幕間

???


 マクシミリアンが辿り着いた時には、そこは既に焦土と化していた。先住民の巨大な集落は完全な更地になり、辺りには老若男女問わず、多くの亡きがらが転がったままになっている。そして未だに燻る煙の中央で、白衣の片眼鏡の男が、ただ大勢の機械人形の中心に立っていた。


「……来たかね、グラント大尉」


 こちらの来訪に気付いたらしい、ウェスティングスがゆっくりと振り向き、青年を見てくる。


「君に任せておくと手ぬるいからねぇ……最初から吾輩一人でやれば、この前の原住民だって……はて、なんていう部族だったかな?」

「彼らはカミーヌ族、そして貴様がたった今虐殺したのは、コマンティ族だ」

「あぁ、そんな名前だったねぇ……いかん、吾輩、興味がない物はとことん覚えない性質なのだ」

「科学者たる身でありながら、健忘症とは、全く救えんな」


 青年は、ただ吐き捨てるように言った。

 だが、本当は心中穏やかな訳ではない――青年は別段、先住民に対して特別に好意的な感情を抱いている訳ではない。しかし、同時にここまで滅ぼすべき物でも無いと思っている。

 だがそれ故に、自らの手を血に染めに行くのである。他の任せると、倫理も何も無いのだ。バッファローの群れでも狩るような、一方的なジェノサイド――それを少しでも食い止めるためには、自分が率先して闘うしかないのである。


(――だが、それももう少しだ)


 実際、この国の暗部を倒せたとて、哀しいかな、先住民に対する民族浄化の動きは恐らく止まることは無い。この男やリサの様な白人至上主義者は、西部南部北部問わずにどこにでもいる。問題は、その社会の流れを利用して、必要以上の殺戮が行われていること――その流れはいずれ先住民だけでなく他のマイノリティへと波及していき、大陸の外へと伝播していき――最後には血染めの道で辿り着く、見せかけの楽園が完成する。そういう計画なのだ。何にしても、それだけは防がなければならない。


 先ほどから黙っていたウェスティングスが――こちらの皮肉にどう返そうか考えてでもいたのだろうか――青年と同じくらい憎々しげに口を開いた。


「……何にしても、今回の件は報告させてもらうよ」

「賞金稼ぎ風情に後れを取ったことを、わざわざ自供するのか?」


 当然、そんなことではないのは青年も分かっていた。だが、単純で詰まらない目の前の男は、こちらの皮肉を額面通りに受け取ったようで、歳に似合わず癇癪を起している。


「そんな訳が無かろうが! 貴様がネイティブの討伐に手を抜いていたこと、あと勝手に奴らに賞金をかけたことをだッ!!」

「……勝手にするがいい」


 こうなると、あまり自由に動けなくなるだろう。だが報告されなくとも、既にリサにはかなり警戒されている。そのためにこの男をわざわざ助けたのだ――先住民に温情をかけ、ネイ・S・コグバーンとブラウン博士を引き合わせ、その上賞金をかけて彼らを敢えて衆人の目に晒すことにより、《彼ら》が手を出しにくくすると同時に、《彼ら》と戦わざるを得ないように仕向ける――その上で更にこの男を救いもせずに静観していたならば、完全なる裏切り者として身動きが取れなくなるどころか、この身が粛清されていてもおかしくない。単純にもう少しだけ、この忌まわしき黙示録の祈士という役職に甘んじ、獅子身中の虫として行動する必要がある。

 何よりネルガルという、この男の最大戦力は潰すことに成功したのだ。だから、この男の命を救った所で、おつりが――。


(……あの場でこの男を救わなければ、この惨状は無かったのだな)


 冷静に考えれば、当たり前のことだった。機械兵士が自分やブラウン博士たちには脅威でなくとも、先住民を一方的に滅ぼせる力はある。《彼ら》を倒すと言う目標に囚われ、自分は救えたかもしれない命を散らした――自らの策のせいで、関係のない多くの命が奪われる結果となってしまった。そう思うと、自分が目先の利益のために恐ろしい過ちを犯してしまった気になる。

