12-2


 ◆


「随分と手こずっておるようだね? マクシミリアン・グラントの私兵は、かなりのつわもの揃いと聞いていたが……」


 白衣を纏った片眼鏡の中年が、マクシミリアンの後ろから下卑た声で話しかけてきた。


「……逆だ、黒の祈士。私の兵は錬度が高く、士気も高い。それ故に、無駄な殺しは好まない」


 この男に任せていたのでは、ネイティブの部落が焦土と化す。それはマクシミリアンにとっては、認められないものだった。それ故に、無理を言ってでも自分の部隊を先行させたのである。無駄な抵抗は無意味と悟って、早く逃げ出してくれれば――だが、白人たちが、征服者達が攻めてきたのだ、部族を護ろうと――しかしアレは、もっと原始的な欲求だ。家族を護ろうと、男たちは必死に抵抗している。

 何か、流れを変えるようなものが必要だ、そう考えていると、後ろから男の、また下卑た笑い声が聞こえた。


「ひっひっひ……勘違いしておるようだねグラント卿。むしろ、無駄な殺しこその望む所――しかもそれが異教の蛮族であるのならば、なおのこと都合が良いではないかね?」


 男の眼鏡が妖しく光っている。この男、楽しんでいるのだ。虐殺を待ち望んでいるのだ。しかし、それは青年にとっては忌むべき事態だった。


「……貴様は、ブラウン博士の足元にも及ばん。あの方がここにいらっしゃったら、さぞ我らのこの仕打ちを、嘆かれることだろうよ」


 しかし、マクシミリアンは言って後、悪手を打ってしまったことに気付いた――この男のいらぬプライドに火をつけてしまったのではないか。そして予想通り、男はわなわなと体を震わせている。


「わ、吾輩が……あのジジイに負けてる!? そんなことはありはしないッ!!」


 叫んで少し落ち着いたのか、ゆっくりと面を上げて、男が続けた。


「……兵を退かせたまえ、七光の坊や。元々これは吾輩の任務だったのだからね……この十年間で、吾輩はアイツを越えたんだ……吾輩があのジジイに勝っている所を証明してやる」


 そう、やはり悪手であった。しかし、この男は気付いていないのだ。青年が言ったのは技術や知識の面でなく、その人間性であることに。

 だが、これ以上時間稼ぎは出来なそうか――放っておけば、部下をこの男の兵器による攻撃に巻き込むことになる。彼らは、自身の無理に付いて来てくれている信頼できる部下たちだ。それを、失う訳にはいかない――青年は目を瞑り、部下に号令をかけようとした、その時だった。二人の立つ丘の上から、僅かに煙を上げてこちらへ向かってくる何かが見え始めたのは。


 ◆


 車が戦場へと近付き、青年にも状況が目視できるようになった。馬に跨った青い軍服たちとカミーヌ族の男たちとが争っている。

 戦況は明らかに、軍服達の方が勝っていて、野に伏し、倒れている者は先住民の方が多かった。それもそのはずで、ネイティブ達は初歩的な術式は扱えるものの、武器は弓矢やトマホークなのに対し、軍服達は武装も長身のライフルなど最新鋭で、更にどうやら幾人かは術式の心得もあるようだった。

 何より士気と錬度が高いのだろう、得てしてネイティブと白人との争いが起きると、白人側の一方的な攻撃――というより女子供を問わない虐殺が始まるものなのだが、見れば倒れているのは男ばかり。変な功名心や加虐心で暴れる野蛮な兵士ではなく、しっかり訓練された者たちのようだった。

 それでも、白人による一方的な攻撃という事には変わりなく、部族を護るために文字通り命がけで戦っているネイティブ達を見れば、このままいけば部族の存続が危ぶまれる程の打撃を受けるのは明らかだった。


 ポワカの友達、というだけあって、蒸気自動車と呼ばれた乗り物は意思があるように次第に減速し、青年も何時でも飛びだせるくらいの速度になった。少しでも身元をばらさないようにするために、勿論防御の意味も込めて、青年は顔に布をグルグル巻きにしている。ネイも同様に――とはいかないまでも、帽子で隠せる頭はさておき、とりあえず口元だけでも隠せるように、マスクのように顔の半分を布で覆っている。


 戦場の男たちが、皆こちらを見ている――きっと白人たちは、増援が来たと思ったのだろうし、ネイティブ達は敵が増えたと思ったに違いない。青年は少女に対して頷いた。少女も頷き返し、そして車上からの銃撃が行われた。その音を合図に青年は車から跳び出し、ベルトから数個のボビンを抜き出した。糸をすぐさま正面にいる三人の青服に対して伸ばして首に巻きつけ、電流を流し、そのまま気絶させた。青年の後ろ側で銃声が続いている。車を挟んで反対側で、少女が戦っているのだ。

 この場に居る者たちは、ただ二人を除いて呆気に取られていたようだが、軍服達は事態を把握したらしい、青年たちを取り囲んだ。勿論、これは青年の想定内であったし、強力な術者で無い限りには青年の能力は割と強力な部類なので、倒れている軍服を差し引いても、なお二十人以上残っている一個小隊を相手にしても、多分何とかなる――いや、実際二十人一気に相手にするのは厳しいことこの上ないのだが、ネイには別の役目を任せているから、やるしかないのだ。


