特別番外エピソード・篠原愛紗編
第100話・おっちょこちょい×先輩
出会いのシーンて言うのは色々あると思うけれど、誰でも一度はドラマの様な素敵な出会いを夢見た事があると思う。私だってそうだから。
でも現実は、ドラマの様に劇的で素敵な出会いなんてそうは起こらない。私と先輩の出会いがそうだったみたいに。
あれは夏休みを目前に控えた中学校二年生の時の事。
私はその日、一大決心をして体育館裏に来ていた。好きな男子に告白をするという、一大イベントを成功させる為――だったけど、結果は惨敗。
しかも告白をした相手に、『俺、小学生みたいな小さな子に興味ないんだ』――何て言われてしまう最悪のオマケ付き。
恋愛なんだから振られるのは仕方ない事だけど、何より私の最大のコンプレックスである身長が原因で振られたのがとてもショックだった。
そして龍之介先輩と初めて出会ったのは、そんな最悪のオマケが付いた告白の後。
初めて会った時の先輩はなぜか右手に小さなスコップを握り締めていて、そんな先輩を初めて見た時の第一印象は、変な人――だった。
だって放課後の体育館裏にスコップを持って現れるなんて、どう考えたって変だから。当時の私がそういう風に思ったのは仕方がない事だと思う。
でもその時の先輩は、落ち込んでいる私をとても気にかけてくれた。心に残る言葉を送ってくれた。その時の言葉は今でもちゃんと覚えてる。
あの時の先輩はとても真剣な表情で、『相手を好きになる理由はそれぞれだとしても、好きになった根本的な理由はきっと、その人だから好きになったって事だと思うから』と言ってくれた。
それが私には嬉しかった。終わってしまった恋だけど、それが無駄な恋じゃなかったと思えるくらいに。失恋の痛みも悲しみも吹き飛ぶくらいに。
思えばこの時から、私は既に先輩を意識し始めていたのかもしれない。
でも中学時代はあんな恥ずかしい場面で出会った事もあり、私はその恥ずかしさから先輩と接点を持つ勇気が出なかった。
それでも高校では勇気を振り絞って話しかけ、先輩と何とか接点を持つ事ができた。
「どうしよう……どこに落としちゃったのかな……」
お昼休みの時間、妹の由梨に夕飯の事でメールを送ろうと携帯を鞄から取り出したその時、私は大切な物がなくなっている事に気付いたから。今日は移動教室も多く、鞄を持ち歩く機会が多かった。だからそのどこかで落としてしまったのかもしれない。
そう思った私は、お昼ご飯を食べる暇も惜しんで鞄を持って通った場所を探し回っていた。
登校して学園の下駄箱に着いた時までは確かに鞄に付いていたのを覚えているから、学園までの道のりで落としたという可能性は無いと思う。
今は廊下の隅から隅までを丁寧に見て回っているけど、目的の物が落ちている様子は無い。
そして音楽室や化学室などの、様々な専門教室が立ち並ぶフロアの廊下を探していた時、不意に後ろから声がかけられた。
「よう、愛紗。何で下を見ながら歩いてんだ?」
「えっ?」
その声に後ろを振り向いて顔を上げると、そこには龍之介先輩が居た。
先輩は何とも不思議そうな表情で私を見ている。確かに昼休みの廊下で下を見ながらのろのろと歩いていれば、こんな表情の一つも浮かべるのが普通かもしれない。
「探し物でもしてるのか?」
「あ、いやその……」
私は焦っていた。
いつもなら先輩に会えるのは嬉しい事だけど、今回は状況が状況だけに、先輩には会いたくなかった。
「何か探してるなら手伝うぜ?」
先輩は心配そうな表情を浮かべてそう言ってくる。本当に先輩のこういうさり気ない優しさが嬉しい。
だけど今の私は、その優しさに甘えるわけにはいかなかった。
「あっ、ううん、何でもないんです。ありがとう先輩」
私はちょっと気まずくなってしまい、走ってその場から逃げ出してしまった。
探し物をしているなら、先輩に協力してもらえばいいのにと思われるかもしれないけど、他の人ならともかく、先輩にだけはこの探し物を言うわけにはいかない。なぜならその探し物は、先輩に貰った物だから。
