第226話・ガチガチ×緊張
他人への印象というのは様々な要素によって構成され変化するものだと思うけど、
第一印象での外見イメージで大切な要素と言えば、おそらく清潔感ではないだろうか。そしてその次に可愛いだとか美人だとかカッコイイと言った、顔のことや身体的な好みが入ってくるのだと思う。もちろんこれが逆転する人もいるだろうし、これにまったく当てはまらない人もいるとは思うけど、だいたいはこんな感じじゃないだろうか。
しかしどれだけ可愛かろうが美人だろうがカッコ良かろうが、性格が悪ければいずれは嫌われるだろう。こうなると宝の持ち腐れとしか言いようがない。
つまりどれだけ取っ掛かりの部分が良くても、総合力がなければ男女の仲は続かない――ということになる。
周りに居るスタッフさんたちが慌しく準備を進める中、特にやる事もない俺はふとそんなことを考えながら次の撮影相手である茜が来るのを大人しく待っていた。
最初の撮影相手である妹との羞恥の極みだった撮影が尾を引いているのか、撮影終了から約20分ほどが過ぎているのに一向にテンションが上がらない。まあ次の相手は腐れ縁とも言える一番つき合いの長い茜だから、特に気負う必要はないのが幸いだ。
「水沢さんが入りまーす!」
出入口付近に居たスタッフさんの1人が大きな声でそう言うのが聞こえ、反射的に出入口のある扉の方へと視線を向ける。
それなりに待ち惚けをくらっていたからか、個人的にはようやく来たか――と言ったような気分だった。
「「「「おーっ!」」」」
出入口からウエディングドレスを身に纏った茜が入って来た瞬間、中に居たスタッフさんたちの多くからどよめきの声が沸き上がった。
以前にやった花嫁選抜コンテストや撮影の時にはスレンダーラインドレスを着ていた茜だが、今回は意外なことに最もポピュラーな形であるプリンセスラインドレスを身に纏っている。
しかも着ているドレスは純白ではなく、白と薄い青色のグラデーション仕様がなされたウエディングドレスだ。最近は様々な色合いのドレスがあるようだけど、その絶妙な色彩は実に目新しく美しいと思う。
「待たせてごめんね、龍ちゃん」
「お、おう……別に気にしてないよ」
いつものノリなら『めちゃくちゃ待ったぜ』――くらいのことは言うのだけど、今の茜を見ているとそんな言葉すら出てこなかった。衣装一つでここまで印象が変わるんだから、女の子ってのは本当に色々な意味で恐ろしいもんだ。
「では撮影を始めまーすっ!」
撮影時間が押しているのか、スタッフさんたちの動きが先ほどに比べて更に機敏になったように思えた。そしてそれを裏づけるかのように、カメラマンさんからの指示が最初よりも慌しく飛んでくる。
俺と茜はそれに応えて様々なシチュエーションをこなしていくが、シャッターを切るカメラマンさんが見せるその表情は、納得いかない――と言った感じのちょっと険しいものに見えた。
「――うーん……2人ともちょっと表情が固いわね。もう少しリラックスして」
俺の予想はやはり正しかったらしく、しばらくしてカメラマンさんからそんな言葉が発せられた。自分としては表情を固くしているつもりはないんだけど、プロから見るとそうではないのだろう。
それにしても、茜まで緊張しているとは珍しい。茜のことだからきっと、お気楽な感じで撮影に望んでいると思っていたのに。
「うおっ!?」
チラリと横目で見た茜の表情を見て思わず声が出た。
茜は恐ろしいほどにガチガチで、口角が上に動く余地すらないのではないかと思える程に表情が固かった。更に言うなら表情が引きつっていると言ってもいい。
カメラマンさんは“少し表情が固い”――と言っていたけど、この表情を見る限りはとても“少し”とは思えない。まあカメラマンさんはプロなのだから、被写体の人物がこれ以上緊張したりしないように気を遣ってオブラートに包んだ表現をしたのだろう。
その気遣いには素直に感謝をしたいところだけど、残念ながら今の茜にはそんなことを考える余裕すらないだろうな。
