機械仕掛けと踊る少女 -Dance with Vapor Wolves-
第10話 機械仕掛けと踊る少女 上
10-1
グラスランズは大陸の中間、国土中央を縦断するグレートルーツ川より北西の辺りに成立した州である。三十年前のゴールドラッシュの中継地とも離れ、目立った特徴も無い地域であるため、人々の入植はまだまだ少なく――端的に言えば、かなり鄙びた州であった。
「俺が元々住んでいたのも、こんなところだったなぁ」
荷台を引く青年、ネッド・アークライトはぽつり、とこぼした。一人言が多い性質ではあるものの、今のはきちんと相手がいてこぼした一言である。
「……そっか」
背後から、小さな返事が聞こえ、背中にぶつけられた。振り返り見ると少女、ネイ・S・コグバーンが膝を抱きながら座っていた。
「すまん、あんまり興味が無かった?」
「うぅん、そうじゃなくって……そう、お腹すいたんだ。ちょっと休まないか?」
ぱっ、と少女が顔を上げた。
「あぁ、そうだな……というか、今日はこの辺りで一泊するか」
目的地までもう半日、といったところで、強行軍をすればなんとか宿もとれそうだが、現在荷台をひいている馬は丈夫な良い馬なので、大事に扱いたい。それならば無理せず今日は落ち着いたほうが良いだろう、青年もそう考えた。
「それじゃ、ちょっと待っててくれ。今……」
「あ、アタシが作るから。お前は、ゆっくりしててくれ」
「いや、ここんとこずっと君に料理の番をさせてたからな。たまには、そっちが休んで……」
「いいんだよ。日中は、むしろずっとお前が運転してるんだから……よっと」
言いながら調理用具を片手に、少女が荷台から飛びおりた。
「……それとも、美味しくないかな?」
そんな不安げな目で見つめられてしまったら、何も言えなくなってしまう。実際に、ここ一カ月、以前のマリアの指導もあったおかげか、普通に食べられる料理を作るようになっていた。まだまだ自分の方が上なものの、手間を考えれば、代わってもらって何の損も無いのだが――。
「いや、そういうわけじゃ……うん、それじゃあ頼むよ、ネイ」
「りょーかい。ま、適当にくつろいでてくれ」
そう言って、少女は笑顔になって――とはいえ、まだまだ本調子ではない――夕餉の支度を始めた。青年はその背を、適当な石の上に座って眺めながら、最近のことを思い返していた。
セントフランを離れて約一月、以前の
あれからネイは、随分と回復した。とは言っても、それは事件の直後と比べて、という話であって、心に深い傷を負ったままである。普通に笑うようにはなってきてくれたものの、依然としてなんだか覇気が無い。
何より大きな変化は、ここ最近雑務を少女が進んで買ってでていること。やはり馬車の運転だけは青年の仕事なものの、それ以外のことは少女がほとんどやってしまっている。勿論、日中ずっと馬車を引くのだって結構な仕事であるし、ここ最近はドンパチとも関わり合っていない――そう考えれば、むしろ当然の役割分担なのだろうし、負担の割合だけで見れば、そう不公平でもない、はずなのだが――。
(……なんだか、痛痛しいんだよなぁ)
自らの太ももに肘を乗っけて頬杖をつきながら、青年はそう思った。なんだか自分に見捨てられないように、必死に何かをやろうとしている――そんな雰囲気が漂っているのだ。
少女は今、生きる目的を見失ってしまっている。だから、せめて居場所を失わないようにと、必死になっている。それが青年にとって、何とも言えない気持ちを抱かせていた。
自分は、彼女の味方であろうと、それは揺るがない。だが、こんなふうに、依存される様な関係を求めていたのだろうかというと、それはやはり違った。だから、一度全てを投げ出して逃げようとした時にも、少女に劇に出るように言ったのだし――。
(……でもあの時、劇に出させなければ、マリアさんは……)
そんなことは、実際にはどうなっていたかもわからない。マリアは、追手に追われていると言っていた。自分たちとは関係無しに、結局は変わらなかったかもしれない。
