幕間


「……まったく、手のかかる娘だ」


 瞑っていた片目を開けて、ウィリアム・J・コグバーンがニヤリと笑った。


「……どういうことだ?」

「ま、おいおい分かるって……」

「いつまでも煙に巻くんじゃないよ。私は気が短いんだ」


 ジーン・マクダウェルはいらだたしげに男に問うた。それが可笑しいのか、隣の女性がはくすくすと笑っている。


「まぁまぁ、ジーン。こんな所に来てまで時間を気にすることも無いわ」

「あのなぁ……私が怒っているのはそういうことじゃない。お前はいいさ、マリア。このオッサンともそう長い付き合いなわけでもないからな……いや、そもそも私はどれくらいの期間、ここにいるんだ?」


 近くに居る二人に同時に聞いたのだが、まず男の方が肩をすくめて笑った。


「さぁってな……ここは朝も無ければ夜も無い。仮に日時が分かるとしても、数えるのだって面倒さな」


 コグバーンは飄々とした調子で、ジーンの質問をひらりとかわしてしまった。


「……私がリサに殺されたのは、七月の終わりだったわ。貴女は?」


 マリアは急に真面目な調子に変わった。しかし、敢えてネイに殺されたと言わない辺りがコイツらしい。


「……私は、三月中だったな。それじゃともかく、私は四カ月はこのオッサンと二人っきりだった訳だ」

「いやいや、あっちにもそっちにもいっぱいいるじゃねえぇか」


 コグバーンはまず後ろを指し――そこには、未だに虚ろな目で何かを探している女性が一人、そして次に指した方は、やはり長蛇の列だった。


「……あの列は、冥土に行く順番待ちだったってわけね」


 合流してからマリアが話してくれたことだったのだが、ここは単純に言えば魂の行きつく場所、厳密に言えばその一歩手前らしい。そして何の迷いも無く列を進んで行けば、後は魂の集合体――以前ジーンが孤児院で聞かされた神の様な、しかし明らかに違う、大いなる意思と一体になるとのことだった。

 自分が自分で無くなるということに違和感はあるものの、この場所、もっと言えばその先に行くことには、ジーンは不思議と不安を感じていなかった。きっと、あそこがあるべき場所なのだ――そう思うと、ここで管を巻いている自分たちは、明らかに異質な存在だった。


 そんな風にジーンが思っていると、男の茶化したような笑みが飛んできた。


「そういうこと……ちなみに俺がネイに見送られたのが今から五年前。いやぁ、オジサンは寂しかったぞぉ」

「はぁ……オジサンなんてたまじゃないだろ? クソジジイがイイところだ……いや、そんなことはいい。なんでお前は私やマリアが来るのを知っていたか、それはそろそろ話してくれ」


 ふざけた男だ、この質問を何度したか分からない――しかしようやっと、文字通り重い腰を上げて立ちあがり、残った一つの強い目で、男はジーン・マクダウェルをい抜いてきた。


「死ぬ時に、視えたんだよ。先に起こることが、ある程度な」

「……どういうことだ?」


 次に男は自らの目を指さし、口を開く。


「俺の能力、此方からの少数報告【マイノリティリポート】は、見通す能力……元々は近い未来だけしか見えなかったんだがな」


 成程、南軍の猛将ウィリアム・J・コグバーン大佐が、何故銃弾の飛び交う戦場のど真ん中で戦い続けられたのか、これで疑問が氷解した――いや、実際ジーン自身はそんなことを気にとめたことも無かった訳だが、ともかくそういう種だったらしかった。


「そんでまぁ、その力が最後に発動した瞬間な。ネイと手を繋いだ瞬間、あの子の未来が視えたんだ。あの子にとって決定的な瞬間が、あの子が誰かにその右手で触れた瞬間が、そのうちの何個かに、お前さんとマリアの姿があったんだよ」

「……私がここに送られてきた、その先も、貴方は視ているんですか?」


 疑問の声はマリアの方から上がった。


「あぁ……何個か、な。最後に見た光景でも、別にネイが大人になってるって感じでも無かったし……そうだな、お前さんたちとあの子が再会した時と、そんなに時間は経っていないはずだ」


 ともなれば、長く見てもここ一年、下手をすれば数カ月先までの、ネイの行く末をこの男は知っていることになる。


「……端的に聞くぞ? まだ私たちみたいに、ここに送られてくる奴、いるのか?」


 ジーンの疑問に、コグバーンは首を縦にも横にも振らず、ただ黙っていた。


「おい、ここまできてダンマリだなんてあんまりだろ? いい加減……」

「二回だ」


 こちらの悪態に、ただ短く男は応えた。


「……つまり、後二人、ここに送られてくる奴が居るってことなんだな」

「さぁな……今度ばっかりは真面目に言っているんだ。いや、俺はいつでも真面目だがな……ともかく、ここに来るかどうか、確定的なことは言えんってことさ」

「はぁ? だって、あの子の能力は……」

「死を操る、ねぇ……」


 南軍の猛将は、けだるそうに後頭部を掻きながら答えた。


「それは、お前さんたちが、ひいてはあの子自身が、勝手に思い込んでいるこったろうよ。俺はあの子の本質が、そんなものだとはどうしても思えねぇんだよな」


 男の言葉に、親友がゆっくりと、しかし深く頷いた。


 魂の本質。ここに来て初めて知らされた言葉だった。それを聞いた時、利己的に活きてきた自分の本質は「手前勝手」とかだろう、と自分で自分を笑った物だったが、マリアやコグバーンに言わせると自分の本質は全然別モノらしい。


『……だって、あの子の事が心配でここに居る貴女が、どうして利己的だなんて言えるんでしょう?』


 これはマリアの言葉だったが――別にネイの心配をしてここに留まった訳でもないし、この胡散臭い男に引きとめられたからなんとなしに居るだけなのだが――いや、自分のことはとりあえずどうでもいい。どうせ死んでしまった身なのだから。


「それじゃ、お前さんたちはあの子の本質とやらをなんだと……いや、話がそれたな。ともかく、あの子がどんな奴の手を握るのか、話して……」


 そこまで言った瞬間、ジーン・マクダウェルはイヤな感じがした。あの子は、進んで誰かの手を握ることは絶対にしないだろう――そうせざるを得ない状況、それは、自分たちがここに送られてきたのと、同じような状況なのではないか。


「……ウィリアム・J・コグバーン。まさか、あの子が手を握る相手ってのは……」


 ジーンの言葉に、ただ男は頷くのみだった。

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