第13話 街の噂

「本当に大丈夫ですか?」

 朝食を済ませて支度を整え、学校へ向かう為に玄関に立った俺へと篠は再三の確認をしてきた。

「大丈夫だって。別に危ない場所に行くわけじゃないし」

 その内容は、篠の学校への同行についてだ。

 篠は学校へ向かう俺へと用心棒か秘書のようにきっちり付いて来るつもりだったらしい。道理で朝から俺の今日の行動をやたら聞いてくると思ってたんだ。

 当然その案は却下した。

 篠は隠形術おんぎょうじゅつで普通の人間には見えないようにできるから俺に迷惑は掛からないと言って断固付いて来ようとしていたが、そういう問題でもない。

 大体そんなこと言うもんだから幸まで付いて来る気になっちゃったじゃねえか。もちろん家でおとなしくしていてもらうように説得したが。

「お前も好きにしてていいぞ。何か用事があったら呼ぶから」

「ですが…」

 やはり篠は従者として俺に何か尽くしたがっているようだ。朝にその話もしたが、篠の中での主への奉仕精神はもはや呼吸と同然に根付いた一種の本能らしい。

 好きにさせたところでこの子は満足しないだろう。何かしら仕事を与えた方がいい。

「よし、それじゃあさ。お前は幸と一緒にいてくれ」

「お嬢様とですか?」

「俺が帰ってくるまでの間、幸と遊んであげてくれよ。この子いっつも家からも出ないで一人で遊んでるからさ」

 心配だからきちんと俺に伝えてからなら外出してもいいとは言ってあるのだが、それから一度として幸は自主的に外出したことは無い。

 俺としては人には見えないとはいえ幼い女の子が単身で外をふらふらするのは何かありそうで怖いのだが、一切出ないとなるとそれはそれで心配だ。日和さんも幸とは遊んでくれないみたいだし。

