2-5
しかし、そう簡単には鉱脈は見つかってくれなかった。そもそも、簡単に見つかるような場所にあるのなら、とうに発見されているはずなのだ。
二人はまず、暴走体に襲われた付近を二日ほど探したが、徒労に終わってしまった。もう少し別の場所を探そうと、再び足跡を追跡しようとしたのだが、途中で降った雨や砂埃のせいで、ほぼ追跡できなくなってしまっていた。食糧が尽きる前、捜索三日目にして切りあげ、四日目の昼に村に帰還し、再び丸一日爆睡してのち、再び食料を買い込んで、もう一度捜索に出る、という算段を立てている所であった。
この二日間でネッドがネイに関して分かったことと言えば、料理は丸焼くらいしかできないこと、しりとりが弱いこと、怪談をすると予想以上に怖がってしまったことなど――分かることはくだらない事ばかりで、別段何か大きく変わったことも無かった。
現在、村で食料を買い込み、いざもう一度出発しようとした瞬間、例の親子に絡まれた所であった。少年はやはりネイに懐いているようで、何かと声を掛けている。青年はそれを雑貨屋の入り口の階段に腰掛けて頬杖をつきながら、確かに自分があの少年の立場であったら、得体のしれないオッサンよりも、可愛い女の子の方に行くだろうな、などと自分を納得させていた。
「……あの子ったら、家で貴方々二人の話ばかりしているんですよ」
そう、青年の隣に立っている母親が声を掛けてきた。
「いやいや、いいんですよ、そんな気を使わなくても。俺のことなんか、あんまり話さないでしょう?」
青年がそう言うと、母親はくつくつと笑う。
「いいえ、あの子は貴方の方が気に入ってるんですよ? 面白い面白いって……でも、生意気盛りというか、男の子って、素直じゃない所がありますから。それに……」
そこで、今まで明るい調子だった母の横顔に、一瞬陰りが見えた。青年には、続く母親のセリフは、なんとなくだが想像はついていた。
「やはり、父親が居ないので……大人の男の人と、どう接すればいいのか、イマイチ分からないんだと思います。逆に、女性になら甘え方を知っているから、あちらの方に懐いているように見えるんだと思いますわ」
やはり、そういうことであった。青年は納得した。きっとあの少年が、見かけに増して幼いのは、恐らく規範になる大人が、身近にいなかったからであろうと。
「えぇっと、その……」
しかし、なんと返せばいいものか。変に踏み込むのも失礼だし、かといって振られた話題を逸らすのも申し訳ない。青年が困っているのがおかしかったのか、母親はまた笑って続けた。
「まぁ、世知辛い世の中ですからね……そんなに珍しい話でもありませんから。そう真剣にならないでくださいな」
「あ、はぁ……」
「ところで、悪い意味で無く、純粋な疑問なのですが……どうしてまだ村に滞在しておられるんですか? ここしばらく、出かけていらっしゃったみたいですけれど……」
もしかしたら、まだ暴走体が残っていると心配しているのか、そう思って母親の顔を覗き込んだが、くりくりした目で青年を見つめ返してくるだけであった。
しかし、鉱脈を探すのにも手掛かりが欲しいのも確かであるし、この人はこの村出身なのだから、何か知っているかもしれない。当然鉱脈が発見されているならば、こんな閑村になっていないのだから、知らなくって当然、駄目でもともとのつもりで質問してみることにした。
「あのですね。あくまでも可能性の話なんですが……この村の付近には、輝石の鉱脈があるかもしれないんですよ。それを探しているんです」
別に、一人占めする気があるわけでもないのだ。話した所で問題も無いはずだ。しかし、未だに術者の数自体はそう多くないので、一般人は下手すれば、輝石と言ってもパッとしないかもしれない。
しかしそれに反して、母親の顔は真面目になった。
「……そうですね。暴走体が発生したのなら、可能性はあると思います」
「何か、知ってるんですか?」
「いえ、この村の付近に鉱脈があるか、は知らないんですけれど……私の夫が、輝石の細工師だったんです。なので、私も少しばかりは心得があります」
夫の生前に聞きかじった程度ですけれど、そう婦人は続けた。
「輝石の鉱脈は、探すのならば昼間よりも夜の方が、少しばかり探しやすい、と言っていました。何故なら、輝石はその名の通り、力を宿しているうちは鼈甲色の輝きを放っておりますから。つまり……」
