第127話・引き合う×想い

「うん! すっごく美味しい!」


 自宅で料理を作ってくれていた杏子と愛紗と由梨ちゃん。

 その料理に舌鼓を打つ桐生さんは、それぞれが作った料理に箸を伸ばして口へと運ぶ度に絶賛の声を上げる。

 俺が美月さんの家でお粥を作った後、桐生さんがお粥を美月さんに食べさせるのを見届けながら三人で少し雑談を交わし、その後で片付けをしてから自宅へと一緒に戻った。

 そして自宅へと戻った時にちょうど杏子達の夕御飯の準備が終わったらしく、そのまま夕食タイムへと突入したわけだが、戻って来た時には随分と料理が出来るのが早いなと思ったもんだ。

 俺としてはそんなに長い時間を美月さんの家で過ごしたつもりはなかったけど、結果として一時間近く滞在してしまっていたらしい。

 何でそんなに美月さんの家に滞在したのかと言うと、美月さんと桐生さんのやり取りを見聞きして楽しんでいたからだ。この二人のやり取りは結構面白くて、美月さんが病気だという事をつい失念して楽しんでしまっていた。


「喜んでもらえて良かったです。沢山食べて下さいね」

「ありがとね。たっくさん食べちゃうよー!」


 美味しそうに料理を食べ進める桐生さんに、杏子がにこにこしながらそう言う。

 すると桐生さんは今まで遠慮していたのかは分からないけど、先程よりも素早く箸を並べられた料理へと伸ばして口へと運び始める。その食べっぷりは見ていて清々しさすら感じるくらいだ。

 それにしても、杏子や愛紗とは違い、由梨ちゃんはあまり話しに参加してこない。人見知りだとは聞いていたけど、それは同性に対してもなのだろうか。

 しかし例えそうだとしても、桐生さんの方を時々チラチラと見ている事に俺は気付いていた。やはり何だかんだで桐生さんの事は気になっているんだろう。


「でも、美月先輩が風邪をひいてるのに、私達がお泊りに来て良かったんですかね?」

「ん? 別にいいんじゃないか?」


 俺は愛紗の言葉に対してサラリとそう答えた。いったい何を気にしているのかは分からないけど、いつもながら心配性なもんだ。


「だって美月先輩が風邪で苦しんでるのに、私達は呑気にお泊りして遊ぶなんて悪い気がして……」


 なるほど。愛紗はそういう事を気にしていたわけか。毎度の事ながら、本当に思慮深くて優しい子だ。


「心配しなくて大丈夫さ。それに愛紗達が楽しそうにしているのが聞こえたら、案外早く病気が治るかもしれないぜ?」

「うん、それは言えてるね。美月ちゃんは昔っから、楽しそうな事に混ざりたがるたちだったから」

「そ、そうなんですね。それなら良かったです」

「まあ、美月さんの事は俺と桐生さんがちゃんと面倒を見るから、君達はしっかりと遊びたまえ」

「ありがとう、お兄ちゃん」


 可愛らしい笑顔を見せながらお礼を言う杏子。こういったところは今でも可愛いもんだ。

 そしてみんなで夕食を済ませた後、食後のデザートを買い忘れていたと言い出した杏子がコンビニへ買出しに行くと言い出した。

 しかし時刻は20時を過ぎていて、夏とは言っても既に外は暗い。女子を外出させるにはもうよろしくない時間帯だったので、俺は今日のデザートは諦めるように言ったんだけど、杏子は断固としてそれを聞き入れなかった。


