネッド、ネイ、ポワカの四人で、ライトストーンから離れた山の麓まで移動してきた。南部は西部に比べて、前人未到の地が少ないが、それが幸いしてか、式典会場と似たような地形を地図から探すことが出来た。勿論、めったに人が通らないような、そんな場所が練習場所に選ばれたことは言うまでも無い。
小高い丘の方で、少女たちが射撃の準備をしている間に、青年は一人離れて――別に、少女が心配で着いてきたと言う以上に、練習に付き合うきちんとした理由もある――実際の距離と合わせて、初回は練習用に、もう少し丘より近くに、繊維で作りあげた人形を設置した。今日は風も穏やかで、やろうとしていることは結構仰々しいのだが、そうでなければ絶好の行楽日和になっていた。
青年が丘の上、皆がいる所まで辿り着くと、既に準備は終わっていたらしい、少女が銃の手前でうつ伏せになっている。見れば銃口は大きく、恐ろしく長い銃身で、それは二脚によって支えられなければならないほどで――普段少女が扱っているライフルよりも、更に一回り巨大だった。成程、銃のことは門外漢の青年でも、何やら恐ろしい距離が狙撃できそうだということは、その存在感で見てとることが出来た。
「これぞ、対物質ライフル……本当は、壁や装甲を貫通させるために考案してたんデスけど、付随効果で射程も伸びたんデス!」
聞いてもいないのに、恐らく青年が銃をずっと見ていたせいだろう、横からポワカがしゃしゃり出てきた。
「……お前は何と戦う事を想定して、そんな物騒な物を考案したんだよ」
「そりゃ、物騒な奴らに喧嘩ふっかけてますからねぇ……でも、スコットビルとかフェイジーチャンなら、素手で銃弾掴みそうデスけどね?」
そう言われると、あの人外どもならそれをやりかねない、青年は想像してゾッとしてしまった。
しかし、ともかく今回の相手は、多分、恐らく、そんな銃弾を掴むような奴ではないだろう。向こうだって、流石に一キロメートルからの狙撃は想定していないはずだ。コレが使いものになるのなら、確かに仕留めることが出来るかもしれない。
ネイは、何やら銃に取り付けられた望遠鏡のようなものを覗きこんでいる。しかし、どうにもしっくりこないのか、レンズから目を離し、目視で標的を睨み始めた。青年には、自分が作ってきた人形など、もはや視認することも不可能なのだが、少女の視力なら判別できるのだろう。
「……それじゃ、撃つぞ」
少女はそう言うと、一回目を瞑り、そして開き、一呼吸置いて――そして、引き金を引いた。恐ろしく強い火薬を使っているのだろう、凄まじい轟音が鳴り響き、辺りの木々から鳥たちが飛び立っていってしまうほどだった。
「……どうだ?」
「いや、外した……結構手前に落ちたな」
言われて青年は、自前の望遠鏡で人形を見てみると、なるほど、確かに無傷で健在だったようだ。筒を下ろして少女の方を見ると、ポワカがネイに再装填の仕方をレクチャーしていた。
「……でも、二発目のチャンスは無いと思うデス」
「あぁ……でも、今ので少しわかった。次は、当てる」
少女はポワカにそう言うと、再び標的に向かって集中し始めた。まるで、銃と一体になっているかのように――再び呼吸を吸って、二発目を発射した。
「……どうだ?」
「お前のそれで、見てみなって」
言われずとも、少女の顔を見れば結果は分かっていた。だが、一応望遠鏡で確認すると、人形の側頭部が、バッサリ抉りとられていた。
「……わざわざヘッドショットを決めるなんて、えげつないねぇ」
「いや、本当は胴体を狙ったんだ……そんな、わざわざ当てるのが難しい所を狙わないさ」
謙遜して見せるが、やはり凄いことには変わりない。というより、最近は意外と思う事も少なくなっていたが、やはりネイ・S・コグバーンは天才なのだ。
「……しかも、今のはかすっただけだからな。ちょっと得意な顔をしちゃったけど、まだまだだ」