「成程、昼間では見えない光が、夜ならば見えるかもしれないと」
「はい、ですが、僅かに見つかりやすくなる程度です。地中深くに埋まっていたりしたら、それこそ輝石の光が見えませんからね」
「それでも、闇雲に探すよりずっと良い。これは本当に良いことを聞けました。どうも、ありがとうございます」
そう、青年達は、暴走体が発生した方角は分かっているのだ。その情報と照らし合わせれば、見つかる可能性もそれなりに上がるだろう。
「いえ、私どもこそ本当にお世話になって……鉱脈、見つかると良いですね」
「見つかったらきちんと報告は致しますよ。そうしたら、この村もきっと元気になります」
「そうですね……それなら、あの子と一緒に、この村に落ち着くのも良いかもしれないですね」
きっと、ここより活気のある町で、女手一つで子を養ってきたのだ。母は強し、とは言うものの、どことなく気品のある横顔も、どこかやつれて見えた。
「それでは、私たちはそろそろ……リチャード、そろそろ行きますよ」
母親は少年を呼び寄せ、立ち去ろうとした瞬間、ふと何かを思い出したかのような顔をして、最後に一つ付け加えてきた。
「そう言えば、暖かくなってきましたから、ポピ族が南からこちらへ来る時期になりました……彼らは、友好的な部族ですから、出会っても大丈夫だと思いますけれど……」
やや遠慮がちに言っているのは、先住民というだけで嫌悪感を抱く人間も、少なからず居るからであろうか。しかし、もし青年がそのタイプの人間であったならば、少女と一緒に行動していないし、むしろ青年は先住民に対して、好意的な感情を持っていた。
「本当ですか? 私、以前にポピ族の方には助けていただいたことがありますので。むしろ、会えたら嬉しいですね」
そう聞くと、母親はほっとした顔を浮かべた。この村は、少なくともポピ族とは友好的でいたいのだろう。確かに
「そうですか……それを聞いて安心しましたわ。それでは、探し物、頑張ってくださいね」
そして、母子ともに去って行った。去り際に少年が振り返り、青年に対して舌を出してきたので、青年は目を見開いて威圧した。すると少年は喜んで、母親の先を走って行ってしまった。
「ふぅ……ったく、アタシにお守を押し付けて楽しやがって」
ネイが青年の方へと歩いて来て、悪態をついた。しかし、やはり子供が嫌いではないのだろう、満更でもない顔をしている。
「いやいや、俺は君が遊んでいる間に情報収集していたのさ。さぁ、乗った乗った」
「はぁ……お前、あれだろ? 別に情報集める気も無く、ラッキーで良い話を聞いただけだろ? そういうのは、棚から百ボル札って言うんだ。コグバーンが言ってた」
少女は得意げな顔で故事成語を言いながらも、もはや慣れた足取りで馬車の荷台へとちょこんと座った。しかし、それを言うなら棚から餅ではなかろうか。確かに唐突にお金が舞いおりたらラッキーこの上無いのだが、開いている口にお札が入ってきて、誤って飲みこんでしまったら大変だ。
「……難しい言葉を知ってるじゃないか。感心感心」
きっとコグバーン大佐の、熱心な教育の賜物が彼女なのだ。青年はそれを壊す訳にはいかないと思ったので、訂正しないでおくことにした。
「……おい、お前、なんでぷるぷる震えてるんだ? ……まさか、あのオッサン! これも嘘か!?」
どうやら、一度や二度のことではなかったらしい。少女は空に向かって、大声で叫んだ。その声は、あの世に居る愉快な御仁に届いたのだろうか。
「いや、ぷぷっ……きっと嘘じゃなくって、冗談のつもりで……ぷっ! ほら、普通に教えたらつまんないから、気を使ったんだろうよ、コグバーン大佐も……」
やはり、面白い人であったのだろう。しかし、青年にも大佐の気持ちが良く理解できた。打てば気持ち良く響く少女に適当なことを言うのが、楽しかったに違いない。
「くっそー……おい、お前! 何時までも笑ってんな! しゃきしゃき運転しろ!」
「オーキードーキー」
そうして、少女を乗せた荷馬車が、ごとごとと荒野に向かって進んで行く。少し雲が出てきているが、雨が降る心配がある、というほどでもなさそうで、青年はさほど気にすることなく、馬を目的地へと走らせることにした。
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