「会話するだけでもいい、とりあえず幸の面倒を見ていてくれ」

「はい、わかりました」

 仕事を与えた途端に活き活きとした表情で大きく頷く。

 俺も軽く頷き返し、身を屈めて幸と視線を合わせる。

「幸、今日は篠が遊んでくれるからな。仲良くするんだぞ?」

「……(こくん)」

 着物姿の小さな女の子は、俺の言葉に素直に頷いた。

「…日和さんは今日も家に?」

「うん、そうだね。一応今晩は外に出て奴を捜索してみるつもりだけど、まあ出ないだろうね」

 眠たげに立っている日和さんが欠伸混じりに答える。

 日和さんの仕事の対象である人外は、確か日和さんがボコボコにして深手を負わせたらしいからもうしばらくは姿を現さないとか言っていたのを思い出す。

「わかりました。じゃ、俺は学校行ってきます。何もしなくていいですけど、ちょっとくらいは二人の様子を見てあげてください」

「んむ、了解。行ってら」

「お気をつけて、行ってらっしゃいませ。主様」

「……」

 三人に見送られて、俺は家を出た。




     ーーーーー

「口裂け女だってさ!!ゆーくんっ」

 朝から耳にキンキンくる大音声で、河江玲奈が俺の机を叩きながら言った。

「いきなりなんだお前は。暑さで頭がどうかしたか」

 元々どうにかなっているとは思うけど。

「学校で広まってる話だよ!ゆーくん調べてくれって言うからきっちり調べてきたのにひどいよ!」

「あー……ああ、うん。そうだった」

 日和さんが担当してる仕事の対象。話によればそこそこ有名な相手らしく、学校でも広まっている可能性があるからと俺が玲奈に頼んで調べてもらっていたんだった。

 一昨日のことがあってすっぽり忘れていた。

「悪いな」

「別にいいけどね!でも昨日だって学校休んでたし、ゆーくんてば私にはサボるなよとか言っときながらそこら辺どうなの?」

「忙しかったんだよ俺も」

「なるほどね!」

 詳しくは説明していないが、俺のやってることを大体知ってる玲奈だからか、その一言だけであっさり引き下がった。

「で、どうだったの?無事解決?」

「全部じゃねえけど、ひとまずはな。家に一人増えた」

 どうせ玲奈はしょっちゅう家に来るから黙っている意味は無い。突然来られても篠の方が動揺しそうだし、先に言っておく。

「へー、どんな人?」

「鬼の女の子だ。お前、家には来てもいいけどあんま脅かすのはやめろよな」

 特に霊体で来たりなんかしたら篠は腰抜かすんじゃなかろうか。壁とか透過していきなり来たりすれば俺でもビビる。

 玲奈が両手を合わせ目を輝かせた。

「わはー女の子かー、今度会いに行くね!やーゆーくんもどんどんハーレム出来上がっていきますなー」

「寝泊まりする場所が無いから提供しただけだ」

 主従契約を交わした上での配慮でもあるんだが、ここら辺は別に説明する必要もないから黙っておく。主人と従者なんて関係を知ったらまた騒ぎ出すに決まってるんだ。

「で、なんだっけ。口裂け女?」

 話を本題に戻す。

「そうそう。最近街で見たっていう話が結構出てて、学校でもその噂が広まってたみたい。全然知らなかったけどね!」

「安心しろ、俺もだ」

 お互い噂やら流行やらには疎い身だ。単に耳に入らなかったというよりは興味が向かないから聞いていても頭に入ってこないんだ、多分。

「口裂け女の目撃情報っていうと、なんだ。大きなマスクとか、その下の裂けた口でも見たってのか」

 詳しい特徴は知らないけど、口裂け女といえばそういうイメージだ。顔の下半分を覆うほど大きなマスクの下は、耳元まで裂けた口があるという。

「うんうんっ、あとねあれ聞かれたらしいよ。『ワタシキレイ?』って」

「ああ、そんなのもあったな」

 確か『綺麗じゃない』って答えると殺されるんだっけか。

「理不尽だよねー、あれ。キレイって答えても『じゃあお前も同じようにしてやる!』って口を引き裂かれるんだよ。じゃあどうすりゃいいんじゃーって感じ!」

 けたけたと笑う玲奈を尻目に、俺はケータイをいじりながら考えていた。

 口裂け女。

 日和さん曰く、酷い敵意と悪意に満ちた人外。話し合いの余地は無く、殺した方が早いとかいう。

 しかし相手は都市伝説だったのか。となると伝えられてきた歴史はわりと浅いはず。

 人々の畏怖や畏敬などの感情の積み重ねがそのまま存在の濃度に直結する人外にとっては語り継がれてきた年月は重要だ。

 そういう意味ではうちの座敷童子は相当の古参に入るだろうし、逆に都市伝説はそれこそ話の発端から三十年かそこらがいいところだろう。

 代わりに噂の広がり方が異常だったらしい。当時は社会問題にまでなったと記載されている。

「ちょっとゆーくん!人と話してる時にケータイいじるのはマナーがなってないよ!」

「許せ玲奈、これで最後だ」

 ケータイから開いていたネットを閉じてポケットにしまう。

「で、目撃情報があったってことは被害者も出てるってことか」

「そう思うでしょ?ところがどっこい被害者はゼロ!なんでも襲われた時に謎の女性に助けられたんだってさ。正義のヒーローだねっ」

「へえ…」

 どうにも思い当たる人物が一人いますな。

「ほんと、マジで勘弁してほしいわ……なんで今になって口裂け女なんだよ…」

「お、しゅーくん。おっはー!」

「古ぃよ」

 俺と玲奈の話しているところへ、青い顔をした秀翠がやってきた。

「おはよう。昨日は悪かったな」

 昨日は学校をサボる為に秀翠には適当に先生に言い訳してくれるようメールで連絡していた。

 秀翠は俺の言葉に軽く頷いて、

「ああ……気にするな、あのくらい。ってかお前風邪ひいて休んでることになってたぞ」

「え?マジか」

 ということは日和さんが手を回してくれていたってことか。いいって言ったのに面倒を掛けてしまったらしい。

「で、お前はどうしたよ。そんな青い顔して」

「さては悪いものでも食べたなしゅーくんめ。食い意地が張ってるとよくないんだよ?」

 秀翠も玲奈には言われたくなかったのか、口には出さずに目に力を込めて視線だけで返す。

「…、で?結局なんなんだよ。最近頭を悩ませてた心霊騒ぎも終わっただろうが」

 死霊の一件で霊感の強い秀翠がなんか微弱な干渉を受けて頭痛とか幻聴とかの被害を受けてたらしいが、それはもう解決したはずだ。

「そうそれだよ!せっかくおかしな心霊現象も落ち着いたってのに今度は口裂け女だぞ!?いつになったら俺に安眠は訪れるんだ!」

「つまり怖くて満足に寝れず、寝不足というわけですな」

「あほらし…」

 そんなことかよ。

「冷ったいヤツだな夕陽おい!お前俺のガラス製のハート知っててよくそんな薄情なこと言えたもんだなまったく!」

「ならしゅーくん血潮は鉄だね!」

「大体、お前が苦手なのは心霊系だろ?なんで都市伝説にビビってんだよ」

 ジャンルが違うと思うんだが。

 玲奈の言葉を完全にスルーして適当に受け答えだけしながら、俺の視線は秀翠の頭に向いていた。

 厳密には頭の上。

 俺の見ている先には気付かず、秀翠は熱弁を始める。

「同じだよ!心霊も都市伝説も同じ!どっから来るかもわからないし目茶苦茶恐ろしいし!いきなり夜道で口の裂けた女に襲われたら裂かれる前にショック死するわ!!」

 お前寮生活なんだから夜道関係なくない?

