第35話・年越し×約束
クリスマスが過ぎると一年の終わりもすぐそこまでやって来る。
そして今日は十二月三十一日。とうとう一年の最後の日を迎えていた。
相変らず両親は仕事が忙しい様で、年末年始も帰って来られないらしい。とんだブラック企業に勤めてるなと毎年の様に思うけど、まあこの状況にも今ではすっかり慣れっこだ。
それにしても高校に入ってからこれまで、長い様で短かった。思えば去年の今頃は受験勉強に毎日苦しんでいたからな。
「杏子、勉強はしなくていいのか? もうすぐ受験だろ?」
時刻は21時に突入したばかり。俺はリビングのソファーに寝そべりながら、杏子は向かい側のソファーに座ってテレビを見ながら今年最後の日をのんびりと過ごしていた。
「ん? 全然大丈夫だよ。ギリギリになって慌てるのは普段から勉強をしてないお兄ちゃんくらいだよ」
――くそう……杏子の奴痛い所を突いてきやがる。
しかし言ってる事が間違っていないだけに反論はできない。まさにぐうの音も出ないとはこういう状況の事を言うのだろう。
「でもさ杏子、お前何でうちの高校を受けようと思ったんだ? お前ならもっといいところに行けたろ?」
「そんなのお兄ちゃんが居るからに決まってるじゃない」
杏子は『何でそんな分かりきった事聞いてんの?』――と言わんばかりの不思議そうな表情を浮かべてそう即答する。
「……そんな理由で高校を選んでいいんか?」
「えっ? ダメなの?」
「ダメとは言わんが……まあとりあえず頑張れ」
俺が通っている学園は生徒の意見が通りやすい、行事が面白い、施設が充実している、専門的な分野も学べるなどといった特徴もあってかかなり人気のある高校だ。その比較は全国でもトップクラスの秀才が集まる学校と比べても何ら
でもそれだけではこれ程人気が高くなる理由には足りない。うちの学園が人気な理由の大きな部分。それは我が学園の異常なカップル率が理由となっているのは想像に
それにいつ頃からかは知らないけど、その事に関する噂が次々と伝わっていき、この学園に入学すると大切な人と巡り会える――なんて噂がいつの間にか流れる様になっていたと聞く。もしもそれがただの噂に過ぎなければ、この学園が人気になる事は無かったのかもしれない。
実際のカップル率の高さ、その後結婚したと言われるカップル数の多さを考えればその噂を信じてみたくなるのも分かる。まあ大切な人=恋人って考え方は安直な気もするけど、それが間違いって訳でも無いからな。
「そう言うお兄ちゃんは何であの学園に入学したの? やっぱり噂を信じてたから?」
「大切な人に出会えるってアレか? アホらしい……家から近かったからだよ」
杏子にはこう言ったけど、その噂をまったく気にしていなかったかと言うと嘘になる。もちろん通学する距離が近いからというのは本当だ。
「でもよくお兄ちゃんが入学できたよね」
「お前は兄貴をどんだけアホだと思ってんだ」
「お兄ちゃんが受験生の時はまひろさんと茜さんがしっかり教えてくれてたもんね」
ニヤリと意地悪な笑みを浮かべて俺を見る杏子。しかし杏子がこう言うのも分からなくはない。実際受験の時期は二人に色々と勉強を教えてもらっていたから。
――あの時は本当に辛かったよな……まひろはいいとして茜は超スパルタだったし……。
色々辛い事は多かったけど、それでも二人が必死で勉強を教えてくれた事は今でも感謝している。もしあの時に二人が勉強を見てくれなかったら、俺はきっと今の学園には居なかっただろうから。
そういえばあの時は茜もまひろも俺とは志望校が違っていたんだけど、俺がこの学園を志望校として選んだ後でなぜか二人とも第一志望校を俺と同じ学園に変更したんだったよな。不思議に思って一度理由を尋ねたけど、二人共『通学に便利だから』とか言ってたな。まあ学校が近いってのは重要だよなと当時は思ったけど、今考えるとちょっと変な話にも思える。
