6-4


 ◆


「……まだ、抵抗する気か?」


 兄の忠告が込められた弾丸が飛んでくる。今はそれをかわすことしか出来ない。この橋、地味に鉄でできており、大地を操る能力は封じられてしまっていた。


「知れたことを! 皆戦ってる! 私だけ、諦めてなるものか!」

「だが、時間の問題だ……ゴリアテは、人間には倒せない。南部の強力な術者が、何人も束になってしても倒せなかったのだ。それを……」


 どうやら、兄は自らが複製した兵器に、絶対の自信があるようだった。


「……いや、それはどうかな?」


 だが、ジェニーからは見えていた。橋の先で、三人がゴーレムを追い詰めている姿が。

 その時、ジェームズの後ろで轟音が響いた。兄は手が止まり、振り返る。兄の向こうで大爆発が起こっており、白鴉のクェンティ・バーロウがうち上げられていた。


「……馬鹿な!? たったの二人で、ゴリアテを……!?」

「いいや、三人よ……」

「……一人増えた所でどうこうなる問題では無い! 何故……」

「何故? 分からないんか、お兄様!」


 弾倉にあるのは最後の一発。先ほどのお返しとばかりに、答えを弾丸に込める。


「ブッカーが走って、ネッドが紡いだチャンスを、ネイさんが繋いだんやッ!!」


 ジェームズは振り返りざまに、それをナイフで切り落とした。


 だが、こちらの士気は最高潮だ。皆がやってくれたのだ。自分だけ情けない姿を見せる訳にはいかない。


元奴隷フォーマースレイブ西部男ウェスターナー、それに混血ハーフブリード! 社会的弱者マイノリティだって手を繋げば! 凄いことができる! いや、ホントは凄い力を皆持ってるんや! 私は、その可能性を信じてるッ!!」

「……だが!」


 こちらが六発撃ちきったのを見て、安全と判断したのか、ジェームズは間合いを離し、最後の賭けに出たようだ。


「この橋を破壊しさえすれば……!」


 兄の能力で橋を変質させれば、それは可能なはずだった。ジェームズの後ろから、三人が駆けつけ来ている。だから、焦ったのだろう。武器を放り投げ、右手を鉄橋にあてがおうとする。


「やらせん!」


 対してジェニファーは、線路の枕木を踏み抜いた。木材が変質し、槍のような形状となって鋭く撃ちだされる。そして、ジェニファーの最後の一撃が、兄の賭けを打ち破った――男のグローブに付いたシリンダーを穿ち、能力を無効化したのである。


「な……に?」


 驚愕するジェームズをよそに、ジェニファーは銃口をひざまずく姿勢になっている兄の頭に突きつけた。もはや、弾は残っていない。だけど、それでいい。


「……賞金首、ジェームズ・ホリディ……いえ、ジェームズ・フィッツカラルド・キングスフィールド。まだ抵抗をしますか?」

「…………」


 兄は何も言わず、両手を上げた。だが、見上げてくる顔は悔しげでも無く、無表情でもなく、憑きものの落ちたような、そんな表情だった。


「そうですか……賢明な判断です」


 ジェニファー・F・キングスフィールドは撃鉄を下ろし、ガンスピンで銃を回しながら、足のホルスターに銃を収めた。


「おーい! お疲れさん!」


 一番先に声を掛けてきたのは、ネッド・アークライトだった。確かにネイはあまり人に話しかけるタイプではないし、ブッカーは分をわきまえてしまっている。当然と言えば当然だが、出来ればまず少女か従者と喜びを分かち合いたかった――だが、努めて笑顔を返すことにした。


「えぇ、こちらも見ていましたよ、ネッド。ほんのちょっぴり見直しました」

「いやいやーそれほどでも?」


 顎の下に手を添えて、無駄に得意げな顔をしている。ほんのちょっぴりという皮肉は流されてしまい、なんだか面白くなかった。


「しかし、お前さん……操れるのは、大地だけじゃなかったのか?」

「あぁ、そう言えば……きちんと言ってなかったですね。私の能力、フロンティアスピリットは、開拓のための能力です。開拓するには、荒れ地を開墾するのは当然のこと、木々だって整備する必要があるでしょう? だから厳密に言えば、大地と植物を操る能力なのです」


 とは言っても荒野ばかりのこの西部。植物を操る能力が輝く場面はあまりないというのが正直な所であった。


「……なんで、きちんと言ってなかったんだ?」


 ネッドは少々にやけた面で聞き返してきた。この男、分かってて聞いているのだ。だが、それは自分の首を絞めているということに気付いていないのか、やはり馬鹿だ。


「それを言ったら、そちらだって正直には言ってくれていなかったでしょう? ま、賞金稼ぎがベラベラと自分の武器を言うのもなんですし、奥の手をやすやすと見せないのは当然のこと。だから、別に私は気にしていないですし、そっちも気にしないで下さい」

