11-2


 二人は掃除をしている機械人形達の隣を通り過ぎながらに階段を登り、二階へと上がった。


「……しかし、ホントに勝手に動いてんだな」


 足を止め、ネイが感心したように働いている機械仕掛けたちを眺めている。機械達は本当に有能なようで、ハリケーン達が暴れ回ったロビーも、既に元の幽霊屋敷のように――というより、侵入者を追い返すためにわざとこんな風情にしているらしいのだが、しかし内情を知った後ならば、なんだか面白おかしく見えるのだから不思議な物である。


「あぁ、こんな働きものなら、一家に一台欲しいね」


 とは言っても、彼ら機械人形たちはあくまでもポワカの友達であるので、彼女のお願いしか聞いてくれないらしい。しかし、大量の機械を一斉に味方に付ける能力、汎用性はイマイチな気もするが、下手をすれば一個人で軍隊とでもやりあえそうな強力な能力――さすがは、エヴァンジェリンズの一人ということか。


「……それで? どの扉だ?」


 少女が二階西館の並ぶ三つの扉を指さしながら尋ねてきた。先ほどと同様に、両手のふさがっている青年の代わりに、扉を開けてくれるという事なのだろう。


「えぇっと、一番奥……いや、真ん中だったかな?」


 手前でなかったのは確かなのだが、如何せん絶賛鉄火場中の出来事だったので、細かいことまで青年も覚えていなかった。


「はぁ……そんじゃわりーけど、適当に開けるか?」


 その時、脚の代わりに車輪をつけた、一体の箒を持った機械人形がこちらへ向かってきた。それ、いや彼女――なんとなく女性型っぽい所作な気がするので――が、真ん中の扉を指差してくれた。


「……成程。アタシ達の言葉、ちゃんと分かってるんだな」


 感心したように一言残して、少女が真ん中の扉に手をかけて、ノブを回し、扉を押した。廊下からの微かな明りに照らされて、部屋の内部が映し出される。床には雑多に工具や本などが散乱していて、奥にはどうやらベッドらしいものが見えた。


「しかし……こう足の踏み場がなくちゃ、灯りでもないとあぶねー……」


 ネイが下を見ながらぶつぶつ言っていると、もう一度車輪の音が近づいてきた。そして今度は箒の代わりに燭台を持って少女の近くに彼女が止まり、そして歯車の周る音と共に腕が差し出された。


「……お前、気が利くな。ありがとさん」


 燭台を受け取り、少女が礼を言うと、機械人形は車輪でそのままバックし、元の業務に戻ったようだ。少しの間、廊下から二人で機械の動きを眺めていると、階段がスロープに変わり、今度は一階の掃除をすべく、先ほどの機械人形は一階へと消えて行った。成程、あの階段はねずみ返し兼、車輪で動く機械仕掛けたちの昇降用でもあったらしい。青年はなんだか感心してしまった。


「いやぁ、みなさん働きものだねぇ」

「そうだな。誰かさんも見習ったらどうだ?」


 皮肉を一つこぼして、少女が灯りを持って中に入り、ある意味慎重に、しかし大胆に足で床を掃き始めた。青年は少女が作ってくれた小さな道を辿って行き、ベッドの上にポワカをゆっくりと横にする。そしてネイが布団をかけてやると――すぐにポワカは布団を蹴り飛ばしてしまった。どうやら、寝相は良くないらしい。


「むにゃ……うーん……タバスコ野郎、こっちくんな、デス……」

「……おい、もしかして蹴り飛ばした布団、夢の中の俺なんじゃあるまいな?」


 完全に眠っているようではあるのだが、だからこそ深層意識で寄るなと思っているということなのか、夢の中でも嫌われものになっている事実に、青年はなんだか哀しくなった。


「……まぁ、暑いかもだけど、でも夜は冷えるし……」


 ポワカの足元の方でまとまってしまった布団の端を持ちながら、ネイはもう一度かけてやろうか悩んでいるようだった。


「いやネイ、大丈夫だよ。昔っから言うだろ? 馬鹿は風邪をひかないってさ」

「成程成程。それならお前は人生で一度も風邪をひいたことが無いんだな?」

「いや、俺は繊細だからさ。病弱なんだ」

「それならきっと、この子もそうだよ」


 小さく笑いながら、ネイはもう一度布団をポワカに布団をかけてやった。そして青年に床に置いていた燭台を渡して、ベッドの横でしばらくポワカの寝顔を眺めていた。


「……大丈夫。ネッドは、嫌われてないよ」

「そ、そうかい? そんな風には思えないんだが……」


 訝しがる青年の方へ、少々意地の悪い笑顔で少女が振り向く。


「……お前に素直な所見せるのって、なんかこう、癪な気になるんだよ」


 そしてネイは再び、ポワカの方へと向き直った。


「お、おい。それって、どういう……」

「なんていうかさ、お前は基本ふざけてるから……でもそのおかげか、なんでも許してくれそうって言うか、ワガママを受け止めてくれそうで……意外と皆、お前に甘えてるのかもな」