 だが、軟弱な所を見せる訳にもいかない。毅然とした態度で、目の前の男と対峙するのみである。丁度、機械兵士が様々な機器を運び込んで建設している所のようで、ウェスティングス自身も何やら機械を操作していた。


「ともかく……これからは青の祈士が貴様の監視にあたる。良かったなぁ、美人と一緒だぞ?」

「……私は、人の美しさは外面では無いと思っている」

「はん! そんなことを言うのは、逆に意識している証拠だろうよ……既に近くまで来ているはずだ」


 忌々しげにウェスティングスは吐き捨て、機器を操作するのに戻ったのと同時に、焔で赤く染まっている大空の海を黒い魚――飛行船ブラックノアが、東の方から飛んでくるのが見えた。






「使い道があるっていうのは、こういうことだったのかしら?」


 水色と白を基調にした見目麗しい乙女が、青年の横から声をかけてきた。


「……失踪していたブラウン博士を見つけ出したのだ、役に立っただろう?」

「それで? 逃げられたら意味が無いわよね?」


 リサは座ったまま、笑顔で青年を見ている。それは、どこまでも残虐で、無邪気で、美しい笑顔だった。


「……私一人では、奴らに敵わぬと判断したまでだ」


 実際ヴァンの実力は、恐らく全力のネイとイイ勝負と言った所であるし――何より、博士の二足歩行型蒸気巨兵を倒す術がない。


「あら、冷静って褒めてあげるべきなのかしら? よわっちいって蔑んであげるべきなのかしら……」


 言う通り、この女ならあの場の全員を壊すことも不可能では無かっただろう。祈士の序列は聖典に合わせて白、赤、黒、蒼の順番になっていて、青年は赤を担っているが、これは実力の順番になっているわけではない。ネルガル無きウェスティングスならば青年も御すことが可能だが、赤と黒の祈士と、残りの二人には凄まじい程の実力差がある。

 

「ところで……貴方は何故ブラウン博士がここに居るって知っていたの?」


 実はもともと、死別する前に青年が自らの師匠、パイク・ダンバーに知らされていたことである。だが、それを素直に言う必要も無い。


「……部下からの情報だ。グラスランズの大草原に、機械に囲まれて生活するネイティブが居ると」

「ふぅん……ま、いいわ。そういうことにしといてあげる……ともかく、お姉さまのには白の祈士が向かったから」

「……何!?」


 驚きで、青年はつい勢いよく立ち上がってしまった。それが可笑しかったのか、むしろ狙っていたのだろう、リサはただ意地の悪そうな笑顔をこちらにむけるのみである。


「ふふっ……そんなに慌てて、都合の悪いことでもあるの?」

「いや……」


 しかしそうなると、自身の計画に大きく支障が出る可能性がある。自分が動けなくなることを想定して、すでに自らの腹心は所定の場所へ送っているのだが――下手をすれば、計画が水泡へ帰す可能性がある。


(……頼むぞ、クー)


 目を瞑り、少し祈ってから再び目を開けると、その先では白衣の男が設置の終わった機器を操作していた。完成された機材はちょうどステージ一つ分くらいの大きさで、中央にはやはり巨大な輝石がはめ込まれている。

 まるでゴミでも扱うかのように、機械兵士たちが一か所に死体を積み上げている。丁度、入植者たちへの復讐のためコマンティ族が集まり、一斉蜂起を始めようとしていたのだ――そこを、逆に利用された形になってしまった訳であった。


 全ての準備が終わり、博士が一つのボタンを押した。機械が激しく揺れ動き始めると、輝石の部分から光が照射され、そのまま屍の山へとあてがわれる。そしてその後、辺りにまばゆい光が走ったと思うと、直後、死体の山は機材に積まれている物よりも巨大な輝石へと変化した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る