第34話・本心×見え隠れ
翌日のクリスマス。イエス・キリストの生誕を祝う日というのが世界的に知られているクリスマスだとは思うが、ここ日本においてはそんな様子はほぼ感じられない。
外国では家族と一緒に過ごす日という感じらしいけど、日本においては恋人と過ごす日という認識が強い様に感じる。キリストの生誕日に乗じてイチャつこうなど、どこまでリア充共は腐っているんだろうか。
「はあっ……どうしてこうなった……」
時刻はお昼の12時を少し過ぎたところ。
自宅の台所にあるテーブルには所狭しと数々のケーキが並んでいて、その光景を見ているだけでケーキ屋さんにでも居るかの様な錯覚に
そしてその圧倒的な光景を前に
「うーん……」
「いつまでケーキと睨めっこしながら悩んでるの? 全部食べればいいだけじゃない」
リビングから台所を覗き込みながら茜が平然とそんな事を言ってくる。
「茜、この量を見て言ってるのか? こんな量を今日だけで食べきれるわけ無いだろ?」
「大丈夫だよ。女の子には別腹が沢山あるんだから」
――どこかで聞いた覚えのあるフレーズだが……仮に別腹がそんなに存在したとしてもこれは無理だろうよ。
「ごめんね龍之介。まさかみんなもケーキを持って来てるなんて思ってなかったから」
「でも龍之介さん、せっかく作ったんですから食べて下さい」
こちらの様子が心配になったのか、まひろと美月さんも台所の方へとやって来てしまった。
まひろは妹のまひるちゃんが手作りしたというケーキを手土産に訪れ、美月さんは昨日からケーキを夜通し作っていたらしく、先程完成したというケーキを持って来ていた。
そして茜はと言うと、昨日見た俺達のケーキをご
「まあ茜はともかくとして、まひろと美月さんはありがとう」
「私はともかくって何よー!」
とりあえず茜の不満の言葉はスルーし、ケーキを食べる為の準備をする事にした。このままケーキを見つめていても
台所に来ていたみんなにリビングへ戻るように言い、俺はこの日の為にと用意していたローズヒップティーを棚から取り出してティーポットの中でじっくりと成分を抽出させる。
その間にみんなが持って来たケーキと昨日買ったケーキを約八等分程に切り分け、みんなが皿に取りやすいようにしてからリビングへと持って行った。
そしてローズの良い香りが広がったティーポットと軽くお湯を入れて温めたティーカップを取りに戻り、それを持って再びリビングへと戻る。
「さあどうぞ」
「んんっ! これ美味しいー!」
さっそく茜が有名店のケーキを口にしてテンション高く声を上げる。俺もそれを見て有名店のケーキを口に運んだ。
――うん、確かに期待していたとおりの美味しさだ。口の中に広がる甘さは上品でさっぱりとしていて、これなら俺でも結構食べれそうだな。
「龍之介、これも食べてみてよ」
まひろはまひるちゃんの作ったケーキを皿に乗せて差し出してきた。
俺はローズヒップティーを一口飲み、まひるちゃんお手製のケーキをフォークで一口サイズに切ってから口の中へと運ぶ。
まひるちゃんが作ったケーキはシンプルなホワイト生クリームが塗られたケーキで、可愛く小さなイチゴが点々と乗っているのが何とも可愛らしい。口に運んだケーキはスポンジが少し固めだが、俺はこんなのも嫌いじゃない。
スポンジ層の間にあるクリームに包まれた桃などのフルーツ。その爽やかな甘みと酸味が絶妙で、手作りとは言え店のケーキにも負けない美味しさを感じる。生クリームの甘さもくどくないし、総合的にかなりの美味しさだ。
「うん、美味いよ! 流石はまひるちゃんだな。とっても美味しかったって伝えてくれよ」
「うん! ありがとう龍之介」
なぜまひろが顔を紅くするのかは分からないけど、妹の事を褒めてもらって嬉しかったんだろう。
それにしても、まひるちゃんが用事で来られないのは残念だった。久々に話をしたかったんだけどな。
「いてっ! 何すんだよ杏子」
「お兄ちゃん、デレデレしてた」
フォークを右手に持ち、その右肘で俺の横腹に一撃を加えてきた杏子。何が気に入らないのかは分からないけど、どうやらご立腹の様だ。
「龍之介さん、次は私のを食べて下さい」
今度は美月さんが自分の手作りケーキを俺に差し出してくる。
するとその言葉を聞いた茜の手が止まり、じっと俺の方を見ている事に気付いた。
――何だろう……何で茜は俺を睨んでるんだ?