 ポワカを起こさないためなのだろう、小さな声だった。


「ま、そろそろ戻るか……うん?」


 振り向いて、立ち去ろうとする少女が足を止めた。何事かと思い見ると、どうやら少女のポンチョの端を、ポワカが握っているようだった。


「……ママ……」


 まだまだ甘えたい年頃だろうに、何時母親と別れたのかは分からないが、眠っている女の子の目から涙が流れているようだった。だけど、それはきっと目の前の少女だって、通って来た道で――しかし、どうやらそんな事実より、少女の中では心配の方が勝ったらしい、なんだかおろおろして、青年の方に助けを求めてきた。


「ど、どうしよう……?」

「どうしようもこうしようも……そうだな、少し傍に居てやればいいんじゃないか?」

「で、でも……アタシは……」


 誰かに触れられない、傍に居られない――だけど、そんなのは少女の抱いている幻想だ。大切な物を壊したくない気持ちは痛いほど分かるが――なんだかそう思うと、意外と少女の悩みは、誰もが抱えている物なようなな気がしてきた。勿論、少女の場合はかなり事情が特殊で、君の気持が分かる、などとは口に出しては言えないとしても――誰だって、他人との距離を計ることに難儀してる物なのだ。心の距離は、目に見えないから。青年にはそれは痛いほどよく分かったし、だからこそ、少女が自分を少しでも認められるようにするために、何か出来ることはないか、真剣に考えてみた。


「……いっそ、頭でも撫でてあげたらどうだ?」

「ふぇ!?」


 少女から面白い声が上がった。それはそうだろう、触れるのが怖いのだし、青年はその理由だって知っているのだから。


「いや、君の事情は分かってるけど……でも、左手なら大丈夫だろ?」

「そ、それは、そうかもだけど……うーん……まぁ確かに、頭撫でられると、安心するし……でも……」


 少女は左手を眺めながら悩んでいるようだった。成程、割と頭を撫でてあげたい衝動はあったらしい。それならばと、青年は少女に一歩近づいて、少女が自身の目線の高さまで上げてた左手を右手で取って握った。


「ふぇえ!?」


 少々大きな面白い声が上がった。青年は少女を落ち着かせるため、空いている手の人差し指を自身の口元に置いた。


「しっ、静かに……でも、ほら、大丈夫だからさ」


 そして、少し握ってみる。恥ずかしいことをしている実感はあるのだが、今はどちらかというと人助けというか、あくまでも少女の背中を押すためにやっているので、青年はなんとなく冷静だった。そのおかげか、なんだか少女の冷たい手が気持ちいいな、などと訳の分からないことを考えてしまった。


「は、はな……うぅ……」


 逆に、少女の方は恥ずかしさ全開だったのか、俯きながら、しかし手を握り返してくれた。


「か、勘違いするなよ? これは、大丈夫かどうかの実験のためなんだからな……」


 小さくぶつぶつと言いながら、それでどれくらい時間が経ったのだろうか、多分十秒程度だったのだろうが、なんだかもう少し長くも感じた。青年が手を握る力を弱めると、少女の方も力を抜いて、二人の手が離れた。


「……これで、いけそう?」

「お、おぉ……おかげさんでな……」


 ネイは顔を赤くしたままゆっくりと、静かにベットの端に座ると、恐る恐る、といった調子で左手を女の子の頭の上にかざした。そのまましばらく触れないまま神妙なポーズを取っているので、青年は少し笑ってしまった。


「あ、あのなぁ……それじゃあ頭に何か変な力でも送ってるみたいだぞ?」

「う、ウルサイな……ちょっと、黙ってて……」


 そして、全身に思いっきり力が入った調子のまま、緊張した手つきで、やっとネイの左手がポワカの頭の上に到達した。そのままぎこちない調子で少女が手を動かすと、ポワカの表情は――なんだか微妙だった。


「ほらほら、そんな割れ物触る様な感じじゃなくってさ。もっとこう、可愛がる感じで」

「お、おぅ……頑張る……」


 だから、頑張るのはいいことなのだが、頑張って変に力が入っては元も子もない、青年は心の中でそうつっこんだ。


「いや、誰かに触れるっていうのは頑張る行為じゃないって……緊張するのは分かるけど、でもなんていうか……撫でられてる方が気持ちいいように、どうぞ」

「な、成程? き、気持ちいいように……」


 青年はなんだかイケナイことを教えているような気になってきたが、そうではない、人助けをしているのだと自分に言い聞かせた。しかし、青年のアドバイスが功を奏したのか、段々と少女の手の動きが自然な物になり、ポワカの表情も柔らかくなっていった。