「……ネッド、また何か悩んでる?」
声をかけられ、ふと我に返る。どこまでも続く草原を背景に、少女が片手に皿を持って、青年の顔を見つめていた。
「い、いや、そうだな……どうやれば世界が平和になるのか、真剣に考えてた」
「ぷっ……あのなぁ、お前はそういう感じの奴じゃないだろ? そういうのは、偉い奴に任せておけばいいんだよ……ほれ」
微笑んで、少女が料理を手渡してきた。もちろん、左手で。
少女が青年の前に座り、早めの夕食が始まった。一口食べると、なるほど、やはり少しずつだが成長してきている気がした。
「……どう?」
「あぁ、美味いよ。でも、まだまだ俺の方が上だ」
実際、青年は食べられればいい、程度でやってきたので、料理の腕もそこそこである。そう考えれば、もはやそんなに大差も無い気がするのだが、たまには息抜きもさせてあげたい。
「だから、次は俺に任せろ。それで、お兄さんの技を盗むんだな」
「で、でも……」
「いいからさ。でも、とにかく、美味くなってるよ。だから、自信を持って」
「そ、そっか……うん、ありがと……」
少女の笑みには、やはりどことなく覇気が無い。空っぽな笑顔――それをどうにかしてあげたい、そんな気持ちはあるのに、どうにもできない自分が、もどかしくて仕方が無かった。
しかし一転、少女の顔が急に引き締まった。この子は、自分より目も耳も良い。自分が気付いていない異変を察知したのだろう。
「……何かあったか?」
「うん……誰か、こっちに向かって来てる」
少女は皿を置き、いつでも脇の物を抜けるように構えながら、草原の向こうを見つめた。その視線の先を青年も見てみれば、小粒程の大きさに見える何かが段々とこちらへ近づいて来ているようだった。その正体に、青年はなんとなくだが心当たりがあり、事態を丸く収めるべく自分も皿を置いて、立ち上がり踵を擦りあげた。
「お、おい。ネッド、大丈夫か?」
「あぁ、大丈夫……と言いたい所なんだけど、何かあったら援護してくれ」
そして青年は、近づいてくる二人のネイティブの男の方へと向かって行った。二人は共に上半身は裸で、肌の色は濃く、よく陽に焼けた引き締まった体躯をしている。片方の男の方が、頭に付けている装飾が派手で、恐らくこちらが年上なのか、立場が上なのだろう。
ネイティブの男たちは、こちらをかなり警戒しているようで、武器こそ手には持っていないものの、いつでも馬の鞍にくくりつけた手斧に手を伸ばせるように――二人からそんな緊張感が感じられる。一応、青年は衣服を強化しているものの、別段やりあう意思もなければ得も無いので、自身が無害であることを示すため、両の腕を広げながら、男たちに話しかけた。
「やぁやぁ、お元気? 共通語は分かるか?」
若い方は訝しむような表情を浮かべている。残りのもう片方もそこそこ若いのだが、一応心得たような顔で頷いた。
「少し。お前、だれ?」
「俺はネッド・アークライトだ」
自分を指さしながら、青年は答えた。しかし良かった。言葉が通じるならば、無用な争いは避けられそうだ。もはや白人とネイティブというだけで、一触即発の場合もあり得る。しかし自分の様にネイティブに敵対する意思のない白人だって当然いるし、逆に無為な争いは避けるネイティブだって当然いるのだ。
「ともかく、俺たちはお前さん達を襲いに来たわけじゃない。ただの旅のもんさ」
「ホントか?」
「あぁ、本当だとも……大丈夫、おっかけたりしないし、軍隊にちくったりもしない」
「……そうか。メシを邪魔して、悪かった」
そう言い残して、二人のネイティブは来た道を引き返して行った。どうやら友好的な――少なくとも話の分かる部族だったようで、青年も胸をなでおろし、少女の元へと戻った。
「……慣れたもんだな」
「まぁ、俺は割と、先住民とはよろしくやってきた方だからね……大体は、こっちに戦う意思が無ければ無害なもんだし、困ってる時は色々と交換もしてもらえるからな」