「……貴様ら、何者だ!?」


 胸にいくつか勲章をぶら下げている、そこそこ歳のいったカイゼル髭の男が問いかけてきた。しかし、こうやって顔を隠しているのだから、曲者だとしか言いようが無い。というより、ここで名乗るのはハッキリ言って阿呆のすることである。

 軍服達が警戒している間に、青年は周りを見回した。誰か、言葉が通じる奴はいないか――そして、居た。以前に博士の屋敷に訪れたオリクトという男が、呆けた顔でこちらを見ていた。


「お前らは逃げろ! そいつに着いて行けッ!」


 そいつ、の部分で青年はネイを指して、すぐさま帯状の繊維を剣として右手に持ち、軍服達に突貫した。銃口が一斉に向けられ、そして同時に轟音が鳴り響く。青年の強化されている繊維に無数の弾丸が刺さり――成程、こいつらは狙撃の腕もいいらしい、だが噴出される靴からの蒸気を使って加速し、カイゼル髭を目掛けて右手の刃で切りつけた。単純に気絶させなかったのは、要は注意をこちらに引く為――袈裟に斬られた傷口から吹き出る鮮血と、士官がやられたという衝撃で、ネイティブ達より自身に攻撃の的を絞らせるためである。


「こ、この!」


 青年の狙いは的中したようで、軍服達の意識はこちらへと向いた。撃ち終わった後込め式の小銃を投げ捨て、ある者は回転拳銃でこちらを攻撃してき、またある者は帯刀したサーベルで切りつけてきた。しかし、顔まで何かしらの繊維で覆っている青年の防御力は、簡単に破れるものではない。勿論、衝撃自体は消せる訳では無いので、ダメージは蓄積されるものの、これならば青年が敵に繊維を巻き付け、そして相手の意識や行動の自由を奪う方が、自身が倒れるのよりも余程早く終われそうであった。


 一瞬だけ攻撃の手を緩め、後ろを見ると、ネイティブ達が少女に先導されてこの場を離れて行ってくれていた。後はこいつらを全員のして、後ろから追いかけるだけ――そう思っている矢先に、ネイティブ達が逃げている方と反対方向から、土煙をあげながら何かが急接近してきて――そして青年に向かって、何か円形の物を投げつけてきた。


「なっ……ぐぅ!?」


 高速で飛来するそれを、青年は両腕で受け止める。鈍い金属音が草原に響き、しかし青年の防御力を貫通する威力を持つ円盤状の物体――見れば、何か盾の様なものが凄まじい勢いで回転し、袖に刺さって――そして立っていることが敵わなくなり、青年は後方へと吹き飛ばされた。それと同時に、盾はまるで意思でも持っているかのように持ち主の方へと戻っていった。


「がっ……!」


 青年の体がうつ伏せになる形で地面に叩きつけられ、この隙を逃すはずも無く、青い軍服達が一斉に青年を取り囲み――。


「全隊、止まれ」


 しかし、それは颯爽と現れた男の一声で制された。見れば最近北部で流行っているとかいう二輪車――しかし、車体はかなり厳めしく、金属で覆われたボディに蒸気機関を搭載し、そして真っ赤に塗られていた――そんな乗り物が、上半身を起こしたばかりの青年の正面に止まっていた。


「……ヴァン! いや、マクシミリアン・グラント!!」


 青年の叫びを歯牙にもかけず、マクシミリアンは周りの、恐らく彼の部下を見回した。


「お前らは退け。この男の相手は私がやる」

「無視かよ!?」


 上官の命令に従って、男たちは怪我人を担ぎながら、グラントの来た方へと去り始める。しかし、事態はきっと悪化している――絶対なる一を相手にするよりは、有象無象を多数相手にする方が自分には向いているのだが――とにかく青年は抉られたコートの穴を能力で塞ぎながら立ち上がった。


「……お前が、ネイティブの民族浄化に関わってるとはな。ハッキリ言って見損なったぞ」


 これは、本心だった。別れていた五年間で何があったのかは分からない、もっと言えば本当にかつての親友なのかもわからないが――しかし、虐殺に加担するような男だとは思っていなかったし、思いたくもなかった。


 グラントは無感情な目で青年を見つめながら、ただ黙って部下が去っていくのを待っている。しかし、隙は無い。こちらが攻撃を始めたとして、きっとすぐさま帰り討ちにあってしまうような凄味があった。一応、この男とその他大勢を同時に相手にするよりは、まだ都合がいいのであるし、何より自分はあくまでも囮なのだ。無視されるのは癪な物の、青年も何も言わずにただ男を睨んでいた。