「お、おぉ……そうだな……」


 痛いところを突かれたせいか、ネッドはバツの悪そうな表情をしている。これで先ほどの皮肉を流されたのと採算があった。


「お疲れ様です、お嬢。それで、どうしますか?」


 ブッカーが聞いているのは、兄の処遇についてだろう。実は、そこのところは深く考えてはいなかった。とにかく兄に、テロリズムでは何も変えられないという事を分かって欲しかっただけなのだ。政治資金が必要なのは間違いないが、実の兄を売り渡してまで金を儲ける気も毛頭ない。さて、どうしたものか――。


「……お兄様は、どうしたいですか?」


 こうなれば、相手に聞くのが一番だ。予想外の言葉だったのか、兄は少し驚いた顔をして、だがすぐに小さく笑ってくれた。


「敗者に、選択権は無いさ……君のように強い賞金稼ぎに負けたんだ、悔いはない」


 きっと兄の中で、妄執という名の霧が晴れてくれたに違いない。だが、選択権は無い、は困る。何せ、泣く子も黙る荒野の賞金首、ジェームズ・ホリディなのだ。改心しましたといっておいそれと逃がすのも違う気もするし、かといって心を入れ替えたのなら、やはり掴まえるのも違う気がする。


「……なぁ、あのスコットビルってオッサンに、なんとか減刑してもらえるようにたのめねーのかな?」


 そうやって口を挟んできたのは、ネイ・S・コグバーンだった。それは、出来れば妙案かもしれない。スコットビルはお抱えの優秀な弁護士団を持っているし、兄の標的の多くはスコットビルがらみだったのだ。交渉が出来れば死刑になることもなく、しっかりと罪を償えるかもしれない。


「……でも、難しいです。兄の犯罪の多くが鉄道狙いだったからこそ、向こうも恨みを持ってると思いますし……」

「そ、それじゃ、アタシがその、頼んでみるよ。一応、つてだってあるし……」


 そう言えばこの二人、鉄道と縁があるのであった――それは、実はこちらもなのだが、少女たちは良い意味で、こちらは悪い意味である。しかし、ネイ達の方に良い伝があるなら、頼んでもらうのも良いかもしれない。


「そうですね……なんだったら、賞金十万ボルも辞退するなり、スコットビルに払えば、納得してもらえるかも……お兄様、どうですか?」

「……言ったはずだ。私は、地獄に落ちる覚悟があってここまでやってきた。その道が誤っていたというのなれば……償いきれない罪を背負ってしまっている」


 その顔は、どこか諦めてしまったような、そんな顔だった。


 勿論、気付いてくれたのならば、兄に死んでほしくは無い。だが、何と声を掛ければいいのか――悩んでいると、三つ編みを揺らしながら、小さな少女が背の高い兄の前に立った。


「死んで償える罪なんか無い。自分がやってきたことが、それこそ大罪だって言うのなら……これから、誰かのために頑張ればいい。そうじゃねーのか?」


 言ってみれば、それは当たり前のこと。まるで三文小説の使い古された文句だった。

 だが、育ての父と自らの姉貴分をその手にかけた――いや、優しさが故にかけざるを得なかった少女が言うには、その説得力はどうであっただろうか。

 兄は再び少し驚いた顔をして、だが空っぽになっていた心に水が差し込まれたように、少し目に光が戻った。


「……あぁ、そうだな。君の言う通りだ……ジェニファー、頼めるか?」


 少し、嫉妬した。兄の心を満たしたのが、自分でなく少女であったことに。だが、やはり確信もした。やはりこの少女は、誰かの命を奪うような、冷酷な人間ではないと。


「えぇ、私にできることは致します……あら?」


 なんだか、鉄橋が少し震えている気がする――振り返ってみると、橋の向こうからモクモクと上がる黒煙が見えた。どうやら予定通り、巨大輝石を載せた汽車がが到着したらしい。


