第11話 機械仕掛けと踊る少女 中

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 トーマス・ブラウン博士を自称する狼曰く、元々ここはさる大地主が建てた屋敷で、それを十年前に安く買い取ったのだとか。西館の一階は、丸々ダイニングとキッチンになっていた。木製の長机には、この幽霊屋敷には似合わない清潔な白のテーブルクロスがかけられ、キッチンから湯気の上がる、食欲を刺激する香りを漂わせる料理が運ばれてくる――そう、運ばれて来ているのである、蒸気機関で動いているらしい、からくり人形らによって。


「蒸気機関や精密機械に命を吹き込んで、お友達になる……これがボクの能力なのデス」


 長机の中央に腰かけ、フォークを振りかざしながらポワカという女の子は得意げに語った。

 しかし成程、これで納得であった。ポワカは先の戦闘の時、基本的に蒸気機関に『お願い』することで動かしていた。どうやら自身の意思で動かしている、というより、ある程度自立した機械仕掛けを無数に味方に付ける、そんな能力なのだろう。ちなみに戦闘が行われた、もといタバスコ地獄と化したホールも、今はポワカのお願いによって機械人形たちが清掃中で、もっと言えば青年の上着も洗濯してくれているところであった。


「それじゃあ、その……非常に納得しがたい事ですけれど、ブラウン博士の魂を……」

「左様。ワシの魂はポワカの力でこの体と接続されて活動しておる……狼のボディが気に入っているのでな、普段はこれに入っているが、別の物に魂を入れ替えることも可能だ。先ほどはあのアンティーク人形に入って、脅してやろうとしたら、お前さんときたら聞く耳を持たず、ハンマーなんぞ振りかざしおって、まったく……」


 上座で、ジェニーとブラウン博士の魂の入った器が会話をしている。ちなみに、博士は椅子の上にお座りの格好で乗っており、爺さんの魂が入っているのでなければ、なかなか可愛いらしい光景だった。


「ともかく、まずは非礼を詫びよう。貴様らが如何に乱暴で無茶苦茶だからといって、確かに先に手を出したのはこちらだからな……すまなかった」


 博士の言葉からは、単純に謝りたくないという気持ちがありありと見える。それもそうだろう、向こうも大概無茶苦茶だったが、それでも上座でひきつった笑顔でいる女と、その隣でニヤついている男など、半分屋敷を破壊する気なんじゃないか、くらいの勢いで暴れ回ったのだ。非に関しては、お互いさまと言ったところであろう。


「えぇ、その、こちらこそ申し訳ございませんでした」

「ふん、まぁいいわい……それで? 何の用で、こんな何の得にもならないような辺境くんだりまで、賞金稼ぎ達がわざわざ来たのだ?」

「それは……いえ、私の要件は後でも大丈夫です。それより、貴方方の話を色々聞きたいです」

「……何故、機械に魂を移しているのかということかね? それとも……」


 博士とジェニーの視線が、青年の隣に座るネイと、その正面に座るポワカの方へと向いた。そこでポワカが手を上げて、元気いっぱいな調子で視線に応える。


「つまり、ネイはボクのネーチャンだってことデス! 会うのは、これが初めてデスけどね」

「あ、あのなぁ? もうちょっと分かるように言ってくれないと、こっちも困るんだぞ?」


 女の子の言う事に、ネイは困った様な、しかしなんだか嬉しそうな顔をしている。なんとなく惹き合うものがあるのかもしれないし、何よりネイは、結構子供が好きだから、なんやかんやでクソ生意気なこの子を気に入ったのかもしれない。しかしネイがネーチャン、なんだか変な感じだが――青年は、そこでなんとなく察しがついた。


「お前がジーンの言っていた、スプリングフィールド最後の生き残りか」


 青年の言葉に、対面のポワカは思いっきり舌を突き出してきた。


「べーっデス! お前なんかに答えることは何もねーデスよ!」


 どうやら、先ほどの一件で随分と嫌われてしまったらしい、青年はため息を一つ吐き、今度は博士の方へと視線をやった。


「左様、お前さんの言う通りじゃわい。この子、ポワカはスプリングフィールド孤児院を歴史から消し去る前に、ワシが連れ去ったんじゃよ。ワシの、研究に協力してもらうためにな」

