俺はラブコメがしたいッ！

第18話・寂しさ×友達

　二学期の始業式から遡（さかのぼ）ること一日前。つまり夏休み最後の日の話しになる。

　昼食を食べ終えてソファーに寝そべりながらお昼のワイドショーを見ていた時、俺は不意に鳴り響いた玄関チャイム対し不機嫌に身体を起こしてから玄関へと向かった。

「はーい。どちら様ですかー？」

「あっ、こんにちは。お隣の如月美月（きさらぎみつき）です」

　誰かと思えばお隣さんだった。俺はとりあえず玄関の施錠を外してからそっと扉を開ける。

「こんにちは。昨日はカレー蕎麦ありがとうございます」

「あの……美味しかったですか？」

　少し不安げにこちらの顔を覗き込んでくる如月さん。俺はカレー蕎麦の感想を正直に言うべきかを迷った。

　彼女が料理初心者なのは間違い無い。それならここで正直な感想を言うと、彼女のやる気を削いでしまう可能性もある。これは今後の料理人生を左右するかもしれないだけに返答が難しい。

「美味しくなかったんですね……」

　返答の言葉を選んでいるのを美味しくなかったから答えられない――と思われた様で、如月さんは俯いてしゅんとしてしまった。

「あっ、いやいや！？　そんな事無いですよ？　とても美味しかったです！」

　カレーはね――と付け足したいところだけど、とりあえず止めておこう。彼女のこれからに期待して。

「本当ですか？　良かったです」

　俯かせていた顔を上げ、嬉しそうな笑顔を浮かべる。

　そんな表情を見ていると少し心が痛むけど、でもカレーは普通に美味かったからな。欠点を指摘しなかった事に良し悪しはあるかもしれないけど、とりあえず今はこれでいいだろう。

「ところで今日は何か用事でも？」

「あっ、そうでした。今からですがお時間はありますか？」

「えっ？　大丈夫ですけど、どうかしたんですか？」

「あの……良かったら私の家に遊びに来ませんか？」

「ええっ！？」

　突然の申し出に誘いの意図を計りかねて動揺してしまう。

　考え過ぎだとは思うけど、女子からのお誘いというのは嬉しい反面妙な緊張をしてしまうのも事実。

「さっきまで一人でゲームをしていたんですけど、何だか寂しくなってしまって。もし嫌じゃなければですけど……」

「如月さんてゲーム好きなんですか？」

「はい。大好きです」

　しょんぼりした表情からにこやかな笑顔でそう答える。人は見かけによらないと言うけど、如月さんがゲーム好きとはかなり意外だった。

「それじゃあ妹も連れて行っていいですか？　ゲームが凄く得意だから」

「本当ですか？　是非お願いします」

「じゃあ家の方で待ってて下さい。妹を連れて行くので」

「はい」

　俺の提案を受け入れてくれた如月さんはとても喜びながら一足先に家へと戻って行った。

　そして如月さんが玄関を出てすぐ、俺は二段超えで階段を上がってから杏子の部屋へと向かい先程までの事を話した。

「――そういう事なら私の出番だね！」

　俺の話に我が妹様はノリノリだった。

　杏子はこう見えてなかなか腕の良いゲーマーだ。如月さんが何のゲームで遊んでいるかは分からないけど、その腕前をじっくり見せてもらう事にしよう――。

「お待ちしていました。さあ、こちらへどうぞ」

　如月さんが我が家に訪ねて来てからまだ１０分と経っていないが、長い時間待ちわびました――と言った感じで嬉しそうに出迎えてくれた。

「うわー、凄いな……」

　通されたリビングの棚には沢山のゲームがあり、まるでちょっとしたゲームショップにでも来たかの様な錯覚すら感じた。

　ずらっとゲームソフトが並ぶ棚を見て行くと、そこにはとても貴重な物からレトロな物、最新の物まで様々なジャンルのゲームソフトが並んでいた。これはもしかしたら相当の手練（てだ）れかもしれない。

「どれで遊びますか？　好きな物を選んで下さい」

　どのゲームで遊ぶかという選択権をこちらに回してくれる如月さん。それは如月さんの自信の表れなのだろうか。

　何事も最初が肝心と言うし、ここは初（しょ）っ端（ぱな）から本気でかかるべきかもしれない。

　俺は杏子と視線を合わせてから格闘ゲームが納められたら棚の一角を小さく指差す。すると杏子はその意味を理解したようで、格闘ゲームが収められたら棚を隅から隅まで見て行き、自身が最も得意とするゲームを取り出した。

「これで勝負します！」

「杏子さんが相手ですね？　よろしくお願いします」

　――如月さんがどれ程の手練れなのか、杏子を相手にどれ程の戦いを見せてくれるのか楽しみだぜ。

　二人がどんな戦いを見せてくれるのかワクワクしつつ、俺達は用意された場所に座った――。

「す、すげえ……」

　ゲーム開始から約３０分。

　目の前で繰り広げられる戦いに俺は度肝を抜かれていた。俺が知る限り最強のプレイヤーである杏子がかなり追い込まれているからだ。

　決して相手を舐めていた訳では無いだろうけど、杏子より下手な俺が見ても分かるくらいに如月さんは上手だった。いや、上手いと言う言葉では生温い。如月さんの実力は相手が杏子だという事を考慮しても次元が違うと言うべきだろう。

