16-4
また別の日、今度は黄昏時のことだった。メンテナンスという事らしく、現在平原の真っ只中に、巨大な蒸気兵士が膝をつく形で大地に鎮座している。最初見た時、青年はカッコよさに惚れ惚れしたのだが、ずっと眺めていても仕方ないし、やっと肩も治ったので、師匠の言伝通りに久々に演武をすることにした。
「ふむ。なかなか上手いアル……それ、八極拳アルね」
やっていると、クーが声をかけてきた。
「はぁ、ハッキョクケン、ねぇ」
青年は拳法の流派など知らずにやっていたので、間抜けなイントネーションで返事を返すしか無かった。
「なんだ、知らないでやってたアルか?」
「まぁ、師匠に教えられて、繰り返すよう言われてただけだからな」
「ほっ、なんか意外アル。ずぼらそうな割に、マジメな所があるのね」
「はっ、言っとけよ」
もっとも、クーの指摘は的確で、普段だったら三日坊主で終わっていただろう。
「……師匠に言われたからな。毎日やるようにって」
そう、ダンバーに言われたからこそ、青年も続けられているのだ。
「成程。良いお師匠さんみたいね」
「あぁ。正直、真面目に尊敬している」
青年は普段はあまりこう言う事を言える性格でもないのだが、実際に尊敬しているし、何よりダンバー本人がこの場にいないので、恥ずかしくもない。青年が素直な気持ちを吐露すると、クーも笑顔を返してくれた。
そして一通り演武が終わり、脱いでいた上着を肩にかけて――肌寒くなってきているが、今は体が温まっているので、袖を通すには暑い――まず、ポワカの方を見てみた。どうやら、まだ整備の途中のようで、機械人形たちに、あれこれと指示を出しているというか、何かお願いをしているようである。そして改めて、青年はこちらを観察していたクーに向き直った。
「そう言えば、お前はどこまで知ってるんだ?」
「お前らの使う言語には、目的語という素晴らしい考え方があるアル」
「あぁ、悪かったよ……彼らの目的とか、そういうのさ。前に一回博士から聞いたが、それも十年前だろ?」
クーはふむ、と頷き「ジェニーと博士には話したんだけど」と前置きをしてから話し始めた。
「端的に言っちゃえば、永遠の王国、ミレニオンの建設。これは十年前から、いいえ、ずっと前から変わらない、彼らの目標」
「そう、それだよ、そのミレニオンって奴。なんだかふんわりしてて、イメージがつかないんだよな……それが、もし良い物だってんだったら、別に俺たちが暗殺なんかしなくてもいいんじゃないかって」
そこには、青年の色々な想いが含まれていた。もし十年の時で、彼らの考え方が変わっているのならば――師匠の目指す様な世界を建設しようというのであれば――それはそれでいいのかもしれないし、やはり暗殺に加担するのも気が引ける。そういう思いを
「成程……確かに、物騒なことをしようっていうのに、相手の事が分かってなかったらアレよね」
「あぁ。ただ、お前さんやヴァンが倒そうとしてるんだ、碌でもない集団なんだろうが……」
「いいえ、立場が変われば見方も変わる。自分たちの事を碌でもないと思っていないから、彼らは存在しているのだから……私が知ってる範囲だけど、というより、グラント様から効いた範囲だけど、あの人は一応祈士だから、かなり深い所まで知れているはずよ。ハッキリ言って、貴方が言った通り……ミレニオンはふんわりとした目標みたい。もっと言えば、どういう国にしたいか、なんてうのは、本当は構成員の数だけ存在する訳だから……一応、聖典の記述通りに、聖典の神を信じる者が、審判の日に勝利する、それだけは共通しているのだけれど……」
自分でも話がしどろもどろになっているのを感じたのだろう、クーはそこで一旦話を切って、息を吸い、一つ思案してから、続きを話しだす。
「……例えば、スコットビル。彼の目標は、資本の拡大よ。アナタ、知ってる? 旧大陸の列強国は、今現在どんどん植民地を拡大していっている……だから、列強に負けない国力を付けるのが、彼の目的」
聞いたことはあった。旧宗主国を筆頭に、世界中を植民地分割していると。この国も世界規模で見たら先進国だが、先の戦争で随分海外進出には後れを取ってしまったのである。
「なんだか、それだけ聞くと、良いことをしているように聞こえるんだが……」