あれは先輩と学園で再び知り合ってから二週間程が経った時の事。先輩と私は帰宅部という事もあり、放課後一緒に帰る機会も結構多かった。
そんなある日。先輩から『ちょっと寄り道しないか?』とゲームセンターに誘われ、私はその誘いにドキドキしながらも頷き、先輩と一緒にゲームセンターで楽しい時間を過ごした。
その時に先輩がクレーンゲームで取ったうさぎのキャラクター、うさうさの小さなぬいぐるみを私にプレゼントしてくれたんだけど、私はそれを失ってしまった。
もちろん先輩が深い意味を持ってそれを私にくれた訳じゃない事は分かっている。
でも私にとっては、先輩からの初めてのプレゼント。だから私は、その小さなぬいぐるみを鞄に取り付けてとても大事にしていた。
他の人が聞けば、たかだかゲームセンターの景品くらいでと思われるかもしれないけど、私にとっては想い人がくれた大切な品。
だからそんな大切な物を失くしてしまった自分の至らなさと、ぬいぐるみをくれた先輩に対する申し訳なさもあり、私の気分は深く深く沈んでいた。
こうして先輩の前から逃げ出した後も、昼休み全てを落し物探しに費やしたけれど、とうとう落とし物を見つける事はできなかった。
そしてモヤモヤした気分のままで迎えた本日最後の授業は、グラウンドに出ての体育。
私は急いで体操服に着替え、下駄箱付近にうさうさのぬいぐるみが落ちてないかと探しに向かった。
「――愛紗、何か探してるの?」
下駄箱付近をうろうろと探し回っていた私に話しかけてきたのは、同じクラスの友達。
私はいい機会だと思い、その友達に落し物の事を尋ねてみた。
「うん。この辺りにうさうさの小さなぬいぐるみが落ちてなかったかな?」
「うさうさのぬいぐるみ? あー、最近愛紗が鞄に付けてたやつ?」
「そうそう。朝来た時にはあったんだけど、どこかで落としちゃったみたいで」
「そうだったんだ。私は見てないけど、もしも見つけたら拾っておくね」
「うん。ありがとう」
グラウンドへと向かう友人にお礼を言って見送り、私が再び下駄箱周辺を探し始めたその時、ドキッと胸が高鳴る声が聞こえてきた。
「よっ、愛紗。これから体育か?」
「あっ、先輩……そうです」
私は伏せ目がちにそう答えた。
どうして先輩がここに――と思ったけど、先輩も同じく体操服を着ているという事は、先輩もこれから体育なんだと思う。
「そっか。授業に遅れないようにな」
先輩はそう言うと、スタスタと歩いてグラウンドへと向かって行く。
私の知っている先輩にしては、やけにあっさりとしている感じが気になった。
――もしかして、私が妙な態度をとったから怒ってるのかな……。
ぬいぐるみの事にプラスして先輩の事が気になった私は、体育の授業にまったく集中できなかった――。
全ての授業が終わって放課後になった頃、私は閑散とした学園内で探し物を続けていた。これだけ探しても見つからないって事は、もう見つけ出すのは無理かもしれない。
しかしそうは思いながらも、私はどうしても諦められなかった。
「あれ? まだぬいぐるみは見つかってないの?」
廊下をうろうろしながらぬいぐるみを探していた時、部活中のはずの友達が再び声をかけてきた。
「うん、どうしても見つけたくて」
「そっか。私も色々気にして見てたけど、ぬいぐるみはどこにもなかったからなあ」
私の頼みを聞いて気にしてくれていた事が嬉しかった。そしてそれと同時に、申しわけなくも思ってしまう。
「わざわざありがとう」
「うん。それじゃあ私は部活で使う忘れ物を取って戻らないとだから――あっ、そうだ! 落し物ボックスは見に行った?」
「落し物ボックス?」
「うん。この学園の一階の端にある用務員室の前にあるらしいんだけど、学園で拾われた落し物はそこに集められるって聞いたの。だからもしかしたら、そこにあるかもしれないよ?」
「そうなんだ! ありがとう、行ってみるね!」
そんな場所が学園内にあるなんてまったく知らなかった私は、情報をくれた友人に感謝をしつつ、急いで階段を駆け下りて用務員室へと向かった。
「――ん?」