「それじゃあ、私が一緒について行くよ」


 駄々をこねる杏子にどうしたものかと悩んでいた時、桐生さんが一言そう言ってきた。


「でも、もう外も暗いし危ないと思うんだけど」

「心配いらないよ。私こう見えても小さな頃から合気道を習ってるし、変な人が現れてもしっかりと杏子ちゃん達を守ってあげるから!」


 桐生さんは拳を構えたりしながら強さをアピールしてくる。

 だが、正直そんなものを見せられても、俺にはいまいちピンとこない。しかしここで桐生さんの好意を無下むげにするのもどうかとは思った。


「うーん……分かったよ。それじゃあ、杏子達をよろしく頼むね」


 とりあえず色々と思うところはあったけど、俺は渋々ながらも桐生さんの申し出を受け入れた。

 本当は桐生さんも女子だから心配でしょうがないんだけど、ここまで言われてはしょうがないというのもある。


「OK! この桐生明日香にドーンと任せておいて!」


 自分の右手をギュッと握り締め、それを胸に持っていってドンッと叩く桐生さん。その自信に満ち溢れた様は、それなりに頼もしくも見える。

 それから準備を済ませた杏子達は、意気揚々とコンビニへ向かった。


「――ごめんね、由梨ちゃん。片付け手伝ってもらって」


 杏子達がコンビニへ出かけた後、皿洗いをしていた俺の横で、由梨ちゃんが洗った皿を乾いた布で拭くお手伝いをしてくれていた。


「いいえ。いつもお姉ちゃんの手伝いをやってますから気にしないで下さい」

「それにしても愛紗の奴、由梨ちゃんも一緒に連れて行ってやればいいのにな」


 桐生さんの同行でコンビニへ行く事が決まった時、愛紗は由梨ちゃんに我が家へ残るように言ったそうだ。


「いいんですよ。それにきっと、お姉ちゃんは私の事を心配してそう言ってくれたんだと思いますから」

「心配して?」

「はい。もしもの事があったらいけないとか、危ない目に遭わせたくないとか、昔からお姉ちゃんは私を気遣ってくれてましたから」

「なるほどね。それは愛紗らしいや」


 由梨ちゃんの言葉を聞いて俺は素直に納得した。

 本当に愛紗は妹想いな子だ。由梨ちゃんのにこにことした表情を見ているだけで、愛紗が由梨ちゃんの事を相当大事にしているのが分かる。


「ねえ、由梨ちゃん。ちょっと質問してもいいかな?」

「はい? 何ですか?」

「由梨ちゃんてさ、桐生さんの事を知ってたの?」

「それは…………」


 俺がした質問の内容を聞いた瞬間、由梨ちゃんの皿を拭く手が止まった。

 それに合わせる様にして、俺も皿を洗う手を止めた。


「……実は、明日香さんとはまったく面識は無いんです」


 やはり桐生さんと由梨ちゃんに面識は無かった。

 それにしても不思議だ。お互いに面識のない者同士が、初対面でお互いの名前を呟く……世の中には色々なことが起こるものだろうけど、実際にそれを目の当りにすると、その出来事に身震いすら感じる。


「でも、なぜか明日香さんとは初めて会った気がしませんでした。なんだか遠い昔、私と明日香さんは出会ったことがあるような気がするんですよね」

「もしかして、由梨ちゃんも夢の中で桐生さんに似た人を見たとか?」

「えっ!?」


 俺の言葉に由梨ちゃんは驚いた表情を見せた。

 由梨ちゃんとのつき合いはまだそれほど長いわけではないけれど、このように驚いた顔を見るのは初めてだ。


「やっぱりそうなの?」

「……はい、時々夢に見るんです。今の私とは違う幼い私が居て、そこには優しいお兄ちゃんが居て、そして私ととっても仲良くしてくれている桐生明日香という女の子が居て、そんな中で私は幸せそうに微笑んでいる――そんな夢を……」


 なんとも不思議なことだが、由梨ちゃんの口から語られた話は俺が桐生さんから聞いた話とかなり似通っている。


「そして今日、こちらに来て明日香さんを見た時思ったんです。やっと会えた――って」

「やっと会えた?」

「はい。なぜかは分かりませんけど、きっと私と明日香さんは、以前に出会っていた事があると思うんですよね」

「それって、前世で二人は友達だったって事?」

「本当に前世が存在するのかは分かりませんけど、私は今日、そうだったんじゃないかと思えるようになりました。小さな頃からずっと見ていた不思議で温かい夢、その中に出て来る明日香ちゃん。そして今日、初めて出会った明日香さん。私は不思議な繋がりの様なものを感じましたし、きっと明日香さんもそうなんじゃないかと思うんですよね」


 そう言って由梨ちゃんはにっこりと微笑む。その表情はとても晴れやかで、とても優しかった。


「そっか……もし本当に前世からの繋がりだとしたら、とっても素敵な事だよね」

「はい。私、明日香さんとはとっても仲良しになれそうな気がします」

「うん。人懐っこい人だし、きっとすぐ仲良くなれるよ」

「はい、買い物から帰って来たら色々と話してみようと思います」


 由梨ちゃんはそう言って再び笑顔を浮かべると、持っていた皿を優しく丁寧に拭き始めた。

 買い物から杏子達が帰って来たら、いったい桐生さんと由梨ちゃんはどんな話をするんだろうか。今から興味が湧いてくる。

 そんなちょっとしたワクワクを感じながら皿洗いを進め、俺は杏子達の帰宅を今か今かと心待ちにしていた。

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