第23話・修学旅行×美月

 修学旅行二日目の後半。俺達はバスに揺られながら次の目的地である鹿児島へと向かっていた。

 鹿児島と言えば有名な物の一つとしてまずは桜島が上がるだろう。桜島は日本にいくつかある活火山の一つで、昔から何度となく噴火を起こしては街に灰の雨を降らせている。

 そんな桜島は鹿児島で最も有名な観光スポットの一つと言っていいだろう。


 ――静かなもんだな……。


 鹿児島へと向かうバスの車中。クラスメイトは自由行動での疲れがあるのか、ほぼ全員が座席で眠っていた。

 うちのグループメンバーも俺と渡を残して全員がぐっすりと眠っている。

 時折まひろ達の寝姿を見ながら過ぎ去って行く景色を眺めつつ、俺も目を瞑って眠りの世界へと入っていく――。




「龍之介さん、起きて下さい」


 どれくらい眠っていたのだろうか。突然耳元で優しく名前がささやかれて身体をゆらゆらと揺さぶられた。


「美月……さん?」

「やっと起きてくれましたね。もうホテルに到着しましたよ」


 ぼーっとしながら車中を見回すと、みんなが荷物を持って次々とバスから降りていた。


「これ、龍之介さんの荷物です」

「あっ、ありがとう。美月さん」


 まだしっかりと覚めきらない頭で美月さんから荷物を受け取り、ふうっと息を吐いてから立ち上がってバスを降りる。


「おおー、すっげえな」


 目の前にあるホテルも長崎で泊まったホテルに負けない程の大きさだった。このホテルも前と同様に学園が貸し切りにしているんだけど、何とも豪勢なもんだ。

 俺達が部屋に荷物を置く頃には17時を過ぎていて、各班で準備が済み次第、それぞれに夕食を摂るという流れになった。

 ここでも夕食はビュッフェスタイルだったのだけど、立ち並ぶご馳走の数々にあれこれと迷った挙句あげく、サーロインステーキの置いてあるテーブルの前に来た時に偶然茜と遭遇した。


「茜もこれを取りに来たのか? 取ってやるぞ」


 その言葉を聞いた茜は、静かに持っているお皿を目の前に差し出してくる。

 俺は適当に数枚の肉を取り茜の差し出していた皿の上に乗せた。


「ありがとう……」


 一言小さくお礼を言うと、茜はばつが悪そうに視線をらしてから足早にその場を去って行った。


 ――何だアイツ。まだ怒ってんのか?


 茜の表情はむくれていてどう見てもご機嫌斜めだった。いつまでもあんな感じだと、こちらとしても気分は良くない。

 けれどアイツがむくれている理由が分からない以上、下手な事をすれば火に油という結果になりかねない。しばらくは様子を見るのが得策だろう。


× × × ×


「ふう~。外も結構涼しいな」


 食事後から就寝になる22時までの間は、お風呂は自由に行っていい事になっている。

 他の学校ではありえない程の自由度の高さ。そこがこの学園の良いところだ。

 満腹のお腹を擦りながらホテル外の小高い丘に来ていた俺は、そこあるベンチに座って目の前に広がる風景を眺めていた。


「――一人でどうしたんですか? 龍之介さん」


 しばらく風景を見ていると、ベンチの背後から美月さんの声が聞こえ、俺は身体をひねって後ろを見た。


「食後の休憩ってやつかな」

「そうだったんですね」


 ベンチの横を通り抜け、目の前に広がる風景を見る美月さん。

 涼やかに吹いてくる優しい風が、美月さんのライトブラウンの長く艶やかなウェーブのかかった髪を揺らしている。


「お隣、いいですか?」

「どうぞ」


 美月さんはにこっと微笑み拳二つ分程の隙間を空けて隣に座った。


「いい景色ですよね」

「そうだね。長崎でも綺麗な夜景を二人で見たけど、ここの景色もいいね」

「誰と夜景を見たんですか?」


 興味津々と言った感じで顔を覗き込んでくる美月さん。

 その見方が可愛いのでついつい見惚れそうになるが、俺は恥ずかしくなって視線をらす。


「ま、まひろとだよ。夜に渡のせいで寝つけなくてさ。しばらく夜景を見ながら話してたんだよ」

「まひろさんとだったんですね。いいですね……まひろさん」

「美月さんは長崎の夜景は見た?」

「はい。一人でしたけど見ましたよ。その時に少しだけ昔の事を思い出していました」

「昔の事?」


 ただの好奇心と言ってしまえばそれまでだけど、色々と謎も多い彼女の話にはそれなりに興味もあった。


「本当に小さな頃の話なんですけど、夏休みの時期に二週間だけ一緒に遊んだ男の子が居たんです」


 遠い過去を見つめるかの様に遠い空を見上げて話を始める。


「とても優しい男の子で、私は嬉しくてその二週間ずっとその男の子と一緒に遊んでいました」


 少し顔を紅くしながらも、とっても穏やかな表情をしていた。

 そんな彼女を見ていると、俺まで穏やかな気持ちになってくる。


「もしかして、美月さんの初恋相手とか?」

「えっ!?」


 俺の言葉に珍しく動揺する美月さん。普段はマイペースな彼女が動揺するのは新鮮な感じだ。


「そう……ですね。そうだと思います。あれが私の初恋だったんだと」

「そっか。その相手とはもう会ってないの?」

「はい。でも、こちらに引っ越してからその彼を見つけたんです」

「そうなの!? それって凄い偶然じゃないか」


 世の中ってのは本当に不思議な事があるもんだ。

 小さな頃に恋した相手と長い時をへだてて再会なんて、ちょっと素敵なラブストーリーみたいじゃないか。


「でも相手の方は私の事を覚えてなかったみたいです」

「そうなの?」

「はい。でもいいんです。今の彼には今の彼の時間と状況があるので」


 美月さんの思慮深さに俺は感動した。

 それにしても、こんな美少女に長年想ってもらえてるなんて羨ましい事この上ない。是非とも立場を代わってもらいたいもんだ。


「そっか。いつかその人が美月さんを思い出してくれるといいね」

「はい。きっと思い出してくれます。そしたらあの時の約束もきっと思い出してくれるでしょうし」

「あの時の約束? どんな約束をしたの?」


 そう尋ねると美月さんの顔がみるみる内に紅く染まっていった。陽が沈みかけとはいえ、それは夕焼けのせいではないだろう。


「それは……恥ずかしくて言えません……」


 そう呟いてから視線を逸らし、ポケットから取り出した猫のイラスト入りの白いハンカチを扱いながら俯いてしまった。


「あっ、ごめんね。変な事聞いちゃってさ」

「いえ……そんな事無いです。…………私、先に戻りますね」


 そう言うと美月さんはサッとベンチから立ち上がる。

 その時、美月さんが急いでポケットにしまおうとしたハンカチが地面へと落ちるのが見えた。


「あっ」


 美月さんはハンカチを落とした事に気付かず、そのままホテルの方へと急いで戻って行った。

 俺は地面に落ちた白いハンカチを拾い、軽く汚れを払い落とした後で自分のポケットにしまい込んだ。


 ――そういえば小さな頃、これと似た様な事があった気がするな……。


 ほんの少しだけ昔の事を思い出しつつ、俺は夕陽が沈むまでの少しの間、ベンチに座ったまま遠くの街並みを見つめていた。

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