階段を下りて廊下を進み、そろそろ用務員室へ着こうかという頃、龍之介先輩らしき人が用務員室前の廊下を歩いているのが見えた。私は咄嗟に廊下の突き出た柱の部分に身を隠し、その様子を見守る。
先輩らしき人はそこで何かをやっていたみたいだけど、しばらくすると用事が終わったみたいで用務員室前から離れて行った。
そして先輩らしき人が用務員室前を離れたのを確認した私は、すぐさまその場所へと向かう。
「――あった!」
用務員室前にあるいくつかの落し物ボックスと書かれた箱の内、今日の落し物と書かれたボックスの中を覗くと、そこには私の落としたうさうさのぬいぐるみが入っていた。
廊下の壁に貼られている説明書きを見ると、どうやら貴重品以外の物は拾い主がこのボックスに入れていいようになっているらしい。
私は説明書きの続きを読み、それに従って落し物ノートを開き見る。そこには拾い主が何をどこで拾ったのかを書き込む欄があり、私のうさうさのぬいぐるみの事も書いてあった。
「どこに落としてたのかな。えーっと……化学室前の窓際?」
落し物を拾った場所の欄には確かにそう書かれていた。
どうして窓際なんかにと不思議に思ったけど、もしかしたら最初に見つけてくれた人が気を遣ってそうしてくれたのかもしれない。
――きっと私は下ばかり見て探していたから見つからなかったんだね。
ぬいぐるみが見つかって安堵した私は、ノートの落し物欄に自分の名前を書き込む。
そして今度は落とさないように安全ピンでしっかりとぬいぐるみを鞄に止め、ほっとした気持ちで下駄箱へと向かった。
「――あっ、先輩」
「おう、愛紗じゃないか。どうしたんだ? こんな時間まで残ってるなんて珍しいな」
ちょうど廊下を歩いて下駄箱の出入口へと着いた時、偶然にも先輩に遭遇した。
「先輩こそ、どうしてこんな時間に?」
「えっ? あー、ちょっと用事があって色々してたらこんな時間になってさ。それが終わって帰ろうとしたら、今度は鞄を教室に忘れてた事を思い出してさ。今それを取って戻って来たところなんだよ」
先輩は苦笑いしながらそう答える。
しっかりしている様に見えて、どこか抜けてるんだよね、先輩は。
「そうだったんですね」
「ああ、そういう事。愛紗も今から帰るのか?」
「はい」
「そっか。それじゃあ、一緒に帰るか?」
「は、はい……そうします」
私は俯きながらそう答えた。自分の顔が少しずつ熱くなっていくのが分かる。
――やっぱり意識すると恥ずかしいなあ……。
そんな緊張と嬉しい気持ちが入り混じる帰り道、私は先輩といつもの他愛ない会話を楽しんでいた。本当に些細な事だけど、私にとっては至福の時間。
それと同時に胸がドキドキして、とても苦しい時間でもある。
「そういえばさ、落し物は見つかったのか?」
その言葉を聞いてドキッと心臓が跳ねた。
何でその事を知っているんだろう――と一瞬思ったけど、よく考えてみれば、先輩に廊下で会った時も下駄箱で会った時も、私は探し物をしていた。
だからあの時の姿を見れば、私が何かを探していた事くらいは察しがつくと思う。それなら先輩のこの発言も別におかしくはない。
「えっとあの……見つかりました……」
「そっかそっか。良かったな」
後ろめたさを感じていた私に向かって、先輩はにっこりと微笑んでそう言ってくれた。そのにこやかな笑顔が、私の罪悪感を更に大きくしていく。
そしてそんな罪悪感があったからか、それから駅に着くまでの間、私は先輩とまともに会話ができなかった。
「――それじゃあ愛紗、気をつけて帰れよ?」
「……せ、先輩!」
「どうした?」
「あ、あの……探し物の事、心配してくれてありがとうございます」
「おう。ぬいぐるみ、見つかって良かったな」
「えっ!?」
「じゃあなっ!」
そう言って先輩は手を振って帰って行く。
私はと言うと、その一言に身体が固まってしまい、先輩の手振りに反応する事ができなかった。
× × × ×
その日の夜。私は第三者の意見が聞きたくなり、自分の部屋で妹の由梨に今日の出来事を話していた。
「――というわけなの。ねえ、由梨。何で先輩は探し物の事を知ってたんだと思う?」
「うーん……私はその先輩に会った事が無いから推測でしか言えないけど、いいかな?」
私はコクンと頷き、由梨の話に耳を傾けた。
由梨はちょっと――ううん、だいぶおっとりした子だけど、その観察力や洞察力には姉の私も一目置いている。
「まずその先輩が探し物の事を知ってた理由だけど、それはお姉ちゃんが言ってたように、探し物をしているところを見たからだと思う」
「やっぱりそっか」
「うん。次にその先輩がなんでぬいぐるみを落とした事を知っていたかだけど、これは多分、下駄箱でお姉ちゃんとお友達が話していた内容を、偶然にでも聞いたからじゃないかと思うの」
確かに友達と話をした後、すぐに先輩と遭遇した。一年生と二年生の下駄箱は隣り合っているし、状況からして下駄箱越しにその会話が先輩の耳に届いていたという可能性は高い。
そう考えると、先輩が探し物の内容を知っていた事にも納得がいく気はした。
「なるほど。そういう可能性はあるわね」
「あと多分だけど、落とし物を拾ってくれたのもその先輩だと思う」
「どうして?」
「だって、お姉ちゃんが落とし物ボックスのある場所まで行った時、その先輩らしき人が居たんでしょ?」
「うーん……ちょっと距離があったからはっきりと先輩だったかは分からないけどね」
私は結構視力が悪い。普段はコンタクトをしているけど、それでも視力は大して上がらないから、見た人が先輩だと断言するのは難しい。
「きっとお姉ちゃんが探している物が分かったから、探してくれてたんだと思うよ?」
由梨はにっこりと微笑みながらそう言う。
最初は私もそうかなとは思った。だけど先輩の性格を考えると、見つけたら直接私のところへ持って来そうな気がした。
「でもね、由梨。先輩ならきっと、見つけたら私に直接持って来てくれると思うんだよね」
「それはきっと、お姉ちゃんが探し物の事を知られたくないって思ってたのが分かってたからじゃないかな?」
その言葉を聞いた私は、思わずはっとしてしまった。確かに私は、先輩に対してそんな風に思われる態度をとっていたから。
もしも由梨の言う事が本当だとしたら、私は先輩に対してとても悪い事をしてしまった事になる。
「私、先輩に悪い事しちゃったのかな……」
「そう思うなら、その先輩にちゃんと謝らなくちゃね。お姉ちゃん」
由梨はそう言うと、にこやかな笑顔を浮かべながら静かに部屋を出て行った。
私はすぐに携帯を手に持ち、この前先輩から聞いた電話番号を表示させる。
そしてそのまますぐに電話をかけて謝ろうと思ったけど、先輩の携帯番号を見た私の指は、通話表示の上で止まっていた。
「……直接謝るべきだよね」
電話で謝ろうと思ったけど、私はそれを止めた。やっぱりこういう事は、直接本人の前で言うべきだと思ったから。
そう思った私は携帯の画面を元に戻してから携帯を机の上に置き、代わりにシールプリントの貼られた手帳を手に取って開く。そこには先輩にぬいぐるみを貰った日に一緒に撮ったシールプリントが貼り付けてあって、私はそれを見ながら小さく微笑む。
それにしても、由梨が言ってた事が本当だとしたら、先輩はかなりのおっちょこちょいって事になる。だって、せっかく私の為に探し物の事を内緒にしておいたのに、自分でその事をばらしちゃってるんだから。
「ふふっ、詰めが甘い先輩だなあ」
私はそう言いながらシールプリントに映る先輩を指でツンツンとする。
きっと今の私の顔を鏡に映したら、とんでもない事になっていると思う。
「お姉ちゃーん、お風呂に入ろうよ」
「はーい! 先に行っててー」
由梨の問いかけに答えた私は、再び手帳を見る。
「ありがとう。龍之介先輩」
手帳の中の先輩に向かってお礼を言い、それを机の上に置き直してから部屋を出る。
私の心は、既にお風呂に入った後の身体の様にぽかぽかとしていた。それはきっと、先輩のおかげ。
先輩への想いで心をほかほかとさせながら、私は由梨の待つお風呂場へと向かう。
――いつか先輩と二人で、この気持ちを共有できたらいいな……。
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