「さあ龍之介さん、どうぞ召し上がれ」
にっこりと笑顔でケーキが乗った皿を手渡してくる美月さん。
美月さんの話から昨日も夜遅くまでケーキ作りを頑張っていたのは分かった。少し茜の様子が気にはなるけど、ここは食べないわけにはいかないだろう。
にこにこしている美月さんとその背後でなぜか俺を睨んでいる茜を見ながら、俺はケーキをフォークで切って口の中へと運ぶ。
「うん、美味いよ美月さん。とても初めて作ったとは思えないよ」
「本当ですか?」
「本当だよ。最初の頃は料理もあまり知らなかったのにこの上達は凄いよ」
「ありがとうございます。またケーキを作ってきますね」
「本当? ありがとう美月さん」
「はい!」
先程より更に良い笑顔で喜んでいる美月さん。
本当に腕を上げたもんだ。最初に出会った頃の失敗料理の数々が今では遥か昔の様に感じる。
「龍ちゃ~ん、そんなに美月さんのケーキ美味しかった~?」
「えっ? 美味しかったけど」
「そっか~、それは良かったね~」
「うぐっ!? 茜、お前……何しやがる……」
茜は誰にも気付かれない様にして先程杏子に突かれた方と逆の横腹に思いっきり
「あら? どうしたの龍ちゃん?」
茜はそう言ってから何事も無かったかの様に澄ました顔で再びケーキを食べ始める。
――まったく……杏子といい茜といい、いったい俺に何の恨みがあるってんだ……。
ズキズキと痛む横腹を押さえながら、俺は理不尽な攻撃の痛みに耐えていた。
「――もう駄目だー!」
ケーキを食べ始めてから30分後。俺はもうケーキを食べられなくなりカーペットの敷かれた床に向かって仰向けに倒れ込んだ。
「えーっ!? もうギブアップなの? 龍ちゃんは情けないなー」
「
未だにゆっくりとではあるけど、茜と杏子はペースを落とさずにケーキを食べ続けていた。そんな様子を見ていると、この二人は本当にケーキに関しては底無しなんじゃないかと思えてくる。
まひろに関してはそろそろ限界を迎えるだろう。表情にきつさが見えてるからな。美月さんは徹夜の疲れが出たのか、ソファーの片側で既に横になって眠っていた。
「――ふあー、食べた食べた~」
「そうですね~」
ケーキを食べ始めてから2時間後。本当に全てのケーキを平らげた茜と杏子が満足そうにローズヒップティーを飲んでいた。
――信じられねえ……コイツらマジで全部のケーキを食べきりやがった……。
俺とまひろは早々にギブアップ。美月さんは途中で目を覚まして再び食べ始めたけど、10分も経たずに戦線を離脱。
茜と杏子の凄さを見せつけられた俺は使ったお皿やカップを台所のシンクの中へと運び、それから少しの間みんなとのんびり話をしていた。
「――あっ、もうこんな時間なんだ。そろそろ家に帰らないと」
一緒に談笑をしていた茜が部屋の掛け時計を見て立ち上がる。
その言葉を聞いて掛け時計に視線を移すと、18時を少し過ぎていた。
「本当だ。僕もそろそろ帰らないと」
「私も家の中の片付けをしないといけません」
茜の言葉を切っ掛けにみんなが次々と立ち上がり玄関へと向かい始める。
まひろと美月さんはともかく、茜はあれだけのケーキを食べた後でよく動けるもんだ。
「それじゃあ龍ちゃん、杏子ちゃん、またねー」
「お邪魔しました。またね、龍之介、杏子ちゃん」
「龍之介さん、杏子ちゃん、お邪魔しました」
波乱に満ちたケーキタイムは終わり、三人はそれぞれの家へと帰って行った。
「やれやれ、とんだクリスマスだったな」
「えっ? 最高のクリスマスだったよ?」
――そりゃああれだけのケーキを食べれば杏子にとっては最高だったろうな。
俺は苦笑いを浮かべつつ台所へと向かったが、片付けは後に回そうと思い直してそのままリビングへと移動してから杏子と一緒にしばらくテレビを見ていた。
× × × ×
「ん?」
19時から始まる番組を見始めてからしばらくした頃、不意に玄関のチャイム音が鳴り響いた。
「はいはーい。どちら様ですかー?」
「あっ、夜分遅くにすみません。私、雪村陽子と言います。龍之介くんはご在宅でしょうか?」
「あ、雪村さんか。ちょっと待ってて」
急いで玄関へと下りてから鍵を開けて扉を開け放つ。そこには大きな箱を抱え持ち、耳を真っ赤にして身体を小さく震えている雪村さんの姿があった。