「問題は、やり方よ。海外列強は、輝石と術式のノウハウを持っていないから……そこに、付け入る隙があるわけね」
「ふぅん、成程……」
適当に相槌を打った後に、青年はそれが物騒であることに気付いた。基本的に輝石を使った術式も、もっといえばエヴァンジェリンズや、師匠が運ばれた、マリアが関与していた施設など考えれば――。
「て、ちょっと待て、それってつまり……」
「そ、最終的な目標は、旧宗主国まで含めて支配しようって言うのが、彼の……いいえ、ここは彼らの総意ね。そしてそのためには、大量の燃料……つまり、輝石が必要になる訳だから。海外進出しちゃえば、その先は征服する土地の人々の魂で生成すればいい。でも、それまでは……」
「……この大陸のマイノリティを血染めにしようってことか?」
「そういうこと……勿論、ワタシはマイノリティ側だから、指をくわえて待っている訳にはいかなかった。それにもっと言えば、単純にマイノリティが目に付きやすいだけで、実際の標的は見境は無いわ」
だって、国民戦争が――そう、その通りである。
「彼らの考えは、永遠の王国が出来れば勝利。そこに至るまでの道は、貴き犠牲なわけだから、問題ない訳ね。グラント様は、それを吉としていない訳」
それならば師匠が納得しなかったのも頷ける話だ。彼らの考えでは、聖典の信徒以外はどうなっても構わない訳だし、そこに至るまでの過程も大問題。ともなれば、如何に日陰者の事なかれ主義者の青年であっても、流石に黙っている訳にもいくまい。
もっと言えば単純に、結局仲間のために――少女のために、やるしかないのだ。
「成程な。そういうヤツが相手なら、俺も多少は頑張らざるを得ないな」
「何デスか、その武器を持った奴が相手なら、みたいな言いまわしは」
青年が腕を組んで、クーの話を呑みこもうとしていた時、背後からツッコミが入れられた。振り返ると、呆れた顔でポワカがこちらを見つめていた。
「お、ポワカ、整備は終わったのか?」
「はい、ただいま終わったデス!」
呆れ顔を一転させ、屈託のない笑顔で、ポワカは両腕を上げて元気に叫んだ。こういう所は年相応で、なかなかに可愛らしい、青年はそう思った。
「しかし、俺は専門外だから分からないが……あんなデカブツを整備できるなんて、お前さんやるなぁ」
「デスデス! ボクは可憐で天才デスから!」
一瞬、このまま調子に乗らせておくものか、とも思ったのだが、恐らくそれは相手も想定済みだ。ここは、切り口を変えるのも面白いかもしれない。
「そうだなぁ……お前はホントに凄い奴だよ、ポワカ」
「な、なんデスか? 急に……」
青年がしみじみとした調子で言うと、やはり予想外の返しだったのだろう、ポワカは後ずさりし始めた。
「いや、マジでさ。俺がお前の歳位の時なんか、鼻垂れ小僧でさ、そんなのとは全然比べ物にならないって言うか……」
「や、止めるデス! オメーにそういうふうに言われると、なんだか気色わり―デス!」
目論見は成功したのだろう、ポワカは自分の身を両腕で抱きながら、いやいやと首を振っている。青年はそれを見て、なかなかに楽しい気持ちになった。
「まぁ、あんまり調子に乗ったことを言うとだな、お兄さんがこうやって……」
「あ、ボク、ネーチャンと歌の練習があるんデス! それじゃ、あんまクーネーチャンを困らせるんじゃねーデスよ?」
青年が渾身の得意顔で嗜めようとした瞬間、ポワカは笑顔で去って行ってしまった。それと同時に巨兵は何やらいかつい掘削機を――ドリルというらしいのだが――使って、地面に潜って行ってしまった。
「……なんか、俺の扱いって、酷いよな」
「何言ってるアル。そういう風に扱って欲しいくせに」
クーからのフォローが入り、風が吹き抜けていった。
再び星空の下、以前より豪勢になった月下の演奏会が始まった。即席ながらも一週間ほど練習したおかげか、それなりのものになっている。何よりも、みんな楽しいのだろう、笑顔で――きっとそれが一番で、その気持ちは数少ない聴衆の青年にも伝わってきた。
一曲終わり、青年一人が惜しみない拍手を送った。博士は手を叩く代わりに、満足げに首を縦に振っている。
「……自分で言うのも何かもデスけど、これ、お金取れるんじゃないデスか?」
