第165話・独り×２人
１２月を迎える前あたりから、街中は少しずつクリスマスムードを漂わせてくるのは毎年のことだが、それと同時に世間ではクリスマスまでに恋人をつくろうという動きも各所で見られる。
日本において夏休み前とクリスマス前は、おそらく大幅にカップルが増える時期だと思う。気持ちは分からないでもないけど、そんなイベント目的で成立したカップルって、ちょっと虚しく感じないだろうか。
恋人が居ない俺がこんなことを口にすれば、負け犬の遠吠えだ――などと言われそうだけど、事実そのようなイベントを前に急につき合い出したカップルが長続きしているのを俺は見たことがない。
現に中学時代の知り合いなど、クリスマス１週間前につき合いだして、年が明ける前には別れていた――なんてこともあったくらいだ。
そんな出来事を目の当りにしていると、イベントなどに
１２月２４日、クリスマスイヴのお昼頃。
俺は冷たい風が吹き抜けて行く街中の道を、ケーキが入った箱を持って身を震わせながら自宅への帰路を急いでいた。
しかし寒さで自宅へ帰るのを急ぎながらも、俺は少しだけ帰路を変えて毎年家の外観をクリスマス仕様にしている茜の自宅前へと向かった。
「――あれっ？ 今年は飾りつけしてないのか」
毎年欠かさず家の外観の飾りつけをしている水沢一家だが、今年は普段となんら変わることのない水沢家の姿がそこにあった。
「さすがに今年は仕方ないのかな」
毎年地味に茜の家が飾りつけされるのを楽しみにしていた俺は、そんな普段と変わりない家を見てちょっと残念に思った。
なんでも茜の母親である
まあちょうどクリスマスの時期に遠出するのだから、わざわざ家の飾りつけなどはしないのだろう。
ちょっとした楽しみが味わえなかった俺は、なんとなく虚しい気持ちを抱えながら再び自宅へと向けて歩き始める。
「――ただいまー」
茜の自宅前から歩くこと約５分。自宅へと帰った俺は、いつものようにそう言ってから靴を脱いで廊下へと足を上げる。
出かける前はリビングでテレビを見ていたはずの杏子はどうやら居ないらしく、俺のただいまという言葉に反応は返ってこなかった。別に珍しいことではないので普段はどうも思わないのだが、なんとなく虚しい気分を抱えて帰宅した俺にその静けさは
そんな静かな自宅の廊下を歩いて台所へと向かい、ケーキが入った箱を冷蔵庫へと入れてからコーヒーを
俺は腰かけたソファーで早速温かいコーヒーが入ったカップに口をつける。冷えていた身体にコーヒーの温かさが染み渡って行く感じが心地良い。
二口ほどコーヒーを飲んでからふーっと息を吐き、カップを目の前にあるクリスタルガラス製のテーブルへと置いてから、今度は二つのリモコンを手に持つ。
そして片方のリモコンでエアコンをつけたあとでそれをテーブルに置き、今度はもう片方のリモコンでテレビをつける。
「どこもあんまり変わらないな」
テレビのリモコンでちょこちょことチャンネルを変えていくが、どの番組もこぞってクリスマスについての特集や話題などを紹介している。
まあ明日がクリスマスなのだから、こういった番組ばかりになるのは仕方ないのかもしれない。けれどやはり面白みには欠けると思う。
俺は適当なチャンネルで手を止めてからリモコンをテーブルに置き、コーヒーが入ったカップを持ち直してからぼやーっと番組の内容を見始めた。
「――おっ」
特に面白みを感じない番組を見ていた最中、着ていたシャツの胸ポケットに入れていた携帯がブルルッと震えた。
カップを再びテーブルへと置いてから携帯を取り出し、画面にあるメールのマークを見てから内容を開く。
「お泊りねえ……」
来ていたメールは杏子からのもので、内容は『今日は愛紗と一緒に友達の家でクリスマスパーティーをしてお泊りするから、買って来たケーキは食べないでちゃんと取っておいてね。明日お兄ちゃんと一緒に食べるんだから』――と書いてあった。
他の家ではどうか知らないが、俺は基本的に連絡をしっかりと入れれば杏子のお泊りも許可している。
本当は年頃の女の子なのだから色々と心配にもなるが、基本的に杏子は俺が本気で心配するような危ないことはしない。そういった信頼があるからこそ、俺は杏子のお泊りを許可していると言うわけだ。
それに今回は愛紗も一緒らしいし、なおのこと大丈夫だろう。
俺は杏子への返事を書いてから送信し、携帯を持ったままソファーの上で横になった。
「今日は独りか……」
世間の風潮に毒されているわけではないと思いたいが、やはりクリスマスイヴに独りで過ごすと言うのはなんとなく寂しく感じてしまう。
せっかくだから俺も友達を呼んで騒ぎたいところだけど、茜は家族旅行で不在。
お隣の美月さんは引っ越す前の土地に居る明日香さんの所へとお泊りに行っているし、まひろもクリスマスの時期には用事があるとか言っていた。