 そう口に出そうとしたところで玲奈がはしゃぎながら割り込んできた。

「ねーねーこれ見てしゅーくん。くねくねだって、くねくね!かわいい名前だねー♪でも直視したら発狂しちゃうんだってさ!あとこれ、ベッドの下の男!しゅーくんの部屋ベッドだったよね?寝る前に覗いてみたらいたりしてね!」

「いやぁぁぁああああああああああああああ!!!」

「やめてやれよ」

 都市伝説を調べたページが表示されているケータイの画面を突きつけながら玲奈が楽しそうに恐ろしい都市伝説を片っ端から読み上げる。

「やめてくれえええええ!もうこれ以上そんな話聞いてたらさらに頭が重くなる!!」

「え?しゅーくん頭悪いの?」

「重いの!!」

 ぐいぐい押し付けていたケータイをどけて、玲奈がきょとんと首を傾ける。

「風邪?大丈夫?」

「ああ…なんか心霊現象が落ち着いた辺りからやたら肩とか頭が重くなる時が増えてな。なんだろう、また何か違う心霊だろうか……なあ夕陽、どう思う?」

「いや大丈夫だろ」

 俺の即答をどう取ったか、秀翠は少し落ち着きを取り戻した。

「そ、そっか」

「気にしなくて平気だよ、悪いことはないから。ってかお前はそこら辺ちょっと神経質過ぎんだよ、だからそんな変に肩や頭が重いとかいう思い込みが出るんだ」

 実際は肩や頭の重みは思い込みではないが。

 今だって秀翠の頭には普通の人間には見えないものが乗っかっている。

(なにしてんだろ、あいつは)

 ピクシー。妖精種の中でも下位にあたるその頭でっかちな小人みたいなのが、まるでぬいぐるみのように秀翠の頭にしがみついている。

 何日か前に会ったのと同じヤツなのは間違いない。なんでか知らんがあのピクシー、やけに秀翠に懐いているようだ。

 重い重いと感じているのもあれが乗っているからだ。まあ危害を加えるつもりも悪戯するつもりもなさそうだから放っておく。

 俺は俺で考えたいこともある。

(しかし口裂け女か。秀翠じゃないけど、なんでこの街に。なんかするつもりか?)

 目的は日和さんもまだ掴めていないと言っていた。それがわかるまでは泳がせておくとも。

 それなのに深手を負わせて逃げられたというのは、きっと相手から仕掛けてきたからだろう。下手に手出ししなければ返り討ちにされることもなかったろうに。

 とはいえ安心もできない。またいつ出てくるとも知れないしな。

 だが俺からは手出しできない。日和さんからのお達しだ。

 俺が請け負わせてもらった死霊の一件もひとまずは片付いたし、今のところは俺ができることはない。

(じゃ、おとなしく学生やってていいのかな)

 そうと決まれば話は早い。

 目下、最優先で取り組まなければならないことがある。


「…ん?夕陽、それなんだ?」

「見てわからんか、反省文だよ。まだ終わってねえんだ」





     ーーーーー

『…』

『お嬢様、何をしてらっしゃるんですか?』

『…(すっ)』

『あ、積み木ですか。お上手ですね』

『……』

『はい?わたしですか』

『…』

『一緒に、ということでしょうか』

『…(こくん)』

『わかりました。大きいのを積み上げましょう』

『…(ぐっ)』

『…………よ、っと』

『……!』

『わわ、ちょっとそっち危ないですね。補強しましょう』

『…(こくん)』

『すごい、いい具合です。全景が見えてきましたよ、お嬢様』

『……(ふんすっ)』

『主様が戻ってこられたら、お見せしましょうね』

『…!(こくこく)』


(………何を作っているのかと思えば、…あれ清水寺か…なにあの完成度の高さ…)





     ーーーーー

「やっと持ってきたわね」

「いやあ、へへへ………すんませんでした」

「いやいや忙しかったんだからしょうがないよ」

 昼休み。

 午前中の授業時間を全て費やして完成した反省文を片手に弁当を持って女子寮長室を訪れ、そこにいた閃奈さんに謝罪と共に提出し、一緒にお茶をしていた蓮夜さんにフォローをしてもらう。