「デスデース!」


 博士のなんだか重苦しい雰囲気を、ポワカのアホ可愛い声が粉砕した。コイツが居ればどんな地獄でも、一転して能天気な場面に切り変わりそうである。


「博士、アンタの研究とやらも気になるんだが……そうだな、まずはスプリングフィールドの実験について……ネイやリサについて、知ってることを話して欲しい」

「うむぅ……信じられん話かもしれんが……まぁ、ネイ、お主には知る権利がある……どうかね?」


 青年が投げた質問を、博士が少女に向かって打ち返した。ネイは一瞬困った様な――それもそうかもしれない、思い出したくも無い過去だろうし――だが、すぐに真面目な顔になって頷いた。


「……分かった。それでは話そう……だが、先に料理を食べてしまってくれ。きっと、気の滅入る話だろうからな」

「デスデスデース!」


 コイツがデスデス言ってる限りには、どんな真面目な話をされても普通に飯が食えそうだとも思ったが、とりあえず全員博士の言う事に従った。


「さて、どこから話したものだろうか……しかし、まず恐らく、君たちはスプリングフィールドを、国民戦争の暗部と勘違いしておるんじゃなかろうかと思うのだが、どうかね?」


 その一言に、一番驚いたのはネイだった。それもそうだろう、ずっとそういうつもりで生きてきたのだから。


「ち、違うのか?」

「まぁ、戦争に勝つための術式開発とは、一部にしか過ぎんという事だよ……そもそも、戦争の開幕経緯から言って、深い事情があるんじゃ」


 今度は、ジェニファーが反応した。


「……北部側の大統領が就任したことに端を発した、奴隷制を使った自由貿易推進派の南部と、奴隷制に反対する保護貿易を求める北部の戦争、ではないのですか?」

「勿論、その通り。いかなる権力者といえども、時代や人の流れという物には逆らえんよ……起こるべくして起こった争いじゃ。しかしそれが何故、十年にも及ぶ血肉を削る争いになってしまったのか? 戦争とは、あくまでも政治の一形態に過ぎん……争いよりも疲弊が先立ち、本来長くても五年と言われた戦争が、倍ほどの期間になった理由は?」

「そ、それは……」


 返答に窮するジェニファーに、博士の追撃が続く。


「まだあるぞい。ワシがもし旧大陸の政治家や軍人、もしくは資本家ならば、十年の内戦で疲弊した市場を放っておくわけが無い。それでも戦中も他国の侵略に脅かされること無く、戦後も安定して回復できた。無論、海に隔てられているという地の利は大きいにしてもだ、普通ならば戦債の返済で首の回らなくなっているところに、資本を流し込んで、傀儡国家にされてもおかしくない所じゃ。それだけこの国の政治家が偉大なのか? それもあるじゃろう。だが……」

「つまり、貴方はこう言いたいのですか? この国……北部、南部、西部問わず……もっといえば、旧大陸にも影響を及ぼせるような、そんな連中がいて、そして無為に戦争を長引かせたと」

「いいや、無為にでは無い。意図があってやったのだ」

「……そういう連中がいるのは、否定しないのですね?」


 そこで、機械仕掛けの狼が黙った。そして、小さな首を縦に振った。


「……名前のある組織では無い。強い手を言えば、彼らは自らの組織のことをと呼ぶ……それは、最近研究され始めた共生主義などとは異なる、もっと根源的で、世界の歴史に深く根付いているモノだ……ちなみに唐突なんじゃが……お主ら、神の存在は信じるかね?」

「……それは、どの神のことを言っているのでしょうか?」

「何の神でも構わん。お主らが小さいころから親しんでいただろう聖典の神でも構わんし、経典の神でも……ネイティブの信仰でも古代や東洋の多神教でも、なんでもな」


 そう言われて、一同は黙って考え始めた。無神論者を気取る青年だって、たまには神に縋りたいときだってあるし――しかし、自分は何の神に縋ろうとしているのか――考えてみれば、あまり深く考えていない気がする。ただ、何となしに、自分の手でどうにも出来ない大きな潮流はあるような気がして、それに頼りたい気持ちになることがある、というのは否定できなかった。


「そう、お前さんたち全員、仮に無神論を気取っても、神の存在を全否定することは難しい。しかし、それでいいんじゃ。人間というのは、元来そういった物なのだからな……さて、話を戻すぞ」


 博士は少女の、ネイの方へ向いた。


「……何故、スプリングフィールドが小さな礼拝堂を持ってたか、それにはきちんと理由がある。神の国……奴らの言う、永遠の王国【ミレニオン】への忠誠こそが、そのまま彼らへの忠誠になるのだからな」