自分でも良い感触があるのだろう、ポワカがキョロキョロと周りを見ながら言った。
「いやぁ、ポワカの嬢ちゃん、さすがにまだ無理ってもんだぜ」
「えー? なかなかイイと思うんデスけど……」
「まぁ、まだって話さ。お前さんもクーもなかなか上達が早い。続けていけば、おひねり貰える芸になるかもな」
「そっかぁ、続けていけば、デスか……」
ポワカの一言に、なんだか全員がしんみりしてしまった。きっと、同じようなことを考えたのだろう。今の様な時が続く、そんな未来を。
「ね、ねぇねぇ皆さん? もし、ちゃーんと悪い奴らをぶっ飛ばしてデスね? それで、ボク達が悪いことしてないって証明して、そしたら……その後は、どうするデスか?」
「うーん、そうですね……」
まず声を上げたのはジェニーだった。コイツも、きっとこの時間は結構気に入っているはずだ。
「……まずは、彼らの所業を調べ上げて、公表しなければなりませんよね。まぁ、グラントが居れば話は早いでしょうけど……」
「そ、それが終わったら?」
ジェニーだって、ポワカの願いは分かっているのだろう、それでもアイツは生半可な優しさが、返って残酷だということも承知している。
「以前のように、ブッカーとお金稼ぎに戻りますよ。旅の劇団では、日銭しか稼げませんから」
「そ、そうデスか……」
もちろん、優しい言い方だったのだが、やはりポワカは少々しゅん、としてしまう。しかしすぐに気を取り直して、次の標的へと移った。
「く、クーネーチャンはどうするデスか?」
「うーん、そうアルねぇ……まぁ、ワタシはグラント様次第って所アル」
口元に指をあて、考え込むようなポーズをとって、クーは続ける。
「ただ、あの人も事後処理に追われるでしょうし、その後も暇じゃないでしょうから……」
「うぅ……そうデスか……」
ポワカは若干泣きそうになりながらも――既に別れを意識するのも気が早いが――しかしまだ諦めず、最後の本命へと移ってきた。
「ネーチャンは、どうするデス?」
「アタシは……そうだなぁ……」
そこで区切って、少女は青年の方を見てきた。実際、彼女自身には、彼らを倒した跡には目標は無いだろうし、また自分にも特別に何かある訳ではない。
「うん、そんなに寂しいなら、お兄さんが傍にいてやってもいいぞ?」
「キモっ!? ヒモヤローはいらねぇデス!」
青年は優しく声をかけたはずなのに、ポワカに気持ち悪がられてしまった。
「おいおい、そんな風に言うもんじゃないぞ? コイツだって、役に立つんだから……」
なんだか含みのある言いまわしだったが、ネイがフォローを入れてくれた。
「むぅ……ま、ネーチャンのオマケとして、テメーの随伴も許さなくもねーデス」
「おうアーパー、随分な言い草だなコイツめ!」
ポワカの流し眼が癪だったので、青年は近づき、後ろから軽く抱きしめて、頭を掴んでワシャワシャと撫でまわした。
「うわ、やめ、やめるデス!? やーめーてー!?」
口では嫌そうにしているが、声色は満更でもない。この子は結構甘えたがりなので、こういうのも結構好きなのかも知れない。
「ま、ともかくさ……俺もネイも、別段やりたいことがあるわけでもないし、博士やポワカと一緒にって言うのも、悪くないかもな」
「ほ、ホントデス!?」
青年を見上げるポワカの顔には喜びの色が見えた。
「あぁ……ネイ、いいだろ?」
「うん、そうだな。ポワカと博士と一緒なら、楽しそうだ」
「デスデス! 絶対損はさせねーデス!」
青年の腕の内から駆けだして、ポワカはネイの前でくるりと周った。
「まぁ、一か所に居てくれた方が、会いに行く時には楽でいいですね」
ジェニーがわざとらしく、思案するように言ってきた。こいつだって、この集まりが無くなるのは寂しいと思っているのだろうから、終わった後だって会える風にしたいのだろう。
「しかし、あの大草原に住むのか? もうちょっと、利便性がある所の方が……」
「あら、それならもう少し都会に引っ越したらどうですか? こんな立場に立たされたのです、グラントの奴からたっくさん慰謝料をふんだくって……」
そこで、ジェニーが唐突にはっとした表情になった。
「そうか! その手があったか! これで万年金欠生活ともおさらばやでぇ……ふひひ」
いい歳こいた女がふひひはどうなのか、青年はそう思ったのだが、あまりとやかく言わないでおくことにした。