　ちなみに杏子は今やっているゲームの全国大会でチャンピョンになった事がある実力者だ。

「参りました」

　気が付けば如月さんの十五戦十四勝。鬼神の如（ごと）き激しさがありながらも、そこに優雅ささえ感じさせる見事な戦いぶりだった。

「いやー、如月さん凄いね！　杏子がここまでやられたのは初めて見たよ」

「そんな事はありませんよ。杏子ちゃんはとても強かったですし、私が今まで対戦してきた方々の中では間違い無く一番強かったです。全く気を抜けない戦いでした」

　圧倒的と言える強さを見せながらも、対戦相手の杏子を絶賛する。

「脱帽です。私もゲームの腕には相当の自信がありましたけど、完敗でした」

　ゲームを通じて友情でも芽生えたのか、二人共良い表情をしている。それは真に実力のある者だけが辿り着く境地なのかもしれない。

「これは俺が相手だったらボコボコにされて終わりだな」

「ふふっ、そんな事は無いですよ。でもとりあえず一休みしましょうか。私の部屋へどうぞ」

　女子の部屋に入るというのはかなり抵抗があったけど、まあ妹も居るしいっか。

　如月さんに促（うなが）されて二階へと向かう。案内された部屋は位置的に俺の部屋の真向かい側。開け放たれたカーテンの向こう側には俺の部屋の窓が見える。

「なっ！？」

　そして部屋の中にあった大きな収納棚を見て俺は驚愕した。そこにはあらゆるジャンルの漫画や小説、アニメのＤＶＤなどが立ち並んでいたからだ。

「これ、全部如月さんの？」

「はい。私アニメやゲームや漫画が大好きなんです」

　にこっと微笑みながらそう言うと、如月さんは愛おしそうに収納棚の方を見た。

　こんな可愛らしくも美人な子が俺と同じ趣味を持っているというのはとても嬉しく思う。昔に比べればマシになったとは言え、まだまだアニメや漫画、ゲームを趣味にしている人達への風当たりは強い部分もあるからな。

「では私はお茶を淹れて来ます。本などは自由に見て下さって結構ですのでくつろいで下さい」

　そう言って如月さんは部屋を出て行った。俺は如月さんのお言葉に甘え、本棚の中に収められた作品をいくつか手に取って見てみる。

　しばらくして紅茶とお茶菓子をトレーに乗せた如月さんが戻って来ると、そこからは三人で好きなアニメやゲーム、漫画の話で華を咲かせた。

　そして話も進んで仲良くなり始めると、次はお互いの身の上話などに話が移ったりする。

　案の定それは俺達にも当てはまり、如月さんは自分の身の上話を聞かせてくれた。俺と杏子は引越し荷物の量からそれなりの人数が引っ越して来ると予想していたのだけど、如月さんの口から飛び出したのは『この家に住むのは私だけなんです』――という意外な言葉だった。

　その理由について如月さんは、幼い頃に両親が事故で亡くなり施設に預けられたという話をしてくれた。そんな身の上話をしている時の如月さんは物凄く寂しそうな表情をしていたのを覚えている――。