「寒かったでしょ、さあ早く上がって」
「いいの?」
「もちろん! 大したもてなしは出来ないけど、お茶くらい飲んで行ってよ」
「ありがとう。それじゃあお邪魔させてもらうね」
俺は雪村さんにスリッパを用意してリビングへと案内した。
「あっ、雪村さんこんばんは」
「こんばんは杏子ちゃん。のんびりしてるところにごめんね」
雪村さんには杏子の正面のソファーに座ってもらい、俺は茜達にも出したローズヒップティーを淹れる為に台所へと向かった。
「――お待たせ、雪村さん」
「あっ、どうぞお構いなく」
雪村さんの前にあるテーブルにカップを置き、ティーポットからゆっくりと成分を抽出したローズヒップティーを注ぐとバラの良い香りが再び部屋に広がっていく。
「いい香り。ローズヒップティーね」
「やっぱり分かる? この時期は風邪もひきやすいからね。ビタミンCが豊富なこれを飲んでいれば平気さ」
カップにローズヒップティーを注ぎ終えた後、俺は杏子の隣に腰掛けた。
「これが昨日言っていたケーキだけど、持ってくるのが遅くなってごめんね」
――しまった……雪村さんもケーキを持って来るって言ってたんだよな。すっかり忘れてたぜ。
「あ、ありがとう、雪村さん」
「それね、結構自信作なんだよ」
「そうなんですね! お兄ちゃん、さっそく食べようよ!」
――コイツ本気か!? ほんの数時間前にあれだけの量を食べたじゃないか。
「杏子ちゃ~ん、ちょっとこっちにおいで~」
俺は立ち上がってケーキの箱を持ち杏子を手招きする。
そして台所へと移動した後でとりあえずケーキの箱をテーブルに置いて開けてみた。
「こいつはすげえな……」
雪村さんの持って来たケーキは何と二段重ねの特大ケーキだった。どおりで重かったわけだよ。
「お兄ちゃん何? わあー、すごーいっ!」
杏子はそのケーキを目の当たりにして再びテンションを上げる。その瞳には食べ飽きるという言葉を感じさせない異様な輝きがあった。
「杏子、この大きさだぞ? 二段重ねだぞ? 本当に大丈夫なんか?」
「何が?」
「何がって……こんなに食べれるのかって事だよ」
「ん? 大丈夫でしょ。変な事気にしてないで早く切って持って来てね」
杏子は俺にウインクをしてから軽やかにリビングへと去って行った。
――大丈夫って……マジか? 今は茜も居ないんだぞ?
俺は凄まじい不安を抱えながらもケーキを丁寧に切り分けた。
「――お、お待たせ~」
切り分けた大量のケーキが乗る皿を抱えて俺はリビングへと戻った。
リビングでは雪村さんが杏子と何やら楽しく談笑をしていた様で、にこにことした可愛らしい笑顔を浮かべていた。
「あっ、ごめんね龍之介くん。手伝いにも行かないで」
「いやいや、雪村さんはお客さんなんだから気にしないで」
俺はテーブルにケーキが乗った皿を置き、再び台所へと戻って取り皿とフォークを持って戻った。
「それじゃあいただきます。雪村さん」
「どうぞ召し上がって下さい」
「いただきます!」
俺はケーキを口に運び、ゆっくりと
雪村さんの持って来てくれたケーキはまひろ達のケーキとは違い甘めではあるが、決して嫌な甘さではない。これはこれで非常に後引く感じだった。
何回かケーキを口に運ぶ俺達を雪村さんは心配そうに見ていた。どういった感想が飛び出すのか気になっているのだろう。
「どうかな?」
「うん、美味しいよ。なあ杏子」
「はい! とっても美味しいです!」
杏子は本当に嬉しそうにケーキを食べている。今日は杏子にとって忘れられないケーキの日になるだろう。
「良かった……どんどん食べてね、龍之介くん、杏子ちゃん」
にこにこと笑顔の雪村さん。
嬉しい事ではあるけど、昼間に食べたケーキの事もあって俺はそんなにケーキを食べる事が出来なかった。
「――雪村さんは彼氏さん居ないんですか?」
ケーキを食べ始めてから40分程が経った頃、杏子が突然そんなアホな事を雪村さんに質問した。
「えっ!? う、うん。残念ながら居ないかな」
「そうなんですか? そんなに可愛いのに」
「そ、そんな事無いよ……」
雪村さんは苦笑いを浮かべながらそう答える。
杏子が言うように雪村さんは可愛いと思う。