とはいえ、一応先住民と関わって危険な目に合ったこともある。その場合、多くは言葉が通じない。互いに不運な場合には、青年のことを侵略者の歩哨か何かと勘違いしたというケースもあった。しかしもちろん好戦的な部族もいるし、下手をすれば自分の部族以外はだれでも、むしろ同じネイティブでも喧嘩を売る様な部族もいる。後者の様に見境なく攻撃をしてくるような先住民に絡まれた場合に、入植者達は先住民を危険な存在と勘違いしてしまい――その偏見が、彼ら先住民がこの地に多い理由の要因の一つになっている。
「ともかく、ここグラスランズは、現在ネイティブの居留地が多く存在する州なんだよ。だから、また遭遇するかもしれんな」
ここは交通の要所でもなければ、金塊が発見されてもいない――ただただ草原が広がるだけのこの土地は、白人の法に則って、ネイティブが押し込まれた地域でもあった。
次の日の昼過ぎ、辿り着いた町はロングプレーンという、この州でもかなりの大きな町、なはずであった。牧畜を主要産業とするこの州では、やっと最近鉄道網に組みこまれた、といった調子で、基本的にはまだまだ駅馬車が主流な地域である。そのおかげかメインストリートには馬車が行き交い、とはいえ
だが、青年達は観光目的でここに来た訳ではない。マクシミリアン・グラントの指示があってきたのである。とはいえ「グラスランズに向かえ」と言われただけであって、具体的に何をすべきか、どうすれば良いか、皆目見当もつかない。そのため、とりあえず情報収集ということで、この町に立ち寄った訳であった。
「さて、それじゃ情報集めがてらに、酒場にでも向かうかい?」
「アタシは、なんでもいいよ」
そう言われて、青年は小さくため息をついてしまった。
「……だって、アタシはどうすればいいか、分からないから……」
多分、今の青年の態度を気にしてしまったのだろう。しかしこうも自虐的になっているのならば、少し叱ってあげた方がいいのかもしれない、そんな風に思っていると、奥の方から何やら騒がしい音が聞こえ始めた。
「ちょ、待ち……! 待ちなさい!」
何やら聞き覚えのある声と共に、土煙を上げて、二頭の馬がこちらへ駆けてくる。片方は背の低い小柄の男が乗っていて、もう片方は馬が可哀そうになる位大柄の男で、その顔に、青年はなんだか見おぼえがあった。
「……あぁー! お前、ヒモ野郎ッ!!」
大柄の方が叫ぶと、馬がいななきながら止まった。そして、巨漢が青年を指差してくる。
「ここで会ったが百年目だぜぇ! 今度こそ、ぶっ飛ばして……がっ!?」
だが、男のセリフはそこで止まった。青年の背後で誰かが跳んだかと思うと、少女の踵が、綺麗に男の脳天を打ち抜き、そして大男は仰向けになるように倒れ、馬から落ちてしまった。きっと重くて大変だったのだろう、男を乗せていた馬はそのまま大路を駆けて逃げてしまった。
「……ネッド、こいつ、どうする?」
「いやぁ、どうもこうも……」
「……お金になるかも」
ネイが拳銃を取り出し、泡吹いて気絶している男の頭に銃身を突きつける。
「い、いや待てって。今は、困ってないからさ」
「……それじゃ、どうする?」
「そ、そうだなぁ……まぁ、きっと悪い奴なんだろうけど、逃がしてあげようぜ?」
青年はなんだか、自分がとんでもなくおかしなことを言っているような気もしたのだが、とにかく今はこう言うのが正解な気がした。
「……そっか。分かった」
納得してくれたのか、回転させながら拳銃を収め、ネイは静かに荷台に戻った。すぐに小柄な男の方が、「アニキィー!」とかなんとか喚きながら、馬に大柄な男を繋いで、引きずりながら去って行った。アレもなかなか酷いんじゃないか、青年はそう思った――ところだった。
「あぁ、折角の賞金を、貴方達……って、ネッドにネイさんじゃないですか」
そうやって息を切らせて向こうから駆けてきたのは、肩までの茶髪が麗しい女賞金稼ぎ、ジェニファー・F・キングスフィールドであった。
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