3-36:屋内戦

 テナントが全く入っていない、さながらFPSのゲームにでもよくありそうな廃墟になりかけたコンクリートビルに逃げ込みながら、石橋は残った武器を確認する。


「拳銃にマガジン二つ、スタングレネードと煙幕、あとナイフに救急キットか」


 黒服たちの正確な数は把握していないが、あの護衛車の数を見る限りは二、三十人は居てもおかしくはない。それを一人で相手にするのは、普通に考えれば馬鹿げているかもしれない。


「武器、もうあんまりないね……。大丈夫?」


 希愛が不安げに石橋の顔を見上げるが、石橋には不安の色はない。

 むしろこれからの戦いに気力が満ちているような、頼もしい表情である。


「今まで戦ってきた化け物どもの相手ならいざ知らず、相手が人間ならやりようがあるってもんさ。一人でもな。それに、武器は相手が幾らでも持ってくるだろう?」

「そんなものなの?」

「そんなもんさ。自分が武器を持ってなけりゃ、相手から奪う。今回はまだ手持ちの武器が残ってる分、恵まれてる方だ」

「今回は……? 前にもこんな状況で戦ってたってわけ?」

「数年前くらいにな。昔は傭兵みたいなことをやってたんだよ。これ言ったっけか?」

「初めて聞いた」

「そうか」


 石橋はかつて、ヤクザのコネか何かを使って傭兵部隊にぶち込まれ、そこで揉まれた過去があった。傭兵と言っても私企業で働いていたらしく、過酷な日々を送っていたらしい。らしいというのは、石橋が進んで語りたがらないというのもあったからだ。

 希愛は何をしていたの、という言葉を飲み込んだ。

 石橋があまりにも苦虫を噛み潰したかのような顔をしていたから。

 きっと辛い事があったんだ。自分の想像も及ばないような。

 そう考える事にして、希愛は石橋に手をひかれながらついていく。


「さて、そろそろお客さんもおいでなすったようだ」


 バタバタと黒服たちが駆けてくる音が聞こえる。良く晴れた早朝には似合わないぶしつけな音だ。

 石橋は希愛をひょいと背負い、階段を一気に駆け上がる。

 三階までたどり着いたところで、石橋は通路最奥の部屋まで走る。突き当りは非常階段で、左はオフィスフロア、右は男女のトイレだ。二人は左のオフィスフロアに入る。

 そこには古ぼけて錆び付いた金属製のロッカーと簡素な机に椅子、そして通気用のダクトがあった。石橋はダクトのフタの留め金を外し、ダクト内部に希愛を避難させる。


「いいな、奥まで隠れて見つからないようにするんだ。物音立てるのと声を出すのも厳禁だぞ」

「いいけど、兄ちゃんは?」

「俺はあいつらをやっつけてくる」

「全員?」

「もちろん」

「気を付けてね」


 希愛が隠れるのを見届けたあと、石橋はこの部屋を出てすぐ隣の同じオフィスフロアに潜んだ。その後に黒服たちの革靴の音が騒々しく三階フロアに響き渡る。

ここでわざと物音を立てる。


「どうやらこの部屋に居るみたいだぞ!」

「往生せいや石橋ぃ!」


 拳銃を持った黒服たちが十人くらい部屋に踏み込んできた。

 彼らは石橋をめがけて拳銃を構えるが、しかしそこはもぬけのカラ。部屋の中は元会議室だったらしく、使われておらずに朽ちたままの机と椅子しかない。窓の外を眺めても外壁に張り付いていたりしているわけでもない。

 ふと、彼らの足元に何かが転がる音が響き、黒服の一人がそれを見て声を上げた。


「閃光弾!」


 さすがにそこいらのボンクラヤクザとは違い、幾分か訓練されているのか閃光弾と聞いてすぐさま反応して目を腕で覆った。光は何とか遮ったが音まではどうしようもない。

 

「くそが!」


 周囲を見やっても居ないという事は、上にいる。

 黒服の一人が天井を見上げれば、確かに逆さまに張り付いた男が一人。


「流石柄山のオヤジの直属部隊だけあって、俺の能力も把握しているか」

「舐めやがって、ぶち殺してやる」

「そうはいくかよ」


 続けざまに石橋は手に握っていた何かを床に落とした。それは落ちた瞬間にもうもうと煙を立て、あっという間に部屋は煙で充満する。

 次の瞬間、銃撃の音が響き渡った。煙で視界が遮られても、それほど広くもない部屋にこれだけ人が入っていれば誰かには当たる。

 しばらく男たちの悲鳴が上がった後、ほどなくして煙は窓から抜けて晴れた。

 そこには血を流してうめき声を上げながら倒れ伏している黒服たちの姿のみがあった。

 石橋はまだ息をしている奴にとどめの銃弾を放ちながら、弾が切れた銃を捨てて黒服たちから銃と弾を奪い、装着する。

 部屋から出た所でちょうどエレベータから上がって来た黒服たちと遭遇する。


「石橋だ! 撃て!」


 黒服たちが銃を構えるが、石橋はそのまま壁に向かって走る。そして駆け上がる。

 予想外の動きに黒服は狼狽える。いや、頭の中には確かに石橋の能力の事はあったのだが、実際にこうやって目の当たりにしてみるのとは全く違う。

 しかも狭い通路内では、壁を反復するかのように跳んで動いたりするものだから余計に狙いが定めづらい。案の定、石橋を狙って銃撃をするも既にその場所に石橋はおらず、逆に銃撃され倒れ伏す黒服たち。


「俺が壁を登るだけのヤモリだと思ったか、アホめ」


 続いて階段から駆け上がって来た黒服たちは柄の無い刀を持ち、突進してきた。

 既に銃に弾はなく、倒れた黒服たちから銃を取るには距離が少し遠い。

 石橋はナイフを懐から取り出し、構える。


「死ね石橋!」


 大上段に構えて振りおろした斬撃は速かった。

 しかし石橋はやはりその場にはおらず、消えていた。いや正確には黒服には消えたように見えていただけで、既に真上に、天井に張り付いていた。

 そのまま背後に着地し、石橋は背後から肝臓を刺し、刃を捻る。


「ぐえっ」


 そのままごとりと倒れる黒服。

 ついで二人、三人のドスを持った黒服が突進してくる。体ごと刃を押し当ててくるような、典型的なヤクザの刺突。だがこれが効果が高い。腹部に深く突き刺さり、実際致命的なダメージを被る。そういう殺意に満ちた突きをギリギリで躱し、ナイフを首筋に這わせる。鮮血を噴き出し、黒服たちは倒れ伏した。

 悲鳴と銃声が止み、ビルの中には静寂が訪れる。

 ビルの外に一人佇んでいた柄山。音が途切れたのを確認し、ぽつりとつぶやく。


「やはり勝負にならんか。もう少し時間が掛かると思っていたが、どうやらあいつも少しは成長していたようだ」


 鍔のない白木の刀を握る右手に思わず力が入る。


「久しぶりに骨のある戦いが出来そうだ」

 

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