第216話・経験×知恵

「待たせてごめんね!」


 午前中の授業も終わり、お昼休みを迎えて昼食を食べ、そこから急いで屋上へと来てから約5分。朝の内に“昼休みに屋上で詳しい話をしよう”――と示し合わせておいたるーちゃんが息を切らせながら屋上の隅でひっそりと待っていた俺の所へとやって来た。


「俺もついさっき来たばかりだから気にしないでよ。それよりも大丈夫? 少し息を整えた方がいいよ」

「う、うん。ありがとう」


 るーちゃんはその言葉に素直に頷くと、街の景色が見える方へと向きを変えてから息を整え始めた。

 今日は茜たちに怪しまれないようにするためにあえて渡を昼食に誘って食事をし、こうして屋上へとやって来たわけだが、今の様子を見る限りるーちゃんは茜たちの輪から抜け出して来るのに苦労したのだろう。


「ごめんねたっくん。もう大丈夫だから」

「うん。それじゃあ早速話をしていいかな?」

「うん」


 今日登校してからホームルームが始まるまでのわずかな時間、俺は今回の件についての簡単な概要をるーちゃんに話して聞かせていた。とは言ってもそんなに複雑な内容でもないので、説明すること自体にそんなに時間は使わなかった。

 そして今回の件をるーちゃんに見られたとは言え相談しようと思った理由は、“るーちゃんが異性に非常にモテる”――という部分がネックだ。

 少なくとも小学校四年生になって引越しをするまでの間は非常にモテていたのは知っているし、おそらく引越しをしてからもモテていたのだろうとは思う。それにこの花嵐恋からんこえ学園へと転校して来てから既に数人の男子生徒に告白されたという話も噂に聞いているくらいだから、るーちゃんのそのモテりょくは未だ衰えてはいないということだろう。

 つまり今回はそんなモテ道に居るるーちゃんに、相手の告白や気持ちを上手く断る方法を聞いてみようと思い立ったわけだ。

 しかしるーちゃん本人はそういったことに関して話をするのがあまり好きじゃないことは知っている。だから今回の件をるーちゃんに相談するのにはそれなりの抵抗も感じてはいた。

 でもこれは興味本位で聞くわけではなく、大切な妹を守るために聞くことなんだと心の中で自分に言い聞かせ、小さく息を吐いてからるーちゃんへと向かって口を開く。


「杏子とああいうことをしていた理由は今朝話したけど、るーちゃんにはちょっと聞きたいことがあってさ……」

「うん。私で良ければなんでも聞いて」


 にこやかな笑顔でそんなことを言ってくれるるーちゃんを見ていると、非常に心が痛くなる。なにせこれから『言い寄る相手を諦めさせるにはどうしたらいいの?』と聞こうとしているからだ。

 相手の告白を断って同じクラスの女子からイジメを受けたり、ありもしない噂を流されたりしてきたるーちゃんには非常に酷な質問なのだから、躊躇するなと言う方が無理な話。それでもなにかしら有効な手段が欲しいのも事実なので、やはりそこはそういった経験もあったであろうるーちゃんに聞くのが一番なのは間違いない。


「あのさ……本当はこういうことを聞きたくはないんだけど、言い寄る相手を諦めさせるにはどうしたらいいのか、なにかいい方法を知らないかな?」

「あっ、うん……」


 その言葉にるーちゃんのにこやかな笑顔は消え、一気に表情が曇ったのが分かった。そんなるーちゃんの表情を見た俺は、こんなことを聞きべきじゃなかった――と、すぐさま後悔の念を抱いた。


「……分かった。私で良ければ色々と知恵を出させてもらうね」


 しかしそんな後悔の念を抱いた俺の思いとは裏腹に、るーちゃんは再びにこやかな笑顔を浮かべてからそう言ってくれた。

 気にしていないはずはない。だってるーちゃんにとって異性にモテていたという事実は、俺が知る限り良い思いではないのだから。それでも俺たちのために知恵を貸してくれると言うるーちゃん。本当に彼女は昔から優しい女の子だ。


「ありがとうるーちゃん。ごめんね」

「ううん、気にしないで。それに経験してきたことは役立ててこそ意味があるんだから」


 “経験してきたことは役立ててこそ意味がある”――その言葉を発したるーちゃんを見て、俺は彼女があの時よりも強くなったことを改めて感じた。

 そしてそんな彼女の心意気を無駄にしないようにしようと、俺はできるだけの情報を聞いて今回のことに役立てようと思った。


× × × ×


 夕食を終えてからお風呂に入ったあと、部屋へと戻った俺は椅子に座ってから机の引き出しを開いて1冊のメモ帳を取り出し、昼休みに屋上でるーちゃんに聞いたことをメモ帳に箇条書きにする作業をしていた。


「――さてさて、どうしたものかな……」


 簡単にるーちゃんからの情報を箇条書きにした俺は、それを見ながら今回の件を解決するにはどの方法が一番適切だろうかと考えていた。

 それにしても箇条書きにした内容を見ていると、やはりるーちゃんも引っ越してから色々とあったんだろうなと感じる。それほどにるーちゃんから貰った知恵は多い。


「これなんて良さそうだけど、どうかな……あっ!」


 箇条書きにした内容を一つ一つ頭の中でシュミレーションしていきながら、最適な方法を模索する。

 しかしそんなシュミレーションをする最中、俺はこのシュミレーションに決定的な穴があることに気づいた。


「これじゃあシュミレーションをする意味がないな……」


 シュミレーションにおいて重要なこと、それはシュミレーションをする相手のことをある程度知っておくことだ。今回の場合で言えば、杏子に言い寄っている相手の性格とかになるだろう。

 しかし俺は相手と直接面識を持っていないし、相手の性格などについても杏子から聞いた話で漠然とイメージを膨らませているに過ぎない。これはシュミレーションを行う上でどうしようもなく穴だ。


「仕方ない、杏子がお風呂から上がったらもう少し詳しく話を聞いておこう」


 それから1時間後にお風呂から上がった杏子に再び話を聞いたあと、俺は部屋に戻ってから再びシュミレーションを再開した。

 そしてそれからの数日間、るーちゃんからの知恵をもとに杏子には色々と相手に対して諦めるように働きかけをしてもらったのだが、残念ながらどれも効果は今一つだった。これは長期戦になるかもな――と、そんな風に考えていた俺だったが、この件は突如として急転直下の解決を見ることになった。

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