というより、こすっただけであんな惨状になるのか。どうやらこのアンチマテリアルライフルというヤツ、恐ろしい威力らしかった。
その後も練習は続いた。次は、しっかりと胸の中心に弾を撃ち込んだ。その次も、同じように腹部に当てることに成功させていた。それならばと、今度はもう少し距離を広げて――実際のものと同等の距離に広げてみた。次も最初の一発は外したものの、やはり二発目で命中させた。続く三発目も成功させ、もう少し高い難易度でも成功できるか実験のため、今度はもっと遠くに的を設置して見せた。驚くべきことに、今度は一発で命中させ――しつこいようだが、やはり少女は天才だ、青年はそう再確認させられた。
「……凄いな」
「いや、今日は風も穏やかだからな。色々な気候で、もっと言えば夜にも試してみないと、厳しいと思う」
ともかく、その日はそれで切りあげることになった。たったの七発しか撃っていないと言えばそれまでだが、青年が設置しに行き来するだけでも結構時間がかかるし、そもそもこの奥地を往復するだけでも時間がかかるのだ。
辺りはまだまだ明るいものの、日もかなり落ちてきている。屋根も無い車で、ポワカの能力で自動操縦で動いているのだが、道なき道を走っているので、風はなかなか冷たい上に乗り心地もそんなに良い訳ではないのだが、しかしそれでも辺りの景色がやはり綺麗で――少し奥まった所のおかげか、街で見るよりも色とりどりの葉を見ることが出来る。
そんな調子で、しばらく青年は流れる景色を楽しんでいた。そう言えば、少女と出会った日を思い出し――あの日は、見飽きた荒野を眺めながら、取りとめも無いことを色々と考えていたように思う。ふと少女の方を見ると、やはり青年と同じように、辺りの光景に心を弾ませているようで――いつぞや、あの西海岸で見た時のように、今度はソルダーボックスの木々を眺めているようだった。前を見れば、ポワカが一生懸命ジェームズに何かを話しかけている。誰とでも打ち解ける子だし、人懐っこいから、ジェームズがいくら無口でもあっても、所々楽しげに相槌を打っているのが、なんだか見ていて微笑ましかった。
「しかし、これを持ち運ぶの、大変じゃないか?」
青年は自分と少女の膝の上に乗っている銃身を眺めながら、前の座席に座っているポワカに尋ねた。
「ちっちっち……ネッドはヘッポコだから知らないかもですけど、銃ってのは分解して組み立て直せるのが普通デス。というか、そうじゃないとメンテ出来ないデスからね……だから、狙撃ポイントまではバラして鞄に入れて持っていけばいいんデスよ」
緑髪の少女が、なかなか意地の悪い笑顔で振り返ってきた。それに少々かちん、ときたものの、どうやら運ぶ問題は解決されたようなので、吉とすることにした。
「でもまぁ、狙撃自体はいけそうだな」
青年が横を見ると、隣の少女の方は膝上の銃を見つめていた。
「それは、気が早いって……さっきも言ったけど、もうちょっと色々な条件下で練習してみないとな。本番は、どうなるか分からないから」
確かに、今日の条件下では易しかったのかもしれない。それでも、すぐさま命中させた少女の腕前を鑑みれば、別の条件下でも問題なく当てられそうである――しかし逆を言えば、ネイによる狙撃が暗殺の第一候補になる、ということでもある。そう考えれば、これが果たして正解なのか、それは青年にも分からなかった。
「……アタシは、大丈夫だよ」
恐らく、青年の心中を察したのだろう、少女の頬笑みは、自分を安心させるような優しさがあった。
「っかー! まったく、ゴチソーサマデスよ……」
こちらをずっと見ていたのだろう、ポワカは大げさに右手を振って、前を向いてしまった。ジェームズは、ずっと無言で、今どんな表情をしているのかも、青年には分からなかった。
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