 そのまま流れで椅子に座り、流れでテーブルに弁当を広げる。流れで閃奈さんがお茶を出してくれる。

 いつものパターンだ。

「で、結局例の祓魔師は逃がしたんだっけ?」

「はい、残念ながら」

「ちょっと不安だね。このあと何をしでかすかわかったもんじゃない」

「そうねー、またどっかで死霊を生み出すかもしれない」

「その時はその時で、また止めますよ。今度は息の根も一緒に」

「あんまり物騒なことはやめた方がいいよ夕陽。相手が人間なら殺したりなんかしたら法的に捕まるのは君だよ」

「わかってますよ。でも、状況如何ではそれも視野に入れるって話です」

「もう全部日和にぶん投げればいいじゃない」

「そういうわけにもいきませんよ」

 確かに日和さんならどんな敵でも蹴散らしてしまいそうだけど、それで済ませておしまいって話じゃない。

 俺の個人的な問題も絡んでいる。

「今回の篠みたいに、被害に遭ってる人がいるかもしれませんし。助けられるものならなるべく全部助けたいんですよ」

 言い方は悪いが、日和さんは仕事を達成する上で犠牲になるもののことをあまり考えていない。俺のことはやたら心配してくれるし、幸のことも多少なりとも考えてくれてはいるようだが、それは身内だからというだけだろう。

 日和さんは自分に関係のないものにはどこまでも無関心に対処していく。

 それは悪いことじゃないし、それに口を挟むつもりも毛頭無い。

 だから、口を出す代わりに俺は俺なりに犠牲になりそうなものをなるべく拾いながら仕事を達する。最短一直線ではなく、最長の大回りで。

 それがいい。そうしたい。自分勝手に自己満足して終わらせたい。

 まあそういうものだろう。別にそこら辺に関して無理に言い訳する気も無い。

 俺の自分勝手で日和さんを困らせて、俺の自己満足で周りに迷惑を掛けてしまうことにはかなり心苦しく思う部分もあるが、こればっかりは譲れない。

 絶対に譲れない。

「…まあ、くれぐれも死なないようにね。死ななきゃ治してあげられるから。あたしで無理でも母さんならなんでも治せる。その辺は安心なさい」

「校長先生っすか」

 この双子の母親にして俺達の通う学校の校長。純粋な魔と関係を持った純粋な妖精種。

 何度か会ったことはあるけど、ほとんど不在にしている。その理由は、

「旦那は見つかったんですかね」

 行方をくらました夫の捜索らしい。

 俺も詳しいことは知らないが、喧嘩でもしたのだろうかね。

「戻って来ないんだから見つかってないんでしょ。母さんもあんなヤツ放っておけばいいのに」

 しかもこの『魔族』の旦那、閃奈さんにかなり嫌われている。

「そんなこと言うもんじゃないよ閃奈。父さんだって何か考えがあって留守にしてるんだよ」

 その反面、蓮夜さんはその父親をやたら擁護する。

 あんまり深く話を聞くのも失礼だと思ってこれまでその旦那のことには触れないでいたが、どうも閃奈さんの愚痴から察するに、この双子さんが幼い頃にはもうほとんど姿を現すことがないくらいには留守にすることが多かったらしい。

 そのせいで負担が掛かったのは母親の方。だから閃奈さんはどこぞを放浪している父親のことを良く思ってはいないようだ。蓮夜さんは何かあってのことだろうと予想して父親を悪く言う閃奈さんをことあるごとに宥めている。苦労人だ。

「あー……そういえば聞きましたお二方?都市伝説の噂」

 閃奈さんの機嫌が悪くなる話題だったのを忘れてて旦那の話を出してしまった手前気まずくなり、多少強引に話題を逸らしにかかる。

「ああ、口裂け女だっけ?」

 蓮夜さんも察してすぐさま俺の話に乗ってくれる。空気の読めるナイスガイだ。

「死霊騒ぎの次は都市伝説騒ぎ。なんなのかしらね。まったく不愉快だわ」

 父親への不満がそのまま口裂け女へ向いたようだ。機嫌は損ねたままだが話は逸らせた。

「日和さんや紅葉くれはが言うには、祓魔師がなんかやり始めてた辺りからもういたらしいですけどね」

「そうなんだ?じゃあ最近まで潜伏してたのかな」

「で、当の日和は今なにやってんのよ。まだ傍観してるつもり?」

 やべ、今度は日和さんに矛先が向きかけてる。

 口に入ったまま咀嚼中のおかずを麦茶で流し込む。

「今は仕事入ったらしいですよ、口裂け女の対処で。日和さんは殺す気満々ですけど、一回偶然会った時にいきなり襲われて返り討ちにしたらしいです。深手を負わせたとか」

「相変わらず無茶苦茶な…」

 蓮夜さんが苦笑する。俺もそう思う。

「なら、これは日和に任せましょうか。あたし達も寮生は外出を控えるように言ってあるし、アンタらも今日の内に注意喚起がされるはずよ。都市伝説に乗っかって口裂け女を模した通り魔が出たらしいから授業が終わったらすぐさま帰宅するようにってね。部活動も基本的にお休みで」