「しかし、機械人形たちがおるからなぁ……人目に着くと、不振がられるぞい」
「あぁ、それは確かにデス……うーん……」
博士の一言に、ポワカが少し考え込んで、しかしすぐにパッと顔を上げた。
「それこそ、旅の一座になるのもおもしろそーデス! ネッドが座長をやれば、怪しがられないでしょうし」
「お、俺!?」
「デスデス! 正直、ネイティブのボクが下手に生活になじむよりは、旅芸人としてなら怪しまれないですし! それにボクの友達に楽器でも演奏させれば、それこそ拍手大喝采まちがいねーデス!」
成程、なかなか悪くない案かもしれない。ポワカの機械人形たちによる楽器の演奏、それに二人の少女の歌や踊りで稼ぐ、なかなか評判になりそうだ。
「いやぁ、前にネーチャンからWWCの話は聞いていて、興味はあったんデスよねぇ……うん、良い考えデス!」
「ちょ、勝手に決めないでくれよ。アタシは、見せものには……」
少女は青年に困ったような顔を向けてきた。きっと以前、遠くに行ってしまうようで嫌だ、と言ったことを覚えていてくれたのだろう。それ自体は嬉しかったのだが、今回は事情が別なので、青年は首を振ることにした。
「いや、いいんじゃないかな?」
「あ、あれ? いいのか?」
「あぁ。君を他の誰かにに持ってかれちゃうわけじゃないしな」
「ちょっ……!?」
少女の顔が一瞬で赤くなり――青年もしまったと思った。つい勢いで思ったことを言ってしまったのだが――案の定、周りのみんなが凄くイイ顔をしていた。
しかし、和やかな雰囲気を、憎まれ役を買ってくれたのだろう、クーが咳払いを一つして、真面目な表情になった。
「まぁ、今は目の前のことに集中しないと……大変な仕事なんだから、浮ついた気持ちじゃ危ないわ」
そう、言い方こそ遠回しだったが――ハッキリ、この中の全員が生きて帰れる保証など無いのだ。あまり未来に期待して――というのも、返って残酷になるかもしれない。
「でも、せっかく練習したんだし、たまにこうやって、アナタ達のパレードに参加するのもいいかもしれないアル」
しかし、この女はポワカをしょんぼりさせては終わらない、しっかりとフォローを入れられる女でもある。
「ほ、ホントです!?」
「えぇ、ホントホント。ジェニーもブッカーも、おんなじように思っているアルよ……ね?」
クーが振り返ると、いましがた名前を上げられた二人が頷いた。
「わぁ……! それじゃ、劇団の名前を考えなくちゃデス! うーん……なにかこう、ナウでヤングなイカした名前を……」
若い割にアレな言葉を使いながら、ポワカがうんうんと唸った挙句、困ったような顔のまま青年の方へ向き直ってきた。
「……こういうのは、座長の仕事デスよね?」
「は、はぁ? 俺に考えろってのか?」
「デス!」
唐突に振られても、そんな風に
「いや、お前の独特なネーミングセンスを、今こそフル活用するべき時だろ?」
「ボクのセンスは、どっちかっていうと煽り専用デスからねぇ……」
どうやら、その辺りは自覚していたらしい、自分の悪い所を素直に認める、まったくこの子はイイ子だった。
「ともかくネッド、考えておいてくださいよ?」
ポワカはそう言い残して、青年の前から離れて行った。後は各々散って、寝る準備をすることになった。
眠るときは、男性陣が外、女性陣が馬車の中という振り分けになっている。とりわけ、博士が寝ずにすむ体なのは、失礼ながらに幸いであった。おかげで、寝ずの番を博士が一手に引き受けてくれていたのだ。
しかし、それももうすぐ終わりである。明日にはライトストーンに到着する。もしかすると、この楽しい時は今日で終わりなのかもしれない――普段は日中、ほぼずっと青年が運転しているので、我先に眠くなるのだが、今夜はそんなことを考えると、なんだかすぐに眠れなかった。
「……? どこへ行くのだ?」
「いや、ちょっと気分転換にね……」
「ふむ……まぁ大丈夫だとは思うが、何が起こるかも分からんからな。あまり遠くには行くなよ?」
「あぁ、分かってるよ」
そう言い残し、青年は夜空を背景に、一人馬車から離れて行った。
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