「もういいぞ、ネッド・アークライト。その不格好な顔の布を外せ」


 部下たちが遠くに離れたのを確認して、グラントが静かに言った。


「へっ……正体が割れてるっつうなら、こんな息苦しいもん付けてる理由も無いわな」


 言われた通りに顔の繊維を取り外し、青年は再び男と対峙した。


「……これで最後にする。お前は、ヴァンなんだろ?」


 青年の言葉をまたしても無視して、グラントは青年の後ろにある蒸気自動車を見つめている。


「……どうやら、ブラウン博士との接触には成功したようだな」

「おい! また無視かよ!?」

「貴様の質問に応える義理が無いだけだ」


 グラントは冷たく言い放ち、二輪から下りて、改めて青年の方へと向き直った。


「貴様の役目は終わった」

「……なんだと?」

「だから、貴様の役目は終わったと言っているんだ。ネイ・S・コグバーン、トーマス・ブラウン、ポワカ・ブラウン、ブッカー・フリーマン……ジェニファー・F・キングスフィールドは、まぁ数に入れてもいいだろう。だが貴様では何の役にも立たん」


 そう言われて、青年の心には様々な感情が一気に湧いてきた。失意、納得――もっと言えば、この男が何を狙っているのか、何を考えているのか分からない困惑。だが一番大きかったのは、怒りだった。


「クソ野郎! お前、黙示録の四牧師とかいう恥ずかしい肩書のせいで、調子に乗ってるんじゃないのかッ!?」


 青年の挑発に、グラントの肩が僅かに動いた。目にも、僅かに生気が――感情が籠ってくれた気がする。


「……おっ? なんだ? スカした面して、そんなことで怒っちゃうのか?」

「弱い犬ほどよく吠えるとは、まさしくこのことか……」


 すぐさま先ほどの冷たい目に戻ってしまった。というより、呆れられたと言った方が正確なのだろう。実際、青年もそこまで愚かでは無い――あの化け物、リサを牽制して見せる程の実力はあるのだ、この男が自分などより数段上なことは重々承知しているつもりであった。


 それでも、納得できなかったのだ。かつての親友が、訳の分からない組織に身を置いて、一方的な暴力に加担していたことが。他にも、もっとどす黒い感情で、単純に、嫉妬――かつてはあんなに弱気だったのに、いつの間にか自分より余程やるようになったこの男に対しての羨望もあった。しかし何よりも――。


「……テメェの面、気にいらねぇな……その、なんでも分かってますよ、みたいな面がよ……」


 自分だけ、事情が分かっていないかのような疎外感が、一番青年の気に障っていた。

 

「そうだ。私は、お前よりは遥かに色々知っている。しかし、お前が知る必要などない。今までのように、小悪党を掴まえて生きていけばいい。それがお前にお似合いだ」

「……黙れよ」


 自然と、声が出る。なんだか、こんな光景を知っているような――そうだ、あの、ひと月前の舞台だ。


「力も無い、血脈も無い、使命も無い。お前は、偶然ここに居るだけだ。そんなお前にこれ以上進む権利など無い」

(その通りだよ。だけどな……ッ!)


 否定できる所は無かった。コイツの言う通りだ。しかし、それでも納得できないことはある。あの時の少女は、きっと今の自分と同じ気持ちだったに違いない。


「私の部下を攻撃したことは、不問にしよう。見逃してやる……さぁ、どこへなりとでも消えろ」

「……消えるのはお前だッ!!」


 青年は繊維で紡いだ刃を握り、青い軍服を目掛けて駆けだした。そして、振り下ろす――しかし、あの時の劇の様にはいかず、鈍い金属音が響いて終わった。グラントが左腕に付けたラウンドシールドで、青年の一撃を防いだのだ。


「聞こえなかったのか、ネッド・アークライト。見逃してやると言ったのだ」

「ウルサイ黙れッ!!」


 刃をほどき、その繊維をそのまま男に巻きつけようとするが、その前に風を薙ぐ音が――グラントの蹴りが青年の腹部に刺さった。


「がはっ!?」


 先ほど同様、青年は吹き飛び、地面に叩きつけられ、しかし体の痛みよりも怒りが勝っている、再びすぐに立ち上がった。


「……最後の警告だ。今なら……」

「お前の指図は受けん! こうなったらテメェをぶっ飛ばさなきゃ、俺の気が晴れないんだよッ!!」


 青年の啖呵に、グラントは深く息を吐き――そして、小さく笑った。


「ふっ……私も、愚かな男だ……実際は、こうなることを期待していたのだろうな」

「……? お前、何を言って……」

「良かろう。貴様に一つ重大な責務を課してやる。有難く思うのだな」


 青年の質問に、男は答える訳でもなく、また勝手に話を進めだした。


「あぁ? なんだよ、責務って……」

「それはな……」


 青い軍服の男から、一気に気迫が溢れだす。


「……あの者たちに、分からせてやる……と戦う事がどういうことなのか……!!」


 そして、噴き出した殺気を一気にこちらへと向けて、軍服の美男子が、その顔に似合わぬ大声で叫び出した。


「このマクシミリアン・ヴァン・グラントが! 貴様の体に刻みこんでやる!! 黙示録の四騎士の実力というものをッ!!」


 今、この男はヴァンと名乗った。つまり、自分が知っていたのはミドルネーム、洗礼名だったらしい――などと考えている一瞬の内に、男の右腕から蒸気が噴き出していた。


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