 その言葉で、マリア・ロングコーストの言葉を思い出される――天国は、まだ存在しない――つまり、これから造られるのだ。その、とかいう連中の手によって。

 ぼんやりとそんなことを思っていた青年の二つ奥で、ジェニーが席を立ち、両の拳で机をたたいた。


「ちょ、ちょっと待ってください? それじゃあ、そのとかいう組織は、私たちが当たり前のように通っている教会の勢力だってことですか? でも、大陸憲法で政教分離が規定されてるのですよ? それなのに……」

「そう一気に話すな……まず、は聖典の信徒の中でもごくごく一部の存在……聖典の記述が最高の預言書であり、この世のありとあらゆることを記してあると信じている連中じゃ。じゃが、その構成員は非常に熱心な教徒が大半。そして何より、北部の名士が多い……つまり、構成員は大資本家や政治家であるか、そうでなくともの援助を期待して協力している者が多い。そして憲法についてじゃが、それを作ったのだって彼らだ。憲法の規定と民主主義の実施は、封建制や王制、それに旧教会からの離脱という意味合いがある。それに、表だっての政治活動など、スポークスマンにやらせておけばいいのだ。政治に宗教が関係ないと規定することは、彼らにとって何の不利益でもない」


 博士の言葉を理解して、だが納得はいっていないのだろう、ジェニファーは目を瞑りながら再び席に着いた。


「……いいでしょう、実験に参加していたという貴方の言う事です、それを信じたとして……戦争を長引かせる理由が分かりません。それこそ、身内の争いを引きのばしたら、いたずらに国力を疲弊させるだけです……合理的じゃない」

「まったくもってその通り、とワシも言いたい所なのだが……世の中、目指す所によって、何を己の理とするかは変わるものだ。彼らの目的は、先ほども言ったように永遠の王国を作ること。その前の犠牲など、大事の前の小事に過ぎんのだよ」

「……答えになっていませんわ、ブラウン博士。それと戦争を長引かせることに、何の因果関係が……」

「……君たちが使っているエーテルシリンダー、もっといえば、その中に込められている燃料たる輝石、エーテルライトが……そもそも、どのようにしてつくられるか、知っているかね?」


 ポワカ以外の全員が、それぞれエーテルシリンダーを手に持ち、それを眺めている。確かに、言われてみれば、コイツはどのように出来ているのか――青年も全く知らなかった。


「……そもそも、名前にはきちんと意味があるものだ。エーテルとは、別名第五元素、つねに輝き続けるものを意味し、魂が辿り着く場所を意味する」


 そこで、青年は自らのエーテルシリンダーを落としてしまった。それは、ジェニーも同様で――ブッカーは、何やら渋い顔をしている。そしてネイが、唇を震わせながら、機械仕掛けの狼に向き合った。


「……つまり、エーテルライトは……死んだ奴の魂で出来てるってことか?」


 そう言えば、マリアが実験に使っていた鉱脈――海洋生物の死骸が貯まっている場所だった。もしかしたらストーンルックで見つけた鉱脈も、昔何かの生物が、大量に虐殺された場所なのかもしれない――そう考えて輝石の輝きを見ると、なんだか禍々しい様な、しかし目を逸らしがたい異様な雰囲気を放っているように思えた。


「勿論、すぐさま出来あがる訳ではない。本来長い時間をかけて――しかも、普通に一つや二つの魂など、微々たるものに過ぎんからな。生物は大いなる意思より魂の欠片を受け渡され、そして死後、その魂の大部分はグレートスピリットの元へと返還される。その中でも幾許か現世に残された未練の残滓達が結合した結果、出来るのが輝石の鉱脈だ。少し話はズレるが、この世への未練が強い程、残留する魂の量は大きくなり……それが輝石の影響で助力されて出来る怪物が、暴走体オーバーロードなわけだな」


 成程、ジーン・マクダウェルが暴走体になった経緯も頷ける。人間の暴走体がほとんど確認されていない理由は、輝石の鉱脈などで殺し合わないからか。しかし、そこまで聞いて、今度は青年のウチに何個が疑問が沸いた。


「……おい、博士。その、グレートスピリットって、ネイティブが信仰しているやつだよな?」

「その通り。いや、人間の根源には、やはり大いなる意思とのつながりがあるのだ。後は、その国の風土に合わせて言語や文化が出来上がり、それに合わせた形を取るだけ……白人が聖典を作りあげたのと同様に、ネイティブは自然とグレートスピリットという形で言語化したに過ぎん」