陽子さんは演劇のクリスマス公演があるとかで地方に行っているようだし、クラスの男子連中はこぞって彼女とデートするとかほざいていた。まったくもって忌々しい。
そういえば渡も、お姉さんの野暮用につき合わされるとか言ってたような……。
誰かと遊ぼうと考えを巡らせるほどに、それが無理だと分かっていくこの感覚はなんとも虚しいもんだ――。
「ううん……あれっ、もうこんな時間か……」
どうやら携帯のゲームで遊んでいる内に寝てしまっていたらしく、時計の表示は１６時１２分になっていた。
「夕飯はどうすっかな」
そう言いながらソファーから下り、台所の冷蔵庫へと向かう。
しかし開いた冷蔵庫の中にはろくな食材は残っておらず、このままではまともな夕食を作ることすら叶わない状況だった。
「仕方ない、買い物に行くか」
せっかくなんだから出前でも頼めばいいんだが、そこそこ料理ができる俺にとって、出前というのは割高に感じてしまうのでかなりの抵抗がある。
けち臭いようだが、割高な料金を払ってご飯を食べるくらいなら、安く買った食材を自分で調理して腹いっぱい食べた方がマシだと思ってしまう。これも長年少ない小遣いで細々とやりくりしてきた影響と言ったところだろうか。
そんな貧乏性が染みついている自分に苦笑いを浮かべつつ冷蔵庫を閉じ、俺は買い物へ出かける準備を進める。
「――うう～っ、やっぱり寒いな」
出かける準備を始めてから約５分。それなりの厚着で外へと出たものの、やはり陽が落ち始める頃の空気は更に冷たく、その冷たい空気が吹いて来る風で更に冷たさを増して鋭く身体へと突き刺さる。
俺は寒さに身を震わせながら杏子お気に入りの仔猫のイラストがプリントされたエコバッグを持ち、自宅から１５分ほど歩いたところにあるスーパーへと向かう。
「――たーっくん」
スーパーへ着いてからカートにカゴを乗せて店を回り始めた矢先、後ろからそう呼びかけられるのとほぼ同時に俺の右肩へぽんっと手が置かれた。
振り返った先に居たのは、今年の夏休み終了後に同じクラスに転入して来たクラスメイトのるーちゃんこと、朝陽瑠奈だった。
「あっ、るーちゃんも買い物？」
「うん。買い物は私の役割だから」
そう言って手に持っている植物の新芽が描かれたエコバックを見せるるーちゃん。
「へえー、ちゃんと家の手伝いとかしてるんだ。偉いね」
「そんなことないよ。お母さんも仕事で忙しかったりするし、私にできることはしないとね」
そう言ってにこやかに微笑むるーちゃん。
昔はお母さんのことでも少し悩んでいたみたいだけど、今は大丈夫みたいだ。笑顔のるーちゃんを見ていると、なんとなくだけどそう思う。
「たっくんも夕飯の買い物？」
「うん。とは言っても、今日は妹も友達の家にお泊りで居ないから、独りで寂しい食事になるけどね」
「えっ、そうなの？」
「そうなんだよ」
俺は驚きの表情を浮かべるるーちゃんを見たあとで、すぐ横にあるお肉コーナーの棚から１００グラム程度の豚の
「そうなんだ……」
その返答にるーちゃんが小さくそう呟くと、るーちゃんも同じく豚の細切れを手に取ってカゴへと入れた。
「――ねえ、たっくん。良かったらだけど、一緒に夕食を食べない？」
せっかくだからと一緒に店内を回り出してしばらくした頃、突然るーちゃんが遠慮がちにそんなことを言ってきた。
「えっ？ でもるーちゃんは帰ってお母さんのご飯も用意しないといけないんじゃないの？」
「お母さんの帰りは遅いし……たっくんの家で一緒にお母さんの分も作っちゃえば大丈夫だと思う」
まるで自分に言い聞かせるような素振りでそう言うるーちゃん。
俺としては独り寂しい夕食にならずに済むのはありがたいけど、一つ屋根の下で年頃の男女が一緒の時間を過ごすと言うのにはやはり抵抗がある。
いや……これは俺の都合の良い言いわけで、本当は怖かったんだと思う。
遠い昔のこととは言え、一度は好きになって告白までした女の子。そんな女の子と自宅で２人っきりになって、いったいなにを話せばいいのか分からなかったからだ。
「ダメかな？」
俺が少し悩んでいると、るーちゃんは寂しそうな表情を浮かべながら小さな声でそう聞いてきた。
「あっ、いや、そんなことないよ？ もちろん歓迎するよ」
「本当？ 良かった……」
俺の言葉に安堵にも似た表情を浮かべるるーちゃん。
本当なら、俺と２人っきりになって大丈夫なの？ ――と聞きたいところだけど、それを言うとまるで俺の方がるーちゃんを意識しているように思われるんじゃないかと感じて口にできなかった。
やや複雑な思いを抱きつつ買い物をしたあと、２人でスーパーを出て俺の自宅へと向かう。
来た時よりも更に冷たい風が吹きつける中、俺の心臓は俺の意思に反してドキドキと大きく跳ね、この身体を燃え上がらせるんじゃないかと思うほどに身体の体温を上げていた。
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