「お兄ちゃんてさ、好きな人とか居ないの?」
「何だよいきなり」
「ちょっと気になったから。お兄ちゃんてさ、ラブコメみたいな恋愛をしたいとか言っている割りには好きな人が居る気配も無いし」
「そう言われてみればそうだな……」
「ねえ、もし誰かに言い寄られたりしたらどうする?」
「えっ?」
杏子は何気なく聞いているのかもしれないけど、俺は返答に困った。変な話かもしれないけど、そんな事をまともに考えた事が無かったからだ。
「んー……正直分からんな。そういう状況になってみないとさ」
「嘘ではないみたいだね。でもお兄ちゃんに恋人ができたらちょっと嫌かな」
「何でだよ? お前クリスマスには雪村さんに『お兄ちゃんを彼氏にどうですか?』とか言ってたじゃないか」
「あれに関しては“今はそういう事にはならない”って思ったからそう言っただけだよ」
「訳が分からん……俺に恋人ができたら杏子だって喜んでくれるだろ?」
「うーん……素直には喜べないかな。良かったとは思うかもしれないけど」
「よく分からん話だな」
「うーん……例えばだけど、私が高校に入学してすぐに彼氏ができて、その彼氏とイチャイチャしてたらお兄ちゃんはどう思う?」
「大爆発しろと思うだろうな」
「妹にまでそんな事を思うの?」
じとーっとした目でこちらを見てくる杏子。
ほんの冗談のつもり――いやまあ、七割くらいは本気だったかもしれんが、何もそんな目で見なくてもいいだろうに。
「俺が悪かったよ。真面目に考えるからそんな目で見るな」
とりあえず杏子の質問に対して真剣に考えてみる。
そりゃあ杏子だっていずれは恋人ができるだろう。兄貴フィルターを外さなくても杏子は可愛い方だと思うしな。とりあえず杏子が見知らぬ男とイチャつく姿を想像してみるとしよう。
「――うん……何だか分からんが素直におめでとうとは言えんな……」
「でしょ? 多分それと同じ気持ちだよ。おめでとうと思ったとしても、素直には喜べないでしょ?」
「ま、まあ確かにな」
思わずして杏子に納得させられてしまった。何だろう……このモヤモヤする気分は。
「まあ私は彼氏を作る気は無いけどね。お兄ちゃんが居るし」
「お前は俺の恋人かよ」
「あれ? 知らないのお兄ちゃん?
杏子は妖しげな笑みを浮かべてソファーから立ち上がり、俺の居るソファーの背後に回り込むと耳元で小さくそう
「それに私、昔お兄ちゃんと結婚する約束もしてるんだよ? 覚えてない?」
「そんなの小さい頃の話だろ? それにお前も俺と結婚なんてしたくないだろ」
「さあ? それはどうかなあ?」
そう言って背後から離れた杏子を上半身を起こして見ると、クスクスと妖しげに微笑んでいた。
そして杏子はその妖しげな微笑を浮かべたまま二階へと上がって行く。未だにこういう時の杏子は何を考えているのかよく分からん。
「――あっ! もうこんな時間か」
杏子が二階へと行ってからしばらくした頃、俺はソファーから立ち上がり年越しそばの準備を始めた。
そばは一応三人前を用意している。三人目はお隣の美月さんの分だ。余計なお世話かもしれないけど、後で誘って年越しを一緒に迎えようと思っている。独りで年越しなんて寂しいからな。
台所で乾燥椎茸を水で戻していた出汁を温めると、椎茸の
「お兄ちゃーん、美味しく作ってねー。あとネギはたっぷり入れて~」
どうやら我が妹様もこの芳しい匂いに誘われて二階から下りて来たらしく、リビングからそう要望する声が聞こえてきた。
「はいよ~」
俺は妹様の要望に返事をし、年越しそばを仕上げていく。
来年はどんな年になるだろうか。今年よりも良い年になる事を願いたい。
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