それに性格だっていいのに彼氏が居ないというのも不思議な感じはする。
「誰かと付き合おうとかは思わないんですか?」
「んー、興味はあるんだけどね」
やはり雪村さんくらいの可愛い子になると、選ぶ相手のレベルも相当なものなのだろう。
――雪村さんと釣り合いが取れる程の男か……正直想像がつかないな。
「お兄ちゃんも彼女が居ないんですよね。ラブコメが好きなところと思っている事をつい口走るところ以外は結構いいと思うんですけど……」
――おい杏子。ラブコメが好きな事の何がいけないんだ? お前だって好きじゃねーか。それと俺の変な行動をペラペラと喋るんじゃねーよ。
「雪村さんはお兄ちゃんの事をどう思いますか?」
「えっ!?」
「バ、バカ! 何て事を聞いてるんだ!」
――マジで何てアホな事を聞いてやがるんだ杏子は。これでもし『何とも思っていない』――とか言われたら、俺はもう部屋に引き
そんな事を思いつつも、心のどこかで雪村さんがどう答えるのかが気になる自分が居た。
「そ、それは……りゅ、龍之介くんは素敵な人だと思うよ。とっても優しいし頼りになるし」
上手い。こういった質問を無難に回避するにはいい返答だと思う。
「ですよね! 妹の私もそう思います。雪村さんどうですか? お兄ちゃんを彼氏にしてみませんか?」
「えっ? ええっ!?」
この妹さんは本当に何て事を口走りやがるんだろうか。相手にも選ぶ権利ってもんがあるだろうが。これで雪村さんと気まずくなったらどうすんだよ。
「アハハ。ごめんね雪村さん、妹が変な事言ってさ」
「う、ううん。気にしないで……」
妹のアホな発言が元になり、この後雪村さんが帰るまでの間は妙に会話が途切れたりして気まずくなってしまった――。
「龍之介くん、本当にありがとうね」
「もう遅い時間なんだから気にしないでよ」
時刻は21時を回ったところ。
俺は雪村さんを自宅近くの駅まで送ろうとしていた。女子を一人で歩かせるには遅い時間だからな。杏子は先程の危険発言の罰として家で片付けをさせている。
冷たい風が吹く中、俺達は身を縮めながら歩く。そして駅前に着くまでの間、俺は今日あった出来事を話していた。
雪村さんは楽しそうに微笑みながら話を聞いてくれていたけど、俺が茜達の話をする時にはなぜか不意に寂しそうな表情をするのが少し気になった。
「――龍之介くん、ここまででいいよ。ありがとう」
「こちらこそ、わざわざケーキをありがとね」
「ううん。じゃあまたね、龍之介くん」
駅前へと辿り着いた雪村さんは、丁寧にお礼を言ってから自宅へと向かって歩き始める。
そして俺がその後姿を見送っていると、雪村さんは突然ピタリと足を止めてからこちらを振り返り小走りで俺の方へと戻って来た。
「どうしたの?」
「龍之介くん、さっきの話だけど」
「さっきの話?」
「杏子ちゃんが言ってた『お兄ちゃんを彼氏にどうですか?』って話」
「あ、ああ、あれね。本当に変な事を言う妹で困るよ。ハハハ」
「私ね、龍之介くんが彼氏だったらいいかもな~って、ちょっと思ったよ」
「えっ!?」
突然の雪村さんの言葉に俺の身体は一瞬で硬直し、顔が急速に熱くなってきているのを感じた。
「な、なーんてねっ! 冗談冗談! 私の演技に騙されたな~」
真剣な表情から一変。おちゃらけた様にそう言う雪村さんが人差し指で俺の鼻をツンツンと軽くつついた。
「なーんだ……もう、冗談キツイよ雪村さん」
「ごめんね、龍之介くん。それじゃあ今度こそ帰るね」
そう言うと雪村さんは今度は振り返る事も無く自宅がある住宅街へと向かって行った。
雪村さんの後ろ姿が見えなくなるまでその場に居た後、俺は
そして自宅への帰り道、もしも雪村さんの言った事が本気だったとしたら俺はどうしていたんだろうか――と、そんな事を考えていた。でもまあ、本人が冗談と言ったんだしそれが真実なんだろう。
――まったく……こういった心臓に悪い冗談は是非とも止めてもらいたいもんだ……。
更に風が冷たくなる中を身を縮めながら歩く。そんな寒さの中、駅前での事を思い出して顔が熱くなるのが妙に便利だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます