第126話・記憶×夢

「桐生さん、ちょっと美月さんの様子を見て来てもらっていいかな?」

「OK! 美月ちゃんの部屋に突撃して来るね!」


 美月さんの家に入った所で桐生さんにそうお願いをすると、桐生さんはビシッと敬礼を決めてから静かでいて素早く階段を上って行った。


「ふう……」


 それを見た俺は、安堵から深い溜息を吐き出す。

 妹の杏子が愛紗と由梨ちゃんを連れて我が家へと来たあの時、玄関で対面した桐生さんと由梨ちゃんは、一種異様な雰囲気をかもし出していた。

 お互いに名前を呼び合った後は沈黙し、石像の様に相手を見つめ合っているだけ。

 その異様な雰囲気の二人を見ながらどうしようかと思っていたその時、俺の洋服の胸ポケットに入っている携帯から軽快な音楽が鳴り始め、その雰囲気を壊した。

 見詰め合っていた桐生さんと由梨ちゃんは、携帯から鳴り響く音で我に返った様に他のみんなと一緒に俺の方を見ると、桐生さんが鳴り響く携帯を手にも取らない俺に対して『携帯なってるよ? 取らないの?』と言ってきた。その言葉に慌てて携帯を取り出してから電話に出ると、その電話はお隣の家で寝ている美月さんからで、お腹が空いたからご飯が食べたい――という内容だった。

 俺はその場で美月さんからの電話だと告げると同時に、杏子達に美月さんが風邪をひいている事、桐生さんが美月さんの前の学校からの友達である事を話した。

 そしてその上で我が家の夕食の買い物を杏子に頼んでから桐生さんを連れ、美月さんの家へと来たと言うわけだ。


「――お待たせ」


 俺が台所でおかゆの準備をしていた時、美月さんの様子を見に行っていた桐生さんが戻って来た。


「美月さん、どうだった?」

「薬が効いてるみたいで、だいぶ楽になったって言ってたよ。最初に見た時より顔色も良くなってたし」

「そっか。それならご飯もいけそうかな?」

「多分大丈夫じゃないかな」

「それじゃあ、おかゆに少し具材を加えてみようかな」


 俺は美月さんの家の冷蔵庫に入れていた具材を取り出し、調理を始める。


「へえー、ずいぶんと手馴れてるね」

「まあ、今は妹と二人暮らしだし、簡単な料理くらいは出来ないとね」

「感心だねー」


 チラッと横を見ると、桐生さんはにこにこしながら調理の様子を見ている。

 しかしこうやって観察されるのって、何だか落ち着かない。


「桐生さん、ちょっと聞いてもいいかな?」

「なーに? スリーサイズとエッチな質問以外なら答えるよ?」


 何だかどこかで聞いたようなフレーズを返してくる桐生さん。


「あのさ……由梨ちゃんとは知り合いなの?」


 調理をしながら桐生さんの方を見る事無くそう質問をした。

 先程の様子を見る限り、この質問は地雷のような気もするけど、気になった事は聞かずにはいられないのが俺の性分だ。


「…………ううん。あの由梨ちゃんて子と会ったのは、今日が初めてだよ」


 ほんの少しの沈黙の後、桐生さんは先程とは違った静かな口調でそう言った。


「それなら何で由梨ちゃんの名前を知ってたの?」


 その言葉を聞いて不思議に思いながら横を向き、桐生さんにまた質問を投げかける。


「うーん……何でなのかな? 自分でも不思議なんだよね」


 そう言って苦笑いを浮かべる桐生さんの表情は、決して嘘をついている様には見えなかった。

 桐生さんはそう言って苦笑いを浮かべた後、台所にある椅子に座ってから再び話を始める。


「実はね。私、時々見る夢があるの」

「夢?」

「うん。そこには私の知らないはずの高校生のお兄ちゃんが居て、飼い猫の小さな時の姿があって、そして私の知らない私が、そこで幸せそうに微笑んでいる……そんな夢」


 桐生さんは穏やかな表情でそんな事を言う。


「夢の中の私じゃない私は、お兄ちゃんと一緒に何気ない日常を送っている。その中にね、由梨ちゃんって友達が出て来るの。しかもその子がさっき見た由梨ちゃんて名前の子とそっくりで驚いちゃったんだ」