「茜、しっかりしろ」
「わわわ私はだだだ大丈夫だよ!?」
そんだけどもってて大丈夫なことはねーだろうよ……大丈夫じゃないことは明白じゃねーか。
いつも活動的で明るく元気な茜からは想像もつかないほどの緊張ぶり。俺にとってはそんな茜の姿を見るのはちょっと新鮮な感じだった。
もちろん茜が緊張する様を見たことがないわけじゃないけど、基本的に度胸が据わっている茜がここまで表情を強張らせているのは珍しい。こんなに緊張した様を見るのは、花嫁選抜コンテストの告白審査の時以来じゃないだろうか。
「本当に大丈夫か?」
「ももももちろんっ!」
絶対に大丈夫じゃないと分かっていながらもそう声をかけたが、やはり茜は強がってそんなことを言う。こんなところはいかにも茜らしいと思う反面、幼馴染である俺に対してそんな強がりを言わなくてもいいのに――なんて風にも思ってしまう。
「――10分ほど休憩にしまーす!」
それから数枚ほどの写真を撮ったあと、カメラマンさんが突然休憩を取ると言い始めた。理由こそ口にはしなかったけど、おそらく俺と茜のためにそうしてくれたのだと思う。
「ふうっ……」
「茜、大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫大丈夫」
撮影開始から時間はそれほど経ってないというのに、茜の表情は明らかに疲れを見せていた。
前回の撮影時はまひろだけとの撮影だったから、他のみんながどんな感じだったのかは分からないけど、もしかしたら茜は前回もこんな感じで緊張していたのかもしれない。
「あんまり無理すんなよ?」
「そ、そんなに無理してるように見える?」
「少なくとも俺には疲れ切ったお婆さんみたいに見えるな」
「な、なによそれっ!?」
いつものように俺の言葉に対して反論の意を示してくる。どうやら全ての元気を失っているわけではないようで安心した。
「まあそれは冗談としてもだ。カメラマンさんが言っていたように、表情が固いのは間違いないぜ?」
「そ、そうかな?」
「ああ。いつもみたいに能天気にしろとは言わないけど、もう少しリラックスしろ。じゃないと強張った表情でパンフレットに載って、たくさんの人に見られることになるぜ? そうなったらめちゃくちゃ恥ずかしいぞ~?」
「えー!? そんなの嫌だよ~」
「だったらもっとシャキッとしろっ!」
気合を入れろと言わんばかりに茜の両頬へ両手を伸ばし、その柔らかで艶やかな頬を軽く
「いたたっ――」
茜はそんなことを口にするが、まるで赤ちゃんの肌に触れるかのように優しくしているんだから、言うほど痛いわけはないと思う。
「少しは気合が入ったか?」
「もうっ、もっと他にやり方があると思うんだけどなあ……。でも、ありがとね、龍ちゃん。ちょっと落ち着いた気がする」
「お、おう……どういたしまして」
にこやかな微笑を浮かべる茜を見て思わず戸惑ってしまった。
やはり今日の茜はいつもとは違う。着ている衣装やメイクのせいもあるんだろうけど、妙にしおらしくて大人しく、それでいて素直だ。そのせいかどうも調子が狂う。
「ねえ、龍ちゃん。いつか私たちもこんな所で結婚式ができたらいいよね」
「ん? ああ、そうだな。こんな所で結婚式ができたら、一生の思い出になるだろうしな」
「ホント? ホントにそう思う?」
「ああ、そう思うぜ」
「そっかそっかあ~」
その問いかけに全て答え終わったあと、茜は妙にニヤついた表情を見せた。
特に茜がニヤつくようなことを言った覚えもないのだけど、恐らくは自分がこんな結婚式をしている場面でも想像してニヤついているんだろう。
妙な想像をしてるんじゃないか? ――と、ツッコミを入れたくなるところだけど、また固い表情に戻られたら面倒なので、今はこのまま放置しておくことにしよう。このあとの撮影のためにもな。
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