 青年は足元に注意しながら場所を移動し、なるべく音を立てないようにベッドの近くにある椅子を引き、燭台を机の上に置いて座って、ぼうっと二人を眺めていた。少女の表情は、年下の妹を気遣う姉そのもので――大切な物に触れる嬉しさに、胸がいっぱいのようだった。

 しかし、これでほんの少しだけでも、少女が自分の事を認められるようになってくれたら――そう思っていると、少女の顔が少し陰り、小さな声で青年に語りかけてきた。


「……もし、あの時……コグバーンがアタシじゃなくってリサを連れて行ってたら、ここでこの子の頭を撫でてたのは、リサだったのかも……」


 果たして、どうなのだろうか。あの時のリサの狂態を見る限りでは、青年は素直に納得はできなかったが、人は環境で変わる生き物である。優しい大佐に連れられれば、あのリサだって優しく育った可能性はあるし、逆に過酷な実験が続いていれば、如何に優しい眼の前の少女だって――そう考えればあの雨の日、青年の後ろに居たのがリサで、前に居たのがネイだった可能性だって、有りえたのかもしれない。


「……君の言う事は一理あるかもしれない。でも、たらればは言いだしたらきりが無いぞ? それこそ、俺がもっと強くて、もっとイケメンだったらモテモテだったかもしれないって言ってるのと同じくらい不毛な話さ」

「あはは、それと同レベルはやだな……確かに、不毛だ。よく分かったよ」


 自分で言ってて哀しかったのだが、納得してくれたのならば何より、青年はそう自分に言い聞かせた。


「ま、そろそろ行くか? この子も、熟睡できたようだし」


 言いながら、少女は左手で、ポンチョを握っているポワカの手を優しくベッドの上においてやり、立ちあがった。見れば確かに、女の子は手をネイに動かされたというにも関わらず、静かに寝息をたてている。それを見て青年も立ち上がり、二人は部屋を後にした。

 そして部屋の扉をゆっくり閉めて、並んで歩いて踊り場に着いた時、ふと少女が立ち止まった。


「……でも、やっぱり思うんだよ。あの時は、凄い恨んじゃったけど、リサだって、やっぱり苦しいんじゃないかって……好きであぁなったわけじゃ、ないんじゃないかって……」

「……君って奴は、まったく……」


 ド級のお人好しだな、青年はそう言おうと思ったがやめておいた。代わりにかぶりを振って、一つ質問をしてみた。


「それで、まさか……もう一回、あの子と話をしてみたい、なんて言わないよな?」


 それは勘弁していただきたい所だった。同じ少女を恨んでいると言っても、ジーン・マクダウェルの件とリサ・K・ヘブンズステアの件とでは、かなり事情も異なる。何せ、ジーンは聞く耳を持っていたのだ。こんな風に言いたくは無いが――あの子は、リサは既に、壊れてしまっているのだろう。誰かが壊してしまったのか、それとも自分で壊してしまったのか、それは分からないけれど――しかし、もはやどれだけ言葉を重ねたとしても、あの子には届きそうにはないというのが、青年の正直な意見だった。


 そんな青年の心を察してなのか、それとも己に結局迷いがあるのか、少女は曖昧な、困ったような表情をしている。


「……そうしてみたいって気持ちもあるけど、でも、もう、会わない方がいいんじゃないかって気持ちもあって……うん、駄目だな、自分でもよく分からないや」


 そう言って、ネイは困ったように笑った。


「そっか……うん、まぁそうだと思う。俺も何が良いことで、どうすればいいのか、よくわからんし」

「あはは、そっか……でも、これだけは言える。もう一人の生き残りと会うの、怖いって言ったけど……全然、意図して出会った訳じゃなかったけど、それでもポワカと会えてよかった。あの子との縁は、大切にしたいって……そう思った」

「そっか。うん、それなら良かったよ」


 少女は自らの左手を眺めながら、優しく笑った。とにもかくにも、ここに来た甲斐もあったというもので――しかし、ふと青年は思い出した。ここに来たのはジェニファーに誘われたからだが、そもそもこの辺りに来たのはマクシミリアンの言葉があったからだ。


(……アイツ、もしかしてここにエヴァンジェリンズの生き残りが居るって、知ってたんじゃないか?)


 何の根拠も無いのだが、青年はなんとなくそんな風に思った。


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