第276話・伝えたい×想い

 渡と電話で話をした翌日の深夜。俺は相変わらずまひろの事を考えて眠れずにいた。

 だが、渡から今回のまひろの件における答えかもしれないヒントを得た俺は、それを元に行動を起こそうとは考えていた。だがその方法を考えるとなると、なかなか良い方法が考えつかない。

 今回の件が渡の言っていたとおりにまひろの不安から来ているものだとしたら、解決の方法は簡単だろう。それは俺のまひろに対する想いをしっかりとまひろ本人を前にして伝える事だ。

 だとすればさっさとそうすれば良いんだろうけど、この最も簡単な方法が今の俺には打てない。なぜならまひろと二人で話す機会が持てないからだ。

 だったら電話をするなりメッセージでも送るなりして二人で話す機会を作ればいいと思われそうだけど、残念ながらその手は使えない。

 まひるちゃんにも言われていた様に、俺からの直接連絡はしない方が良いと思うからだ。

 それに、例え俺が連絡を入れたとしても、まひろはその連絡に反応はしないだろう。なぜならこの前やって来たまひるちゃんからは、『今のお姉ちゃんは携帯を見ていないみたいですから』と聞いているから。

 少なくとも携帯を見てくれているなら、他の誰かに呼び出してもらうって方法も取れたかもしれない。

 しかしそれができたとしても、俺はその方法を取りはしなかっただろう。だってそれは、どう考えても不意打ちだから。

 まひろには自分の意志で俺の前に来て、自分の意志で俺の言葉を聞いてほしい。そうじゃないと何の意味も無いのだ。

 そんな事を考えながら暗い部屋の中で寝返りを打つと、突然枕元に置いていた携帯が電話の着信を知らせる音楽を奏で始めた。


「誰だ? こんな時間に?」


 時刻は午前二時を少し過ぎた辺り。つまり、草木も眠る丑三うしみつ時だ。

 こんな時間に着信だなんてホラーっぽくて不気味だけど、誰からの着信かを確かめないわけにはいかないから、俺は右手で携帯を取って電話をしてきた相手を確かめた。


「まひろから!?」


 着信に涼風まひろと表示されていたのを見た俺は、すぐにその着信を受けて携帯を右耳へとあてがった。


「もしもし?」

「あっ、お兄ちゃん。こんばんは、まひるです」

「どうしたの? こんな時間に?」

「はい。何とかお兄ちゃんに連絡を取ろうと思ってたんですが、なかなかその時間が無くて。それでこんな非常識な時間になってしまったんです。ごめんなさい」

「いやいや、そんな事は気にしなくていいよ。まひるちゃんはまひろの為に頑張ってくれてるんだからさ」

「ありがとうございます。それで早速なんですけど、少しお姉ちゃんと話をしてみて分かった事があるのでそれを伝えようと思ったんです」

「そうだったんだ。俺も今回の件について思うところがあったんで、まひるちゃんに話を聞いてもらいたかったからちょうど良かったよ」

「それならタイミングが良かったですね」


 まさにグッドタイミングと言えるまひるちゃんからの電話。

 とりあえず深夜と言う事もあり、俺達はヒソヒソ声でお互いに話したい事を話し始めた。そしてその結果、今回のまひろのおかしな様子は、ほぼ間違い無く渡の言っていた様に心の中にある不安から来るものだろう事が判明した。


「はあっ……お姉ちゃんの気持ちも分かりますけど、一番逃げちゃ駄目なところで逃げちゃったんですね……。ごめんなさい、お兄ちゃん。お姉ちゃんの事、許してあげて下さい」

「いやいや。まあ、俺も怖くなる気持ちは分かるから、別にまひろを責める気は無いよ。だから許すも許さないも無いから」

「ありがとうございます。それでお兄ちゃんは、お姉ちゃんの告白に何て返事をするつもりなんですか?」


 まひるちゃんの直球な質問に対し、俺は思わず戸惑った。

 別に俺の気持ちを話すのはいいんだけど、それをまひろに伝える前に話していいものかと、そこが少し引っかかった。本当なら一番に俺の気持ちを聞いてもらうのはまひろであるべきなんだろうけど、まひるちゃんはまひろの一部でもあるんだから、そこは特例と考えてもいいのかもしれない。


「えっと……それはね――」

「あっ、やっぱりいいです!」

「えっ?」

「お兄ちゃんへ気持ちを伝えたのはお姉ちゃんですから、その答えを私が先に知るのは駄目だと思ったんですよ。だからその答えは、後でお姉ちゃんから聞かせてもらおうと思います」

「ははっ。そっか、そうだね」

「はい」


 まひるちゃんは本当にまひろの事が好きなんだなと、それがひしひしと伝わって来る。だからこそ、早くこの件を解決してまひるちゃんも安心させてあげたい。

 まひるちゃんの優しさを無駄にしたくない。早く俺の気持ちをまひろに伝えて安心させてあげたい。そんな気持ちが更に強さを増した時、俺は一つの解決法を思いついた。


「まひるちゃん。一つ頼みがあるんだけど、いいかな?」

「頼みですか? もちろん聞きますよ。お兄ちゃんのお願いですから」

「ありがとう。助かるよ」


 俺は明るい声音で返答をしてくれたまひるちゃんに対し、些細な事を頼んだ。そしてそれを聞いたまひるちゃんは快くそれを了承してくれた。

 こうしてお互いに計画を話し合い通話を終わらせた後で俺の『まひろへ気持ちを伝えよう作戦』は開始され、俺は早速その作戦の中核を成す大切な作業を始める事にした。

 俺はエアコンのスイッチを除湿に入れ、扇風機を机の方へと向けて椅子に座った。今は深夜なんだから明日にやればいいと思われそうだけど、俺が今からやろうとしている事は深夜にやる方が真価を発揮するのだ。

 こうして机に向かった俺は約二時間ほどをかけてそれを遂行し、この作戦の要となる物を生み出した。そして完成した物を大事に机の上へと置いた後、俺はこの作戦が上手く行きますようにと願いながらベッドへと移動し、しばしの眠りについた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る