「ここに居ては邪魔になりますね。さぁ、行きましょうか」


 そう声を掛けると、兄妹を残して、三人は先に元来た方に戻って行った。


「……なぁ、ジェニファー。一つ聞いていいか?」


 兄の声が背中にぶつけられる。女はそれに振り向かずに答える。


「なんですか?」

「お前は、仮に大統領になれたとして……どうする気なんだ?」

「それは……細部まで決まっている訳ではありません。ですが……」


 そう、先ほど見たあの光景だ。あれこそが、ジェニファー・F・キングスフィールドの目指すべき理想であった。


「出自に関わらず、誰もが自分の意見を言える、そんな国にしたい……生まれに関わらず、皆が手を取り合って社会を良くしていく。そんな国を目指したいと思っています」


 理想論だというのは分かっている。いたずらに参政権や公民権を与えても、教養が無ければそれを有効活用することはできない。だから――。


「……長い道のりになりそうだな」

「えぇ、その通り……長い時間がかかるでしょう。根気のいる作業でしょう。それでも、やる価値がある。その覚悟もある。そういうことです」

「そうか……やはり完敗だよジェニー。俺は、目先のことに囚われて、劇薬を選んでしまっていたんだな……」


 兄の選んだ道は、一度は自分も考えた道だった。北部のやり方が気に入らないなら、力でそれを変えればよい。だけど、それは違うと思いなおした。力で何を変えようとしても、同じだけの反作用が起こるだけだ。兄が、その道に足を落とし入れてしまったように。


「うん、そういうことや……でも、間違いはきっと直していけるから。さ、お兄様……」


 私達も行きましょう。そう言う追うと思った瞬間、列車とは反対側の岸から、こちらは空気を裂くような音が聞こえ始める。


「……お嬢!!」

「ジェニー!! そっちに!」


 ブッカーとネッドの声に振り返ると――巨大な拳がこちらへ飛来しているところだった。


 ◆


「……シーザー様、何やら向こうから煙が上がっております。もしかしたら、例の連中かもしれません」


 窓の外を見ていた付き人が、ロマンスグレーの紳士に報告してきた。


「ふむ、分かった。お前は車掌に、汽車を止めるように言ってきてくれ。あと、これを頼む」


 シーザー・スコットビルは上着を脱ぎ、それを自らの執事に手渡した。そしてネクタイを少々緩め、真っ白な上等のシャツの一番上のボタンをはずし、まだ止まっていない列車の扉を開けた。


「私が見てこよう。なに、すぐに終わるさ」


 そして胸から特注品のパイプを出し――それは、象牙であしらわれた凝った意匠の物であったが、素地を引き立てるような文様が刻まれている。マッチを擦り、火種をつけて、スコットビルは列車から飛び降りた。


 ◆


「ジェニー!そっちに!」


 青年の叫びに、女が振り返る。


「あはははぁ! あ、アタイの宝石いいいいいいぃぃぃぃ……」


 その声は、どんどん遠ざかっていく――クェンティ・バーロウが、残ったゴーレムの拳に乗り、線路を逆走し始めたのだ。


「きゃあ!?」

「くっ!?」


 唐突な出来事だったのだろうが、ジェニーは良く判断した。前のめりに倒れ込むことで、地面と拳の間に入り込み、スレスレで避けられたようだ。

 だが、問題はジェームズ・ホリディの方で、どうやらかわしきれなかったらしい、吹き飛ばされて、その身が宙に――鉄橋から押しだされてしまう。


「お、お兄様!?」


 しかしどうにかすぐに我を取り戻したのか、ジェニーは枕木を変形させ、先の曲がった杖状の木の棒を作りだし、それを兄の方に向けて突き出した。空中で、ジェームズはそれをなんとかキャッチしたものの、問題はそこからだった。橋と空気の岸辺、這うような形で、ジェニーはその杖を離すまいと踏ん張っている――だが、輝石が起動しているならば、男一人持ちあげるのはたやすいはずだ。それなのにそれが出来ていないのは、恐らく、エーテルライトが切れてしまっているからだ。


「……お嬢! お待ちくだせぇッ!!」


 言いながら、ブッカーが走り出す。果たして、間にあうか――。

 青年も男の後を追いながら、視線を線路の先に戻した。


「巨大輝石ぃいいいい! いただきよぉおおおお!」


 既に列車の眼前まで、機械仕掛けの巨大な拳が迫っている。

 だが、汽車を凄まじい速度で追いこして、一人のパイプを咥えた男が先頭車両の前に立った。その男はファイティングポーズを取り、少し姿勢を落として――。


「よかろう。力比べといこうか」


 ぶつかる拳と拳。だがその大きさは比べるまでも無く、どう考えても男の方が粉々になる――はずだった。

 だが、現実は違った。二つの拳が重なった瞬間、巨人の腕はぴたりと止まり、そして亀裂が至る所に走り始めた。


「突き進むべし我が覇道。それが――明白なる天命【マニフェストデスティニー】」


 スコットビルの呟きの後、パイプから大量の蒸気が噴き出し、そして機械の腕が粉々に散り始めた。


「ほ、ほんげぇ!?」


 ネジや歯車、巨大なボールが飛び交う中、男は涼しい顔をして拳を引きあげる。丁度その時、スコットビルのすぐ後ろでSLが停車した。


「ふむ……久々に良い運動になったよ……ところでこの賞金首、名は何と言ったかな?」


 そう、あの男にとっては、七万の賞金など端金である。興味が無いのも致し方が無い話だった。


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