「そ、それなら……人間が作り出した神様は、どんなやつだって根源は一緒だってことだろ?」

「……それが最大の問題なんじゃよ、ネッド・アークライト。ネイティブの術式を研究する過程で、どうやら大いなる意思という根源の存在があるらしいと認めた彼らは……だが、彼らにとって聖典が唯一無二の存在だ。他の神々など、聖典の神と比べたら邪教の神に過ぎない。そう信じて、今まで生きてきたのだ」

「でも、事実は違ったんだろ? それなら、それを素直に認めて……」


 そう、かつてはこの世界の周りを太陽が周っているという神学の説が、科学の力で覆ったのと同様に、間違いは、ただ認めればいいだけである。


「……彼らは、考えたんじゃよ。それならば、大いなる意思の存在を、そのまま聖典の記述通りの神にしてしまえばいいと」

「い、意味が分からないぜ博士……一体、どういうことなんだ?」


 本当は、なんとなく分かっているのだが、それでも発想が突飛過ぎて、微妙に着いて行けない――そんな青年の疑問に、博士が答える。


「……彼らの目的は、大いなる意思へと到り、そして……それを聖典の神に合うように改ざんすること。そして、この世に聖典の末尾に書かれる、永遠の王国を創生することこそが、彼らの目的じゃ」


 聖典の末尾に書かれているもの――青年は聖典をしっかりと読んだことがあるわけではないので、伝聞でしかその内容を知らない。しかし逆を言えば、伝聞でも耳にはいる位、有名な所である。


「……自分たちの救いたい聖典の信徒だけ救い、永遠の安寧を得て、それこそ聖典の神を信じない邪教徒は全て、黙示録アポカリプスで消し飛ばしてしまえばいい……か」


 青年は、そこでリサやマクシミリアンが、何と名乗っていたことを思い出す。


「……博士、この前会ったリサは、自分のことを黙示録の祈士きしと呼んでいた。それは、そういうことなのか?」

「ふむ、黙示録の祈士……ワシが居た頃には、偉大なる三人【ビッグスリー】というのはあったのだが……うん? ポワカ?」


 博士がふと、何個か隣の席を見やった。青年もその視線を追うと、その先でポワカは机に突っ伏して、すやすやと音を立てて眠っているのが見えた。


「ぐふふ……もう食えねーデス……」


 呑気極まりない寝言に、青年は、というよりこの場に居る全員の肩の力がどっと抜けたようだった。


「あはは……うん、こんな奴がいるっていうのも、結構貴重なんだよな」


 笑いながら、隣の少女が正面の女の子を優しい視線で眺めていた。なかなか重い話が続き、青年も気が滅入ってたのだが、確かにおかげで少し元気が出た様な気もした。


「まぁ、この子には退屈な話だったな……それに、今日は随分と楽しそうだった」

「お、おいおい博士、本当か? 俺なんか、随分と嫌われているように見えたが……」


 青年の言葉に、機械が笑った――いや、狼の顔は笑っては居ないのだが、やはり魂が籠っていると言うのは本当なのだろう、確かに笑ったのだ。


「お前さんはそうかもな……だが、やはりこんな荒野で、いくら機械仕掛けが友達と言えども、やはり生身の人間の相手も必要か……どうにも、この子を護ろうとする余り、少々過保護にしすぎてたかもしれん」


 そういう博士の声は、どことなく哀しげで、しかし娘を想う父親の優しさも込められていた。恐らく、実の娘では無いのだろう、ポワカ・ブラウンは生粋のネイティブだから――しかし、やはり生みの親よりも育ての親というもので、それは子供から親への情という意味だけでなく、親から子へという意味も込められているものなのかもしれない。


「ともかく、誰かこの子を部屋へと連れてってやってくれんか? ワシは、残念ながらこんなナリじゃからな……」

「それなら、俺が連れていくよ。寝てる今なら、手も噛まれないだろうしな」


 言いながら青年は席を立って、ゆっくりと、優しく女の子を抱きかかえた。都合、所謂お姫様だっこの様な形になる。


「アタシもついてくよ。まぁすぐ近くだけど、ちょっと歩いて気分転換したいし」


 ネイも席から立ち、青年の隣に並んだ。


「ふむ、では話の続きはお前さんたちが戻ってきてからにしよう。部屋は、先ほどポワカが飛び出してきた部屋じゃ」

「あぁ、分かった。それじゃ、ちょっと行ってくるよ」


 ネイが先行して、扉を開けてくれた。青年と少女は互いに小さく笑って、そして腕の中の子を起こさないように、静かに歩きだした。


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