「夢の中に由梨ちゃんが?」

「正確に言うと、夢の中に出て来る由梨ちゃんは小学生なんだけど、きっとあの夢の中の由梨ちゃんが大きくなったら、こんな感じになったんだろうなーって思ったんだよね」

「へえ……不思議な事もあるもんだね」

「うん」

「そういえば、由梨ちゃんも桐生さんの名前を呟いてたよね」

「あれには私もビックリしたよ。私と会った事なんて無いはずなのに。でもね……夢の事があったからかは分からないけど、初めて会ったって気はしなかったな」


 そう言って桐生さんはにこやかに微笑んだ。それはまるで、長年会いたくても会えなかった大事な人にやっと会えた――と言った感じの嬉しそうな笑顔。


「もしかしたら、桐生さんと由梨ちゃんは前世で何か繋がりがあったのかもね」

「へえー、鳴沢くんて前世とか信じる方なの?」

「うーん……信じるって言うか、そうだったら素敵だなーとは思うんだよね」

「素敵?」

「うん。だってさ、今の自分が自分として存在する前の自分が居て、そこで沢山の人と出会って、そこで結ばれた絆が生まれ変わった自分とその人達をまた繋いでくれる。そう考えると素敵だと思わない?」

「そっか……そうだね。とっても素敵な事だと思うよ。それにしても、鳴沢くんは結構ロマンチストなんだね」

「あはは。そんな事は無いと思うけど、こういう考え方をするようになった切っ掛けはあるかな」

「切っ掛け?」


 興味津々と言った感じで座っている椅子から立ち上がり、俺に近寄って来る桐生さん。


「大した事じゃないんだけど、俺が好きな本があってさ、それを読む内にそう思うようになったんだよね」

「へえー、ちなみにその本って何てタイトルなの?」

「えっとね、俺に妹は居ないはずだが、突然妹ができました。――って本なんだけど、知ってるかな?」

「その本、読んでくれてるんだ」

「うん、あのお話は好きなんだよね。幽霊の妹と、それを見守る主人公に変な妖精。飼い猫とのエピソード、同じ幽霊の女の子のお友達。悲しい内容もあったけど、あの作品からは何気ない日常ってのがいかに幸せなのかを教えてもらった気がするんだよね」

「そっか……ありがとう、鳴沢くん。お兄ちゃんに代わってお礼を言わせてもらうね」

「えっ? どういう事?」


 突然お礼を言われた事にもビックリしたけど、何で桐生さんが自分のお兄さんに代わって俺にお礼を言うのかが分からなかった。


「あっ、突然ごめんね。そのタイトルの作品を書いた作者って、私のお兄ちゃんなの」

「えっ? ええ――――っ!?」


 驚愕きょうがくの事実を聞いた俺は、思わず大きな声を上げてしまった。そりゃあ驚くのも仕方ないだろう。

 だって、色々と影響を受けた作品の作者の妹さんが、今こうして俺の目の前に居るんだからさ。


「あっ、この事はみんなには内緒ね?」


 そう言ってピンッと立てた右手の人差し指を自分の口に当てる。


「う、うん……。でも、そうだとしたらあの作品って――」

「あっ! お鍋が噴いてるよ!」

「えっ!? あっ!」


 俺はそう言われてから慌てて火の勢いを弱める。


「そろそろ料理ができるみたいだから、私は美月ちゃんの所に行って準備しておくね」


 そう言って桐生さんはそそくさと台所を出ると、美月さんが居る部屋の方へと向って行った。


「……まあ、タイミングがあればまた話してみるか」


 俺は火にかけていた鍋をテーブルの鍋敷きの上に置き、美月さんが使っている茶碗を用意してからよそいだ後、トレーにお粥が入った茶碗と飲み物を乗せてから台所を後にした。

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