「あっ、もうこんな時間か。杏子、そろそろ帰ろうか」

　漫画を見たりゲームをしたり、お勧めのアニメＤＶＤを見たりと、かなり長居をしてしまったらしく、部屋にあった小さな置き時計は既に１９時過ぎを指し示していた。

「うん。分かった」

「あの……帰っちゃうんですか？」

　今までの明るい表情から一変、寂しそうな表情で小さく声を出す如月さん。俺にはそんな如月さんの瞳が少しだけ潤んでいる様に見えた。

「うん。もうこんな時間だし、今度は暇な時にでもうちに遊びに来てよ」

　そう言って立ち上がり、本棚に漫画を戻してから部屋を出ようとした時だった。

「帰らないで下さい……」

「えっ？」

　小さな呟きにも似た言葉が耳に届いた。それを聞いた俺は思わず後ろを振り返る。

「帰らないで下さい……今日は帰らないで下さい……」

　さっき聞いた身の上話などを考えると、独りで居るのが寂しいと言ったところだろうか。知らない土地に引っ越して来たばかりだし、その気持ちも分かる。

「うーん……杏子、どうする？」

「ん？　私はいいよ」

　如月さんの心情を読み取ったのか、杏子は笑顔でそう返答する。まあ杏子がいいと言うならそれでいいだろう。

「如月さん、杏子が一緒に居るから大丈夫でしょ？」

「あの、龍之介さんは？」

「俺は帰るよ。さすがに女子の家に泊まる訳にはいかないからね」

　踵（きびす）を返して部屋から出ようとしたその時、俺の左手を柔らかな感触と温もりがぎゅっと包み込んだ。

「あの、龍之介さんも一緒に居て下さい……」

「えっ？　いや、そうは言ってもねえ……」

　こればっかりは本当にマズいと思う。しかし如月さんは握った手を決して離そうとはしなかった。

「お兄ちゃーん。帰っちゃやだよ～」

　明らかに嘘泣きと分かる声を出しながら空いている右手を杏子が握ってきた。

「ば、馬鹿っ！　お前まで何やってんだ！」

「お兄ちゃんは女の子二人を残して帰って心配じゃないの？」

　――それじゃあ女の子二人の所に男が居て心配じゃないのか？

　と言ってやりたかったが、確かに杏子の言うとおり心配でもある。

「そうは言ってもなあ……」

「お願いします」

　如月さんはまるで捨てられた仔猫が拾ってくれと訴えかけているかの様な瞳を向けてくる。

　――やれやれ……そんな目で見つめられたらもう頷くしかないじゃないか。

「……分かったよ。それじゃあ俺は下のリビングで寝るけどいいよね？」

「はい。ありがとうございます」

　満面の笑顔を浮かべる如月さんに、それをにこやかに見る杏子。

　俺の承諾を聞いた如月さんはスッと立ち上がると、急いで別の部屋から薄手の掛け布団をいくつか持って来てくれた。

「これを使って下さい」

　手渡してきた掛け布団を受け取り、俺達はまた如月さんの部屋で談笑を始める。

　それからしばらくして三人で晩御飯を作り食事を終え、如月さんと杏子がお風呂に入っている間に俺は自宅へと戻ってシャワーを浴び、着替えを済ませてから如月さん宅へと戻って来た。

　如月さんの家に戻ると二人は既にパジャマに着替えていて、杏子は如月さんから貸してもらったらしいパジャマを着ていた。如月さんに比べてかなり低身長な杏子は見事にサイズが合ってなかったけど、袖（そで）や裾（すそ）を折り曲げている姿はこれはこれで可愛らしくて有りだと思う。

　そういえば杏子が俺の着古しカッターシャツ以外をパジャマにしているのは久しぶりに見た気がする――。

「杏子ちゃん、寝てしまいましたね」

　我が家から持って来たデザートやお菓子をリビングで食べた後で如月さんの部屋で談笑を交わしていたのだが、いつの間にか杏子は如月さんのベッドの上で小さな寝息を立てていた。

「本当だ。それじゃあリビングに連れて下りるね」

「あっ、いいですよ。そのまま寝かせてあげて下さい」

「でもそれじゃあ如月さんの邪魔になるんじゃ」

「いいんです。今日だけ杏子ちゃんを私に貸して下さい」

　如月さんは寝ている杏子の頭を優しく撫でながら微笑む。

　よほど波長が合ったのか、如月さんはまるで自分の妹の様に杏子を猫可愛がりしていた。

「分かった。それじゃあそのままにしておくよ」

「今日はありがとうございました。とっても楽しかったです」

「俺も楽しかったよ。共通の趣味を持つ友達もできたし」

「私もです。前の学校では一人しか友達になってくれませんでしたから」

「……俺はもう如月さんの友達だから。もちろん杏子もね」

「龍之介さん……ありがとうございます」

「うん。それじゃあ下に行くね」

「あの、一つお願いをしてもいいですか？」

　部屋を出ようとした俺を呼び止める。その声に振り返ると、その顔が少しだけ紅くなっていた。

「その……お友達だと思ってくれるなら、私の事は美月って呼んでもらえませんか？」

「えっ！？　うーん……呼び捨てはハードル高いかな……。とりあえず美月さんでいいかな？」

「は、はい。それでいいです」

　名前で呼ばれたのがよほど嬉しかったのか、美月さんは満面の笑みを浮かべた。

「それじゃあおやすみなさい。美月さん」

「はい。おやすみなさい、龍之介さん」

　紅かった美月さんの顔が更に紅く染まっていたのが分かった。

　俺だってこんな風に女子の名前を呼ぶのは気恥ずかしい。だけどまあ、それで美月さんが喜ぶならそれでいいだろう。

　照れくさく思いながら階段を下りてリビングへと向かい、リビングのテーブル上にある灯りのリモコンを手に持ってからソファーへ横になって灯りを消す。

　――やれやれ。色々な意味で色々な事があった日だったな……。

　借りた掛け布団を被って寝ようとした時、その掛け布団から仄（ほの）かに甘くフルーティーな香りが鼻を通り抜けた。

「美月さんと同じ匂いだな……」

　その甘い匂いに少しだけ胸の鼓動が早くなる。

　――そういえば明日は始業式か。如月さんも同じ高校一年生と聞いたけど、どこの学校に行くのかは聞いてなかったな。まあ同じ学校って事はまず無いだろうから、明日の朝にでも美月さんが起きていたら聞けばいいだろう。

　そう思いながら暗い部屋の中で瞳を閉じ、まどろみに身を任せていく。

　そして心地良い眠りの波が来る中、俺の高校一年生最後の夏休みは過ぎて行った。