昼風呂@クリスマスイブ

 クリスマスイブの午後2時前。金策に失敗してプレゼントの調達に窮したサンタクロースが、私服姿で(とは、この場合、例の赤い”制服”ではない普段着で、ということであるが)、こちらは普段通り赤いまんまの鼻先から風邪気味で鼻水を垂らしているトナカイと並んで、三丁目の公園のベンチから向かいにある松ノ湯の巨大な煙突を見上げていた。松ノ湯の営業開始時間まであと15分ほど。例年ならば、方々の煙突でこびりついたススを、25日の夜明け間際、24時間営業サウナで、従業員に嫌な顔をされながらシャワーで洗い流すのだが、今年は配るものが手に入らず、深夜に煙突から潜り込む必要もなくなったので、いっそ、明るい内から煙突の下で昼風呂と洒落こむか、という話になったのである。

「アベノミクスのトリクルダウンも末端サンタにゃ垂れてこねぇな。この前の選挙、自民になんか入れるんじゃなかったぜ」

 ぼやくサンタに、トナカイは驚いた顔をして見せた。

「サンタ、おめぇ、日本の選挙権、持ってたんか?。外人だろ?」

「帰化したんだよ、随分前にな」

 言いながらサンタは落ちていた木切れを拾って地面に字を書いた。

 ”三田 九郎”

「日本名はこれだぁな」

「スがねぇじゃねえかよ」

「無声子音だから負けて貰ったんだよ」

「無声子音とか有声母音とか関係ねぇだろうがよ。それに日本語名の漢字に負けるとか負からんとか意味わかんねぇし」

「市役所の窓口もンなこと言ってやがったがよ、べらんめぇ口調で捲し立てて押し通してやったさ。こちとら江戸っ子だっちゅうねん」

「江戸以外も色々混じってんじゃねぇかよ。第一、帰化江戸っ子とか、聞いたことねぇよ」

 その時、松ノ湯のシャッターがガラガラと上がる音がして、二人は何となく口を噤んだ。今年で高校を卒業する松ノ湯の次男坊が箒とチリトリを持って出て来た。入り口辺りを掃除している。試験休みか何かで暇で、家業を手伝わされているのだろう。もうしばらく待っていれば営業が始まる。

「サンタァ、」

「あぁ?」

「おめぇ、イエスの本当の父親って誰か知ってっか?」

「興味ねぇよ、そんなワイドショーネタ。大体、三位一体の処女懐胎設定だろ?。普通の意味での父親なんていねぇんじゃねぇの?」

「実は俺なんだよ」

 トナカイがニヤリと笑って自分の鼻先を指さすのをサンタがすかさずどつく。

「種が全然違うじゃねぇかよ!。いつから人類になったつもりやねん。はらませられるかっちゅうの!」

「いや、そこは俺の精子をSTAP細胞で培養してだなぁ‥」

「この期におよんでまだSTAP細胞はありますとか言いてぇのか!。てか、年末だからって無理やり重大ニュース展開とか要らねぇよ!」

 と、件の次男坊が入り口にのれんを掛けているのが見え、二人は立ち上がった。入り口に向かいながら、トナカイがサンタに背中で聞いた。

「サンタ、おめぇ、子供の頃、なりたいものとかあった?」

「んー、代々、世襲だったからなぁ、他の道とか考える余地、ないっつうか、、、」

 と、思い出したという表情でサンタが言葉を継いだ。

「ただ、みんながしてた”サンタいるいない論争”には憧れたな。俺も、いるとかいないとか悩んでみたくってさぁ」

「だよなぁ、クロース家の跡取り的には、そこ、憧れちゃうよな」

「ま、ないものねだり、ちゅうか、な」

 男湯の扉を開けた二人の顔に、一番風呂の湯の熱気がムッと押し寄せて来た。

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