「ああ、なるほど」

 ただでさえ今はこの街危ない雰囲気になってるしな。『謎の大量殺人』のせいで。

「結局、祓魔師が殺した約三十の死体は適当にでっちあげた犯人のせいとして擦すり付けて、外部の人間にはあたかも平和を守ったかのように見せる魂胆なんですね」

「そうしないと警察連中も面目立たないでしょ。それ以前に市民の不満と不安が爆発したら何が起こるかわかったもんじゃないし」

「実際の内容はともかくとしても、『大量殺人犯は警察がやっつけたからもう安心ですよ』っていう状況に持ってかないと不味いからね」

 人外の情報を持っている人間は警察内部にも存在する。そういう連中が、人外の引き起こした不自然な事件とかをどうにかある程度『人間が起こし得る範疇の事件』として丸めて世間に公表する。で、それを無事に解決したとして人々を安心させる。

 そういう台本プランがいくつかの状況に合わせて既に設定されている。っていう話を日和さんから聞いて、俺はなんともいえない気持ちになった。

 もしかしたら日和さんに来る依頼の相手ってのも、警察の人間が多かったりもするんだろうか。秘密裏に危険な人外をやっつける為に。

 そういうのが実際にいるのを知ってる身としては、MIBとかの都市伝説が持ち上がるのも無理ない話なのかなあとか思ったりもする。

 火の無いところに煙は立たぬとも言うし。

 噂があるなら大元も確かにあるはずだ。それが妄想だか妄言だかである可能性が限りなく高くても、その中には本当のことも混じっていたりするんだろう。

 嘘と本当がおかしな具合に混じり合うから都市伝説なんて信憑性の薄い話まで現実に形を成してしまうんだ。

 人間の思考や感情の集積が現実世界に実体を産み落とすとなると、この手の話は広がるたびに実体化していくことになる。あとは噂の拡散速度と時間の問題。

 それを見事に実証してくれたのが、今この街にいるらしい口裂け女だ。おそらく都市伝説というジャンルの中では最速で話が広がり形を成したもの。ネットとかが一般に普及していなかった当時のことを考えれば、やはり異常な速度で噂は伝播したんだろう。

 今ならもっと早く話は各地に広まる。

 どんどん世の中が発展していく中で、人外情勢は加速度的に厄介さを増していくってわけだ。関係ない人間にはまったく関係ない話なんだろうけど。

 その内、世界の勢力は真っ二つに分かれるんじゃないかとすら思う。

 これまでの歴史を刻んできた人間と、人間に存在を刻まれてきた人外とで。

 ………そうなれば、人外は窮屈な思いをせずにいられるだろうか?

 人の為の世ではなく、全ての為の世として機能するんだろうか?

 人と人以外は手を繋ぎ合ってお互いに共存していけるんだろうか?

 俺は、幸や篠や紅葉と一緒に街中を堂々と歩いて遊びに行ったり買い物したりできるんだろうか…?

 わからない。

 結局のところ俺には何もわからない。今後のことなんて、未来のことなんて想像くらいしかできない。そうなるとも限らない。

 こういうことは、考えてもどうしようもない。

 意味が無いとまでは言わないが、意味があるとも言い切れない。

 ふと頭の中で渦巻いたそんな思考を掻き消すように、俺は日和さんの作ってくれた弁当の中身を口の中に詰め込む。

 そういえば。


(幸と篠、ちゃんと仲良くやってるかな。喧嘩とかしてないといいけど)





     ーーーーー

『……………お嬢様。恥を忍んでお願いがあるのですが』

『…』

『はい、わかっています。「待った」が二回までなのは重々承知しているのです。ですが…っ、何卒、わたしに三度目の「待った」を許可して頂きたいのです』

『……(ふるふる)』

『駄目ですか…。飛車角落ちでここまで圧倒されるなんて……将棋、お強いんですねお嬢様』

『……(こくん)』

『お嬢様、もう一局お願いできますか?』

『…!(こくんっ)』

『次はもっと戦略を練らなければ……二手三手先を読んで…』


(…んむ、もうこんな時間か。お昼はチャーハンでも作ろうかね)

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